第103話 レオ
それから五日後。
俺達はレガーティアに戻るのを一旦取り止め進路を変えて獣人の国へと馬車へ向かっていた。
「悪いなレオ。道案内だけじゃなくて馬車の操縦も任せちまって」
「……構わない」
「レオさん、そろそろ代わりましょうか。もうレオさんに任せて丸二日くらい経ってますし」
「流石に疲れてるだろ?」
「俺達生粋の獣人は人間よりも数倍スタミナがある。何も心配は要らない」
「いや、でもよぉ……」
俺はレオにそう提案するが、彼は問題ないと言って操縦を代わろうとしない。こちらとしては流石に疲れが出ているだろうと気を遣っているのだが、意外にも頑固だった。
「私達にそんなに気を遣わなくていいのですよ、レオさん」
「そうそう。お兄さんなんて馬車の操縦やらないとお姉ちゃん達にちょっかいを掛けるかグータラ寝てるだけだもん。少しは働かせないと」
「うるせぇよ、幼女。子供のクセに変な所で大人みたいな物言いするの止めろ」
「誰が幼女だー!リリィはリリィって名前があるんだぞっ!」
「いてっ、叩くな馬鹿」
「馬鹿はお兄さんの方!」
馬車の中でそんなやり取りをする俺達。そんな背後の様子をレオはチラリと見て遠い目をするとすぐに視線を前に戻す。
「……お前達は随分と騒がしいな」
「あ、ごめんなさい。私達、いつもこうで……」
カルミアちゃんが少し声のトーンを落として謝罪する。だがそんな彼女の謝罪にもレオは「問題ない」と言って再び馬車の操縦に集中する。
レストアを発って3日ほど経つ。
カミラとレオが宿に尋ねて来て彼らの事情と頼みを聞かされて、俺達は本来予定していなかった獣人の国を目指していた。
獣人の国は砂漠地帯のレストアから離れ、途中の森を抜けて更に緑が生い茂る草原を抜けた先にあるという。丁度昨日の夜に森を抜けたところで、そこは二週間ほど前までレオ達”はぐれ獣人”が隠れ住んでいた場所だった。
集落なので少なからず生活基盤が整っており、俺達は昨日はその集落で身体を休めて、そして今こうして再び獣人の国へと向けて馬車を走らせている。
「ええと……獣人の国までは……」
「……あと1日半と言ったところだ。それまでゆっくり身体を休めておくといい」
「お、おう……サンキュ」
「……」
このレオという獣人。
寡黙だが質問しようとするとすぐに意図を察して答えてくれる。
だが察しが良い故に会話が全く広がらない。
元々口下手なのだろう。
例えば、昨日彼らの集落に泊まった時に世間話をしたのだが……。
「なぁレオ」
「……何だ」
「お前、好きな食べ物とかってあるか?」
「……特に考えたことは無い」
「……そうか。普段は何を食べてるんだ?」
「……肉だ」
「肉が好きなのか?」
「……」
「……あんま好きじゃないのか?」
「……生きるために必要だから食べている。肉は栄養価が高く筋力も付く」
「そ、そうか……ストイックなんだな、お前は……」
「ああ……」
ずっとこんな感じである。マジで会話が続かねぇ。
声を掛けると言葉が少なくとも応じてくれるし、頼んだ事は真面目にやってくれるから悪い奴では無い。しかし、レオに仕事を任せて楽をしていると申し訳なくなってくる。
本音を言えばコイツと仲良くしたいのだ。
今回の旅は短いものになるだろうし要件が終わればすぐに旅立つので疎遠になる。それでも行動を共にするのだから、少しは距離を縮めたいと思うのが人間。
なので何とか親睦を深めようと頭を働かせるのだが……。
「あ、そうだ。レオさん」
「……カルミアと言ったか、何か質問か?」
何かを思い付いたのかカルミアちゃんが手を上げてレオに声を掛ける。
「あ、ええと……獣人の国についてもうちょっと詳しい説明を聞きたいなって……」
一応、旅立ちの前に基本的な事は聞いている。
今から向かう獣人の住む国の名はレイグル。
国とは名ばかりで、実情はグリムダールどころか小国のレガーティアの人口数の四分の一程度の規模しかない。
この国は今より二百年ほど前、人に嫌気が差した獣人が安住の地を求めて彷徨っていたのが始まりらしい。最初は数十人の獣人達だけが生活していたが、同じように人と離れて安住の地を求めていた獣人達が集まり始めて、現在の規模に膨れ上がったそうだ。
そういう起原もあってレイグルは獣人のみで成り立っている国で人間は一人も住んでいない。
現在、レイグルは多様な獣人の種族が集まっておよそ五千人程度の獣人が生活している。人数としては人間の町と同程度だが、それでも”国”と名乗っているのは人間に対する対抗心の意味もあるらしい。
レオ達も自分達の事を”はぐれ”と名乗るまではこの国で生活していたらしい。
「……レイグルについて、か」
カルミアちゃんの質問にレオはそう答えると少し考えるような仕草をする。ここまであまり深入りはしなかったが、レオはこの国の事を話す時は感情が沈んだような声に変わる。
理由は分からないが、彼にとって気乗りする内容ではないらしい。
「あの、無理とは……」
「……お前達に頼み事をしておいていつまでも口を閉ざしているわけにもいくまい」
レオはそう言うと、操縦する馬を止めて馬車を止める。
「……あの国は、狂っている」
レオが最初に口にした言葉がそれだった。
「……え?」
「……俺達、獣人の大半は人間という種族に対してあまり良い印象を持っていないのは説明したな?」
「……ああ、それは宿で聞いたよ」
「人間である私達と旅をさせてしまい、少々心苦しいです」
「いや、お前達が悪い人間でないのは理解している」
女神の言葉にレオはこちらを振り向いて少し申し訳なさそうに言う。
「だが、これから向かうレイグルではこんな人間に対して理解を示すような言葉を口には出来ない。あの国は、そこに住む大半が人間に対して憎悪を抱いている」
「……人間がレイグルの人に何かしたの……?」
レオの話を聞いてリリィちゃんが恐る恐る尋ねる。
だが、レオは「いや」と口にする。
「何もしていないんだ」
「え、どういう事……?」
リリィが困惑して問い返すが、レイグルは少し黙ってから再び同じ言葉を繰り返す。
「……何もしてない。彼らは人間に対して何かされたわけじゃない。だが、レイグルで産まれて育った獣人は子供の頃から一つの教育を受けていた……それは――」
「……それは?」
「―――人間という種族は悪魔だ。我々獣人は奴ら人間によって人生を滅茶苦茶にされて、奴隷として毎日を生きている。そう教えられて育つんだ」
「な……」
レオの話を聞いて俺達は言葉を失う。
人間に対して憎悪を抱いている獣人というのは大昔の話を聞いていれば少なからずいてもおかしくない。だがそれは歴史の中で徐々に改善されて和解して共存しているのが今の世だ。だがレイグルは全く違った。
「レイグルという国を作った最古の獣人達。彼らは人間によって散々に人生を滅茶苦茶にされて、恨みを抱いて死んでいった者達が集まっている。
そんな彼らの教えが歪んだ形で今世まで受け継がれているんだ。だから、あの国では人間は悪魔で獣人は被害者という認識しかない」
「………」
レオの言葉に俺達は言葉を失う。
「だからこそ、あの国は異常なんだ。一度も人間と会話を交わした事に無い獣人が大半だというのに人間に対して形の見えない憎悪を抱き続けている。
……俺達がレイグルから追放されたのは、その事に疑問を感じてしまったからなんだ」
レオはそう言って深いため息を付く。
「……分かっただろう。俺があの場所を狂っていると言った理由が。
……少しでも疑問を抱く獣人が居れば俺達のように淘汰されて”はぐれ”にされてしまう。あの国の中に居る獣人が俺達のように話が通じるとは思わない方がいい」
レオはそこで言葉を区切ると俺達に頭を下げてくる。
「……そんな狂った国にお前達人間を連れて行くなど無謀だとは理解している。……だが、そんな救いようのない国でも、俺にとっては故郷なんだ……だから……」
レオはそこまで言うと俺達に頭を下げてくる。
「……どうか頼む。俺と一緒に、あの国を救ってくれ。
昔の妄執に囚われた止まった世界に、お前達の知る今を教えてやってほしい。目を覚まさせてやってほしい。世界はとっくに変わっているという事を……!」
「……レオさん」
「頭を上げろって、レオ。お前が国を想ってる事は十分に理解出来たよ。どこまでやれるかは分かんねぇが、少しでもお前の故郷が良くなるように力になるよ」
「……ありがとう」
「おう。だから、頭上げろって」
俺の言葉にレオは顔を上げてくれる。
そこで彼は初めて笑ったように見えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます
また数日後に投稿予定なので楽しみにしてくれると嬉しいです




