イラード王国の砦
イラード王国は身分差が大きい国だ。治安も悪く、衛生面も良くない。
ただ、イラードはかつてはどの国よりも宗教を重んじる国だった。
ゆえに旧教会の教会、聖堂、その他もろもろシリウス教に関わる遺物は多く残されている。
神話研究をしているルースにとって、寄りたい場所の多くある魅力的な国なのだ。
しかし、今回の旅は研究のための放浪の旅ではない。
世界のため、魔障という病の謎を解き明かし国に、大陸に平和をもたらすためのものだ。
そのついでにルースにとって趣味でもある神話研究ができるというだけなのだが、心構えとしては「解読より急がなければならないことがある」と理解しているというだけでかなりの違いがある。
ルースは自分が誰よりも古代文字を読み解くことに秀でた天才だと信じている。
「人を憎むな」「世界は呪われている」「日が暮れてから出歩くな」「女性はできる限り髪を長くせよ」「シリウスに日に五度、許しを乞え」
旧教会時代のシリウス教の教えは、ルースたちからしても、とても古めかしく意味の分からない時代錯誤の教えが多くあった。だからこそ人々がとっつきやすい新教会の教えが生まれ、それが民衆にあっという間に広まるのは自然な成り行きだったのだろうとルースは考えている。
「シド、聞いているか?」
「うん。旧教会は厳しい」
「そうだ、旧教会は厳しい」
師であるドリエルに「旅のために」と用意された黒のカソックを身にまとったルースは、首から星の形をした神石のペンダントを下げている。神石は神官の身分であることの証明であり、癒やしの術を行使するときに必要な媒介になるものだ。
国境が近づいたこともあり、ルースは歩きながらシドに対しイラード王国についての案内をしていたのだが、いつの間にかシリウス教の講義になってしまっていた。
二週間ほど前に王都を出発して、人の住めない大陸の中央、辺境たる魔の森方面の砦に三人は向かっているところだ。
今回の旅には女性の同行者がいないことと、魔法が上達したシドが風魔法で浮遊できるため、進行速度はなかなかに早い。
既にイラード王国に隣接するデリクラ領の街で物資の補給も終えていた。
イラードとの国境沿いには三箇所ある砦の中で、魔の森に一番近い砦で出国審査を済ませ、その先にあるイラード所属の砦で入国審査を終えれば無事に入国することになる。
辺境から入国することにしたのは、フーラシオ大陸の形が円形に近いため、中央近くを歩いたほうが旅の時短になるうえ、目的地であるイラードの旧首都ドマの場所が辺境にほど近い場所にあるからである。
「海に行くのはまたの機会だね」と、少し残念そうに笑うシドに申し訳無さを感じつつも、移動速度を重視するルートをリオンは選んだ。
「暑くなってきたが、外套は身につけたままでいるように」
「はぁい」
リオンの言葉にシドはきちんと返事をして、コートを脱ごうとしていた手を止めた。
「どうして脱いだら駄目なの?」
「日差しが強い場所で肌を晒すと日焼けするだろう?イラードくらいの国になると日焼けどころか火傷してしまう危険があるんだ」
「ふうん。じゃあ真っ黒のルース大丈夫?」
「ああ。僕たち神官がもつ神石には偉大な効果がたくさんあるから」
リオンの言葉に納得したシドは、全身が真っ黒で長袖のルースに問いかける。するとルースは首からかけられた神石を大切そうに白い手袋をしている手のひらに乗せた。
「偉大な効果」というもののお陰で確かにルースが涼しげにしており、全く汗をかいていない姿を見て、汗をかいているシドは「ずるくない?」と、不満そうにリオンを見る。
けれどリオンがシドと同じように汗をかいていたので、自分だけが辛いわけじゃないと理解したシドは、風魔法でリオンにそよ風を送った。
「涼しい。ありがとうシド」
「うん!」
リオンに感謝されてシドは満足そうに笑う。
一日中浮いても疲れないほどの魔力があるものの、リオンとお揃いのブーツが自慢のシドは、汗をかいても、それなりに疲れたとしても、限界までは自分の足で歩く。
王都を出たときは魔物に遭遇することも多かったが、辺境に近づくほど魔物の数は減っているのを確信したリオンは「このところ魔物が辺境に行くほど少ないというのは勘違いではなかったようだ」と思う。
「ルース、やはり辺境に行くほど魔物が少ないな」
「そうですね。前は魔霧のこともあって魔物は辺境にしか出ない存在だったのですが。文化財に対して適当な我が国に残された資料は少ないのでこれは僕の想像になりますが、人が多い場所に魔物が増えるのでしょう。魔霧はもしかしたら魔物発生を抑制していた効果があったのかもしれません」
魔霧が消えてから各国は大陸の中央、辺境を探索する術を手に入れたはずだった。けれど、実際は魔王が消えてから魔の森以外で、大陸中で魔物が発生するようになった。状況は悪化したといえる。
「これは、この先、どこかで嫌な展開がありそうだな」
魔王が死んでからこの世界は混乱を始めた。
魔霧の消失は吉兆ではない。誰も魔王を殺して欲しいと願っていない。なんて。
「魔王を殺して均衡を崩した勇者こそ悪、とか」
自分で言っていて少し傷ついたリオンは、緑のバンダナの垂れている布を指先で弄る。
そんなリオンの様子を見ながらルースは悩むように腕を組む。黒い服装の中で白い手袋が目立っていた。
「そのときは、シリウス教がなんとかしましょう。あなたは大司教が認めた勇者なのですから。詭弁ですが、魔物が蔓延るのは魔王の呪いであり、勇者は人々が苦しんでいる事を知り再び旅をしているなど、言い方は沢山あります」
「ものは言いようってやつだね」
「そうだな」
シドに対して、ルースは崩れた言葉を使う。彼なりに年の近いシドと仲良くしようとしているのだろう。
自分より十は年下の少年に慰められたことにリオンは苦笑して「そうか」と前を向いた。
坂道を登り頂上までくると、三人の視界に国境の砦が入る。
このペースならばシュリグラ側の砦で一晩を過ごし、明日からはイラード王国に入れるだろう。
イラード王国は平時から安全な国とは言い難いので緊張はある。
砦の先にあるだろうイラード王国を見据え、それから隣に並ぶ二人の少年たちを見て「俺が守らないと」と意気込んだリオンはギュッと拳を握った。
・
シュリグラ国とシリウス教会によって保証された証明書を持っていたリオンたちは、わざわざ辺境側を行く旅人がリオンたちの他にいないことも合わさって、かなりの短時間で入国審査を終えた。
門を潜り、小さな町のようになっている砦の内部を進む。
少し大き目の広場のような訓練所では、少年兵ともいえるシドと似た年頃の子どもたちが木剣を振るっていた。
その子どもたちを見て、入国審査を受けるときから感じていた感想をリオンは呟く。
「褐色肌の人物が多いな」
そんなリオンの感想にルースは「そうですね」と神妙に頷いた。
「同じ大陸なのに、不思議なことにイラードの人間は肌の色が違います。北と南は極端な気候のせいなのか、人間にも特徴が出るようです」
「じゃあ、スページの人にも何か特徴があるの?」
「あそこは銀髪の人間がとても多い」
簡単な解説から気になったらしいことをシドが質問すると、ルースは端的に返事をする。それを聞いたシドも「そうなんだ」と満足そうに頷いていた。
天才を自称するルースは物知りで、知りたがりのシドと相性が良いらしい。
ゆっくりと歩きながら訓練所を見ていたリオンは、肌以外にも少年兵の共通点のようなものを見つけて小さく呟く。
「気のせいでなければ、全員の髪色が緑に近いな」
「気のせいではないですね。イラードの勇者の子を軍に入隊させ「軍隊をつくる」という噂はここから来ているのでは」
「え、全員この国が勇者だっていう人の子どもなの?凄くない?十人以上いるよ」
目を丸くするシドに、ルースは眼鏡のフレームを触りながら溜め息をつく。
「全員がそうな訳ないだろう。遠目にそれらしく見えればいいのだから。勇者と違い髪が緑っぽければ勇者の子だと名乗らせるだけでいいんだ。おそらく多くの子が貧民階級から売られた子だろう。ほら、こっちに走ってきている子も黄緑色で緑というにはいささか黄色がつよ……」
ルースは言葉を止めて、こちらに走ってくる褐色肌に黄緑色の肩までの髪の子を見つめた。元気に左右にはねたような髪型をしている。こちらに駆けてくるその表情は鬼気迫っており、リオンは思わず足を止めた。
それに従ってシドとルースも立ち止まる。
「あの!司祭様!助けてください!」
少年のようにも聞こえるが、シドと旅をしているリオンとルースは、その子の声が女の子であることに気が付いた。彼女はどうやら、ルースの服装を見て一目散に走ってきたらしい。
「お願いします、司祭様、私を助けてください!」
ルースに向かって跪き、手を合わせて懇願している。対応に困ったルースは、旅の責任者であるリオンの顔を見た。
ルースの視線を感じたリオンは「好きにしたらいい」という気持ちを込めて頷く。そんなリオンの仕草を正しく理解したルースは「詳しい話を聞いても?」と、彼なりに精一杯優しい声色で少女へ話しかけた。
シドは少女に自分の手を差し出して、立つように促して、少女も素直にその手を掴んだ。
「あの、アタシはアーユシっていいます。このままじゃアタシ、殺される未来を見ちゃって!」
「殺される?」
「アタシのこと本物の勇者の子だって嘘ついて母ちゃんが軍にアタシを売ったんです。でもアタシの父ちゃんが貴族のハズないし、期待されても魔法なんて使えなくて」
少し先走っているのか、とても説明が上手とは言い難い。
あまり説明にはなっていないがアーユシの主張によると、魔法が使えないことがバレると「殺される」ということなのだろうかとルースは理解した。
「司祭様たち、シュリグラから来たんでしょ?アタシ、占いや予言が得意なんだ!だからシリウス教の巫女の才能があるって、砦の責任者を説得してほしい!」
「しかしアーユシ。僕がそうやって君を砦から開放したとして、その後、君はどうやって生きていくつもりなんだ?本当に巫女なら教会が預かるだろうが」
「とりあえずは、落ちた星の泉を目指してみる!」
アーユシの言葉に、リオンは顎に手を当てて考え込む仕草をし、ルースは「落ちた星の泉」という言葉をブツブツと繰り返す。
なぜ二人がその言葉に反応したのかさっぱり意味の分からないシドは、年齢の近そうなアーユシにとりあえず挨拶をした。
「俺はシド。そこのリオンさんの家族。司祭様って呼ぶ人はルースって名前だよ」
「アタシはアーユシ」
「えっとね、実は、リオンさんって本物の勇者なんだよ」
リオンとルースが意見交換をしている最中に、シドはアーユシにリオンのことを自慢する。リオンにとって勇者という称号が誇らしいものではなくても、シドにとって勇者のリオンは自慢の人なのだ。
「え、勇者!?でも髪の毛の色、黒だよ?」
アーユシはシドの言葉に素直に驚く。
それはリオンが「ハルジオの大聖女がした占い」とは違う容姿だったからだ。イラード風に言い換えると「ハルジオの巫女長がした占い」である。
「緑のバンダナ、リオンさん毎日してるんだよね。あれね、遠くから見たら緑の長髪じゃない?」
「遠くから見たら?」
シドの言葉に「むむ」と悩む仕草をした後「なるほど」と頷いた。
シドには占いのことは分からないが「聖女や巫女と呼ばれる人たちにとってもその言葉が肯定されるもの」なら、占いとは鮮明に全てが見える訳ではないのだろう。
「アーユシ、落ちた星の泉の場所は分かるか?」
「旧首都にあるシリウスの泉がそうじゃないかって噂は聞いたことあるけど」
話し合いを終えたらしいルースが、前のめりで問いかける。
それに、あまり自信がなさそうに答えたアーユシに、ルースはさらに質問を重ねた。
「君はなぜ落ちた星の泉を探そうと?」
「占いで、私が目指すべき場所って出たから」
ルースの前のめりの質問に驚きつつ、アーユシは素直に答えていく。
そんな二人を見つつ、シドはリオンの顔を見上げた。
「落ちた星の泉って何?」
「俺の召喚された場所で、神話的には、この大陸の呪いの根源にあたる場所らしい」
「綺麗な泉だった?」
「そうだな、呪いの根源というには普通の泉だった」
先程からリオンは何度も思い返そうとしているが、記憶は曖昧だ。
だからシドの質問にもはっきりとした言葉が出てこない。
召喚されたばかりのリオンはセレスティアと言葉も通じず、それどころではなかったからかもしれない。
「あそこで何かを失くした気がする」それを思い出せたリオンは、心のなかで言葉にするのが難しい不快感のある、なんだかモヤモヤとしたものを胸に抱えた。
「リオンさん、ちょっと権力使ってきます」
アーユシをつれて責任者のいるという建物を目指すルースの背中を、リオンとシドはゆっくりと後をついていきながら見つめる。
「大丈夫かな?」
「さっきルースに、イラードでは聖職者は特権階級に近いということや、彼女に類稀な聖女の才があるようだということを説明された」
「だから一緒に行くの?」
「まぁ、勇者に神官に魔王に聖女のパーティって揃った感じがするだろう?」
「するかなぁ?」
リオンの言葉に首をかしげるシドを見て、リオンは肩を揺らす。
「冗談だ」
「リオンさん、冗談下手だよ」
シドは少しむくれつつ、リオンに容赦なくツッコミを入れた。
「ルースの主観ではあるが、本当に才能があるならシリウス教が彼女を保護するだろう?このままここにいては「殺される」というシドと似た年頃の女の子を見捨てられないさ」
そんなリオンの言葉に、なんだか本当に家族扱いされていることを実感したシドはムズムズとした感覚を覚えた。
そこでシドは「でも、こんなに家族思いのリオンなのに、ニホンっていう異世界の家族の話を全くしないのが不思議だなぁ」とそんなことを思った。
・
シドの魔法でふわっと宙に浮いたアーユシは驚きで目を丸くする。
少年兵として訓練していたので多少は体力に自信があったようだが、かなりハイペースの旅なのに、歯を食いしばってついてきて弱音を言わない姿に、思わずシドが気を利かせたのだ。
疲れ果てていたのに、魔法に触れる機会のなかったアーユシは、興奮したようにシドに詰め寄る。
そんな年少の二人の微笑ましい姿を見ながら、リオンはルースに休憩を提案した。
「ルース、そろそろ休もうか」
「そうですね。シド!もう少し進んだら橋があるだろうから、その手前で休憩だ!」
ルースの言葉に頷いたシドは、自分に魔法を使い、ぐんぐんと上昇すると橋の
位置を確認する。そのまま急降下して、ふわっとリオンの目の前で浮遊する。
リオンは「水の魔法が得意だったセレスティアと随分と違うな」と、シドの柔軟な魔法の使い方に感心する。
一応二人の関係は師弟ではあるものの、魔法においてはシドがすっかり感覚で使用するのが上達したことにより、リオンにアドバイスできることなどほとんどなくなっていた。
「あと十分くらい歩いたら、つくよ」
アーユシは浮遊する感覚が落ち着かないのか、近くにいるシドの腕を掴んで安定しようと四苦八苦していた。
そんなアーユシの服装は訓練兵のもののままだ。外套として布を羽織って入るが、軍にあったものは安っぽく、無骨で旅向きではない。「近くの街でなんとかアーユシ用の新しい服を入手しよう」と、リオンはやることリストとして頭に入れる。
「アーユシ、次の街は橋を越えたらすぐだ。欲しいものはあるか?」
やることリストに入れたリオンが問いかけると、アーユシは驚いたように首をブンブンと横に振る。
「いいい、いいえ!いくらアタシでも、結局軍を抜けるのにそれなりのお金を払ってくれた人に欲しい物なんて贅沢言えません!」
「だが、旅を続けるのにそれでは不便だろう?もう少しおしゃれなものでもいいと思うが」
リオンの言葉に、次の街に捨て置かれる可能性や、どこかに売り払われる可能性も考えていたアーユシは呆然とした表情でリオンを見る。リオンの言いようは、まるでアーユシがリオンたちと旅をするのが当たり前のようだったからだ。
あまりに当たり前のことのように言われて、それを想定していなかったアーユシは驚いたのだ。
「い、いいんですか?アタシ、ついていって」
「旧首都を目指すんだろ?そこにあるのが本当に落ちた星の泉かは分からないが、旧首都は俺たちの目的地でもあるんだから、気にしないでいい」
リオンの言葉に感動したアーユシは、胸の前で手を合わせる。
「隣国からきた旅人についていけば助かる」という自分の占い結果に間違いがなかったのだと、安堵で胸を撫で下ろす。
子どもと聖職者と勇者とはいえ、男ばかりの人たちに助けを乞うことは、アーユシなりにかなり勇気の必要なことだったのだ。
「ありがとう!ありがとう勇者様!」
リオンの手を掴むと上下にブンブンと振って、アーユシは激しい動作で感謝を伝えた。身振り手振りがどうにも大きいのが彼女の癖らしい。
「ああ、そうだ。旧首都ドマには今でも旧教会の古い教えを信仰する人々がいると聞いたが本当だろうか?」
「ルース様。えっと、アタシもそんなに詳しくないけど。でも、わざわざ旧首都に残っている人たちは昔ながらの信仰をしている変わり者の人たちって噂はアタシも聞いた事があるよ」
「なるほど」
ルースの質問にアーユシは頭を左右に揺らして思い出すようにルースの質問に答えた。
「ねぇルース。話し合いのとき、神石をアーユシに触らせてたけどあれってどんな意味があったの?」
「ああ。神石に力を注ぐことができれば巫女、聖女の力があることは確かだからな。アーユシが触ったとき神石が光っていただろう?彼女が「落ちた星の泉」という僕が解読する古文書にしか登場しない言葉を発した時点で疑ってはいなかったから、あれは砦の責任者向けへの一種の芝居だったということだ」
「へぇ」
「国の人材を引き抜くなら「最初から軍はアーユシという勇者の子を買ってはいない」という状況にする方が問題は少ない」
「ああ、だからお金のやりとりがあったの?」
「そう。ものごとは穏便にということだ。砦に負担のない方法を選んだ」
ルースの言葉にシドは考え込むようにして、それからルースを見上げた。
「ねぇ、俺はあんまりイラードの身分について詳しくないけど、シリウス教の人ってどのくらい偉い扱いになるの?」
「まぁ、欲しいから頂戴を国の組織にして通るくらいかな?人によっては「貰う」って言って事後承諾させても特に問題ないだろうな」
「ふうん。変な国」
身も蓋もないシドの感想に、ルースも「僕も思った」と、年相応の笑顔を浮かべた。
それから橋まではとくに魔物の出現もなく、休憩地点に選んだ橋が目の前に見えてくる。
そこにあったのはロープでつくられた吊り橋で、なおかつ踏み板の木の板が傷みだしていた。そのボロボロの見た目は、はなかなか恐怖心を煽る。
しかし空を飛べるシドと、シドがいれば大丈夫と安心している一行はのんびり休憩の準備を始めた。
シドの規格外の魔力量を知らないアーユシだけが、地面に張り付いて木の橋をつついてはあまりの恐怖に悲鳴をあげている。
「俺が魔法で運ぶから問題ない」と伝えればいいだけなのだが、アーユシの行動が面白くてシドはわざと「運ぶよ」とは伝えずに「落ちたら死ぬかも」と下を見ながら不吉なことを言っていた。
「シド、意地悪は程々にしておけ」
「はぁい」
リオンに悪戯心を指摘されたシドは「俺が落ちないように魔法を使うよ」といいながらアーユシの手を取った。
「最初からそう言ってくれれば、王子様みたいで格好良かったのに」
すこしムスッとしたアーユシの反応が新鮮で、シドは目を丸くしてから「ガラじゃない」と笑った。
ちなみに、すぐ近くにルースという、アーユシにとっては隣国ではあるものの、第四王子という本物の王族がいることは、今のところ秘密である。