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ビジの街




 ビジの街並みはゼリジアと比べかなり立派なものだ。

 街道沿い、街の手前には検問があり、そこから数メートル進んだ先から街が広がる。

 レンガ造りで統一された街並みは、この街をつくるときに計画的に設計したことがよく分かる。花が街のあちこちに飾られ別名「花の街」と呼ばれるにふさわしい、観光地らしい美しい景観だった。


「キンモクセイに似た匂いが街中からするな」

「キンモクセイ?」

「俺の故郷での甘い花の匂いだな」


 すんっと鼻をかくリオンの真似をしながら、シドは「確かに甘い匂い」と頷く。


「リオンさん、シド、こっちだよ!」


 人通りも多い街の様子に元気になったイヴが少し先を行って元気よく案内をする。大荷物のトーマスがいるので先に商人組合に顔を出したいところだったが、トーマスが「女性を優先しましょう」といったので、姉妹の祖父母が住むという「ローウェル家」を目指した。

 リオンが思うよりも数倍立派な門構えの家にリリスが遠慮なく入っていく。


「お祖父様、リリスとイヴが参りました」


 その声掛けに使用人が奥に走って行く。リオンとシドは大人しく玄関前から動かずに直立の姿勢を保つ。さらにその背後でトーマスが背中を少し丸めていた。少ししてから慌ただしい足音が玄関に近づいてくる。


「おお!リリス!イヴ!辺境での情報は入ってきていたが無事だったか!迎えを送ろうとしたのだが、街道に大型の魔物がいるということで足止めを食らっていてな」


 立派なひげを蓄えた六十代後半くらいの男がリリスとイヴをまとめて抱きしめる。

 姉妹はそれに応えて抱きしめ返してからリオンとシド、それからトーマスを紹介した。


「大型の魔物は村から護衛をしてくれたリオンさんが倒してくれました。隣にいるのはそのリオンさんの弟子で同じ村出身のシド。二人の後ろにいるのが魔物を討伐しようとしていたトーマスさんです」


 紹介されたリオンが軽くお辞儀をすると、リオンを見ていたシドもその仕草を真似する。トーマスも「お久しぶりです」とお辞儀をした。


「リオンさん、私達姉妹の祖父ロイド・ローウェルです」

「リオンだ」


 ロイドの身分は一般市民より高いことは分かったものの、リオンは礼儀以上に頭を下げることはしなかった。相手からの不躾な視線が嫌で、カタナの鞘に手を添える。

 抜く動作はしないものの、武器に触れることで相手へ警戒していることを伝えた。


「孫娘たちの護衛に感謝したい、どうぞ応接間に」


 ロイドの案内にリリスとイヴが続く。リオンも鞘から手を放すとその後をついて歩いた。

 華美ではないないものの質の良いもので整えられたと分かる応接間に案内される。シドはソファに座るとその感触を楽しんで何度も上下していた。

 シドを挟んでこの家の孫娘のリリスとイヴが座ったことで、シドは無礼な少年ではなく無邪気な少年という印象に変わる。そのあたりのシドの世渡り上手さは天性のものだなとリオンは感心した。


「リオン殿はこちらに、トーマスも」


 リオンはロイドの正面に座り、トーマスは薦められた椅子を断ると、リオンの背後に立った。出されたお茶はとりあえず飲むことはせずにリオンはロイドを真っ直ぐに見つめる。


「さて、改めて。孫娘たちを無事に送り届けてくれたこと本当に感謝している」


 ロイドは改めて頭を下げた。それにリオンも同じように頭を下げる。


「辺境の村があんな事になり、旅に出るついででしたので。護衛料もとくにはいりません」

「お祖父様、私達が盗賊に拐われなかったのは、彼が盗賊と戦い村人を避難させてくれたからです。リオンさんがいなければ村は全滅していた可能性もあります」

「リオンさんは火の手があがってから村の危険を察知して魔の森からわざわざ駆けつけてくれたの。間に合わずに多数の死傷者が出たのは、リオンさんのせいじゃない」


 臨時収入の予定があるためにリオンは金銭の要求をしない。そんなリオンにリリスが驚いて彼がいかに恩人なのかをロイドにアピールすれば、イヴもリリスを擁護する。


「ああ。辺境の惨状は噂をきいている。リオン殿、なぜ金銭の要求をしないのか」

「なぜと言われても、隣人を助けただけですから」


 リオンは薬草や求められた魔物の部位を売ることでそれなりに稼いでいた。聖剣というチート武器を持っているため装備にもこだわりがなく、この世界の食にも楽しみを見出していない。ということでお金をあまりたくさん持っていてもかさばるという思考しかなかったのだ。


「ゼリジアでの宿泊代と食費くらいは貰った方がいいだろうか」


 周囲の納得していない空気を感じ取ったリオンがシドへ質問すると、シドは応接室内をキョロキョロと見回す。


「お金持ちの人からはお金貰うのが一番だよ!いらないって言うと失礼だから貰っておこう!」


 シドの言葉を受けてリオンは「そういうことで」と返答した。


「それよりもお祖父様、あの偽勇者のことです!アタシたちが売られそうになった原因!本物の勇者がこちらにいれば状況はだいぶ変わりますよね!」


 イヴはロイドに詰め寄ると、肩を掴んで前後に激しく揺らす。ピンピンしているようにしか見えないが、祖父は労ったほうがいい。リオンがそう告げる前にリリスがイヴを止めた。


「本物の勇者か、確かに本物がいれば第二王子派が盛り返すが、幻の人物だ。他の国にいる勇者が本物の可能性を考慮すれば」

「その本物の勇者、リオンさんです!」


 イヴはロイドの話を遮ると、元気よく宣言した。

 それにロイドはポカンとしたままリオンを見つめる。


「リオンさんの緑のバンダナ!遠目に見るとまさに緑の長髪。そしてびっくりする強さ!何より、伝説の聖剣!」


 イヴは自分のことのように自信たっぷりにアピールした。

 それにトーマスが深く頷く。


「確かに、青魔猪をほぼ一撃とか、ちょっと理不尽な強さではあったな」


 トーマスの言葉を聞いてロイドはさらに目を見開いてリオンを見つめる。黒い髪と黒い瞳の、さらには筋肉質の兵士トーマスと比較すれば痩せた若い男である。そんな彼が伝説の勇者にはとても見えなかったからだ。

 けれども孫娘たちはそれを疑っていないし、トーマスに至っては納得をしている。そのためロイドは彼の腰にある細身の剣を凝視した。


「勇者が名乗り出ないことで各国がを擁立し、さらにはそのことが遠因で辺境の村が焼かれるほどの問題に繋がっていると聞いては、ただ隠居するのも心苦しくなりまして」


 リオンの言葉に、ロイドは様々な感情がないまぜになった溜め息をつく。伝説の勇者かもしれない人物に会えた感動と、まだ疑う心と。


「いや、リオン殿が本物の勇者かどうか判断するのはワシの仕事ではないな。騎士団長に連絡をいれる。連絡がとれるまでしばらくビジに滞在してほしい。屋敷の一室を自由に使ってくれ」


 リオンは思ったよりもすんなりと話が通ったことに驚きつつ、部屋を提供してくれることに感謝した。ロイドがリリスとイヴを連れて屋敷の奥に引っ込んだので、手持ち無沙汰になったリオンはトーマスを見上げる。


「商人組合に街道の魔物を退治したことを報告に行こう」

「は、はい。リオン殿」

「別にかしこまらなくてもいい。勇者であることは俺にとって誇れることではない。でも、俺が魔王を倒した勇者であることは間違いのない事実だから」


 戸惑った様子のトーマスに、リオンは淡々と感情を押さえた声で告げた。

 そんなリオンをシドはジッと見つめる。村の外れに住み始めたときのような、人を寄せ付けない空気を醸し出すリオンが心配だったのだ。

 左手を掴まれたリオンはシドを見つめて、シドが励まそうとしてくれているのを嬉しく思って穏やかな微笑みを浮かべる。


「俺が今さら勇者として名乗り出るのは、シドの未来は明るいものになって欲しいからだ」


 トーマスは勇者が重い腰を上げた理由を理解した。そして、彼の弟子は勇者のために、この国の未来のために絶対に守らなければならないと本能的に察知した。

 シドが失われたときの勇者がどうなるのか、それを考えたときトーマスの背中には悪寒が走った。





 商人組合で討伐の証拠として広げた青魔猪の牙に歓声があがる。大きく感謝されたトーマスは少し居心地が悪そうに「青魔猪は、彼がやってくれました」とリオンを紹介した。


「苦戦していた俺を見て、善意で助けてくれまして」

「どうも」


 紹介されたリオンは軽く頭を下げる。案内された会議室は大きなテーブルと椅子があるばかりで、つまらなそうにシドは窓から外を見る。

 リオンはトーマスが報酬の話を終えるのをぼんやりと待った。


「ということでリオン殿、五万ガルを貴方に」

「お、うん。結構な金額だな」


 思ったよりも高額な報酬だが、街道が封鎖されていたことを考えるとそうでもないのかもしれない。そう理解したリオンは、臨時収入もあるしシドになにか買おうかと考える。しかし「あまりお金を使うとしっかり者のシドが気に病むかもしれない」そう思ったため、王都についてから質の良いものがあれば買うことにするかと考え直した。


「牙は素材としての価値も高めでしたので」


 リオンは渡されたお金を財布の中に入れながら、窓の側に近づいてシドの視線の先を追う。

 ほんのりとしたキンモクセイの香りは、不快感を覚えさせない程度の柔らかな香りだ。それが街中からしていた。


「トーマス、この街は観光地なんだろう?どこか見どころを知っているか?」


 リオンの視線の先には見晴らしの良さそうな高台がある。中央の広場には何者かの銅像があるし、商人組合の近くには市場のようなものも見えた。ここから見えるものは辺境の村が盗賊に襲われたり、女狩りが起きていることなどないかのように、平和そのものだ。


「それなら、あそこの高台がおすすめです。天気がいいと王都も見えるくらいで」

「へぇ、ならそこに行ってみようかシド」

「いいの?」

「連絡が来るまでは特にすることもないし」


 リオンの言葉にシドが嬉しそうに笑う。


「お時間があるならぜひ、商人組合から魔物討伐の依頼を受けて頂けると」


 時間があると言うことが耳に入ったのか、トーマスが保証した強さのリオンに商人組合の職員がにこやかな笑顔を向ける。

 それにトーマスと職員の報酬のやりとりを全く聞いていなかったリオンは「どうしようかな」と迷いを見せる。お金に関してリオンが適当にしていたことを知っている相手なので、都合よく使われそうで嫌だったのだ。


「どうしても退治してほしい魔物がいたら、師匠はローウェル家に客人として滞在してるから、そっちから話を通して」


 にっこりと笑ったシドの後ろでリオンは「そういう感じで」と頷く。

 しっかり者の弟子がいて良かったとリオンはシドの助け舟に全力で乗っかった。


「そ、それはまた。はい!その時はどうぞよろしくお願い致します」


 ローウェルの名前を聞いた途端に低姿勢になって頭を下げる商人組合の職員に「ローウェル家って意外とやばそうだな」とリオンは呟く。それにシドは「使えそうなものは使う、コレ基本」と片目をつぶった。


「シドは賢いなぁ」


 ちゃっかりしているシドをリオンは緩んだ表情で見つめた。大人顔負けに賢いかどうかはともかく、愛嬌は恐ろしいほどにある。

 そのまま別の用事があるというトーマスとは組合の門の前で別れて、リオンとシドは薦められた高台までの道を並んで歩いた。道すがら同じ花が全部の家に飾られていることに気がつく。


「コスモスみたいな花だな」


 色とりどりコスモスのような花が揺れるのをみたリオンの感想に、シドは「この花はビジって言うらしいよ」と伝えた。リオンの知識の中で一番身近な花で表現しただけなのでリオンは「へぇ」と頷く。


「街の名前だな」

「そうだね」


 そんな他愛のない話をしていると、高台へ繋がる階段の前に辿り着く。観光スポットなだけあり人がそれなりにいたものの、体力のあるリオンがシドを背負ってスイスイと薦めばあまり時間もかけずに見晴台についた。

 案内板に従って王都があるという方角を見れば、天候に恵まれていたためか豆粒のようではあったが確かに王都の姿が見えた。


「ねぇリオンさん、簡単に話が終わるかな?もし追われるようになったらどうするの?」

「まぁ、荒っぽい方法になるだろうな。各国の勇者を暗殺して回るとか」

「それ、勇者の発言?」

「勇者というものを利用されるのは吐き気がするんだ。シドがやめてほしいなら別の方法を考えるが。でも、村の人の仇を盗賊を壊滅させたくらいではとれた気がしないから、誰かに責任を取らせたい」


 リオンの過激な発言に、リオンを落ち着かせようと思ったシドはその手を握りながら王都のある方角を見つめる。


「リオンさん実はめちゃくちゃ怒ってたんだね」

「……そうだな。俺はずいぶんとあの村に馴染んでいたらしい」


 言われてみればその通りで、気遣いと優しさに包まれた辺境での暮らしは自分にあっていたとリオンは思う。そこに大切な一人が足りなかっただけで、リオンの求めていた穏やかな暮らしは確かにあったのだ。


「別に、暗殺なら暗殺で協力するよ。でも俺は勇者をしてるリオンさんがいいかな」

「勇者をしている俺?」

「トーマスおじさんを見たとき、リオンさんは助けることに迷いがなかったでしょ?そういうとこ」


 シドに言われて、振り返ってみると確かに迷わなかった自分に気が付いたリオンは「そうか」と頷く。

 困った人のために迷わず走るその姿が「勇者」と言われれば確かにそうなのかもしれない。


「では、俺が勇者らしくあれるよう、上手くいくことを願おう」

「うん」


 まだ遠いシュリグラ王国の王都を見つめながら、リオンとシドはことが上手くいくことを願った。

 リオンの中で偽勇者の暗殺は選択肢にはあるものの、最終手段くらいにすることにした。

 

「あの」


 そろそろローウェル家に戻ろうかと話していた二人は、全身をローブで包んだ怪しげな人物に話しかけられる。リオンはとっさにシドを背後に庇うと、その人物の様子を観察する。

 全身黒尽くめの人物が近くに立っていることには気が付いていたが、シドとリオンが見晴台を訪れる前から立っていたので、それほど警戒していなかったのだ。


「お姉さん、さっきからずっと王都を見てたよね?どうしたの?」


 リオンの警戒をよそに、シドはローブの人物を女性と断定すると話の続きを促した。


「は、はい。あの、あなた様が勇者という話が聞こえまして!本当に、本当にそうならばお話がしたく」


 女性のオドオドとしていながらも必死な声掛けにリオンとシドは顔を見合わせる。確かに一般市民でさえ国が擁立した勇者を「勇者」と信じているものはほぼいない。

 それでもリオンとシドの会話が聞こえたからリオンを「勇者」と信じるのは、何だか変な印象を与えた。

 彼女は何度見ても全身を黒いローブで隠し、手には黒い長手袋をしている。少しも肌を露出していないため、いくら今の時期の気温が程よいとはいえ、あまりにも厚着だ。

 そんな女性をシドは下からジッと見つめると、リオンを振り返った。


「リオンさん、この人のお話を聞いてみよう」


 と、そう提案する。シドの視界からは女性の顔が見えたのだろうとリオンも「話くらいなら」と返す。彼女から敵意や悪意のようなものは感じなかったので話を聞くくらいならいいだろうと思ったのだ。

 それから彼女の案内でリオンとシドは高台かほど近い場所にある、ボロボロの小屋のような民家に案内された。

 背もたれもない正方形のスツールのようなサイズ感の木の椅子にリオンとシドは座る。女性は空の木箱の上に腰掛けた。


「お構いもできなくて申し訳ありません」

「いや、別にいい。それで、話とは?」

「王都に勇者と名乗りに行くのでしょうか?」

「まぁ、そうなる」

「で、では、偽の勇者はどうなるのでしょう」

「彼の発言のせいで近隣の街で女狩りが起きていることはご存知で?」


 リオンの言葉に女性は顔を俯かせる。


「このあたりでは、花嫁の募集があったくらいです」

「しかし、辺境では女を勇者に売ろうと盗賊が暴れ、国による女狩りが行われ、悲惨な状況になっています」

「兵士の遠征が多いのは魔物対策と聞いていました」


 リオンの言葉に女性は息を飲み込み、震える声で言葉を発した。女狩りや盗賊の被害を全く知らなかった様子なので、リオンはぶっきらぼうな態度を少し改めた。


「勇者の悪行ないし国の悪行、どう判断されたとしてもどちらにしてもあまり良い結果にはならないかと。なにより偽の勇者は、自分が勇者ではないことを誰よりも知っているはずです」

「そう、ですか」


 女性は項垂れながら「私のせいです」と告げた。そして、パサリとローブのフードを外す。


「女狩りがおきたのは、私が偽の勇者からの求婚を拒否し、逃げたせいです」


 そう告げながら見せた彼女の顔は、半分が焼けただれていた。

 リオンは平静を保とうと一度目をとじ、彼女の顔が見えていたシドはジッと女性を見つめた。



「私の名前はミーシャ、偽勇者レグルスの幼馴染です」


 間をおいてゆっくりと名前を名乗ったミーシャを見て、リオンは目を開くとシドとアイコンタクトを取る。


「では改めて、俺の名前はリオン。こっちは弟子のシドだ」


 話の本題はここからなのだろうと、リオンは背筋を正す。

 ミーシャは、自分で鏡を見るのも嫌なほどに醜い顔を見ても反応の変わらないリオンとシドに、納得できないような、けれど安堵したような表情でポツポツと話を続けた。


「レグルスが勇者じゃないのは、ずっと一緒にいた私も知っています。でも、緑の髪というのは珍しくて。だからレグルスの髪の噂を聞きつけてか、彼は王都に捕らえられるように連れて行かれました」


 ミーシャは腕をさすって視線を下に落とす。小さく震える姿は怖かった記憶を思い出しているようにしか見えず、演技ではなさそうだ。

 リオンは冷静にそんなことを考えた。


「私はレグルスを追って王都まで行って、彼は勇者ではないから返してほしいと訴えました」


 そう告げたのちに、ミーシャは焼けただれた顔を手袋をしている手で優しく擦る。その仕草だけで、そのときにミーシャの身に何が起きたのかをリオンは理解してしまった。この国のやり方は、やはり、いい加減で雑なところが多い。

 

「私は、国の認めた勇者を偽物扱いする人間として、見せしめにあいました。第二王子が慈悲をくださったので、命だけは助かりましたが」


 ミーシャの火傷は目立つ。手袋で指先まで、全身を隠す姿をみるに顔以外にも火傷がありそうである。

 そして勇者役のミーシャの幼馴染の男が「連行された」という彼女の言葉を信じるならば、勇者よりも国に問題があるのだろうとトーマスの話とともにリオンは納得する。

 おそらく全く繋がりのないだろうトーマスとミーシャが、それぞれに国から被害を受けているのだ。

 そして、ここでも命の恩人として名のあがった第二王子を記憶に留める。彼はどうやらあちこちで人命救助をしているらしい。それを知るとリオンの中で第二王子の株は上昇している。協力関係になれるといいのだがと、少しだけ期待をした。


「王都から追い出された私は、もともと住んでいたこの街で静かに暮らしていました。それからしばらくして、王家の使者が勇者の子を生むようにと家に押しかけてきたのです」


 でも、と、彼女はフードを被り直して自分の顔を隠す。


「私はこんな醜い姿をレグルスに見せたくなくて、家から逃げたんです。それからすぐに勇者の花嫁募集があって。逃げた私は、レグルスのお嫁さんになれないって理解したら胸が苦しくなって」


 彼女の身の上話を聞いていたシドは「もしかして」と声を上げた。要領を得ない話を一体どうまとめるのかとリオンはシドを見る。


「ミーシャさんは、やっぱりレグルスさんに会いたいってことかな?」

「……ええ」


 迷いがありつつも、ミーシャははっきりと頷いた。

 そんな姿にリオンはミーシャが自分にどうしてほしいのかを考える。見晴台での会話から、リオンの方針はシドが格好いいと思う「勇者らしい選択」になっている。

 それは、弟子には純粋に尊敬してもらいたい師匠心というやつだ。


「自分がもう長くないことは分かっているんです。だから、醜い自分でもせめて最後にレグルスに会いたい。でも、私は王都を追い出されているからもう王都にはいけない。それでも本物の勇者が出てきたら、偽物のレグルスは解放されてまた会えるんじゃないかって、そんなことを願いながら王都を見ていました」


 段々と荒い息になってきた彼女を一度止める。

 つまるところ彼女にとって「勇者」の代わりがいれば、幼馴染が解放されるきっかけがあればいいのだろうとリオンは理解する。

 彼女にとってリオンが本物かどうかは大切ではないのだ。幼馴染ではない別の誰かが「勇者」になりさえすればいいのだから。

 ということは「彼女の現在地をレグルスという男に伝えればいいのかな」と、リオンはそんな風に彼女の願いをとらえた。


「だけど。レグルスは女狩りに関わっているんですよね」

 

 そんなリオンの考えを否定するように、先程までの様子とは一転して、地を這うような迫力のある声をミーシャは出した。

 見せしめにあって以降の、彼女の現在までを聞けば、火傷をしてからは人前にほとんど姿を現さなかっただろう事がわかる。さらに、この街はあまりに平和な様子なので、ただいるだけでは辺境の惨状を知る由もなかっただろう。

 拳を握るミーシャの姿は先程までの大切な人を想う様子とはまるで違い、誰から見ても間違いなく怒りに支配されている様子だった。

 

「私が逃げたからレグルスは裏切られたって思ったのかな。花嫁募集の前に私に声がかかったのだから、レグルスは私を望んでくれたって信じてた。でも、女狩りなんて、女を買うなんて、信じられない。許せない」


 ミーシャの怒りに反応するように、彼女の周囲にブワッと黒い靄が浮かぶ。

 リオンは腰をあげると、彼女のフードを慌てて取る。

 急ぎ確認したミーシャの額に魔王の紋章はなく、安堵で息を吐き出した。


「すまない、確認することがあって」


 いくら確認のためとはいえ、コンプレックスのある人へあまりに配慮の足りない行動を謝罪しながらリオンはそっとフードをもとに戻す。

 さらに、ピュンっと爽やかな風が室内を吹き抜けると、彼女の周囲に漂っていた黒い靄は一瞬で消えた。

 風魔法を使ったらしいシドの額に薄っすらと紋章が浮かんでいるのを、リオンは呆然と見た。 

 なぜシドの額に、不完全ながらも再び魔王の紋章が浮かんでいるのか理解できなくて、リオンの手は震える。 

 やはり「魔王」とは何なのか、前回の旅でたどり着けなかった答えを知らなければならないのだろう。

 リオンはそれだけは理解した。けれど、そのために何をすればいいのか分からないので、とりあえずシドの額を親指で拭った。

 たったそれだけで消える紋章はやはりとても不安定で不完全で、やっぱり仕組みの良くわからないものだった。


「リオン様?」

「ああ、うん。君がレグルスを許せないことは分かった。それで、どうしたい?それとも、どうしてほしい?」


 自分のフードを取ったかと思えば優しく戻し、次に弟子を心底心配そうに撫でるという、リオンの謎行動にミーシャは首を傾げる。

 声をかけたのちにリオンに問われた言葉を受け止めて、ミーシャは黙り込んだ。何ができるのか、何をするのが正しいのか。

 しばらく考え込んで、彼女は決意したように顔をあげた。


「私、レグルスに私をこんな身体にした国とあってほしくない。私のために国を憎んで欲しい。レグルスにあって、私のことを伝えたい。彼の目の前で死んで、レグルスに私を消えない傷として残したい」


 そうして、死を覚悟した女性の呪いにも似た願望が吐き出された。

 そんな言葉を「心に消えない傷として残る女性」がいるリオンは、複雑な面持ちで聞く。それでも少ししてから「ならば一緒に王都に行こうか」と、返した。

 重度の火傷を抱える彼女の命が長くないことはまず間違いない。

 ローブで隠れているが、彼女がガリガリに痩せていることを、さきほどローブを払ったときにリオンは近くで見てしまっていた。

 そして、死を覚悟した相手に対するリオンの基本方針は「相手の望むままに」だ。


「シド、風魔法でどのくらい彼女を浮かせられる?」

「なんだか魔力は凄い増えたから、多分一日だって余裕だよ」


 リオンの質問に頼られたシドは自信たっぷりに返答した。

 リオンに撫でられたおでこをさすりながら、リリスにも触られたことを思い出し、ここに何かあるのだろうかとシドが自分でも触ってみるが、とくに何もない。

 なんだか変だなと思いながら、シドはミーシャの周囲に再び漂いだした黒い靄に気がつくと、小さな風で吹き飛ばした。




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