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勇者の証明



 ビジの街でシドの魔法訓練をしたり、商人組合からの魔物討伐の依頼を受けたりしながら過ごしていると、ビジに到着した日から数えて三日ほどで返信があり、一週間後に「王都の旧教会で」と場所を指定された。

 そして、四日が過ぎたところで王都へ向かうことになった。

 リオンは首まで詰まった生成りのシャツにベスト、走りやすいように細身の生地が厚めの黒いズボンに同色のブーツを合わせている。聖剣を入手したときに作った少々ゴツいベルトにカタナを差し、貴重品の確認もする。

 それから愛用品の緑のバンダナを頭に巻き、余った布を背中に垂らした。

 最後に上から茶色のマントコートを羽織り準備を終える。

 旅道具の入ったバッグも新しく布を縫い付けて補修してあるので、それを背負った。

 

「シド、準備できたか?」

「うん!」


 リオンと同室で過ごしていたシドは、元気のいい返事をする。

 成長を見越して、シャツやズボンの裾や袖を折り曲げた服装だ。ローウェルの人間の古着というだけあって、庶民に手が届くことがなさそうな生地だ。リオンの目から見ても良いものを貰ったと思う。

 質問したリオンが全て準備を終えているのを見て、シドは最後にゼリジアで買ったフード付きのマントコートを羽織る。

 リオンより少し少なめの荷物の入ったバッグを背負うと、そのまま部屋の扉を開いた。


「えっとね、リリス姉ちゃんとイヴが見送りに来てくれるって」

「そうか」


 王都までは短い距離とはいえ、今回はまだトーマスとミーシャが同行する。

 トーマスにミーシャのことを「王都に連れていきたい」と相談したときは驚いていたが、彼女の最期の願いを聞くと、彼女の負担を軽減しようとトーマスは馬車まで手配してくれた。

 風魔法の出番がなくなったことにシドは少し残念そうだったが「馬車は揺れるから、少し浮かせると楽だろう」とリオンなりに励ました。

 玄関付近にいた使用人に軽く挨拶をしながらローウェル家の門の前まで行くと、全身黒尽くめで、フードを深く被ったミーシャは所在がなさそうに隣にいるトーマスの隣でオドオドとしていた。

 気のいい男とはいえ、筋肉質な大男と二人きりは確かに居心地が悪かっただろうとリオンは二人に声をかけた。


「ミーシャ、トーマス」

「勇者様!」


 ミーシャはリオンを見ると嬉しそうな声をあげる。よほど居心地が悪かったのだろう。ミーシャは馬車を用意させてしまったことに恐縮しきりだった。さらに、商人組合で話を聞くうちにリオンはトーマスが平の兵士ではなかったことを知った。

 彼が有名人だったこともあり、尚さら緊張したのかもしれない。

 魔物討伐のときと同じ服装のトーマスは馬車には乗らずに、馬で馬車の後をついてくることをリオンに伝える。


「そうか、体格がいいとそれはそれで苦労が多そうだな」

「はは、もう慣れです」


 リオンの言葉にトーマスは気遣いを感じて明るく笑う。

 馬車に乗るかと様子を伺えば、シドは玄関を振り返って見送りにくるというリリスとイヴを待っている様子だった。

 ちょうどそのときに二人が玄関から馬車の前まで走り寄ってくる。


「リオンさん、シド!これ持っていって!」


 イヴに差し出された袋をシドが受け取る。

 すぐに中身を確認しようとするシドを、イヴが止めた。


「中身はただのクッキーよ。でも、貴重な砂糖をいっぱい使ったから大切に、でも悪くなる前に食べてね!」

「うん、ありがとう。行ってくるね。リリス姉ちゃん、イヴ」

「君たちの未来が、良いものでありますよう」


 シドとリオンの挨拶に少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた後、リリスは頷く。


「貴方がたの旅路が幸多からんことを」


 十六歳というには大人びた笑顔でリリスも返した。

 別れの挨拶を終えると、風魔法でふわりと浮いてさっさと馬車に乗り込んだシドは、ミーシャを同じように魔法で浮かせて席につける。

 リオンもそれに倣ってすぐに馬車に乗り込んだ。

 カタナをベルトから抜いてシドの隣に腰掛ければ、左腕にシドがしがみついてくる。

 言葉はないものの、これで「同郷のものと離れることになる寂しさ」をシドは感じてるのだろうか。そう思ったリオンはシドのやりたいようにやらせた。

 全員が乗ったことを確認した御者が、出発を告げる。

 手を振るリリスとイヴには、シドが動かないことを理解して、リオンが振り返した。

 ビジの王都方面への検問を抜けても、シドはリオンにしがみついたままずっと無言だった。


「寂しいか?」

「ううん。俺にはリオンさんがいるもん。リリス姉ちゃんかリオンさん選べって言われたらリオンさんの方がいいもん」


 そろそろ落ち着いただろうかと、確認のためにしたリオンの質問に間髪入れずに答えたシドを見て、リオンは少しだけ笑う。

 迷いなくリオンを選ぶ、そんなシドが誇れる人になりたい。


「俺にとってシドは家族だから、リリスを選ぶと言われたら寂しくて泣くところだった」


 リオンの軽口に、シドは「仕方がないなぁ」と呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。リオンにとってもシドが必要なのだと伝わるといい。


「ふふ、仲がいいんですね」


 ほのぼのとした空気に、同乗者がおそらく微笑ましいものを見る目を向ける。

 ミーシャの存在を思い出したシドは少し恥ずかしそうに頬を赤くした。家族のような存在には甘えられるが、見られると気まずいという、どうにも繊細な年頃になってきたらしい。


「レグルスと私も、仲がよかったんです」


 ポツリと言葉を落としたミーシャは、そのまま口を閉ざした。

 荒い息が聞こえるので、体調が悪くなっているのだろう。ふわっと浮いたミーシャはそのまま空中に横たえられる。


「ミーシャさん、寝てていいよ」


 シドが魔法を使いながら優しくミーシャに声をかけた。

 かすれる声で「ありがとう」と声がした後、規則正しく上下する姿に、彼女が寝てしまったのが分かる。

 魔法で横になるというのは違和感が強いだろうに、それが気にならないくらいに彼女は体調が悪いのだろう。

 リオンは魔法を使うシドの額に変化がないことを確認すると、車よりは遅い速度で動く景色をただぼんやりと眺めた。

 後方を振り返れば、馬車の後ろを走るトーマスがいる。真剣な表情をして周囲を警戒していた。


「嵐の前」


 静かで、何事もなく順調で。

 けれど胸がどうしようもなくざわつく感覚を、リオンは小さな声で嵐の前だと形容する。

 ビジの見晴台で見たときはとても遠くに見えたものの、馬車を使えば丸一日ほどでつくという。

 王都まで整えられた平坦な道を、トラブルが起きることもなく馬車は順調に進んだ。





 旧教会は、王城の近くにある寂れた古い教会だった。

 補修がされていないのか、外壁が崩れている。

 諸行無常を感じながら教会内に入ったリオンは、祭壇に無造作に飾られた靴らしきものを見つめた。

 それはどこか、聖剣と似た気配がした。思わずカタナに手を添える。

 宿で休んでいるミーシャと違い、当たり前のようにリオンについてきたシドは、人がいないのをいいことに最近使えるようになった空中を歩く魔法で天井付近まで歩いていく。

 神話か何かが描かれているのだろう天井の傷んだフレスコ画を、真剣な表情で見ている。

 旧教会まで案内しててきたトーマスは、シドが落ちないか不安そうに見上げた。


「ようこそ、勇者殿」


 ギイと軋んだ音をさせながら教会奥の一室のドアが開くと、そこからスキンヘッドのいかつい男と、金髪の青白い顔をした男がでてきた。胃の当たりに手をおいておりリオンはなんとなく彼が「第二王子」だと察した。ひょろりとした顔色の悪い病弱そうな若い男とは、リオンが考えていた人物像とはかなり違う。


「ジエルノ様、ビリー団長、トーマスです。こちらが勇者リオン。それから、ええと、上空の魔術師がリオン殿の弟子のシドです。リオン殿、こちら第二王子ジエルノ殿下、そして騎士団長のビリー殿だ」


 トーマスが困惑しながらリオンとシドを紹介し、シオンに王子と団長を紹介する。

 上空という言葉が気になったのか素直に上を見上げたジエルノ第二王子は、空中を歩くシドの姿に目を丸くした。


「これはまた、すごい魔術師だ。どんな魔法か聞いても?」

「風魔法で物を浮かせるのを応用して、足場にしているんです」


 急ぎ足でリオンの隣に戻ってきたシドは、緊張したように自分の魔法の簡単な説明をする。それを聞いたジエルノは「面白い魔法の使い方だ」とシドを褒めた。

 警戒と好奇心が混ざった視線に怯えたのか、シドは半歩リオンの影に隠れた。


「さて、今になって勇者を名乗る勇者殿。王家の文献を漁って勇者を証明する方法を見出した」


 祭壇に意味ありげにある靴の前まで行ったジエルノは、リオンを真っ直ぐに見つめる。


「この大陸の四つの国には、建国以来、勇者の宝具として保管される勇者しか触れることのできない武具が存在する。伝説に基づき我が国に伝わるのはこの靴だ」


 頭、手、胴体、足、それぞれの防具が国宝として封印されているのは、勇者のおとぎ話を聞いたことのあるものなら誰でも知っている。

 その伝説の防具がこんなボロボロの教会に誰でも触れられるように無造作に置いてあるのには、リオンも驚いた。


「勇者以外触ることはできないのだからと、伝説を証明するために誰でも触れられるように置いたらしい。が、誰も触れられない故に動かすこともできず、ここで時代に取り残されてしまった。それでも伝説の武具をもつ勇者ならば、私としては全面的に支援できる」


 ちなみに伝説の防具を勇者以外が触れるとどうなるのかというと、触れる寸前に手がバチッと弾かれるくらいだとジエルノは補足する。

 持ち上げて「勇者であることを証明しろ」という意図なのだと考える。リオンは自分が勇者であることを疑ってはいないので、迷いなく第二王子の目の前まで行くとおもむろに手を伸ばし、靴を当たり前のように持ち上げた。

 リオンに反応してその靴が一度光った後に、グネグネと意思があるように溶ける。そして最終的にリオンが今履いているブーツと同じデザインのものに変形した。

 伝説の武具も「カタナと同じ形式なのだな」とリオンは納得して頷く。


「え?」


 変形前の靴と全く同じものを持っていたスキンヘッドの男はあっさりと靴を手にしたリオンを見て「本物?」と、呆然と呟いた。

 それを見たリオンは、己が偽物だろうと勇者前提で話が進もうとしていたのかと察する。

 だが「魔王自身に魔王を殺すための勇者として呼ばれた」リオンは間違いなく勇者なのだ。


「まぁ、本物で悪いことはないでしょう?」


 リオンは相手の計画を挫いたことを理解しつつ、誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。


「で、殿下!」

「待て」


 焦った声を出す騎士団長を、第二王子は胃をさすりながら静止する。

 本物ならば本物で別の策を考える必要があるのだろう。


「いや、本物を使って勇者の証明を行えばいいだけの話か」


 小さく呟いてから、ジエルノは瞳を輝かせてリオンを見つめる。

 クーデターに参加することが「勇者らしい」のかはわからないリオンではあるが、それでもジエルノが真面目で人格者なのは間違いないだろうと、ジエルノと協力関係を築くことに否はなかった。


「王城前広場に民衆を集める。そこでリオン殿を私が認めた、いや。教会が認めた勇者として宣言する。聖剣を輝かせたり、勇者らしい派手なパフォーマンスを何かできるだろうか」

「勇者の証明に派手なパフォーマンス。それならば、騎士団で一番強い者との模擬戦などどうでしょう」


 リオンは特別派手な技は持っていない。しかし人外めいた身体能力がある。もとから強いと評判の相手に勝つことで、分かりやすく自分の強さを証明するくらいしか考えつかなかった。


「ふむ。ビリー、悪くないのでは?」

「はい!楽しみです!」


 ジエルノの問いかけに騎士団長は元気よく返事をする。どうやら騎士団長自ら戦うつもりらしい。伝説の勇者と戦えることに喜びを見出していることがよく分かる表情だった。

 同じ騎士だっただろうトーマスは「俺はリオン殿と模擬戦なんて無理だ」と小さく呟いていたが。

 ビジの街で商人組合から依頼された魔物討伐に同行することの多かったトーマスは、リオンの強さをよく知っているためか騎士団長のような無邪気さはない表情を浮かべていた。

 リオンの後ろで大人しくしているシドは、まだ天井のフレスコ画が気になるのか、ずっと上を見上げている。首が痛くなるだろうと心配したリオンはシドの肩を叩いた。


「あ、リオンさん。お話終わった?」

「伝説の防具を持てることを大勢の人前で見せ、それから王城の前の広場で派手な模擬戦を騎士団長とすることになった」

「そうなんだ。女の人たちはどうするの?」


 シドの疑問には、ジエルノが反応した。


「多くの女性は、私が責任を持って保護している。守るべき一般市民に暴行行為を働いた兵士は、スページとの国境線近くに配備した。あそこの砦の責任者ならば有効活用するはずだ」

「あ、解決してるって考えていいん、ですね」

「ほぼ解決している。しかし、介入が遅れてしまったのは私の責任だな」


 青白い顔で胃をさする王子を、シドは気の毒そうに見つめる。


「レグルスの屋敷にいる女性は救出できていないが、リオン殿を勇者として立てればレグルスを拘束可能だ。彼も本来なら兄の被害者だが、加害者になってしまったからな。すまないが、あまり兄や父王から目を離すと何をしでかすか分からん。準備が整い次第トーマスを使いにやるので、申し訳ないがこちらで手配した宿で待機して欲しい」

「気をつけてね、第二王子殿下」


 フラフラとした足取りで旧教会を出ていこうとするジエルノのあまりに哀れな姿に、シドが思わずといった風に声をかけてしまった。

 少しばかり王族に無礼なシドの言葉に対するジエルノの反応は、穏やかな笑みを浮かべるのみだ。

 やはり彼が人格者であることを再確認したリオンは、頼りなさがありつつも、でも頼りになりそうな、少し矛盾した背中を見送った。

 ジエルノとビリーの姿が見えなくなると、リオンは腰を屈めてシドと視線を合わせる。


「天井の絵がそんなに気になるのか?」


 リオンの問いかけに、シドはリオンを空中に浮かせるとまたフレスコ画の前まで歩いていく。近くで見る絵は、補修もされていない古い絵のため傷みが激しいが、辛うじて描かれているものを読み取れる。


「これが勇者で、これが魔王かな?」


 真っ黒に染まった黒い腕のようなものを何本も生やした化け物をシドは指差す。

 絵の主人公のような配置で、化け物との戦闘の最前線にいる神々しく描かれた鎧姿の男が勇者なのだろう。

 リオンのものとは違うが、両手剣はリオンが台座から引き抜く前の聖剣と同じデザインのように感じた。


「おそらく勇者は合っているだろうが。これは俺の知る魔王とは大分違うな」


 異形の化け物はまさしく魔物といった風体だ。そして人の形をしていたリオンの知る魔王とは全く違う。なにより化け物の額にあたる部分に魔王の紋章らしきものが描かれていないこともリオンの判断の助けになった。

 あれだけ魔王の証として表現しやすい魔王の紋章を、魔王と勇者の戦いを描く絵で描かないということはないだろう。

 それとも、あれは魔王の目印ではなかったのか。

 リオンはもう一度、一歩下がって絵を広く観察する。

 勇者の背後に何人か仲間らしき人物がいた。そして、その中のひとりの額にリオンが「魔王の紋章」と理解しているものが描かれている。その人物はまるで勇者を魔法で支援しているように描かれている。


「勇者と魔王が共闘?いや、もしくは魔王というのは、この異形の化け物なのか?」


 リオンはブツブツと呟きながら見落としはないかともう一度だけ天井を見回した。

 絵の続き、もしくは絵の前にあたる情報が描かれたものはないのかと探す。

 しかし、今現在リオンとシドが注目している「派手に描かれた勇者と魔王が異形の化け物を相手に共闘している」ような、そんな場面しかこの教会の内部には存在していなかった。

 壁面にもなにか描かれているものの、天井の絵との共通点は見いだせない。


「トーマス、この絵の前か後について、何か伝わっていることはないか?」


 シドとともに地上に戻ったリオンは、控えていたトーマスに質問する。

 その質問に困ったように鼻を指でポリポリとかくと「王家の資料か、他の国の古い教会を訪ねるしかないかと」と告げた。

 そこに描かれているのは勇者の伝説の一幕であることは確かなのだが、原典にあたる話は大陸全体でもほとんど残っておらず、現存しているのは娯楽小説のような伝記しかないのだという。

 リオンが知っている勇者の伝説も娯楽の側面が大きかったので、既に原典から歪んでしまったものだったのかもしれない。


「ねぇ、トーマスおじさん。この人が黒くなっていくのは何?」

「これは、憎しみに身を焦がすと魔物と同じものになるから「罪を憎み、人を許せ」という教会の教えを抽象化したもの、と聞いたが。詳しいことは聖職者でないと分からんな」

「へえ、難しいねぇ」


 シドが指を指す壁には確かに人間が段々と身体を黒くし、地面に倒れ伏す絵が書かれている。続きはあるようだが、これはどうやら劣化ではなく人為的にわざと破壊されている。そのため倒れた後の結末まで見ることはできなかった。

 

「壊されているのはなんでだろう?」

「そりゃあ、なにか描かれていては都合の悪いことがあったんだろう」


 シドの疑問にリオンは当たり前のように答える。教会を作った当時は大事にされていた教えが、後に誰か権力者にとって都合が悪くなれば破壊されることもあるだろう。もとの旧教会と今の教会が同じ教義とも限らないし、時間をかけて変化していくものだろう。

 持ち上げたのち、とりあえず祭壇に戻していた靴を見てリオンはトーマスを振り返る。


「これ、持っていった方がいいか?」

「それはリオン殿でないと動かせないので。できるなら装備してください。証明をするときに必要になると思います」

「分かった」


 リオンはトーマスの言葉を聞くと、素直に今履いてるものから履き替える。脱いだものは「古着屋にでも売りに行こうか」と考える。持てる荷物は有限なため、必要なくなったものは処分するほかない。


「トーマス、聖職者から色々と話を聞けるものだろうか」

「勇者伝説の詳しい話となると、研究職の方でないと。リオン殿が勇者と証明されてからの方が話は早いかと」

「なら待つか。古着屋に靴を売りに行きたいが案内を頼んでもいいか?」


 リオンの言葉に「宿に戻る前に寄りましょう」と了承すると、トーマスが先に出る。

 リオンもそれに続き、シドもリオンの後ろを駆け足でついてきた。

 リオンが一度だけ振り返った旧教会は、なんだか寂しそうに見えた。


「ねえねえリオンさん、王都にはすっごく甘いお菓子があるって聞いたんだけど」

「なんだろう?どんなものか覚えているか?」

「焦げ茶色で硬いのに、口に入れたら溶けて甘いんだって」

「うん?チョコレートのようなものかな」


 シドがどこかで入手したらしい情報を目を輝かせながら聞いてくる。

 リリスとイヴという同じ村出身の二人と離れて以降、夜中にシドが泣いていることを知っているリオンは、なにかで元気付けたかったのでシドの言葉に渡りに船だと食いつく。


「あのね、溶ける食べ物ならミーシャさんも食べやすいかなって」

「……そうだな。うん。トーマス、申し訳ないが王都で人気の口で溶ける甘い菓子がどんなものか分かるだろうか」


 シドのために興味を示したリオンとは違い、シドのそれは思いやりに満ちた考えから出た要望だったらしい。シドの提案は優しさに満ちていて、リオンはシドの中に彼を育てたお人好しの両親の精神が息づいていることを嬉しく思う。

 話を聞いていたらしいトーマスは「菓子の売っている店にも行くから、任せてくれ」と嬉しそうにシドに微笑みかけてから先を歩いた。

 王都は少し道を逸れると建物が入り組んでいて、最初の道にたどり着ける気がしない迷路のような街だ。

 おそらくわざとそういう造りになっているのだろうが、旅行客や観光客にはなかなか不便な街だ。観光客向けのビジに滞在していたため、余計にそう感じるのかもしれない。

 大柄で赤い髪のトーマスは目立つため、目印に最適な男である。身長が高いと「意外なことで役に立つ」とリオンは思う。


「リオンさん」

「うん?」

「思ったんだけど、防具がなくても魔王に勝てたの凄くない?」

「ああ、それは色々な事情があってな」

「そうなんだ。そういえば伝説の防具が各国にあるのは皆が知ってるけど、聖剣はそもそもどこにあったの?」


 リオンの刀は一体どこで入手したのかと不思議そうなシドに、リオンはとある教会を思い出す。あのときのリオンは聖剣なんて絶対に抜きたくなかったが、魔王の姿を見ていると抜かない訳にもいかなくて、抜いたのだ。

 造りとしては旧教会によく似ていたように思う。そうだ、あのときのリオンは意識していなかったが、あそこにも確かに壁画が存在していた。


「魔の森の中にポツンと教会があってな。そこに台座があり、聖剣が刺さっていた」

「魔の森。それじゃあ人が近づかないから、場所を知る人がいなくなる訳だね」


 リオンの言葉を聞いたシドは「理解しました」とばかりに、うんうんと何度も頷いた。

 ちょっと大人びた仕草をしたがるのは健在のようで、リオンは嬉しく感じながらシドの様子を見守った。





 王城前広場は、人で溢れかえっていた。

 突貫工事で用意された木の舞台では、勇者の武具を乗せたトレーを聖職者が机の上に仰々しく設置する。着々と準備される勇者を証明する儀式に広場では興奮が広がっていた。

 シドとリオンは別行動で、シドは舞台裏の関係者席でミーシャとともに用意された椅子に並んで座っていた。

 シドの隣には教会関係だろう、眼鏡姿の少年が一生懸命に本を読んでいた。シド一人なら年齢の近そうな彼に話しかけたかったものの、今はミーシャがいる。彼女の体調を心配したシドは水を運んだり、手を握って励ますことに集中した。


「ミーシャさん。この会場にレグルスさんも呼ばれます。リオンさんが勇者の証明をした後なら話す時間があるはずです」

「そう、そうね。それまでは死ねないわ」

「それに、帰ったらミーシャさんが美味しいって言った、ショコーラの残りを一緒に食べましょう?」

「ええ。ありがとうシド」


 発熱を感じさせる手の熱さだが、シドの風魔法では発熱した相手にできることはない。リオン曰く「チョコレート」という菓子で元気を出してもらおうと励ますが、効果はあまりなさそうだ。


「もし」


 話しかけられたことにシドが振り返ると、白い服を着た、いかにも教会関係者らしき少年がいた。先程シドが話しかけるのを諦めた相手だ。白い手袋をした少年の手には先程まで読んでいた本が大切そうに握られている。


「はい。なんでしょうか?」

「もしや彼女は魔障を起こしているのか?」

「魔障?」

「身体が宵闇の黒になる病だ」


 少年の言葉から、シドは王都に来てすぐに旧教会で見た、結末の分からない壁画を思い出す。

 問いかけられたミーシャは、気だるそうにしながらしっかりと首を横に振り否定した。


「私は半身が焼けておりまして。命は助かりましたが、火が身体に残っていて命を蝕んでいるのです」

「そうか。そうだな。魔障は古い病だしな。そんな訳がないか」


 眼鏡姿の少年は納得したように頷いたのち、ミーシャの手を握ると聖職者の証である神秘的な青い神石のネックレスを彼女に翳す。


「奇跡の光、ああ。ありがとうございます」

「僕は研究職だから、あまり癒やしの術を使う機会はない。気にしなくともよい」


 深々と頭を下げるミーシャに、少年はどこかぶっきらぼうに返す。少し偉そうな物言いなので「どこかの貴族の第三子とか?」と、シドはあたりをつける。


「ところで君みたいな子どもと、体調の悪い女性がなぜここに?」

「俺は本物の勇者の弟子で、関係者ですから。彼女はえっと、リオンさんの善意で彼女が幼馴染と再会できるように席をもらいました」

「弟子。本物の勇者リオン。確かにあの靴は間違いなく伝説の防具」


 シドの言葉に何度も頷く少年は、準備の進む舞台を見上げる。

 そこには既にリオンとレグルスがいた。それぞれ背後に第二王子ジエルノと、第一王子がいる。

 そして伝説の防具の前で、立派な白いひげを蓄えた男が、大袈裟に、高らかに聖典の一節を唱えた。

 魔術師が舞台全体に簡易的な結界の魔術を張っているらしく、うっすらと空間が赤みがかっている。


「ああ、勇者の証明の儀が始まるな」

「リオンさんの晴れ姿だ!」


 舞台上のリオンの後ろ姿を、シドはもっとよく見ようと背伸びをする。トーマスに「王都ではどんな人間に目をつけられるか分からないから魔法を使いすぎるな」と注意を受けたので、シドはその言葉に素直に従っていた。

 最初に濃い緑の肩までの長さの髪の男――レグルスが机の上に置かれた靴に、恐る恐る手を伸ばす。

 触れる直前でバチィッという強い拒絶の光とともに、レグルスの右手が焦げたように黒くなった。

 防具が人を選ぶという、まさに伝説のような光景に民衆は口を閉ざす。

 次にリオンが靴の前に進み出て、迷いなくそれを手にする。

 民衆に向けて天に掲げて、リオンに適したデザインに変化したその靴を履いてみせた。


「わぁああ!」


 一拍の後、奇跡の光景に歓声があがる。シドはリオンが認められる姿を目に焼き付けるように見つめた。


「騎士団長との模擬戦いるかなぁ?」

「彼の髪は緑じゃないだろう。もっと納得させるには必要なんじゃないか?」


 シドの感想に眼鏡の少年は冷静に返す。

 少年の言葉に納得したシドは、再び舞台へと目を向ける。ちょうど白いひげの聖職者が負傷したレグルスとともにシドがいる方に下がってくるところだった。

 舞台の上では派手な金の鎧を着た騎士団長が模擬戦を宣言していた。それに一礼したリオンは刀に触れる。


「レグルス!!」


 ちょうど模擬戦が始まる良いところだったが、黒いローブを纏ったままのミーシャがレグルスの前に飛び出たため、シドの意識はミーシャとレグルスに向かう。

 レグルスは、とても愛想もなく表情の変化もない冷たい目をした男だった。


「私よ、ミーシャよ!レグルス!」


 大きな声でレグルスに呼びかけるミーシャを、炭化した右手を呆然と見ていたレグルスは、ひどく緩慢な動作でミーシャに視線を向ける。


「ミーシャ?」

「そうよ。私、レグルスに伝えたいことがあって」


 レグルスは底冷えのする視線でローブ姿のミーシャを見る。そして、健在の左手を勢いよく振りかぶると彼女を拳で殴り飛ばした。

 吹っ飛んだ衝撃で床に叩きつけられ、フードが脱げたミーシャは呆然と頬に手をあててレグルスを見つめた。信じられない光景を見たシドは、慌ててミーシャを支えに走る。


「な、なんで?レグルス。私」

「俺を売った女と話すことなんてねぇよ。は、バケモンみたいな顔になってお前のその腐った心根に似合ってんなぁ」


 機嫌が悪そうにミーシャを見下ろすレグルスに、ミーシャはボロボロと涙を流す。

 何かレグルスには違うことが伝えられている可能性はあったが、それでもあんまりな展開に、シドはレグルスを睨みつけた。


「私は、レグルスを返してって騒ぎを起こしたから、見せしめにこんな風になったのよ?」

「……いいや。俺を売ったお前の言葉なんか信じるもんか」


 一瞬だけ動揺を見せたものの、レグルスは「ミーシャを信じる気はない」と宣言した。

 その宣言と同時にブワッと黒い靄がミーシャから溢れ出る。シドが彼女にしがみついて風で吹き飛ばそうとするが、効果がない。次から次へと湧き出る靄は、やがて実体を持ち始めた。


「な、何だ!」

「私は、レグルスのために頑張ったのに、レグルスは私を信じてくれるって信じたのに、レグルスは私を裏切ってないって信じたのに。死ぬ前に貴方に伝えたいことがあったのに」

「ミーシャさん、落ち着いて!ミーシャさん!」


 ブツブツと続くミーシャの耳にはもはやなにも耳に入っていないようだった。

 シドが何度も風魔法を発動させても、靄はミーシャの全身を黒く染めていく。


「魔障!?実在したのか!?」


 白いひげの位の高そうな聖職者が驚愕の声をあげ、眼鏡姿の少年はシドを見て目を見開く。


「第三の目の紋章!」


 原典の神話を読み解くことを仕事にしている彼は、目の前で進行している魔障よりもシドの額に浮かぶ紋章に興奮したような視線を向ける。

 ミーシャの姿に腰を抜かすレグルスと、怯える神官、目を輝かせる少年と関係者席は混沌としていた。


「ミーシャさんだめだよ!帰ったらショコーラ一緒に食べるって約束したじゃん!」


 必死のシドの言葉はかき消える。人や物を壊さないように風魔法を使うだけではどうにもならず、やがて黒い靄を捌ききれずにそれに飲み込まれるようにシドは姿を消した。

 意識を失う寸前「ごめんね」という言葉がシドの耳元で囁かれた気がした。




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