第101話 交渉
前回のあらすじ。
現領主のアイゼンに悲しき過去。
尚、それとこれとは別な模様。
俺達は獣人達が掘った横穴を通って目的の場所へ再び辿り着いた。
「あ、お前達は!!」
「逃げた人質!」
すると、いきなり獣人達と鉢合わせしてしまう。
獣人達は俺達を見るなりいきなり大声で叫んで威嚇してきた。
「ヒッヒ、おやおや随分な出迎えだねぇ」
「こわっ!?」
俺の後ろに居たリリィが思わず後ろから抱き付いてくる。嫌な気持ちではないが、こういう時はカルミアちゃんが抱き付いてくれた方が俺としては嬉しい。
「クソッ、逃がしたせいで仲間を呼んできやがった!」
「だが連れてきたのはババアだけだ!」
「よーし野郎ども、やっちまえ!」
獣人達は遠吠えで仲間を呼んで奥の建物から更に増援が来る。
このままでは話し合いどころではない。
「これ、交渉の余地あるか?」
カルミアちゃんは獣人達の威嚇する姿に呆れてカミラの質問する。
「さぁてね……」
カミラはニタニタした笑みを浮かべて獣人達を見る。
「ヒッヒ、まぁやってみようじゃないか」
そんなやり取りをしている間にも増援が続々と現れる。
そして奥からひと際図体の大きなライオンの様な毛並みの獣人が現れる。
コイツがこの獣人達のリーダーなのだろうか。
「サイトさん、あの人……」
「ああ、素手で岩盤砕いてた奴だな。正直、アレとやり合うのは絶対嫌だからな」
「おやおや、頼りないねぇ」
「俺達だって命は惜しいんだよ。武力行使だけは絶対やらねぇぞ」
この調子だとマジでそうなりそうなので予め釘を刺しておく。
「なるほどなるほど、こりゃあ手強そうだねぇ、イッヒヒヒ」
カミラはそう言って笑う。笑ってる場合じゃねえ。ライオンの獣人は俺達を囲んでいる獣人を横に退かしながら俺達の前に現れる。
「……お前らが逃げ出した連中か。また戻ってきたという事は俺達に宣戦布告でもしにきたか?」
「ご、誤解です!」
思わずカルミアちゃんが叫ぶ。そしてこちらを睨みつける獣人達にこう続ける。
「私達、交渉しに来たんです!」
「……交渉、だと?」
「はい!……ですがその前に、この採掘場から盗み出した鉱石を返して頂きませんか?
このアステア鉱山はレストアの現領主アイゼンの所有物になっています。まず盗みを止めていただけないと話を続けられませんし……」
「……断る。元を正せばそちらが我らの領地から食料を盗み出したのが事の発端。それを今更返せと言われて、はいそうですかと渡す訳にはいかん」
ライオンの獣人は鋭い目でこちらに睨みつけて言い放つ。
「……っ。そ、それはこちらが悪かったと私たちも思っています」
「分かっているなら順番が違うだろう。交渉を持ちかける前に我らに謝罪し、捕らえていったグレイトボアーの群れをこちらに返却しろ。お前達人間の話を聞くのはそれからだ」
……正論。この獣人、見た目に反して冷静だ。
領地に侵入して違法を働いた事はお互い様にしろ、手を出したのはこちらが先。こういう喧嘩は先に手を出した方が悪になる。もっとも手を出したのは俺達じゃなく、あのクソ領主なのだが……。
「クソ、あの領主をここまで引きずってくれば良かったか」
そして土下座させて謝罪させればより効果的だっただろうに。
「ああダメダメ、馬鹿息子をこの獣人と対面したら失禁して惨めを晒すだけだよ、ヒッヒッヒ」
自分の息子に対して辛辣過ぎる返答だ。だが容易にイメージが出来てしまう。
「っていうか、今から返すのって出来るのか?」
獣人達に聞こえないよう俺は声を潜めて仲間内で相談を持ち掛ける。
返すというのは、そのグレイトボアーの事だ。
アイゼンは部下を引き連れてボアーの子供を捕らえて養殖して売り出したらしい。
もっとも、あちらはそんな事知ったことではないだろうが……。
女神は顔を顰めて言った。
「無事なら返却できるかもしれません……処分してなければ、ですが」
「……売れなかったらしいからな。あの気が短くてケチな領主が維持費を費やして残しているかというと……」
「ぶっちゃけ、望み薄じゃない?」
俺と女神の会話にリリィが割って入って言う。
「……」「……」「……」
これは無理っぽいな。多分。
事情を知ってそうなカミラが「返す」と言わない辺り厳しそうだ。
「で、どうする? 交渉決裂したら戦闘になりそうな雰囲気だぞ」
俺は獣人達を見てカミラに言う。
「ひとまず剣呑な雰囲気をどうにかしたいねぇ」
「って言ってもよぉ」
この状況、どう打開するか……。
……とりあえず、敵意が無い事を証明するしかねーか。
「あのよ」
俺は一言言いながら前に出る。
すると獣人達の視線が一気に俺に集まる。
「なんだ?」
ライオンの獣人が鋭い視線を向けて俺に問う。
「ボアーの事は後でクソ領主……じゃなくてアイゼンに相談してみるよ。それとは別に俺達の話を聞いてほしい。アンタ達、この近くの集落で暮らしている獣人達なんだろ? 少し遠くに獣人の国があるのになんでそっちで暮らさないんだ? 戻れば森で狩りなんかしなくても食料くらいどうにかなるだろ?」
「……それは」
俺が質問すると何人かの獣人が俯いてしまう。
やっぱり、何か事情があるっぽいな。
「言えない事情でもあるのか?」
「……お前達には関係ない」
ピシャリと拒絶されてしまう。
人を快く思ってないからこの対応は想定内だ。
「じゃあそれは聞かないでおく。だが、代わりに提案だ。アンタ達、レストアで人間達と一緒に暮らさないか?」
俺はそう提案する。
すると何人かの獣人が驚いたように目を見開く。
「な、何を言い出すかと思えば……」
「別に悪い話じゃないだろ? 少なくとも食料に困る事は無いし仕事だって困る事は無い。集落に残した子供や家族だって助かると思うぜ?」
俺はそう言いながら俺達の見張りをしていた獣人に視線を移すと、その獣人は気まずそうな顔して呻く。
「この国は人間と獣人に昔の因縁がある事は聞いた。いきなり人間の町で暮らせって言われて嫌悪する気持ちも分かるが、そろそろお互い恨みを忘れて手を取り合うべきなんじゃないか?」
「……」
「……」
俺の言葉に獣人達は押し黙ってしまう。……よし、良い感じだ。
「正直な所、俺はアンタ達の行動に感心してるんだよ。人間の領地にコソコソ盗みを働くだけならともかく、こうやって山の裏側から岩盤を打ち抜いて鉱石を奪い取るなんて逆襲の手段としても豪快にも程がある。それだけの胆力があるなら……」
「お前、名前は?」
獣人の1人が俺に質問する。
「ん? ああ、サイトだ」
「そうか……お前はレストアの人間で俺達が嫌いなんじゃないのか?」
「いや、俺はレストアの人間じゃないぜ」
「余所者じゃないか! そんな人間に俺達の事情を……!」
「まぁ落ち着けって」
俺は獣人を宥める。
「余所者だからこそこの国の状況がダメな事を知ってんだよ。
知ってるか、他の国は人間も獣人も当たり前のように一緒に暮らして生活してる。差別なんて欠片もないし、むしろ獣人の力と知恵は重宝されていて人間の国も助けたりしてるんだよ。なぁ、リリィ?」
「うん、そうだね」
俺が彼女に同意を求めるとリリィは頷く。
「というかリリィのパパは獣人だよ?」
「な……!?」
リリィの告白に獣人達が騒然とする。
「な? 他の国は種族の軋轢なんて無いんだ。レストア内でも獣人を嫌ってるのは領主のアイゼンくらいのもので、他の住民は獣人に対してそこまで嫌悪を抱いてない。……だからよ、そろそろ互いに歩み寄っても良い頃だと思うんだ」
俺はそう言って説得に掛かる。だが……。
「お前の話は分かった。他の国に種族の軋轢が無い事も理解した。……だが、肝心なこの国の領主は俺達を忌み嫌ってるのだろう? それはどうするのだ?」
やっぱりアイゼンの事はどうしても引っかかるよな。
とはいえカミラに聞いた話をそのまま伝えるのも気が引ける。
「……ヒッヒッヒ」
だが、俺とライオンの獣人が話しているとカミラが急に笑い出す。
「……アイツの事なら任せな。ちゃんと言って聞かせるからねぇ」
「……お前は誰だ?」
「ヒッヒッヒ、名乗るほどのもんじゃないさ。ただ、ワタシもそこの坊やと同じ考えさね……過去の事を引きずってても仕方ない……ましてや自分の遠い先祖様の話なんだからね」
「……」
カミラの言葉にライオン獣人は押し黙る。
「ま、いきなり仲良くしろなんて言わないさね。でもアンタ達だって今の生活を続けるのも大変だろう? なら、この坊やの話に乗ってみるのも手だとは思わないかい?」
そう言ってカミラは俺をチラリと見る。
「……確かに、お前の言う通りかもしれないな」
そしてライオン獣人はそう答えると俺達に向き直って頭を下げた。
「お前達の提案を呑もう。……俺達を受け入れてくれ」
「ちょっ!?」
「おい、正気か!」
ライオン獣人が俺達に頭を下げると他の獣人達は否を唱える。
しかし、ライオン獣人は下げた頭を戻すと振り返って獣人達に言った。
「俺は彼らを信じることにした。お前達はどうする?」
「……本気か? 裏切られるかもしれないんだぞ」
「しかし行く当てもないの事実だ。ここで俺達が断って逃げたとしても、元の集落には戻れない。きっとレストアの兵士達が俺達を捕まえに来るだろう」
「その時は俺達獣人の力で追い払えばいいじゃないか、ひ弱な人間など……」
一人の獣人がそう言うと、ライオン獣人は歩いてその獣人に近付いてその獣人の首を掴む。そして造作もなく片手で持ち上げる。
「な、何を……」
「……力に対して力で応じてどうする? それで人と獣人の軋轢は消えるのか? いつまでもこんなやり方を続けて、俺達はぐれ獣人を誰が受け入れてくれるというんだ……!? 俺達はもう、この生き方を辞めるべきだ。……そうだろう?」
ライオン獣人はそう言って他の獣人達に訴えかけると、その獣人は力なく項垂れる。そして他の獣人達も観念したかのように肩を落とすのだった。
「……話は纏まったかい?」
そのタイミングでカミラがライオン獣人に声を掛ける。
「……ああ、まだ人間の事は信用しきれないが、少なくともお前達の言葉は信じるとしよう」
「……イーッヒッヒ、良い返事を聞けてワタシは満足さね」
カミラはそう言って後ろを振り返る。
「さぁ、行こうか。アンタ達をレストアに案内するよ」
「……待て、人間のご老体。結局、お前は何者なのだ……? 先程の口ぶり、レストアの領主をよく知る立場の人間と予想するが」
ライオン獣人はカミラに疑問を問いかける。すると……。
「ヒッヒッヒ、その答えは本人の前で答えるとするよ」
カミラは意味深な笑いをして答えるのだった。
「(っていうかその領主の母親だけどな!)」
その後、俺達は無事に獣人達をレストアに連れ帰る事に成功した。
なお、その後の事。
レストアの領主アイゼンの元に彼ら獣人を連れて行くと、怒るよりも先に腰を抜かしていた。
それを見た獣人達は困惑していたが、アイゼンがどうにか立ち上がるとライオン獣人が獣人を代表して今回の件を謝罪し、その理由と人間に対しての不信感を言葉にした。
それを聞いたアイゼンはしばし無言だったが、意外にも「すまなかった」と口にするのだった。
その後、俺達は獣人達に街を案内する役を買って出た。
街に大勢の獣人達がゾロゾロと現れた事に最初人々は困惑していたが、これから一緒にこの街に住むことを説明すると人々は歓迎してくれるのだった。
彼らの住居はひとまずアステア鉱山の近くにある半年前まで使われていた集落を使う事になった。獣人達は人間の3倍の筋力を持つという。その力を見込んで、アステア鉱山の採掘を再開させる事になった。
獣人達の仕事は力仕事。その仕事ぶりは人間よりも圧倒的に早くて正確だそうだ。そんな彼らのおかげで、アステア鉱山は再び鉱石が掘り出される様になった。
「これでアイゼンも少しは考え方が変わるだろうさ」
カミラはそう言って笑う。
「……でもよ、そもそも何であの獣人達は自分達の国に戻らねぇんだ?」
俺の疑問はそこだった。
ライオン獣人は自分達の事を”はぐれ獣人”と言っていた。
それは群れから離れて暮らしているという事か?
「……まぁ、その事もこれから調べていく必要があるねぇ」
カミラはそう言うと、俺の頭をポンポンと叩いて言う。
「アンタのお陰で獣人達と仲良く出来そうさね。ありがとよ、坊や」
「別に礼を言われる事なんてしてねぇよ。俺はただあいつらに提案しただけだし」
「……ヒッヒッヒ! そうかい!」
そんな俺達のやり取りを仲間達は微笑ましそうに見ていたのだった。
……なお、後日談の話だが。
捕獲したグレイトボアー達は今でも処分されずに無事だという事を報告しておく。実際に面倒を見ていた農家の人達は、ボアーに愛着を持ったらしく家畜として飼育されているそうだ。
魔物でも飼いならせば人に懐くことが分かっただけでも意味はあったのかもしれない。そのグレイトボアーを使った農作物や畜産がレストアの特産品となるのはこれから数年後の事である……。
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