第123話 動き出す仲間達
「やはり爆弾の数が足りなかったか」
「しかし十分だろう。統治者であるファーリィの屋敷は焼け落ち、住民は皆避難した」
「ああ。それにファーリィが死んでくれれば獣人どもも混乱して統率が取れなくなるだろう」
「だが追い立て役の俺たちの仕事はほぼ終わりだ。ファーリィは逃げたようだが残りの二人が無事に始末を付けてくれるだろうさ」
黒炎団の男3人は、レイグルの外れにある廃屋に潜んで町が混乱する様子を観察していた。
廃塔で作戦を実行することを決断した彼らは即座に準備を進めた。
しかし、本来ならば時間を掛けて遠隔操作で起爆させる作戦だったのだが、その準備が間に合わず直接起爆させに町に出向いてきたわけだ。
……もっとも、それが理由で彼らはこの後、思わぬ不幸に巻き込まれることになるのだが。
「とにかくこれでレイグルは大混乱だ」
「ああ」
「これでレイス様が満足してくれると助かるんだが……」
「なぁに、満足されないのであれば、増援を出して虐殺して回ればいいさ」
「はは、統治者の居ない獣人どもなんざその辺に徘徊する魔物と変わんねぇよ」
「「「はははははははは!!!」」」
……雲一つない漆黒の闇の中で、激しく町が燃え上がるその光景を見て、男達は高笑いする。
「――随分楽しそうじゃないか。なら最期は笑いながら死んでいけよ」
「……は?」
「な、なんだ!?」
男達は突然背後から聞こえた声に驚き振り返る。
そこには、男達を睨みつける灰色の肌の獣人が立っていて――
その獣人の姿を捉えた瞬間、男達の一人の背中から血飛沫が舞った。
「え?」
何が起こったのか理解できない。
そう呆然と考える暇もなく背中を切られた男はバタリと倒れる。
そこで、ようやく背後の獣人の剣によって背中を斬られて仲間を倒された事に気付く。
「お、おのれぇ!!」
仲間が斬られたことにようやく思い立った二人のうち一人は、暗殺用の剣を取り出して叫びながら灰色の肌の男に斬り掛かる。しかし、激高した男の一撃は獣人によって簡単に弾かれ——
「――おせぇよ、クソ野郎」
聞いただけで震えが走るような冷たい声を聞いたと同時に、自身の腕に激痛が走る。
「がっ……!」
激痛と同時に男は腕を抑えようとするが、そこにあったはずの自分の腕が見当たらない。
代わりに自分の心臓の鼓動に合わせて、自分の腕のあった場所から赤い水がボタボタと地面に流れ落ちていく。
男は数メートル先の地面に自分の腕が転がり落ちていることに気付く。腕を失ったことにようやく気付いた男は、絶え難い激痛と死の恐怖でそのまま気を失って倒れてしまう。
「あ、あぁ………!」
そして……最後の一人となった男は恐怖で声を出せなくなり、その場で尻餅を付いた。
「好き放題やりやがって……このまま生きて帰れると思うなよ……」
「……う、うぅ……!」
殺意を正面から浴びた男はここで悟った。
逃げようとした瞬間、自分が即座に殺される。
恐怖で抵抗する気を失った男は、もはや震えて己の人生を終える事しか許されていなかったのだ……。
◆◇◆
「……気は済みましたか?」
「……」
女神にそう問われるサイトは質問に答えず、自身の剣に付着した汚れを布で拭きとってから鞘に納めて、改めて目の前を一瞥する。
背中と腕を斬られて気を失っている二人の男と、両手両足を縄で縛り上げて尋問を掛けた残りの一人が地面に転がっていた。尋問を受けた男は白目を剥いて失神しており、下半身は不自然に濡れて鼻を付く不快な臭いが漂っている。
気が立っていたサイトは男に若干手荒な尋問を行い、手や足、それに顔などに切り傷を幾つも作り、最後には小便を漏らして失神してしまったのだ。
「……あんな尋問、貴方らしくもない……」
「……」
「……三人にトドメを刺すのですか?」
「……いや、コイツらは今回の事件の真犯人だ。感情に任せてここで殺しちまうと後々困るし、キリが付いたら獣人達に突き出して罪を償ってもらう……それに……」
サイトはそこで一旦言葉を区切り、視線を廃屋の隅へと向ける。そこには心臓を苦無の様な武器で刺されて動かなくなった男性と女性の獣人、二つの亡骸が転がっていた。
「……この人達の事も一緒に償わせねぇと……」
「……ええ、そうですね」
女神は男から視線を外し、部屋の隅で倒れている獣人の亡骸を見て静かに頷く。その亡骸の一つは獣人の女性で、俺達はその人物に心当たりがあった。
その事に気付いた瞬間、俺は無言で剣を抜いた。
怒りに任せて背後から近付いて首を切断しようかと思ったのだが、女神が俺を制止してくれたお陰でギリギリ一線を越えずに済んだ。
「……さて、後はカルミアちゃん達に任せて俺達は行くか」
「……ええ」
そう言って俺達はまだパニック状態のレイグルを後にする。
こんな状況で何処に向かうかといえば、先程尋問した男達の残党が隠れ住むレイグルの近くの廃塔だ。
先程の尋問で今派遣されてる人数は7人。
実行犯5人と作戦終了を確認するための本部への連絡役が一人。
更にそれを統括する司令塔が一人。
そして先程の3人は5人の実行犯の内の3人。
残りは同じ実行犯2人と連絡役と司令塔というわけだ。
いや、更に援軍を呼ばれている可能性も考慮すべきだろう。
だが、その程度の障害は承知の上だ。
「……地獄の果てまで追い詰めてやる」
「……砕斗」
レイグルが火の海になってしまったことにサイトは誰よりも責任を感じていた。
調査を行っていたカルミアとレオから得られた情報を活かしきれず、常に後手に回っていた。
だが……サイトは自責の念に苛まれながらも、まだ終わってはいないと前を向いている。
「残る実行犯2人も捕まえておきたいが……」
「そいつらが何をしているか聞く前に落ちてしまいましたね……」
情報を吐き切る前に気絶させてしまったのは完全に俺の失敗だ。だが探している時間も無いし、こうなれば司令塔を潰すしかないだろう。
「……行くか、奴らの待ち構えている場所に」
「……ええ」
二人はそう短く言葉を交わして廃屋を後にした。
◆◇◆
一方、町の中で住民の避難誘導を任された三人。
「皆さん、こっちです!! 落ち着いて、前の人を押しのけて進まないでください! 急がなくても大丈夫ですから!」
「子供達はこっちだよ。あ、そこ瓦礫が転がってるから避けて進んでね!」
「今は町の事は考えるな!自分達の命を最優先にしろ!」
カルミア、リリィ、レオの三人は、それぞれ町の住民に声を掛けて避難を促していた。
レイグルに火の手が回りきる前に避難誘導を始められた事が功を奏したか、少々の被害を出しながらも住民の避難は順調に進んでいた。
だが、同時にカルミア達には一つの不安も生じていた。
「(……サイトさん達はどこに)」
自分達に避難誘導を任せたサイトと女神は共に行動をしているだろう。何処で何をしているかは分からないが、おそらく今回の事件を引き起こした黒幕の行方を追っているに違いない。
勇者である自分が率先して討伐に向かうべきなのだろうが、任された以上ここを放棄するわけにはいかない。カルミアは彼と別行動をし始めてから嫌な予感を感じていた。
彼、サイとは”バグ”という存在を除去する能力を持つものの、彼個人の戦闘力はそこまで高いとは言えない。彼の身に何かが起こってしまえば……。
「……カルミアお姉ちゃん、大丈夫?」
「え?」
ふと、横を見ると獣人の子供達を先導していたリリィが心配そうに自分の顔を覗きこんでいた。
「顔が青いよ? もしかして体調が悪い?」
「う、ううん……問題ないよリリィちゃん。心配かけてごめんね」
カルミアは無理矢理笑顔を作ってリリィに返す。
「本当? なら良いけど、辛い時は無理しちゃだめだよ」
「うん……」
「……あ!」
その時、歩いていた一人の獣人の子供が石に躓いて転んでしまった。
それを見たカルミアはすぐさま駆け出す。
「大丈夫!?」
子供を抱き起こし、怪我をしていないか確かめると幸いにも擦り傷程度で済んでいた。
「い、痛いよ……うぇぇぇ!!」
「大丈夫、お姉ちゃんが治してあげるからね……精霊よ、この者の傷を癒したまえ……」
カルミアは子供の傷に手を当てて治癒の魔法を発動させる。癒しの光が抱き起こした子供を包み込み、その傷が少しずつ癒えていく。しかし……。
「カルミアお姉ちゃん、後ろ!!」「!?」
リリィの声に弾かれたようにカルミアは後ろを振り向く。すると、そこには数十人の黒いローブを身に纏った男達が自分達に襲い掛かってきていた。
「なっ!? 貴方達は……!!」
突然の事で驚きながらも、刃物を持って襲い掛かってきた男の一人をカルミアは反射的に殴り飛ばした。
「ぐはっ!!」
殴り飛ばされた男はそのまま近くの壁に叩きつけられて、苦痛の声を上げて昏倒する。
「お、お姉ちゃん……」
「大丈夫だよ、私が近くに居るからね」
自分に縋りつく子供を優しく抱き寄せてカルミアは男達に向き合う。
「……」
黒いローブの男達は、以前に見た黒炎団の装束とは少々異なる姿ではあったがカルミアはそいつらの仲間だと雰囲気で確信していた。レオとリリィは獣人達の前に出て、目の前の黒ローブの男達と対峙する。
「お、おい……アイツら人間か?」
「まさか、この火災を起こしたのは……!!」
後ろの獣人達が突然の乱入者を見て騒ぎ出す。気持ちは分かるが、この状況はマズい。折角避難誘導が上手くいっていたのにまたパニックを起こしてしまう。
そこにレオが静かな口調で獣人達に言った。
「……落ち着け、大丈夫だ。俺達が居る以上、お前達に手は出させない」
「……だ、だが……」
「今は静かにしててくれ。奴らの正体に関しては後で説明する」
「……っ」
レオに諭されて獣人達は口を閉ざして一か所に集まる。
……良かった、レオさんのお陰で必要以上に混乱せずに済んだ。
カルミアは獣人達が大人しくなったことでひとまず安堵する。
しかし、目の前の敵に集中しなければならない。
「……黒炎団」
「獣人風情が我らの事を知っているとは……」
クスクス、と男達はこちらを見下すように笑う。
自分は人間なのだが、薬によって外見が変化しているので獣人だと勘違いしているようだ。
「この騒動を起こしたのは貴方達ですか?」
「ふ……」
答えないか。
……まぁ、この状況なら実行犯の仲間には違いないが。
「そこを退いてください。彼らを避難させないといけないんです」
「逃げてどうする? 貴様らの命が助かったとしても国の統治者は死に、町も火の海だ」
「……」
「レイグルの獣人は長きに渡って人間種を拒んでいた。今更人間の国に助けを求めるつもりか?」
「……それが?」
「ははは、愚かな。散々人間を拒んでいたお前らを受け入れる国など何処にもあるまい。ここで生き延びたとしてもお前達など誰も助けはしない。ならばここで我らに殺された方がまだ救いというものではないか?」
「……言わせておけば」
レオは苛立った口調で拳を構える。同じく、リリィもポケットからスリングと調合弾を取り出して男達に構えて臨戦態勢を取る。
「やめておけ、お前達では我々に——」
尚も言葉を続けようとする黒ローブの男。だが……。
「――ふんっ!」
次の瞬間、巨体のレオが一瞬で男達の前に現れ、言葉を続けようとした男を一撃で殴り飛ばす。
「ぐあっ!!」
殴り飛ばされた男はそのまま近くの木に後頭部から叩きつけられ、そのまま失神した。
「……なっ!?」
他の黒ローブ達は騒然となる。
その隙を突いてカルミアとリリィも黒ローブ達に攻撃を仕掛ける。
攻撃を仕掛けられた黒炎団たちは最初は驚いていたが……。
「くくく……」
不敵な笑みを浮かべて笑い出す。
「抵抗してもいいのか? 俺達は人質の命を握っているのだぞ?」
「……何?」
その言葉に嫌な予感を覚えたのか、両腕で抑え込んでいた黒炎団の敵達を地面に放り投げた。
「どういうことだ?」
「こういうことさ……おい、連れて来い」
男がそう命令を送ると、森の奥から他の団員と……。
「……な!?」
「あの人達は……!」
カルミア達が見たのは、敵に拘束されてボロボロになったファーリィとライアスの姿だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




