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4.

 晩餐会から直ぐに私は王宮の客室の一つを貸して頂いて生活する事になった。そして侍女や家庭教師まで付けてもらえたのだ。今は文化、歴史などを教えてもらっている。因みに先生は熱血オラウータン夫人と鹿獣人のご老体だ。

 

 それから更に一月後、ミミルキーの個体及び生態調査に少しずつ着手して行く事になった。正直得意分野からは離れているので空いている時間は実施迄の間王宮図書館に通いつめた。

 生態調査と言っても様々で、第一回の今回は一頭毎に識別タグを付ける事を優先。次に繁殖、養育状況など基礎的データを蓄積する。


「ずっとやりたいと思っていた事が実現するなんて嬉しいよ。コリーンともずっと一緒にいられるしね。だからゆっくりいこうな」

「? はい?はい」

「調査は今のところ週に三日を予定している。体力があれば休みの日は観光しようか。俺が国中のおすすめの場所に連れて行くよ」

「ふふ、はい助かります…あ、でもウィンダム王子お忙しいのでは?王子様だし…」

「君に割く時間なら問題無い。俺は弟達と違って独り身だしな」


 そう言ってカラカラと笑う彼。


「…ん?ん?ん?」

「ん?何?」

「え?弟…様達はご結婚されてるんですか?」

「してるよ三人とも。上手い事見つけられたんだ、番をね。しかも三人同時に」

「えー!その話を詳しく聞いてもいいですか?」

「ああ、良いぞ~あれは確か──」


 ウィンダム王子は本当に優しくて親切で気さくな方だった。初めて出会ったあの日、私の状況を察して強引に城に連れ帰ったのも彼の優しさからだったのかも知れない。役目を与えてくれたのも、護ると言ってくれたのも実は凄く嬉しかった。やっぱり一人だと不安だったし怖かった。

 私に魔力耐性が有り、ウィンロードの子供を孕む事が出来るかもと知った時は囲われる恐ろしさから逃げようと思ったが、彼からはそう言ったアプローチは今のところ無いし…正直安心している。


「…ふふ可愛い。傷付いた子猫みたいな警戒心をゆっくり解いていくのもまた楽しいなぁ」

「…ん?何か言いましたか?」

「いや、なんでも。ああ、そうだ。実施の目処がほぼ立ったから四日後からマサラヤマン島に入る。宜しくなコリーン」

「わあ、はい!」


 **


「次々と契約更新の見送りの書状が届いています。侯爵様…」


 文官が震えながらトレーの上に載った十数通の手紙を差し出して来た。侯爵は青い顔をしながらそれを確認する。まだ更新時期では無いものまで再契約について至急コリーンに面会したいと書かれていた。


「あのミッドラン公爵の犬がぁ!コリーンの不在を広めよって!!たかだか小娘一人居なくなっただけでこうも騒ぎ立てよってからに…クソッ!おい!コリーンの所在はまだ分からんのか!」

「いえ…実は…こちらの手紙を…」

「何か分かったのか!」


 トレーに載った手紙の中にコリーンの実家である子爵家からのものを指差す文官。侯爵は「チッ」と舌打ち中を開ける。

 改めて裁判の内容に変わりは無い旨が書かれ、早急に受諾するよう促す内容。一方で賠償金さえ払えば訴えを取り消すともある。

 だが本人から第二夫人になると言う証言があれば持参金の返金だけで済むのだ。コリーンさえ懐柔出来れば…


「ふんっ!金に汚い奴等め」


 自分の所業を棚に上げ苦々しく嘲罵を吐き捨てる侯爵。現時点で正当性は子爵家にある為侯爵側に勝ち目は無い。ぐぬぬ…と唸っていると文官がおずおずと手紙の最後を読んで欲しいと言ってくる。侯爵が薄目で最後の行に目を移すと


『王家のご配慮によりコリーンの所在が通達で明かされている。バムダ王国のマサラヤマン島で正式に何かの調査隊として入っているとの事』


 と書かれていたのだ。


「お、王家?どう言う事なんだ…い、いやそれよりこれはチャンスだ。正確な場所が分かった!コリーンを連れ戻すぞ!そうだ…マサラヤマン島ならアドバルーンで行けば数日で着く。直ぐに手配しろ私が直々に赴いてやる!!」

「は、はい!」


 こうして侯爵は発足したばかりの投資先である飛行船事業先に圧力を掛け、無理矢理機体を確保させバムダ王国へ向け出発させた。数人の侍従に侯爵とバレリオ。新妻は置いていかせ後はコリーンを捕縛する為の人員を詰め込む。一刻も早く彼女を捕まえなければ今期の事業利益は回収出来ず水の泡になる。

 最悪…コリーンの印章を手に入れなければ侯爵家はまたも借金で落ちぶれ、先は無いのだ。


 **


「マー」「マー」「マー」


 そこらかしこから響くミミルキーの鳴き声に癒されながら私達調査隊はマサラヤマンの島を東から進む。 決して大きな島ではないけれど森の中を一日中ミミルキーに識別タグを付けていくのは容易では無い。ウィンダム王子が空から探して追い立ててくれるがミミルキーはダチョウの足を持つ俊足の珍獣だ。お手伝いはトムさんとペネロペさん。常駐の獣人ガイド兼レンジャーで、魔力量が多く力が強いらしい。植物の蔦や葉っぱを巻き付け傷付かないようにした特別製の頑丈なワイヤーの網を予め柵で囲った一本道の出口で左右に別れてスタンバイ。追い込まれたミミルキーが網に突っ込んだところをそのまま押さえ付け、私が耳に性別識別とナンバリングの付いたタグをバチンと耳に取り付けていく。可愛いお耳にごめんなさい!タグを付けたミミルキーは直ぐ様解放し、また次のミミルキーを捕縛。バチンッ。捕縛。バチンッ。これを既に五日はこなしている。

 まあ、それでも一日二十~三十頭が限界。それにミミルキーが魔力を吸うので王子と私以外の獣人はやはり疲労や体調不良が付き纏うのだ。王子は精神操作系の魔法で操れるけどあまりしたく無いらしい。個体によって魔法の余波が残り弱ってしまうそうだ。

 ふふっと笑いながら私はタグが入っている箱を持ち上げた。

 王子と言えば生まれから能力も立場もなんでも手に入る最上級だ。勿論人一倍努力も必要だろうし、重圧も抱えているだろう。そんな中で相手を思いやる事が出来るのは彼の長所で素晴らしい気質だと思う。まだ出会って一月ほどしか経っていないけれど彼の人柄に触れ合う程に


 …私はウィンダム王子を好ましく思っていった。



 調査に入って半月ほどが経った。今日も個体識別タグの取り付け業務を昼までにして今度は地図を片手にミミルキーの主食である固有種のパニパリリ草の分布図と育成状況の確認を島の南側から記入して行く。

 このパニパリリ草、見た目は珊瑚にソックリ。しかも地面から魔素を微量に吸い上げているのだとか。

 魔素とは魔力の元になる特異影響物質で世界中の地中から微量に滲み出ているらしい。バムダ王国は海底が隆起して島になったのだが、珊瑚が地上に適応した姿がパニパリリ草なのではないかと言われている。


「このパニパリリ草を主食にしているからミミルキーは魔力を微量に吸い取る特性を持つようになったと思われる。即効の毒性は無いがやはり獣人には扱いづらい植物なんだ。魔力量が少ないと直ぐに頭痛や倦怠感を発症させてしまう。コリーンはどう?大丈夫か?」

「はい。今のところ体調に変化はありませんね。あ、この草触るとパリパリ音がしますよ!不思議~」


 手で葉先をなぞると薄い氷を破るようなパリとかパキと音が鳴る。でも手触りは普通の草だ。こんな植物見た事が無い。思わずヘラッと笑ってしまった。まるで子供に戻ったようで感情が溢れて来るのを感じる。


「だからこんな名前なんだろうな。…て、もう、コリーンってばそんなに嬉しそうにして。君の笑顔は可愛いな~周りに花が咲きそうだ」


 そう言って顔を覗き込み私の頬をスリッと撫でる指に一瞬息が止まってしまった。ちょっ!ふっ不意打ちだわ!胸が…五月蝿い。調査に入るようになってから王子の距離感がグンと近くなってる気がする。


「ンッゴホンッ。でも王子、こんな常緑広葉樹は森の中に沢山ありますよね?どう判別していきますか?人海戦で無理なら一平方メートル内での株数を…」

「うんそうだな…あ、そうだ!パニパリリ草は魔素を吸収すると言ったろ?つまり魔力の中の魔素にも反応する。見てて」


 そう言うとウィンダム王子は両手を顔に近付けて「フッ」と息を吹く。その魔力の息吹が数株のパニパリリ草に掛かるや否やパキパキパキパキッと音を鳴らしながら根本に黄色い光がぼんやりと灯り始めた。


「え?光ってる…?」

「俺の魔力を少し吹き掛けた。強い魔素を吸収する時に根本の器官が反応するんだ。一株に一つ光があるから数え易いだろ?まあ、昼間は見にくいんだけど…あ、じゃあ意味ないか…」

「わあ~なんて未知の植物!暗い中で見るときっと綺麗なんでしょうね。あ、えっと…計測今夜にしますか?数え易いですよね?」

「…俺は良いけど君は許されるの?」

「え?勿論大丈夫で…あ…」 


 ああ…そうか。日が落ちてから男女が外に出掛けるなんてダメだよね…


「……なあコリーン」


 淡い光を放つパニパリリ草をくるくる指で回しながら徐に言葉を紡ぐウィンダム王子。


「あ、はい」

「君さえ良ければなんだけど…」

「?」

「婚約しないか?」

「………ぇ」


 少し眉を下げ私に顔を向けて見つめて来る彼のあまりに直接的過ぎる言葉に驚いた。


「そうしたら二人で夜に出掛けても問題無いしな」


 ──それ…は……そんなの…


「私は…」

「いや、すまん、嘘だ。これは言い訳だ…忘れてくれ」

「え?う、そ?」


 大きな溜息を一つ吐いて粗雑に髪を掻き上げながらウィンダム王子は少し悩んでから諦めたように話し始める。


「十以上歳も離れてるし、種族も違うけど…俺は君を可愛いと思うし愛しいと強く感じる。君と出会ってからずっと考えてた。こんな感情誰にも抱いた事が無かったし…弟達は運命を感じたとあっという間に結婚してしまって、でも俺はこの歳になっても…そんな相手は現れないんだと思ってたから、逆にこの気持ちが信じられなくて…少し戸惑ってしまって」


 私は…


「だが、きっとこの想いは一生に一度だけなんだって自分を信じてみる事にした。その…コリーンの傷が癒えるまでは言わないでおこうと思ってたんだが…当然いつまでも待つつもりで、この国に足留めしてゆっくり距離を縮めて行こうとしたんだけど」


 私は…


「ギブアップだ。全然ダメだった」


 そう言ってウィンダム王子は私の前にゆっくりと片膝を突いて柔らかくでも真っ直ぐに私を見上げこう言った。


「ウィンロードとしてではなく、ただの男として君に恋をした。落ち着いてるようで慌て者だったり、達観してるかと思えば興味がある事には目をキラキラさせて知りたがったり、獣人に偏見を持たず受け入れミミルキーを可愛がる。なんにでも一生懸命頑張ってて…そんな君を毎日毎日一つ一つ好きになる。コリーン…どうか俺の伴侶となりこれからも変わらず側にいて欲しい。笑顔の可愛い花のような君が…胸が痛い程大好きだ」


 私は…選ばれなかった何も持ってない惨めな女。


 でも逃避行先で偶然出会った王子様は私を全肯定する。たった一月ちょっとしか一緒に居ない筈なのに…変な人。


 でも…私も同じく変な奴なのだ。だって…


 胸が痛い程…


 短い間に沢山の私を見つけてくれたウィンダム王子の言葉が…


 逃げ出したあの日から凍ってしまった心が動き出し絞るように声が出て…


「はい、お願い…します」


 私自身を欲してくれている事が嬉しくて…


 気づかぬ内に初めて涙を零していたのだから。


 **


 アドバルーンは二十日後、無事にバムダ王国十一の小島の内の西から四番目の離発着場に到着した。

 本来であれば後七日は短縮出来た筈なのだが呑気に観光をしたいと我儘を言いだし、結局船便とそう変わらない日数で現地に着く。

 大島や他の小島には更に船で移動が必要でようやく空いているホテルに辿り着いたのは夕方だった。一行は観光を楽しむ事もなくその日は倒れるように就寝するだけだった。


 **


 羽音がして闇夜にコツコツと窓を嘴で叩く。それに気付いたウィンダムはツイッと魔法で窓を開けた。その隙間からトッと床に降りトストスと歩いてソファに座る彼の膝に飛び乗る一羽のカラス。グラスを片手にしたウィンダムにキョトっと小首を傾げる。


「やあ、おかえりミロ。楽しかったか?」

「クワ」

「ん?」

「クワーッゲッゲッ」

「…へぇ」


 羽を嘴で整えながらタシタシと膝の上で足踏みするカラス。


「ああ、分かってる。憂いを残さず俺だけのものにするには完膚なきまでにあれらを排除する必要があるな」


 ウィンダムがパチンと指を鳴らす。ゆらりと何も無い空間に映し出されたのは侯爵一行だ。カラスが見て来たものは全て共有出来る。いや、獣人の頂点に座するウィンロードは動物であれば全ての目を介する事が出来るのだ。この能力が発現して以来更に統治がし易くなり犯罪も激減した。

 獣人達からすれば目をウィンロードに取られている、喰われていると表現する者も少なく無い。畏怖の対象でもあり尊信の対象でもある。


 全てを知り尽くす目からの転用でいつしか『あなたの全てを自分のものにしたい』の意を含む言葉として浸透し獣人達の間では愛を囁く時に必ず相手にこの言葉を捧げるようになった。


「…ああ、コリーン。早く全てを終わらせて君の瞳を()()()()()

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