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気づきへの扉〜理解できなかったあなた〜

作者: Ito

 私は定野凛。13歳の中学2年生。今とても幸せだし、自分で言うのもなんかおかしいけど、私は優しい方だと思う。両親には生んでくれたこと、育ててくれていることに常に感謝しているし、それをきちんと言葉にもする。中学校では学年委員を務めていて、クラスメイトは仲が良く、皆んなといるといつも笑顔になれるから楽しい。しかし、1人だけ苦手な人がいた。

 ある日、学年委員の集まりで遅くまで残っていた。大分遅くなったので、急いで帰ろうと下駄箱に向かっている途中、忘れ物に気付き、集まっていた教室に戻ったが見つからなかったため自分の教室に向かった。教室を開けると、誰かが椅子に座っていることに気づいた。

「遅い時間にまだ誰かいたのか。確かあの席は…佐々木さん?こんな遅くまで何で残っているんだろう。」

頬を机につけ、窓を見ているのか寝ているのかは分からないが、廊下側に背を向け窓側に顔を向けている。

「そんなことより忘れ物…あ、あった」

忘れ物を見つけるとすぐに帰ろうとしたが、ふとそのクラスメイトが気になり、声を掛けてみることにした。

「華ちゃん…だよね。誰か待っているの?」

すると、佐々木さんが上半身を起こしてこちらを向き、こう答えた。

「誰も待っていないよ。ただ家に帰りたくないだけ」

「え、どうして?今、両親と喧嘩中とか…?」

「ただ父親が大嫌いなだけ。この世で1番ね。家に帰っても地獄なだけだから、こうして時間を潰しているの。あんな人、地獄に落ちてしまえばいい」

その言葉に、凛は大いに驚くと共に、少しの疑問を抱きつつこう答えた。

「なぜ嫌いなの?」

「なぜ?うまく言えない…ただ、最低だから、かな」

「大変、なんだね…。でも、早く帰りなよ!もう暗いし」

「私はもう少しここで時間を潰すよ」

「そっか。じゃあ、またね」

凛は教室を出た後、怒りに近いようなモヤモヤを感じていた。

「自分の父親を最低だと思うなんて、感謝も何もないなんて、終いには地獄に落ちてほしいと思うなんて恐ろしい。嫌なことをされたのかもしれないけど、生まれてきたのは父親のお陰なんだよ?父親が働いていなければ学校にも通えていない、何があっても感謝は忘れないべきでしょ。私には全然理解できないわ…」そう信じて疑わなかった。

 今日は8月15日、終戦日である。学校があったので、皆んなで黙祷を捧げた。1分間の黙祷を捧げた後、先生が言った。

「佐々木さん、今、目を瞑って黙祷していましたか?先生が見渡す限り、黙祷をしていなかったのは佐々木さん、あなただけでしたよ」

「黙祷はできませんでした。というか、先生も黙祷していなかったということですよね」

「先生は皆んなを確認していたんですよ。何ですかその態度は!大人に向かって」

「…。」

「で、黙祷をしなかったのはなぜですか?生きたくても生きられなかった人がいるんです。そういう人たちに思いを馳せることは、今生きていることに感謝をするということです。今を生きている人として、しなくてはならないことです」

「生きていることが苦しいからです」

すると、先生が答えた。

「だからって。生きているって当たり前じゃないんですよ。私の父親は交通事故で亡くなりました。その時、私は命が儚く消えてしまうことを知ったんです。生きていることは決して当たり前じゃない。中学生のあなたにはまだ経験がないかもしれませ…」

「先生。生きたくても生きることができなかった人がいるのは分かっています。その苦しみや痛みは、想像を絶するものだということも。だからこそ、こうしたものを形式だけで行う人にはなりたくありません」

「黙祷をしない大人になったら、周りはあなたをどう見ますか。あなたが困るんですよ」

「先生、それでも教育者ですか。周りの目を気にして、体裁を気にして、嘘をつかなきゃいけないのですか。先生、確か5歳の息子さんがいらっしゃいましたよね。その息子さんに、食物への有難みを伝えるよりも、ただいただきますと言わせることを重視するのです…」

「佐々木さん!誰に向かって言っているのですか。それが先生に対する態度ですか」

クラスメイトはクスクス笑っていた。佐々木さんは黙り、授業が進んだ。私はやはり、佐々木さんは変わっているし、理解ができないなと思った。 

 「ただいまー」

家に帰ると、大好きなハンバーグの匂いがした。物凄くお腹が空いていた私は、ワクワクしながら椅子に座った。

「いただきます」

その時、ふと佐々木さんの言葉を思い出し、今日の出来事を母親に話した。すると母は言った。

「その子、本当に13歳!?凄いわね…。お母さんも見習わなきゃいけないくらいだわ」

「なぜすごいと思うの?生きていることに感謝するなんて、人として当たり前じゃない。お母さんもよくそう言っているよね。そうでしょ?」

「もちろん。それは間違っていないわ。でもね、その子の気持ちはとても分かるわ。なぜその子が生きていることを苦しいと思うのかお母さんは分からないけど、苦しいのに生きていることに感謝しなさいと言われたら、きっとさらに苦しい気持ちになるに違いないわ。その子はもっと自分を責めてしまうかもしれない」

「どうして?」

「生に感謝できない自分に今度は嫌気がさすからよ。でも、そういう人は生と必死に向き合っている人でもあると思うわ。黙祷の件のように、日々を過ごしていると形式だけ、つまり何かをこなすだけになりがちで、何かを行っている意味を忘れてしまうことは結構あるの。お母さん、大切なことを思い出したわ。その子に感謝しなくっちゃね」

「なるほど…。よく分からない」

「じゃあ、凛の苦手なトマトを、食べたくてもアレルギーで食べられない人がいるから感謝して食べなさいと言われたら、どう?」

「関係ないし、は?と思うよ。だって食べなくてもいいじゃん」

「お母さんの例えが合っているか不安だわ。(笑)まあでも、嫌なモノに感謝しなさいと言われたら、なぜ?と疑問を抱くでしょ」

「それはそうだね」

「もちろん、凛の好きなケーキを、食べたくても卵アレルギーで食べられない人がいるから感謝しなさいと言われたら、感謝しなきゃとすぐに思えるはずだわ。生というのは皆んな同じ、皆んな生きているわね。でもそれを幸と感じるか不幸と感じるかは、人それぞれなのよ。同じ条件で生きている人なんていないわ。あなたは一般的に恵まれているから、もっと柔軟に考えないといけないわね」

「なるほど。なんか、佐々木さんの言っていることが分かった気がする」

母から言われたことに思いを巡らせながら、ベッドにダイブした。電気を消し、真っ暗になったからだろうか、今日の教室の光景が鮮明に浮かび上がってきた。

「そういえば先生が、大人に向かってなんですかその態度は…みたいなことを言っていたよな。大人が全て正しいと思っていたけど、そうではないな。それに、私が正解だと思っていたことも、決してそれが全てではないんだな」そして、私はある日の放課後に佐々木さんに話しかけた日のことを思い出した。

「今日のお母さんが言っていたことを踏まえると、父親に何をされているかも知らないで佐々木さんのことを理解できないと思うのは、あまりに早とちりだったな。私は父親が大好きだから、感謝できるのは当たり前なのかもしれない。条件が異なる中で生きている人々を、尊重しなければいけない。それは大人である先生も同じはずだ」

そんなことを思いながらいつの間にか朝を迎えていた。

「おはよう~。あ、おはようって、なぜおはようなのかな。早いに敬称のおをつけた言葉なのかな?」

「お早くから、ご苦労様でございますという略称と聞いたことはあるわね。合っているかは保証しないわよ(笑)」

「そうなんだ。ただおはようという4文字を並べて発していたけど、意味が分かると心を込めて言うことができそう。私、佐々木さんともう一度話してみようと思う」

「そうね。その子のお陰で大切なことを思い出したわ。私も感謝を伝えたいくらいよ!」

「お母さん、行ってきます!」

 私は1日中佐々木さんに声を掛けるタイミングを窺っていたが、中々勇気がでなかった。人見知りはしないはずだが、緊張をしていた。結局帰りの会まで話しかけられなかった。

「今日は諦めるか…」

そう思いながら、部活であるバレーの練習場に向かった。部活が終わり、下駄箱に向かった。しかし、今も教室に佐々木さんがいるかもしれないと思った私は、すぐさま教室へ向かった。ドアを開けると、佐々木さんはいなかった。

「さすがにいないか」

そう思いながら下駄箱に向かった。すっかり外は真っ暗で、雨も降っていた。傘を差し帰路につくと、交差点で傘もささずにずぶ濡れになりながらしゃがみ込んでこんでいる女子中学生が居た。

「佐々木さん…?」

彼女が佐々木さんだと気づくと、急いで彼女に駆け寄り傘を差しだした。

「華ちゃん!!!」

彼女はこちらを見た。そして、泣きそうになりながら言った。

「あ、学年委員の定野さんだ。傘、ありがとう」

「こんなところで何しているのよ!びしょ濡れじゃん」

「頑張って帰ろうとしたけど、足が前に進まなくなっちゃった。何だろう、もうバカバカしくなってね。私、性格悪いのかなとか、生まれた時からこういう運命だったんだろうな、とかさ。自分に益々自信が持てなくなって、このまま…」

「待って!私、華ちゃんのことすっごく誤解していたことに気づいたの。私ね、華ちゃんの気持ち、少しかもしれないけど分かるよ!黙祷、あんなに誠実に命と向き合っている人はいないよ!すごいよ!まだ13歳なのに。きっと色々な経験をしているんだよね、他の誰にも共感してもらえないようなことを、経験しているんだよね…。私、あなたのことを尊敬する。だって、私も嫌なトマトには感謝できない!」華ちゃんは最後の一言で笑った。最初は涙を見せていたのに。やってしまったと思った。

「ごめん!そんな軽いことじゃないよね…」

「…(笑)面白い、定野さんって。学年委員だからしっかり者のイメージがあったけど、かわいいね」

照れながら私はこう言った。

「凜でいいよ!凜って呼んで」

「分かった。凜ね。ありがとう、凛。私、ずっと同じ経験をしている人にしか私の気持ちが分かるわけないって思っていたの。でも、そうやって分かろうとしてくれるなんて感動しちゃったな。分かろうとしてくれる人がクラスに1人でもいるなら、これからも何とかやっていけるかも」

その後、私は華ちゃんと話すようになった。彼女はあの酷い先生のことも冷静に見つめていた。

「私も身近な人が交通事故にあったら、生きていることが苦しくて感謝できないなんて言う人に怒っちゃうと思うなあー」

彼女の想像力は優しい、そう思った。

 私は自分が優しい人間だと思っていたが、それは整った環境があったからこその余裕だということに気づき、優しさというものを改めて問い直すことにした。また、自分の経験外であることへの理解の努力を惜しまないようになった。そして何より、言葉を大切に使いたいと思うようになった。



#1本当に大切なこと

 お読みいただきありがとうございます。小説家に憧れて長編小説を書いていましたが中々進まなかったので、まずは短編小説から始めることにしました。☺︎今回の短編小説には、現代における問題が幾つか描かれています。自分の信念が全てだと思っていた定野凛が、理解できない学生と出会ったことで経験外のことにも思考を巡らし、他者に寄り添うことができました。華はそうした凛の姿勢に、大いに救われました。学生という時期は、狭い世界の中で生きなければならない心苦しい時期でもあるかもしれません。おかしいと思うのに、その気持ちを押し潰されるような理不尽なこともあるかもしれません。しかし、本当に大切なことを思い出し、一人じゃないということを知ってほしい、そんな思いで書きました。もちろん、学生以外の方にも読んでいただきたい内容です。届くべき人に届きますように。初投稿!


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