第112話 青空の下で
それから更に数日後——
サイト達を監視するライアスはいつものように部下からの定時報告を受けていた。
「……例の件はどうなってる?」
「今、調査させている最中です」
「最近、異様に食料の減りが妙に早くなっている。それだけでなく作業用の物資も消耗も普段の数倍早くなっているようだ」
「では、夜間の見張りを増員したいのですが構わないでしょうか?」
「ああ、正体は分からないが何者かが忍び込んでいるのは確実だ。警備を厳重にして出来る限り犯人の確保を急がせろ」
「……は。ライアス様のご命令とあらば」
「うむ……では、それとは別件。見張らせていた例の奴らの様子はどうだ?」
「……はっ。他の獣人達との仲を深めているようです。最近では通りかかる他の者達と当たり前のように挨拶を交わし、違和感なく溶け込んでいる様子でした」
「ふむ、問題行動を起こすばかりと思っていたがそうでは無かったか」
「……いえ、そうとも言えない様子でした」
ライアスに報告する部下は、言い辛そうに視線を泳がせながら言葉を紡ぐ。
「なんだ? はっきり言え」
「それが——」
部下、事情説明中………。
「何!? 獣人達の子供達を集めて、青空の下で外国の文化を学ぶ教室を開いているだと!?」
ライアスは思わず立ち上がって部下にそう問い質す。
「は、はい……」
部下はライアスのあまりの気迫に思わず後ずさりをして肯定する。
「……な、奴らが何を考えているのか想像もつかん!」
ライアスは頭を抱えて唸るように言葉を漏らすと、すぐに立ち上がって部屋を後にする。
「ら、ライアス様!?」
そんな彼の突然の行動に驚いた部下も慌てて彼を追うのだった。
◆◇◆
「では皆さん、今日の授業はこの辺りで終わります。明日は……この大陸にあるもう一つの国……レストアの事を話すことにしましょう」
先生役を務めていた女神は一区切り付いたところでアクセサリーとして身に付けていた眼鏡を外し、集まった獣人の子供達にそう提案する。
「わぁ! たのしみだなぁ」
「ねー!」
子供達は互いに顔を見合わせて楽しそうにはしゃいでいる。
そんな彼らに女神は慈愛の籠った視線を向ける。
「ふふ、では今日と同じお昼の14時にここに集まってくださいね。もし良ければ親御さんも連れて来てくれると嬉しいです」
「はーい!」
「せんせー、さよーなら!」
獣人の子供達は素直に女神に返事をして、荷物を纏めてそのまま友達と一緒に帰っていく。そして獣人達が居なくなったところで、彼女は唯一残った人物に声を掛ける。
「リリィさんもお疲れ様でした。おかげで上手く授業を進められましたよ」
「ふふん、任せてよ!」
リリィは猫の尻尾をピンと立ててどや顔で女神に応える。女神のサポートとしてリリィが他の獣人の子供に混ざって一緒に受けていたのだ。主にリリィは先生への質問役でそれを女神が丁寧に解説することで授業が円滑に進んでいた。
そして二人が仲良く片付けを始めたところで、俺は近付いて二人に声を掛ける。
「二人ともお疲れ様。どっちも先生役と生徒役がサマになってたぜ」
俺の存在に気付いて二人は片付けの手を止めて
「お兄さん」
「砕斗、見てたのですか?」
「ああ。上手くいってるみてぇだな」
俺は子供達が帰宅していった方角を見つめながらそう感想を述べる。
「貴方の案は正解でしたよ。大人を相手にするよりもよほど話が通じやすい」
「だろ? 大人は自分達の常識が間違ってるなんて言っても聞き入れやしない。だが子供なら教育を受けていたとしても染まりきってないから素直に受け入れる。リリィを見て何となくそう思ってな」
「む……!」
「怒るなって。だけどお前が柔軟に対応してくれて助かる。お陰で子供相手なら警戒心を解かせることも容易だった」
「まぁ、リリィは子供の大人の中間みたいな位置づけだしね! ……でも、本当にこれで上手くいくの?」
「ああ、きっと上手く行く。説得するならまずは親より子供。子供と仲良くなって子供から親に説得してもらえばいい。子供の笑顔を見れば親だって少しは絆されるもんさ」
「そういうものなの?」
「親ってのは最終的に立場より家族を優先するもんだからな。特に自分の子供なら余計にだよ」
「貴方、親の気持ちが分かる年齢じゃないでしょうに」
「……両親がそうだったからだよ」
「……?」
俺の言葉に違和感を感じたのかリリィが首を傾げる。
「……まぁ気にすんなよ。とりあえずしばらく授業は毎日続けてくれ。多少時間は掛かるが確実に効果は出るはずだ」
「それは構いませんが、私達がこんなことをしていると誰かがやってきて咎めてくるんじゃありませんか?」
「別にこの国を貶める様な事はしてないだろ。人間を称賛してるわけでもない。俺達はただ『外の世界』を子供達に教えてるだけなんだから。これを不都合に感じる奴が居たなら、そいつこそレイグルの”癌”ってわけだ」
「……炙り出すつもりですか?」
「出来ればそんな悪意を持った元凶なんか居ない事を願ってるけどな」
「二人とも言ってる事がよく分からないよ。つまりどういうこと?」
俺と女神の話を理解しきれなかったのか、リリィは頬を膨らませて質問してくる。普段、自分は子供じゃないと言っておきながらこういう時の反応は正に子供だ。可愛らしくはあるのだが。
「つまりだ。俺達がやってるのは獣人と人間との交流イベントだよ。子供達に『外の世界』を学ばせて、それを親や友人に話す。そうすればその話を聞いた他の連中も興味を持つだろ? そうやって外に関心を持ってもらうのさ」
「ええ、あくまでそれだけ。他に意図なんてありません」
「ああ、別にこれを餌にして元凶を呼び寄せて、あとでカルミアちゃん達に一掃してもらおうなんて思ってないぜ?」
「二人の真意が大体分かったよ……」
リリィは呆れたように肩を竦める。
「まぁそんなわけだから、頼んだぜ二人とも」
俺はそう言って二人と今後の打ち合わせをするのだった。
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