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星の泉



 城の惨状を確認して、幽閉されていた教会関係者のほとんどが魔物にされていたことを確認したスページ王ヴォルフは、無事だった執務室で頭を抱えた。


「いや、カースなる魔障に関わるものを退治し我が国を魔物の被害から救ってくれたことを感謝する。春になれば具体的な数字が上がってくるだろうが酷いことになっているだろう。国民には……そうだな『勇者が魔王を討伐したことで自由に動けるようになった魔物による被害であり、その魔物は他人に乗り移ることができた。だが、水面下で魔物被害を防ぐために活動していた本物の勇者によって、甚大な被害をもたらした魔物は無事に討伐された』こういう感じに公表しよう」


 椅子に座ったヴォルフが頭を抱えながらその場で考えた内容は、大筋はそのまま話をつめていけば悪くはない。被害の開始時期を「偽の勇者を擁立した時」とすれば各国や教会にも言い訳はきく。

 リオンたちの説明は、全てが燃やし尽くされた三百年よりもさらに前から始まる呪いの話であるため、あまりにも壮大すぎて荒唐無稽に思えてしまう。

 概念に人格が付与されるとかもはや意味が分からなかったヴォルフは分かりやすく纏めた。

 リリスにお茶を入れてもらったシドは「リリス姉ちゃんますます美人になったね」と相変わらずの口達者でリオンとリリスの笑いを誘う。


「うん。シドが言ってくれたから自信をもつことにしたの。スページに行く決心ができたのもそう。イヴのためでもあったけど。だって私は美人だから、きっと素敵な人と出会えたら両思いになれるって自分を奮い立たせることが出来たから」

「それで捕まえたのが王様とか凄いねぇ」


 リリスの話が気になって聞き耳を立てていたヴォルフは、シドの気の抜けた発言に脱力して机に頭をぶつけてしまう。

 警戒し続けることが馬鹿らしくなってきたからでもあった。


「改めて、勇者リオン。国を救ってもらいながら十分な謝礼ができないことをどうか許してほしい。できる限り支援をするが何か希望はあるだろうか?」

「うーん、ならシュリグラと仲良くなる方法を探して欲しいかな」

「あれはあの国が約束を守らない国で信用できないから――いや。ジエルノ殿は信用できるしな。分かった。しかしそれではリオン殿個人に利益がないが良いのか」


 ヴォルフの戸惑った表情に、リオンはもう一度顎に手をあてて考えるような仕草をする。


「魔物の襲撃を受けていたハルジオの砦に、勇者ウィリアムがいるから、手紙を出したい。あと魔の森からの不法入国だから今からでも一応許可をください」


 リオンの要求にヴォルフは諦める。やったことに見合う要求がされないことを理解したからだ。

 そこで「せめて休養をとっていってはどうか」と感謝を伝える時間を確保するために提案した言葉は「魔障の被害を終わらせるために急いでいるので」とばっさりと断られた。

 退出するリオンを困ったように見つめるヴォルフに、リリスは楽しそうに笑顔を浮かべた。

 廊下に出たリオンはシドとシドの後ろに立っているラクランを振り返る。


「シド、ラク。俺はジフっていう男のところに荷物を取りに行くから」

「俺も一緒に行く」


 リオンの言葉にシドが手を繋いでくるので、リオンは確認するようにラクランを見つめた。


「いいよ、行ってきて。シドも決めたことをきちんと話し合うといい」

「うん」


 ラクランの言葉にシドは真剣に頷いて、リオンの手を引いて促した。

 何の話があるのか分からないものの、二人の真剣な表情にリオンはゴクリとつばを飲み込んだ。

 色違いのお揃いのマフラーをしているシドとリオンの並ぶ二人の背中を見て「仲の良い兄弟みたいだな」と感じたラクランは少しだけ寂しさをにじませる表情をしてから、その場から風とともに消えた。


「あのねリオンさん」


 話をしようと決めたものの、リオンに何から話をするべきか悩んだシドは言いよどみ下を向いてしまう。


「シド、ラクと出会ってどうだった?本当の兄だ」

「えっと」


 リオンに質問されてシドは少し悩んでから正直に言葉にする。


「家族なのはそうなんだろうけど、でも、緊張する」

「そっか、俺は?」

「リオンさんは俺の家族だもん」

「なら、何でも言うといい」


 励ますようにリオンに言われたことでシドの肩の力が抜ける。

 だから、シドの口から一番素直な願望が出てきた。


「呪いを浄化しないでこのままじゃ駄目?必要なら俺が魔王になるから、今まで通りじゃ駄目かな」

「……うん」


 シドの言葉を受けてリオンは小さく頷く。

 召喚をされた記憶を思い出したときに理解して、ずっと意識から逸らしていたことを突きつけられたからだ。


「やっぱり俺は死ぬのか」


 だからシドはリオンの「やっぱり」という言葉の意味を理解して唇を噛んだ。

 リオンが「やっぱり」ということは、はじめからその可能性を考慮して「呪いを浄化する」という選択をしていたことを理解したからだ。

 そうであるならシドの懇願なんて意味などあるだろうか、と考えたからだ。


「あのな、確定しないうちからシドを不安にさせたくなくて言わなかったけど。俺は死んでいるんだよな」


 リオンはシドに告げてから自分の首を擦ろうとして、そこにあったマフラーを握りしめた。


「召喚されたときの記憶をシリウスの泉で見た。そのときに俺は自分が母親に殺されたことを思い出した。それに、召喚されたというにはあまりにも変な状況で、泥から這い出たことも思い出した。ジニールの街での出来事があったばかりだったから、もしかしたらとは、ずっと思っていた」


 淡々としたリオンの言葉にシドはどうすればいいのか分からないから、リオンの手を掴む力を強める。


「リオンさんの肉体は魂の情報をもとに、泥になったシリウス様が契約に従って、試練を終えた勇者のために作り上げたもの。だからシリウス様が浄化されたらリオンさんは消えてしまうって」

「そっか。そうか」

「俺、リオンさんと一緒にいたい。死んでほしくない。俺が魔王になって呪いを肩代わりすれば今まで通り過ごせるよね?」


 シドの懇願にリオンは立ち止まってから腰を落とす。

 そうしてシドと視線を合わせてから微笑んだ。


「それじゃあ全て無駄になるだろ?」

「……でも、でも!セレスティアさんのお願いはどうするの?」

「まったく、口が達者だな。それでも俺はシリウス様を呪いの苦しみから解き放ちたいよ」

「――え」

「そうだろう?シリウス様は確かにやりすぎたけれど、もとは『カース』のせいだった。人が憎かったわけじゃないだろう。こうして自分を浄化する術を最後に残すくらいに人を信じていた。俺の人生の苦しみがシリウス様を浄化するための試練だったのなら、それを果たさなければリオンになる前の人生があまりにも報われない」


 リオンの言葉にシドは「納得するしかない」ことを察して目を潤ませた。


「……うん」

「どうか、シドの未来が呪いのない、祝福に満ちた世界になりますよう」

「――うん」


 シドはもう「人としてはもう生きられない」という本当のことは言えない。そう感じたシドは小さく頷く。

 兄の言うことは正しかったのだと諦めて、シドは正面にいるリオンに抱きついた。


「俺は一緒にいられないのが寂しいよ。世界なんて呪われてていいから、リオンさんと一緒にいたい」

「ありがとう、シド」


 シドの正直な言葉に、リオンは抱きしめ返しながら心から感謝を伝えた。





 リオンはジフから荷物を回収した後、たった二日で魔の森の落ちた星の泉の近くにあるセレスティアの家の上空まで運ばれた。天候の良さとラクランとシドの魔法のおかげである。

 日暮れ前の赤い空をリオンは目に焼き付ける。

 満足してから地上に降りると、癖のように玄関のドアを叩いた。


「リオンさん!」


 元気な出迎えをするアーユシの背後から、美味しそうなスープの匂いが漂ってくる。彼女は料理をしていたらしい。嬉しそうなアーユシに勢いよく抱きつかれたリオンは少し驚いて目を丸くする。


「おっと、何も問題はなかったか?」

「うん!あのね、今日はあと一週間で年越しだからってオスカーが飾りの作り方を教えてくれたの」


 玄関に飾られた八の字型のリースをアーユシは指差す。真ん中に星型になるように小さな花が飾られていた。

 リオンはそれをハルジオで見たことを思い出し「よく出来ているな」とアーユシを褒める。その言葉にアーユシは嬉しそうに笑った。


「年越しか」


 リオンが少し戸惑ったように呟いて、それに気がついたアーユシは「みんな、お腹すいてない?」と話を切り替える。

 シドが「お腹がすいた」と元気よく手を上げたので、全員で食卓を囲んだ。

 小さなテーブルに5人分の食事はぎゅうぎゅうで、それでも木箱を椅子代わりに全員が身を寄せ合って食事をする。


「美味しい。ありがとうアーユシ」

「えっへん!といってもオスカーさんに沢山手伝って貰ったけど」

「まぁ独り身で軍にいればなぁ」


 そんな和やかな会話が心地よくて、リオンはこれが最後の晩餐のような気持ちでありながらも、どこか心地よくあたたかな食卓の空気に身を任せた。

 暖かな家の外、日が沈んだ空には、星の輝く静かな夜がある。


「いいのかい?」


 落ちた星の泉、リオンにとって始まりであり終わりの場所。

 食事を終えて、暖炉を温みながら団らんしているところを抜け出したリオンが泉に向かって歩き出した瞬間、ラクランが声をかけてくる。


「ああ。送り出されるのも送り出す方も辛いだろうから、フラっといなくなったほうがいい。シドとはもう別れはできたし」

「――なら、僕が見送ろう。三百年前のように」


 勝手に隣を歩くラクランを、リオンは拒絶することなく歩を進める。


「三百年前、な」

「試練に挑む前の君は『諦めを知らない、正しい道を歩む男』だった」

「最終的に俺になるってことは、六度の人生で揉まれたんだろうな」


 ラクランの言葉をリオンは茶化す。

 諦めて、正しい道も歩めないリオンとあまりに違ったからだ。


「だけど僕は、君の正義や諦めの悪さが嫌いではなかったよ。どんなに絶望的な状況でも乗り越えた先には明るい未来があると信じていた。それは僕にとって一番好きになれる人間の姿勢だった」

「今だって明るい未来を信じている。ルースが好きなことをして生きることができて、アーユシが長生きして、シドが人に囲まれている未来を」


 星に照らされた道を歩きながら、リオンの言葉にラクランは肩を竦める。


「シドは人間とは生きられないよ。いつか母や弟のようになってしまってはいけないからね。僕が連れて行く」


 シドがあえて言わないと決断したことを、ラクランはこともなげに言ってしまう。

 そこでリオンは一度立ち止まり、目をとじる。


「……シドは、優しいな」


 シドがあえて「リオンには言わなかった」という事実を噛み締めて、それから歩みを止めないため、先に進んでしまったラクランの背中を見る。


「結局、ラクは何が言いたいんだ?」


 リオンの言葉に、ラクランは振り返ってから笑顔を浮かべる。

 その笑顔がシドにとてもよく似ていることに気がついて、リオンも無意識につられるように笑みを浮かべてしまう。


「君が一番シリウス様に振り回されたんだから、我儘は言えるだけ言うといいってことだね」

「……わがまま」

「君はシリウス様を納得させるためだけに悲惨な人生を六度もおくった。それでも人や世界を滅ぼしたいほど憎んだりはしなかった。まぁ、全てを焼き尽くすシリウス様が混じった泥男の君は殺人を迷わなかったけれど」

「だから今の俺は、やっぱり勇者じゃないと思う。辺境の村が焼かれたとき、俺は盗賊が心から憎かったし、だからこそ盗賊を追いかけて殺して復讐した」

「でもそれは、君の中にシリウス様の感情があるからだ。それを忘れないでおくといい」


 ラクランがそう告げたと同時に目的地にたどり着く。

 その真っ黒な沼の前で立ち止まり、中を覗き込む。

 リオンの装備している防具がほのかに光りだし、そうして自然に自分が何をすればいいかを理解したリオンは、刀を抜いた。

 聖剣から伸びた光が沼の中を示す。それを見たリオンは、その光に導かれるように落ちた星の泉の中に迷わず飛び込んだ。


 ドブンと飛び込んだ先は、リオンが想像したような世界ではなくて目を瞬かせる。

 まるで宇宙空間のような、簡単に表現するならプラネタリウムのような、どこか幻想的で美しい景色が広がっていた。

 そんな空間の中に一際輝く宝石のような石がある。その目の前で止まったリオンはそれが「シリウスの心臓」であることに気がついた。


『待っていた、勇者』


 直接脳内に響く声に戸惑いながら、リオンは頷く。


『どうか、私と心中してくれ。約束通り人間の可能性をみせた君に、呪いのない世界を与えよう』


 その言葉に応えるように聖剣を握ったリオンは、シリウスの心臓を砕こうとふりかぶる。しかしふと、ラクランの言葉を思い出したことで動きを止めた。


「――呪いのない世界にシリウス様の居場所って、ないんですか」

『何を言っている?』


 リオンの質問に戸惑ったような反応をするシリウスをリオンはただ見つめる。だけれど、リオンの中にずっとシリウスがいて、リオンの感情を引きずっていたというのなら。

 もしかしたら違う選択肢があるかもしれないと思ったのだ。


「シリウス様。俺と一緒に人間として人間と過ごした日々は、どうでしたか?」


 リオンの質問を受けて、目の前の心臓が眩いほどに光を強くした。

 それから、点滅を繰り返す様をリオンは静かに見つめる。

 無意識に自分の首を擦りながら、リオンはシリウスの答えをただ待った。

 シリウスの心には、セレスティアとの出会いから今日に至るまで、リオンと共有した日々が浮かぶ。

 ハルジオの良い人間と悪い人間、セレスティアとの別れ、辺境の村での穏やかな日々。

 小さな村での人間らしい日々は、シリウスも幸せだった。

 怒りや呪い、自分の幸せを壊したものを憎むシリウスの感情こそが原動力となってリオンは旅を始めたのだ。

 シリウスは人だった。

 自分の感情を制御できていない、ただ強大な力を持つ人だった。

 かつて自分が力を与えたドマの人々に「人と楽しく暮らす」ことを愛していたシリウスを忘れられていないことにどれほど嬉しくなっただろう。

 誰かを励ましながら、強大な力などなくても鋼の剣で魔物を討伐する「リオンの理想の勇者」を見て、シリウスも人間の可能性を確かに見た。

 罪人の娘というだけでセレスティアに三百年の贖罪をさせたことを申し訳なく思ったし、スページではかつて守られるだけだった娘が、誰かを守るために彼女なりの戦いをしているのを嬉しく思った。

 なにより、子どもたちが大切だった。

 生きることを諦めず、必死に自分と神を信じるアーユシがシリウスは可愛い。

 ルースの手袋は本を守るためではなく、自分を守るためのおまじないだとシリウスは知っている。人を怖がりながらそれを感じさせないよう懸命に生きているのだ。

 シドは片割れの残した息子だからという理由も確かにあったが、全幅の信頼を寄せられていたのはシリウスと一体化していたリオンだ。

 勇者でもない、神でもない、人間のシリウスとリオンをシドは信じた。

 だからこそ、シリウスにとってシドは家族なのだ。


「そうか、今はもう神ではないのだな」


 シリウスの心臓が光り、その光が収まると、そこには明るい茶髪の青年が立っていた。

 顔はリオンにどこか似ている。


「三百年前の君の姿を使わせてもらった。髪はちょっと弄ったが」

「シリウス様」

「――いや、俺はただのシリウス。神でもなく呪いでもなない人間のシリウス」


 神は、とっくの昔に死んでいた。


「神のいないこの世界から、神のもたらす呪いは消える。魔障はもう発病しない」


 シリウスが手を翳すと、リオンの装備していた聖剣とブーツと耳飾りとベルトとブレスレットが光の粒子になって消えた。


「俺が魂の情報を保管しているのは、君とセレスティアだけだ。だけど、必要のなくなったこれらを使って彼女を蘇らせたとして、それは彼女の選択を否定する行為かもしれない。どうする、リオン」


 リオンに泥ではない肉体を与え、セレスティアを蘇らせることができるとシリウスは言う。首を擦りながらリオンはシリウスと向き合った。

 どうしようか迷い、何度も口を開いては閉じる。


「たとえ恨まれても、俺は彼女に生きてほしい」


 覚悟を決めたリオンの言葉を受けてシリウスは微笑む。


「君の肉体からは神の力による強化がなくなる。火の魔法も使えなくなる」

「それは別に構わない」


 自分に関することに関してはリオンは迷わず即答する。


「俺の肉体に一つ。君の肉体に一つ。セレスティアの肉体に一つ。残りは……」

「なら、ラクランとシドの肉体をただの人間にしてもらえますか」

「――そうだな。あの子達も人として生きたいはずだ」


 シドやラクランとの会話の内容を振り返り、シリウスは口の端をあげて小さく微笑む。

 シリウスが万能の神ならば犠牲になった人を蘇らせることもできたかもしれない。だが、人間のシリウスは星の泉の中だからこそ、神の力の一部が最後に少し使えるだけなのだ。

 シリウスが人間になったから自分の幸せのために、個人的な幸福のために神の力を使う。

 これは、神であるシリウスでは決して選ばない選択であるから、全てを覆す万能の結末にはならない。

 それでも、きっとこの先は穏やかな人生が待っているのだから。


「こういうのを大団円と、リオンの記憶では言うのだろう?」


 神は人へ。

 星の泉はただの泉へ。

 泉が眩く光るのを、ラクランは追いかけてきたシドとアーユシとともに見つめた。

 少しすると泉だけではなく、地面全体がほのかに光った。おそらくはフーラシオ大陸全体が光ったのだろうとラクランは考える。

 そんな光がおさまると、泉の上に茶髪でリオンに似た顔の青年が立っていた。その姿を見たラクランは目を見開く。

 その隣には黒髪の青年の姿がある。

 そして、リオンの隣には美しい銀髪と深い青の瞳の女性が佇んでいた。


「シド、ラクラン、こっちにおいで」


 リオンに駆け寄ろうとしたところで、リオン似の茶髪の人物に呼び寄せられたシドは、どうすればいいか判断を仰ごうとラクランを見上げる。


「シリウスおじさん、若作りすぎでは?」


 呆れたような笑みを浮かべたラクランは、シドを抱き上げて素直に泉の中に向かって歩いた。膝が水に浸かりきったところでシリウスの目の前につく。


「若作りは酷いぞラクラン。でも、この姿であることを謝らないといけないか」

「……その髪は、家族へのこだわりですか」

「そうだ」


 茶髪にした理由を断言するシリウスがおかしくて、ラクランは笑った。

 かつての親友の容姿なんて、こうして目にするまですっかり忘れていたことにもラクランは気がついた。


「残した力で君たちをただの人間の身体にしよう。魔力も人間が使える程度になるし、病気にもなるから、きちんと理解しておくように」


 そう宣言した後、シリウスはシドとラクランの額に触れた。

 そしてそっと手が離れると、ラクランは確かめるようにシドを抱き上げたまま風魔法で浮いて、そしてすぐに地上に戻る。


「これは、かなり魔力が減ったな」

「本当だ。魔の森から無事に帰れるかな」

「それは春になってから考えよう」


 考え込むシドとラクランの隣にセレスティアの手を引いたリオンが立つ。


「リオンさん、おかえりなさい」

「心配かけたな。ただいま、シド」


 シドが嬉しそうにリオンに抱きつくのを、ぼんやりと辺りを見ていたセレスティアは首を傾げながら見つめた。


「リオン……何が起こったの?その子は誰?」

「セレスティア、俺が、分かる?」

「もちろん分かるわ」


 セレスティアに声をかけられたリオンは、シドに抱きつきながら震えた。

 シドはそんなリオンを励ますように背中を叩き「頑張って」と小さな声で応援する。

 セレスティアを振り返ったリオンは、彼女へ手を差し出す。


「呪いのない大地で、勇者ではない俺は、魔王ではない君と生きたいって神様に願ったんだ。それが俺の一番幸せな未来だったから」


 リオンのプロポーズを受けたセレスティアは、目を瞬かせた。


「私、幸せな夢を見ているのかしら」


 どこかぼんやりとしたまま微笑んだセレスティアは、リオンの手をとった。





 春、ハルジオのウィリアムの屋敷でシドの誕生日が祝われていた。

 アーユシの身長を追い越したことを嬉しそうに自慢するシドに、ルースが呆れたように笑う。

 その側では、大聖堂からわざわざ足を運んだアメリアがセレスティアに抱きしめられて子どものように泣いた。

 老婆になろうとも愛おしい娘を抱きしめてセレスティアは微笑む。

 生き返ったばかりで混乱していたセレスティアは、冬を越すまでの間になぜ自分が生き返ることになったのか、長い時間をかけてリオンの旅の話を聞いた。

 一人で住むには広すぎた家が、狭く感じた冬の日々をセレスティアはとても気に入っていた。


「なんだか盛大な誕生日だね、リオンさん」

「シドの誕生日だからな」


 普段は飲まないお酒を飲みながら微笑むリオンにシドは目を瞬かせる。


「リオンさん、なんだか穏やかになった」

「ああ、シドと過ごした俺の中にはシリウスがいたと言っただろう?」

「シリウスおじさんが抜けたからってこと?」

「どうだろう、俺も大人になったってことかな」


 お酒を飲み干して笑うリオンに、シドは笑い返す。


「どっちでもいいよ。俺はリオンさんもシリウスおじさんも好きだから。でもさ」

「でも?」

「家族がこんなに増えるとは思ってなかったな。人生って不思議」


 シドの言葉にリオンは目を丸くした。

 確かに、考えてみるとシドの家族はとてもにぎやかなことになっていた。


「父さんと母さんに報告しなきゃ。リオンさん、みんなで村に帰ろう。あと俺、さっき村に来ないか誘ったらアーユシに振られたから慰めて」


 しんみりすればいいのか笑えばいいのか分からないシドの言葉に驚いた後、少ししてリオンはシドが「アーユシに振られた」とあっさりと言ったのがジワジワとおかしくなってついには腹の底から笑った。


「ちょっと、慰めるどころか笑うなんて酷いよリオンさん!」


 慰め待ちをしていたらしいシドは、リオンの反応に驚く。でもそんなシドの反応がとても新鮮で、リオンはさらに笑いが止まらなくなった。

 そんなリオンの幸せそうな笑みを見たシドはそのうち「そうだ、笑い飛ばそう!」という気持ちになり、リオンにつられるように笑った。





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