第106話 獣人の国に来たので代表者に挨拶します
――獣人の国レイグル――
俺達は検問所を抜けた後、獣人の国レイグルに到着した。
「さて、これからどうするよ?」
俺が皆に意見を求めると皆の視線がレオに集中する。自分に意見を求められていると理解したレオは深呼吸をするように息を吸い込んだ後にゆっくり息を吐く。
その間に頭の中を整理したのか俺達に背を向けて街の奥の方を遠い目で見ながら言った。
「……この国に訪れた獣人がまず最初に向かう場所がある。この国の現統括者……ファーリィという男を尋ねるのだ」
「ファーリィ? 要するにこのレイグルの国王って事か?」
「人間の立場で言えばそうなるが……まずは奴の元を尋ねてこの国に滞在する許可を得る必要がある」
「なるほどな、じゃあ早速行くか」
俺達は頷いて早速レイグルの街の中へ入っていく。
獣人の国の中の街は人間の住む街に比べるとやや原始的な造りの建物が多かった。
人間の街にあるような石や煉瓦を丁寧に加工して壁を作っている建物は少なく、大部分は木材や土を固めたような建物だ。加工していない重い石材を不格好なまま建物の部品に使っていたり、木材をただ組み立てただけのような家もちらほらと見える。
「なんか……人間の街とはまた違った雰囲気ですね」
カルミアちゃんが周囲を見渡して言う。
人間達が暮らす街よりも雑多でごちゃごちゃした印象を受ける。
「……こういっては失礼ですが、生活レベルが随分と低いんですね」
周囲の獣人に聞こえたら怒られそうな言葉を言う女神。
そんな彼女にレオは言う。
「あまり大きな声でそういう事は言わないでくれ。ここの連中はプライドが高いから悪口には敏感だ」
「それは失礼しました」
「……だが、先進的技術を持つ人間と関わらなかった事で文明が止まってるのかもしれないな」
「お前から見てもそういう認識なのか」
「……ああ。人間の街とここでは根本的に違う。魔道具などの便利な道具も存在しないし、食料も保存する手段が井戸の水で冷やすくらいしかないこの国と比較して食べ物が腐らないようにする技術や、冷蔵保存のできる箱など……。人間達の文明レベルはここと比べて遥かに高い」
「……げ、もしかしてこの国の料理ってマズいのか?」
「……あまり期待しない方がいい」
「調味料などはあるんですか?」
「岩塩や森で採れた自然の調味料は使うが味付けは薄いものが殆どだ。元々獣人は味覚がそれほど優れていないし、人間ほど味に拘らないからな」
「その辺も種族の差がモロにあるのか……」
「魔法とかの技術は無いんですか?」
「獣人は魔法は不得手なんだ……」
「……なるほど」
「その代わりに身体能力が高くて力もあるから、魔道具無しでも固い鉱石を砕いたり、素手で魔物を絞め殺すのは得意だがな」
「お前さんを仲間にしたら冒険がすげぇ楽になりそうな気がする」
「あれお兄さん、もしかしてレオさんを勧誘してるの?」
「……勘弁してくれ。いくら力が強くても日銭を稼ぐのが精一杯で冒険など……」
……と、そんな事を話していると目的の建物に辿り着く。
「……ここだ」
「え?」
「そのファーリィとかいう獣人が住んでるのがこの家か?」
「それにしてはなんというか……」
「質素ですね……とても国の代表者が住んでいる場所には思えません」
「ああ、俺も初めてここに来た時はそう思った」
俺達の目の前にある建物は、輝かしい宮殿でも貴族が住む屋敷でもなく木造の簡素な平屋の建物だった。他の獣人の家と何も変わらない。
「国王の立場に近いとは言ったが彼に大した権限は無い。……それでも長ではあるから敬われてはいるがな」
「国王というより天皇みたいな象徴的な存在か」
「その例えは俺には分からんが……」
「彼、ということはファーリィという方は男性ですか」
「ああ……立ち止まっていても始まらない……入るぞ」
レオはそう言って家の中に入っていくので俺達は慌てて後を付いていった。
◆◇◆
家の中に入ると想像よりは広いが手狭で家具も少なかった。奥にはボロボロのベッドが置いてあるようで誰かがベッドの隣の床に腰掛けている。
こちらに背を向けているので俺達には気付いていないようだ。
声を掛けてみようかと考えていると、ベッドが僅かに軋む音がした。
どうやらベッドに誰が横になっているようだ。
「……お客さんですか?」
すると、こちらに気付いたのかベッドに横になっている人物が上半身だけ起こしてこちらに顔を向けた。同時にベッドの横に座っていた人物もこちらを振り向く。
「……見慣れない奴らですね。人間に迫害されてこの国に逃げてきた獣人達でしょうか」
違うと言いたいが、変に否定すると墓穴を掘ってしまいそうなので、俺は仲間達にアイコンタクトで『ここは話を合わせてくれ』と伝える。
そして俺が代表で答える。
「……あ、ああ。そんな所だ」
「そうですか……。私はファーリィ・レイグルと申します」
「お、俺はサイトだ。よろしく……」
「はい、よろしくお願いします」
俺が自己紹介をするとベッドの人物は上半身だけ起こしたまま軽く会釈をしてきた。
ファーリィは人間でいうところの中年くらいの歳だろうか?
羊のような顔立ちの獣人だが妙にやせ細っていて、心なしか態度も弱々しい。こんな昼間からベッドに横になっているのを考えると、もしかしたら病気なのだろうか。
もう一人……見た目はレオのような外見の獣人が、こちらを値踏みするような目つきで言う。
「私はファーリィ様の護衛のライアスだ。彼に挨拶に来たのか?」
「ああ、この国に来たら代表の獣人に挨拶しろって言われたからさ」
「……フン。まぁせいぜい面倒事を起こすなよ」
「ああ、分かってるよ。……それでファーリィさん、俺達は……」
「分かっています。滞在の許可が欲しいのでしょう?」
「ああ、その通りだ。旅の途中だから長くは滞在しないが構わないか?」
「ええ、ええ。構いませんとも……どうぞ、旅の疲れを癒してください」
「……ファーリィ様、余所者にそんな甘い事を言ってはいけません。この国に余所者が滞在するということは、この国の獣人達の生活を脅かす可能性があるんですよ」
「ライアス、私はただ……困っている人を見過ごせないだけなのです……」
ファーリィがそう言うとライアスは軽く溜息を吐いてから言った。
「……ファーリィ様から許可が出た。お前達の滞在を許可する」
「助かるよ。所でこの国の宿は……」
「地図を渡そう。それを見れば大体の場所は把握できるはずだ」
ライアスはそう言うと紙切れにスラスラと地図を描いて渡してくれる。
「ありがとう、助かる」
「念押しで言っておくが、あまり目立つような真似はするな。
それと人間の話もだ。この国の獣人は皆、人間に対して不信感を持っている。もし何か問題を起こした場合――この国から即座に出て行ってもらう。理解したか?」
「……ああ。仲間にもしっかり言い聞かせておこう」
俺はそう言って頭を下げてファーリィの家から出ていった。
………。
「――あー……クッソ緊張したわ……」
家を出て一言、俺は思わず愚痴を零してしまった。
「お疲れ様、砕斗」
女神が俺を労うように肩に手をポンと置いてくる。
「お兄さん、意外と取り繕うの美味いんだね。リリィ驚いたよ」
「もうちょっと良い褒め方あんだろ……。しかし、アレだな……ファーリィさんはともかく護衛の方、すげぇピリピリしてたな」
「……」
「はい、私もそう思いました。なんというか……人間だけじゃなくて他人全てを疑って警戒しているような……」
「……」
「正直、リリィもちょっと怖かったよ。いつ変身がバレちゃうかヒヤヒヤしてた」
「おいおいリリィ、そういう事を口にすんなって。何処で誰か聞いているか分かんねーんだからよ」
「あ、ごめん」
リリィは慌てて自分の口を抑える。
「……ったく。ところで、レオ」
「……」
「……さっきからどうしたんだ? ファーリィさんの家に入ってずっとダンマリだが……」
「……何でもない。久しぶりに知り合いと会ったから、どう接すればいいか分からなかっただけだ」
「知り合い? ファーリィさんの事か?」
「…………そんなところだ」
その割には妙に沈黙が長い気がするが……。
「……それよりも、こんな所で立ち話も怪しまれてしまう。地図を貰ったのだろう?」
「あー、そうだな。さっさと宿に行くか」
俺達はそう決めて周りに怪しまれないうちに移動するのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます




