第01話 異世界だよ。やったね!
初投稿です。
きらびやかな中世ヨーロッパのお城を連想させる王宮の中。そしてその謁見の前にて、僕は冠を付けて如何にも豪華な王座に座る白髭を蓄えた王様の前に立たされていた。
「よくぞ来てくれた勇者よ!」
「いや、誰が勇者やねん」
予定と違うので思わず突っ込むが、目の前の王様は僕の発言をスルーして言葉を続ける。
「儂は其方のような若々しくて頼りになる青年を待っておったのだ!
実はこのグリムダール城……いや、この世界に危機が迫っておる!其方も知っておろう、闇魔界の魔王が異世界からこの世界を破滅に導こうとしている事を!」
「いや、全然知りませんが……」
「そして事態は急を要する。なんと儂の一人娘である姫が魔王の部下の魔族に浚われてしまったのだ!このままでは娘が……! そこで……勇者よ!」
「いや、だから僕は勇者じゃないですって」
「その魔族を倒すべく、姫を助け出したのち、魔王を討ってくれ!!」
「お断りします」
「……と、青年よ。そういえば其方の名前を聞いてなかったな」
「聞けよ人の話」
『無駄ですよ。その人、自分が気持ちよくしゃべる時は人の意見聞かないので』
頭の中に響く忠告。
そう言われても、このまま勇者に仕立て上げられても困るんですが……。
「其方の名は何と申す?」
「ああもう、会話が成り立たない……。ええと……僕の名前は……」
目の前の王様に名前を問われ、仕方なく僕は名前を伝える。
「そうか、其方は―――」
……さて、突然だが、何故僕がこのような状況になっているか説明が必要だろう。
それは数時間前にさかのぼる。
◆◇◆
「……今日も一日が終わったか」
高校を卒業して就職を選んだ僕は、小さなゲーム会社に入社しとある仕事に就いていた。
ゲーム開発にはデバッグという仕事がある。
プレイしてバグが無いか確認する仕事で、それが入社して初めて与えられた僕の仕事だった。一見、仕事でゲームが出来ると考えればゲーム好きにはまさに遊んでお金を貰える夢のような仕事に聞こえてしまうだろう。
だが実情は全く違う。デバッグの仕事は地獄だ。
分かりやすく例を一つ出そう。
僕が仕事初めに手を付けたRPGと呼ばれるジャンルのゲームの話だ。
手渡されたゲームを専用のエミュレーターを通してPC起動してプレイを始めて30分ほど、ゲーム内でイベントが発生して戦闘に入る。序盤のボスなので難易度はそこそこ。普通にやれば勝てて当然だ。
ここまでの流れで学んだ基本的な操作でコマンドを入力し、敵に確実にダメージを与えていく。そしてボスモンスターが倒れる派手な演出が入り、そのまま画面が暗転。
すぐに次のイベントシーンが流れる……と思っていたのだが。
『――エラー発生。ゲームが終了します』
普通にプレイすればまず聞くことがないメッセージと共に画面が黒に染まり、そのままエミュレーターの画面がブラックアウトした。
こんなに早く異常が起こるとは……だがこれがバグなのだろうと思い、僕はデバッグシートと呼ばれる紙に今の出来事を記入し、上司の元に報告しにいく。
しかし何故か怒られてしまった。上司が言うにはバグを見つけるだけでは駄目らしく、どういった条件で発生するかも細かく確認しないといけないらしい。
仕方なく僕は席に戻って、もう一度最初からプレイし直す……が。
「……あれ?」
二度目のプレイで同じようにボスを倒したら暗転後、普通にイベントが始まってしまう。
もしかしてさっきのは物凄く低確率で起こる再現性のないバグなのだろうか。
そう思い、僕はリセットしてもう一度ボスと戦う。
三回目、問題なくイベント発生。
四回目、問題なくイベント発生。
五回目、問題なくイベント発生。
六回目、問題なくイベント発生。
七回目まで連続でボスを倒したが普通にゲームが進行してしまう。
もしや一回目は極低確率で起こる再現性の無いバグだったのだろうかと思いながら、念のためにもう一度やり直す。しかし、八回目に一回目の時と同じ流れで暗転後に画面がまたフリーズしてしまう。
理由が分からず繰り返し遊んでバグが起こる条件を探っていく。そして5ターン目に僕が「防御」のコマンドを選択している時だけ高確率でフリーズすることが分かった。
とまぁ、こんな感じでバグを絞っていくわけだ。ゲームをプレイするといっても素直に楽しめるわけじゃなく、非常に地味なトライアンドエラーを繰り返していく。
で、これをどれだけやるかというと、ゲームの最初から最後まで。
戦闘に限った話ではなく、フィールドマップを歩いた時にも起こるバグ、敵の宝箱を拾ったらフリーズするバグ。キャラクターに話しかけた時にもバグ。
こういったものを見つけては上司に報告して再現性を確かめていく。
そして最悪なのが、ゲームがアップデートされる度にこれを最初からやり直す事になるのだ。
バグが見つからなければ良いがバグが起こらない事はあり得ないので基本的に見つけるまで単純作業を延々と繰り返す。そしてバグが見つかればその修正の為に最初からやり直しだ。
デバッグじゃなくて賽の河原の仕事って言った方が良くない?
新人だからこの仕事を押し付けられたのかもだが、僕がこの仕事に就いてもう2年は経つが未だに他の仕事をやらせてもらえない。正直しんどい。
ようやく一段落ついてPCを落とし、机の上に置いてあるデジタル時計を見るとPM10:20を指していた。
「終電ギリギリだ……早く帰らないと……」
僕は疲れた体を無理矢理動かし、鞄に荷物を詰めて席を立つ。
そして残っていた社員に声を掛けてから足早に会社を出る。
「お疲れ様でしたー」
「おー、お疲れー」
上司の適当な労いの言葉に頭を下げてから会社を出ると、すぐに駅に向かって走り出す。ここから家まで電車で1時間ほど。今から乗らないと終電を逃せば家には帰れない。駅まで全力疾走し、ギリギリの所でなんとか電車に乗り込む。
何とか座席を確保することが出来たので、僕は隣の人の邪魔にならないように身を小さくして鞄を足元に置く。電車に揺られること20分ほど経った頃、僕は仕事の疲れもあって居眠りをしていた。
「お客さん!終点ですよ!」
「え、あっ!?」
車掌のアナウンスで目が覚めた僕は慌てて電車を降りる。そのまま改札を出て帰ろうとするが、そこで後ろから女性に呼び止められてしまう。
「もし、そこのお方」
「え?」
後ろを振り向くと、そこには控えめにいっても美人な金髪の女性が困った表情でこちらを見ていた。
「(うわ、滅茶苦茶綺麗な人だ……外人さんかな……)」
見た目は20代後半から30代前半といった所か。
長い金髪は後ろで一つにまとめられており、服装も白と青のドレスのような服を着ていた。その女性は僕に向かって「少し宜しいですか?」と尋ねてくる。
「あ、えっと……何でしょうか」
「先程、貴方が電車から降りた時、このような物を落とされていたので……」
女性はそう言って、僕にPCなどで使用するDVDケースを差し出してきた。ケースには何も書かれていない。
「あ、あぁ!ありがとうございます!」
おそらく仕事用データが入っていたROMだろう。急いでたので鞄に入れた物を落としてしまったに違いない。僕は慌ててその女性からDVDケースを受け取り、頭を下げてお礼を言う。
「いえ、それでは私はこれで」
女性はそう言ってこちらに手を振って隣の改札から駅を出ていった。
「危ない危ない……仕事のデータを紛失する所だった」
万一にでもデータが無くなったら、上司に怒られるだけじゃすまなかった。
下手すれば社外にデータが漏れて会社に大きな損失を与える可能性だってあるのだ。
そうならなくて良かった、と僕は胸を撫で下ろし帰宅を急ぐのだが。
「……あれ?」
でも、おかしいな。
会社のデータはPCに入れたまま持ち帰らずに出たつもりなんだけど……。
ふとそう思ったが、「まぁいいか」と僕はすぐにその考えを頭の隅っこに追いやって家路を急いだ。
◆◇◆
「ただいまー」
仕事から帰宅した僕は玄関で靴を脱いでリビングに向かう。
そして鞄をソファーの上に放り投げてそのままキッチンへ。冷蔵庫からビール二つと、昨日スーパーの帰りに買ったおつまみを取り出し、それをレンジでチンしてから自室まで上がると部屋のドアを閉めて家のPCの電源を入れる。
電源が入る前の間、僕はビールのステイオンタブを開けて一気に喉に流し込む。
「っかぁぁぁ……!仕事終わりの一杯は最高だね!」
そのまま鞄を机の前に移動し、PCが立ち上がるまで僕はおつまみの袋を開けてそれを口に運ぶ。
そしてビールを飲みつつネットサーフィンをしていると、ふとさっき金髪の女性に渡されたケースの存在を思い出す。
「……そういえば、アレ。なんで鞄に入ってんだろ」
疑問に思った僕は、鞄の中に入れてあるケースを取り出して、中に入っているデータ用のDVD-ROMをPCのドライブに入れて読み込ませる。
すると……。
ガガガガガガガガガガ……。
「!?」
突然、PCのドライブにDVD-ROMを入れたのと同時にPCが読み込み中の画面からフリーズし、マウスやキーボードも操作を受け付けなくなる。
「は!?え、ちょっと!?」
何度かカチカチとクリックして再起動を試みるが全く反応しない。
そして僕が慌てていると、画面が突然が発光し始め―――
「―――え」
僕はその画面から目が離せなくなり、そのままPCの画面に身体ごと吸い込まれてしまった。
◆◇◆
「ん……んん……」
僕はゆっくりと目を開く。すると、そこは先ほどまで僕がいた自分の部屋ではなく、白くて何もない空間が広がっており、僕はその空間に仰向けに倒れていた。
「な……なんだここ?」
身体を起こして周りを見渡すと、足元に一枚の紙が落ちているのを見つける。僕はそれを拾い上げると、そこには『準備中、少し待って』と書かれていた。
準備中……?
疑問に思っていると、突然その紙切れがフワッと浮き上がる。そして、なんとそこからホログラムのような映像が投影され始めた。
『ようこそ、救世主様』
そのホログラムは女性の姿を映し出しており、僕は一瞬「誰だ?」と疑問に思うが、すぐに先ほど電車の中で出会った金髪の女性だと思い出す。
「あ!アナタはさっきの……!」
『はい、どうも。突然こんなところに連れてきてごめんなさい』
僕は混乱していた。目の前で投影されたホログラム映像の女性は、とても優しそうな雰囲気を醸し出しているが、どこか非現実感を思わせる。
そんなよく分からない状況に混乱していると、彼女は僕の目を見ながら話し始めた。
『申し遅れました。私は■■■■と申します』
「は?」
今、彼女が発した言葉が上手く聞き取れなかった。
『早速不具合が発生してしまいましたね。それでは私の事は置いといて貴方に頼みがあります』
「一番気になる部分を置いとかないでくださいよ……で、頼みとは?」
『はい。貴方には、異なる世界に転移して頂きます。そして――』
――まさか、異世界転移!?
さっき、僕の事を『救世主様』とかいって言ったし、まさか世界を救えとかそんな事を言うんじゃ―――!?
「む、無理ですよ。僕が世界を救うなんて――」
『貴方には今から送る異世界に蔓延る不具合――要するにバグを探し出してほしいのです』
………。
「え、バグ?」
『はい。私はこちらの世界を管理する立場にある者なのですが……その世界に外部から現れた存在がウイルスを撒き散らし、結果不具合……バグだらけになってしまったのです。そこで貴方の力を借りたいのです』
「いや、あの……」
『救世主様。言いたいことは分かります。
異世界に転移するなら「普通は魔王を倒して世界を救ってくれ」と頼むものだと言いたいのでしょう。ですが魔王なんて、その辺の人間を連れてきてどうにか出来る存在ではないのです。というか戦いの素人を連れてきて世界なんて救えるわけじゃないですか。そんな事も分からないのですか』
「なんで急に説教されてるんですか、僕は……」
『……私がこうやって話し始めると決まって勘違いをする方ばかりでしたので……。
まぁ、世界を救うという意味ではそこまで差異は無いのですが、貴方に任せたいのは別に魔王討伐ではなくデバッグです。貴方はデバッガーとして異世界に転移してもらいます』
「は……? で、デバッグ……!?」
まさか異世界に来てもデバッグさせられるのか……?
あの、いつまで経っても終わらない賽の河原のような地獄の業務を……!?
異世界と聞いてちょっとワクワクしたのに……! 僕は頭を抱えて蹲る。
『そんなに心配しなくても大丈夫です。デバッグと言っても、一度修正を加えた部分が周りに影響を及ぼしてバグが増えるなんて事はありません。ゲームのバグ取り作業に比べたら、まだ簡単な方です』
「そうなんですか? でもそれなら現地の人にやってもらえばいいんじゃ……?」
僕がそう質問すると、その金髪の女性は悩まし気な顔をして額に手を当てる。
『それが出来ればいいのですが……。残念ながら、現地の方々は”バグ”を認識出来ないのです。例えば、そうですね……』
女性はそう言って、額から手を離して何かをブツブツと呟く。
すると、その姿が一瞬消えて再び現れる。
『さて、救世主様。今の私の姿がどう見えますか?』
「どうって、さっきと何もかわらな―――」
何も変わらないじゃないですか、と口にしようとして僕は言葉を詰まらせる。最初は目の錯覚かと思ったが、彼女の顔がモザイクのような状態になっている。
「あの……何かモザイクみたいなのが掛かっているんですけど……」
『はい、敢えて構成している要素に不具合を生じてさせてみました。
これから貴方が向かう異世界には、こんな感じの不具合が散見されると思いますので、今の間に慣れておいてください。ですがこのモザイクも現地の方には一切認知出来ないので注意してくださいね』
「あの、顔にモザイクが掛かってるのが不気味で落ち着かないんですが」
『お気に召しませんか? ではこれはどうでしょう?』
女性がそういうと、今度は目線の部分に黒い線のようなものが走る。
「今度は怪しくなった!! 犯罪者みたいですよ!?」
『さて、先程バグで自己紹介が出来ませんでしたので、改めて私の事を語りたいと思います』
いや無視すんな。
その黒い線入れたまま話を続けるつもりかこの人。
『私は、女神―――女神■■■■と申します』
「またバグってるんですけどおぉ!!」
思わず僕は叫ぶ。
だが目の前の女神を名乗る女性は特に気にした風もなく首を傾げて言う。
『どうやら言語設定に不具合があるようですね……。仕方ありません。私は”バグ女神様”と名乗る事とします。貴方も私の事をそう呼んで頂いても構いませんよ?』
「バグ女神様って……いや、もうそれでいいです」
『それでは話を戻します。これから貴方を異世界”バグワールド”に送り込みます』
異世界の名前の時点でもう救いようがない。
『そこで貴方は世界を蝕む”バグ”を探し出してほしいのです。
また、そちらで対処可能な物はそちらで処置してもらう事になります。……ええと、今の間に他に何か訊きたいことはありますか? もし無いなら、このまま転移に入りたいと思いますが……』
「い、いやちょっと待ってください。それ僕がやらないといけない理由ないですよね。僕にもこっちの生活と仕事がありますし……」
『異世界に行けばこちらの生活は気にする必要ありませんよ?
貴方がやらないといけない理由は……そうですね。貴方がゲーム会社でデバッガーとして働いていて、既にある程度の知識を持っている事。それと……ちょうどその年齢だからですね』
「へ?年齢……?」
『はい、貴方は今20歳ですよね?』
「え、ええ……そうですけど」
『良かった……。それに顔立ちもそんなに悪くは……多少、顔に上方修正加えた方がいいかもしれません……』
今、めっちゃ失礼な事言われた気がする。
『こ、こほん……。まぁ、貴方はこの世界を修正するだけの知識と経験があり、それなりの若さと器量を備えている……ということで納得お願いできますか?』
「若さに何の関係が……あと、さっき僕の顔に修正がどうのって」
『こほん! それについては追々と……』
「それに、僕がそんな仕事を引き受けるメリットがありませんよ!」
『―――では、貴方の仕事の出来栄えに応じて願いを叶えてあげましょう。そうすれば異世界の生活も困ることはありませんよ?』
「いや、でも……」
『何なら、仕事が終わった後もずっと異世界に残っても問題ありませんし。今から転移する世界の女性は、皆綺麗で可愛いですよぉ……? それこそ、日本のアニメの美少女並みに……』
「うっ!?」
そ、その誘惑は自分みたいなオタクには抗えない魅力が……!
『何なら、その世界の女性の一人を好きにする権利でも付けてもいいですよ。貴方の好きなように可愛がってください』
「マジですか!?」
『ええ、それはもう……え!? それでやる気になるんですか……うわぁ……』
自分で言っといて引いてるよ、この人。
『まぁ……その権利を与えるかどうかは今後の貴方の仕事次第ということで……。勿論、異世界の生活に苦労しないようにある程度こちらでサポートしますし……どうです?悪くない話だと思いますが?』
「う、うーん……」
いや待て。この人にうまい事丸め込まれてないか……?
だが、確かに異世界にはちょっと興味があるし……でも仕事もあるし……。
それに僕が異世界でまともに生活できるとは……魔物とかだってきっと居るだろうし……。
……ていうか、そもそもちゃんと帰ってこれるか聞いてないぞ!?
「や、やっぱり、ことわ――」
『はーい♪ 異世界にご招待~♪』
「は!?ま、待て!うおぉぉおぉぉぉぉ!?」
僕が異世界に行くのを断ろうとした瞬間、金髪美女が指をパチンと鳴らす。すると、途端に僕の足元に魔法陣みたいな円形の光が発生する。
その光に僕は吸い込まれていき――。
『それでは頼みますね♪』
そんな女性の声を聴きながら僕は異世界へと転移したのだった……。
ひとまずここまで。続きを書くか少し悩んでいます。
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