第111話 外で騒ぐ旅人たち
――最近、変な旅人がこのレイグルに居座っている。
情報によると奴らはファーリィ様に挨拶を済ませた後、街の住人に話を聞いて回っているらしい。
最初の方はとりとめのないよもやま話ばかりだったが、今は街の外に出る獣人を狙い、妙な質問を繰り返しているようだ。
どうも、街の中で話すと都合の悪い事を口にしているらしい。
「……何が狙いだ」
獣人の国レイグルを統括するファーリィの護衛ライアスは、部下から報告を受けた後、一人そう呟く。
数日前、奴らがファーリィ様に挨拶をしに来た時から怪しいとは思っていた。
獣人にしては匂いが薄く妙に余所余所しい態度だったのもあるが、俺の勘が奴らは何か良からぬ事を企んでいると告げているのだ。
「ライアス様」
「……どうした?」
部下が俺に報告をしてくる。
俺は思考を中断してそちらに耳を傾ける。
「例の旅人たちですが……どうやら街の外に出た獣人達に外の世界の事を伝えて広めているようです」
「……何? 具体的には何を言っている」
「『外は獣人も人間も分け隔てなく暮らしている』とか『色々な場所を訪れて見聞を広めてみてはどうか?』……とか、『レガーティアで働いている猫獣人が絶世の美女だから是非会いに行ってみろ』……だの、ふざけているのか真面目に言っているのか、妙な話ばかりです」
「ふむ……」
部下の報告にライアスは顎に手をあてて考え込む。
「……どう思う?」
「おそらく、彼らは人間と関わって生活をしていたのでしょう。人間によって洗脳を受けているのでそのような世迷言を口にしているのだと推察します。気の毒に……」
そうライアスに報告する部下は、本気でそんな事を思っている。これはこのレイグルの”教育”によって人間に良い感情を持たないよう育てられてきた弊害だった。故に人間に好意的な感情を示す獣人に対しては、素直にその言葉を読み取らずに曲解する。
真っ当な人間や獣人からすれば異様な解釈だが、同じ教育を受けているライアスは一切疑問を持つことは無い。
「そうだな、不審ではあるが人間に悪影響を及ぼされている被害者かもしれない」
「……は。ですが、このまま放置しておけば彼らによって我が国の民たちが洗脳を受けてしまうかもしれません。何かしら対策を講じるべきだと考えます」
「……ファーリィ様は何と言っている」
「……それが、この事をお伝えしたら『なるほど、私はこんな身体なので外には出て行けませんが見識を広めるのはとてもいいことだと思います』……と」
「……あの方は、この国の長である自覚がない……!」
「ら、ライアス様……」
静かに怒りを滲ませるライアスに対して、部下は一瞬縮こまる。
「……ファーリィ様への報告は俺の方でもう一度済ませておく。お前は引き続き彼らの監視を続けろ」
「は……」
ライアスは部下にそう指示を出すと、一人部屋を後にした。
「……人間などに我が国を汚染されてなるものか」
そして彼は改めて自分に決意を固めるのだった。
◆◇◆
一方、その頃。サイト達はというと……。
「うーん、やっぱ怪訝な反応されるなぁ……」
「まぁこうなるのは仕方ないと思いますよ」
サイト達は目のつかない場所で、これまで旅をしてきた町や国の事をレイグルの獣人達に話をしていた。目的はこの国の獣人達の偏見を少しでも取り去る為だ。しかし、やはりと言うべきか最初の段階で彼らは訝し気な視線をサイト達に向ける。だがそれも無理からぬ事だ。獣人の国であるレイグルにおいて彼らの擁護する人間は敵以外の何者でもないのだから。
しかし、それでも彼らの姿が獣人である事は少なからず効力を発揮している。
もしサイト達が人間の姿のままだったら、話を聞くどころか数年前のアイゼン達のように石を投げられて即座に国を追われていただろう。サイト達もそれは分かっていて、人間を直接擁護する手段はとらずに獣人達に国の外に出るよう促していた。
こういう手段を取ったのはリリィの発案だった。
というのも、数日に渡って獣人達から情報を集めた結果、人間に対しての敵意は想像通りだったが、俺達が外の話をすると興味深そうな反応を示す者が多かった。そこで俺はリリィのアイデアを元に、獣人達にまだまだ知らない場所や文化がある事を伝える事で彼らの興味を引き、積極的に外に出るよう促したのだ。
世界を回ってもらう事で、他の国は獣人と人間が仲良く生活していることに気付いてもらえる。自分達の受けた教育に疑いを持ってくれたら、いずれこの国の蔓延る洗脳が解けるのではないか、と。
まぁ今の所そんなに上手くは言ってないのだが……。
こうやって声を掛けて外まで出て来てくれる獣人の数がそもそも少ない。
何人か好意的な獣人と話をしたが、そういった者は少数派だ。
「まぁあまり急かしても逆効果だよなぁ」
「そうですね。……とはいえ、私たちもずっとここに留まるわけにはいかないのですが」
俺と女神はそう結論付ける。とりあえず今は少しでも多くの獣人にこの国から出てもらう事が先決だろう。そう思って俺は向こういるカルミアとリリィの方に視線を向ける。
二人も一生懸命獣人達と話をして情報を集め、好感触であるなら外の話をする。
リリィは幼い見た目なのが幸いして獣人達も穏やかな態度で接してくれるが、カルミアちゃんはかなり言葉を選んでいる様子だ。下手な事を言うと相手を怒らせてしまうので仕方ない話だが。
「カルミアちゃん、もうちょっと元気よく言えねーかなぁ……」
「直接指導してあげたらどうですか?」
「お、それいいな」
女神の意見を採用して俺は彼女の後ろにこっそり回り込む。
そして一生懸命話をしようとしている彼女の肩をちょんちょんと叩いてから―――
「そぉい!!」
「きゃあああああ!!」
彼女の後ろから抱き付いてそのモフモフの毛並みを堪能する。
「ちょ、ちょっと! 何をするんですか!」
そして尻尾をピンと立てて俺を振りほどくカルミアちゃん。
俺はそれに満足して頷く。
「うむ、いいリアクションだ」
「な、何が良いんですか!?」
そんな俺と彼女の様子に、俺達のサポートをしていたレオは苦笑する。
「……仲が良いな」
「二人はいつもこんな感じだよ」
そんなレオの言葉にリリィはあっけらかんとした態度で言った。
「カルミアちゃん、今の声みたいな大きな声で行こうぜ!」
「声を出せって言うなら普通に指導してください! サイトさんのエッチ! ばか!」
「おう、いいぞもっと言ってくれ。ご褒美だ」
「何のご褒美ですか!!」
そうやって俺達はいつも通りな感じで情報収集をしていく。
獣人の姿になっても俺達は俺達のままなのだった。
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