第10話 弱肉強食の世界
初投稿……飽きてきた。
「おー……」
目の前に広がる草原と遠くに見える山々に思わず感嘆の声を漏らす。
異世界に初めて訪れた時に見た光景と同じように、一面自然溢れる光景に僕は心が躍った。
こんな光景、元居た世界では滅多に見れるものではない。
「サイトさん、うれしそー」
「あ、いや……まぁこういう綺麗な光景好きだしなぁ……」
カメラでも持ってくれば良かったかな……。
いや、拉致同然にこの世界に転移させられたから用意なんか無理だったか。
「”ラズベランの街”はここから西に二、三時間歩いたところにあります」
「結構道のり長いなぁ……」
この世界には自動車なんて無いのは分かってるが、この先の旅もずっと徒歩だと考えるとゾッとする。
「ねぇ、カルミアちゃん。もっと移動が楽になる公共機関とかない?」
「んー? 馬に乗り継ぐ駅逓所ならありますけど結構なお金が掛かりますよ?」
「それってどれくらい?」
「例えば、グリムダールからラズベランまでの距離なら大体1,200ルピーくらい? 一人辺りの金額なので二人だと倍掛かりますよ。当然、レンタル料金なのでもし馬を購入するとなると今の所持金だと……」
「きっつ」
王様から貰った軍資金は合計で3万ルピー。
この先の旅を考えると無駄遣いは出来ない。当然、馬を買う余裕なんか無い。
しかしずっと徒歩で旅を続けるなんて無理だろうし、どうにかお金を工面する方法を考えないと……。
「――サイトさん、止まって!」
「え?」
カルミアちゃんの突然の言葉に僕は足を止める。
「魔物です、前方から3体接近してきます!」
「な……っ」
カルミアちゃんの言う通り前方に目をこらすと、小さなシルエットがこちらに迫ってきているのが見えた。
3つの影は草むらを掻き分けてこちらに接近してくる。
「サイトさん、戦闘準備をお願いします」
「わ、分かった」
戦闘準備と言われて慌てて腰に下げた鞘から引き抜いて不慣れな手つきでロングソードを両手で構える。
だが、まともに剣を扱ったことのないのに魔物との戦いなんて出来るのか……?
カルミアちゃんは僕に指示を出すと、腰から僕の剣よりもやや短いくらいの短剣を取り出す。
「来ます!」
カルミアちゃんは前方に目をやり右足を僅かに後ろにズラし腰を落として短剣を構えた。
僕達に迫っていた魔物もこちらに気付いたのか動きを止める。
そして双方ジリジリと距離を詰めて、その姿がハッキリと確認できた。
「あ、あれは……?」
3体の影はまるで子供のような外見だった。
しかしよく見てみると人間の子供にしては肌の色が岩のように灰色で妙にやせ細っている。
そして決定的に違うのはその顔だ。
顔はまるで年老いた老人のようにシワシワで口元には鋭い牙が生えている。
手には木の棒が握られ棒の先端は金属の釘が複数刺さっており殺傷力が高められている。
「あれはゴブリンって魔物です。力は弱いですが知性があって武器を扱います。奴らは個体では強くありませんが集団で襲い掛かって来るので注意が必要です」
「……そうか」
あの魔物の名前はゴブリンという名前らしい。正直、まんまだな……というのが感想だ。
あれなら僕でも倒せそうな気がするが外見が人間に似てるのが少し厄介だ。
脳が人間だと誤認してしまい攻撃を躊躇してしまうかもしれない。
「ケタケタケタケタ!!」
「グエッ! グエッ!!」
「ゴブッ! ゴブッ!」
ゴブリン達はこちらを見ると、口元が口裂け女のように大きく裂けて、甲高い声で笑い出す。
「サイトさん、来ます! 構えてください!」
カルミアちゃんはそう言うと、ゴブリン達のいる方向に向けて駆けだす。
「カルミアちゃん! って早い!!」
僕も彼女を追おうとするが、とんでもなく早い。
ゴブリンから十メートル以上離れていたのに彼女は僅か数秒でその距離を一気に詰める。
「ケタケタ!!」
「ギェッ!」
先頭に居たゴブリンが手に持った木の棒を振り回しながらカルミアちゃんへと襲い掛かる。
しかし、彼女はその攻撃をヒラリとかわすとそのままゴブリンの懐に潜り込んだ。そして持っていた短剣で相手の喉笛を切り裂く。
切り裂かれたゴブリンの喉元から紫色の血が噴水のように噴き出して呆気なく地面に倒れる。
「一匹!」
カルミアちゃんは斃した魔物の数を口にして次の標的に向かって走り出す。
「ギ、ギエッ!!」
ゴブリンは彼女の勢いに押されたのか、慌てて手に持った木の棒で彼女を横薙ぎに殴り付ける。
「甘い! これで二匹っ!!!」
しかしカルミアちゃんはその攻撃を回避せずに、短剣に軽く受け止め、右足を軸にして左足をゴブリンの顎に思いっきり蹴り上げる。
「ガフッ!!」
「おおっ!」
彼女の美しいハイキックでゴブリンが空に蹴り飛ばされると同時に、彼女の美しい太ももが露になり思わず僕は感嘆の声を上げる。
もう少し、もう少しで中身が見えそうなのに……!!
『……駄犬』
脳内でバグ女神のゴミを見る様な視線を感じてそんな状況ではなかったと猛省する。
「もう一匹は何処!?」
カルミアちゃんはゴブリンが蹴り飛ばされて空中を舞って地面に斃れるのを確認すると、次の標的に目を向けるが姿が見えなくて視線を彷徨わせる。しかし……。
「ギイイッ!!」
遠目に見ていた僕は彼女よりも敵の存在に気が付いた。
残ったゴブリンはいつの間にか距離を取っており予想外の行動を起こした。最初に手にしていた木の棒を捨てて、どこから入手したのか木の矢と弓を取り出して彼女に向けて矢を構えていた。
「っ!」
アレは流石にヤバい。
”俺”は無茶を承知で残ったゴブリンに向かって全力で駆け出す。
「うぉぉぉぉぉ!!」
ゴブリンの注意をこちらに向けようと雄たけびを上げながら走る。
そのお陰かゴブリンの注意がこちらに向き――ゴブリンは気味悪くニタリと笑い、今度はこちらに矢を構え直した。
「くっ」
いざ自分に注意が向くと俺は怖くて足が止まってしまう。
だがそれが結果的に幸運だったのか、偶然にも足がもつれてその場で転んだ。
次の瞬間、俺がさっきまで立っていた場所にゴブリンの矢が突き刺さり、土を抉った。
「ひぃ!!」
顔から血の気が引いて行くのを感じる。
もし転んでいなかったら、あの矢は確実に俺の心臓を貫いていただろう。
しかし、ゴブリンはそんな俺に再び弓を構える。
「うっ……!」
なんとか両腕で立ち上がってその場から離れようとするが、回避が間に合わない。
「三匹目っ!」
が、ゴブリンの背後にカルミアちゃんが瞬時に現れる。彼女の右手がブレたと思った瞬間には、ゴブリンの首から上と胴体が切り離されていた。
「サイトさん、大丈夫ですか!?」
ゴブリンの首を短剣で軽く両断したカルミアちゃんは、残ったゴブリンの肉塊を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばしてこちらに駆けてくる。そして未だに立ち上がれていなかった俺……”僕”に手を差し伸べてくれる。
「あ、ありがとう……」
あまりの情けなさに顔を背けたくなったが、彼女の手を取ってどうにか立ち上がる。
『ぷぷっ……! あ、いや、笑ってませんよ?』
死ね、クソ女神。
文句があるならてめぇが戦えよ。
「ありがとうございます、助かりました」
と、脳内で女神を罵倒していたら何故カルミアちゃんにお礼を言われた。
「いや、どう考えても助けられたのは僕だと思うんだけど」
「でも、私が弓で狙い撃ちされると思って囮になってくれたんですよね?」
「それは……そうなんだけど」
「お陰で怪我しなくて済みました! 本当にありがとうございます!」
彼女はそう言って僕の手を掴んで微笑む。
「……ど、どういたしまして……」
彼女の言う通りではある。しかし想定した状況とは全然違っていた。
理想としては僕の行動でゴブリンを動揺させる。
その隙を狙ってカルミアちゃんが倒してくれればいいなー……という流れだったのだ。
だが実際の所、ゴブリンは気圧されるどころか、僕の滑稽な姿をあざ笑って攻撃を仕掛けてきた。偶然飛んできた矢を躱せたが彼女が来るのが少しでも遅れていたら二射目で殺されていたかもしれないのだ。ぶっちゃけ運が良かった。
女神の言葉に暴言を吐いてしまったが笑われても仕方ない。いや、死に掛けてる所を笑い飛ばしてるあのクソ女神の人格は大概酷いとは思うのだが、流石に本当に死んでたら笑うような事はしないだろう。
……多分。
『失礼な。流石に死んだら笑ったりしませんよ』
なら最初から笑ってんじゃねーよ。
「それにしても……あれが魔物か……想像よりもずっと恐ろしいよ」
最初に『あれくらいなら僕でも倒せそう』なんて思ってしまったのはとんだ勘違いだった。
あの調子では一対一でも勝てるか怪しいだろう。
昔ヤンチャしてたこともあって多少の喧嘩くらいならやれると思ったが、あれは喧嘩ではなく完全な”殺し合い”だ。
事実、ゴブリンは僕達二人を完全に殺す気で来ていた。
それが分かっててカルミアちゃんも一切容赦する様子がなかった。
喉を切り裂いて絶命させ、ハイキックで顎を完全に粉砕して失神させ、最後に至っては短剣で首を両断だ。
普段の可愛らしい彼女から想像出来ないほどに戦い慣れしている。正直、彼女に対する認識を改めないといけないかもしれない。
そして肝心な僕は何の覚悟も出来てなかった。
魔物との戦いにビビってはいたが、ゲーム好きなのもあって実は少しだけ興味があったのだがそんな余裕なんて全く無かった。
いざ戦いになったら何も出来ず、出来た事といえば、雄たけびを上げて情けなく転ぶという醜態だけだ。
こんな体たらくじゃこの先が思いやられる……。
『この世界は弱肉強食なんです。大人しくバグ修正だけしてればこんなことにならなかったのですが……ね。こうなってしまった以上、どうしようもありませんが……』
今までふざけた態度しか見せていなかったバグ女神が急に真面目な声で僕に語り掛けてくる。
「ああ……そうだな。本当にそう思うよ……」
確かにその通りだ。僕は異世界に転生して浮かれていたのだろう。ここは日本じゃない。そして僕がいた世界とも違うのだ。魔物なんてものが存在する以上、命の危険は常にあるという事を理解していなかった。
「さ、サイトさん。行きましょう♪」
「……ああ」
彼女の屈託のない笑顔を見て、僕は思った。
”俺”は本当に、彼女と共に歩んでいける資格があるのだろうか……?
読んでくださってありがとうございます。
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