リオンの一人旅
スページへの入国を拒絶されたリオンは、雪の中にポイッと放り出される。
火魔法を活用することで自分の周囲の雪を溶かしながら足場を確認して、リオンは大人しくハルジオの砦まで戻る。
「リオン様?」
出発前に「スページ方面の魔物の活動が活発化している」とウィリアムが報告を受けたこともあり、ハルジオの砦までリオンはウィリアムの隊とともに行動していた。
見送ってそれほど経たずに戻ってきたリオンに、ウィリアムが不思議そうに首をかしげる。
「どうも、こんな雪の中で入国してこようとするのが怪しすぎて不可と」
「教皇と大聖女の印があるのに追い返されたのですか?」
「いや、それが大物過ぎて余計に怪しまれた」
頭を掻いたリオンは「困ったな」という表情を浮かべる。
「ちょうどスページの情報をまとめているところだったので、私の執務室に行きましょう」
「この辺りの詳細な地図は機密になりますか?」
「そうですね」
別室に促すウィリアムとともに歩いていると、ほどほどに仲良くなったウィリアムの隊の兵士に挨拶をされるため、リオンもそれに返す。
「情報が少し古いが、シュリグラの政変が起きた後、スページとシュリグラの国境付近で小競り合いがあったという報告がありました」
「そうですか。村は大丈夫だっただろうか」
執務室に入ったウィリアムは机をあさりながらリオンに伝えたほうがいいだろう資料を探す。
「それはシュリグラから和平の使者……つまり人質ですが、それを送ることですぐに戦いは収まったそうです」
「そうですか」
誰かが犠牲になっていることを思えば両手をあげて喜ぶことは出来ないが、長期的な争いになっていないのならば、村は辺境にあるため少しは安心はできる。
そんなことを考えたリオンは探しものをしているウィリアムの次の言葉を待った。
「あ、これだ。スページから押し寄せてくる魔物が多いという報告ですね」
「スページからハルジオに魔物が押し寄せてくる?」
「はい、しかもこの報告書によると『誰かが魔物を支配している』ような統率のとれた動きなのだ、ということのようです。本当ならこれは戦争を仕掛けられていますね。こんな時に」
「……魔物の支配は、聞いたことがないな」
魔物とは集団で指揮をとるように活動することはまずない。
魔障によって人間が魔物に転じるのとは別で、本来魔物とは自然にある魔力の濁りから自然発生する生き物なのだ。
呪いの神が眠る魔の森はその影響で他の土地の数倍魔力濁りができやすく、だからこそ魔物の楽園となっている。
セレスティアにもルースにも聞いたことのないような報告に、どこか不穏なものを感じたリオンは「やはり魔の森経由で密入国をしよう」と決める。
「俺は火魔法を使えば雪の中でも動きやすいので、急ぎスページの様子を見てきます。魔物を操る関連の情報も調べるので、それまでどうか襲撃をしのいでください」
「は、はい」
「ウィリアムさんにはお世話になったので」
「い、いいえ!好きでしたことですので!」
リオンがいくら気安く接してほしいと願ってもウィリアムはリオンへの態度を崩さなかった。それを少し寂しく思いながら、リオンは窓をあけたウィリアムが指差す方を見る。
「ハルジオの魔の森はあちらです。小さな山を越えて北に進めばスページですが、毒をもつ魔物が多く生息しているため、注意してください」
「ああ、あれならいけるかな」
シドほどの魔力はないため、体温を保ったり道を確保することに力を使えばそのうち倒れる心配があったが、ウィリアムが示した山を越えるくらいなら大丈夫そうで一息つく。
リオンはそのままウィリアムに軽く挨拶をして執務室を出た。
「あ、見送りはもう大丈夫です」
「そうですか」
背後にいるウィリアムに告げると少し寂しそうに肩を落とす姿に、リオンと同年代らしい若い部分を感じてリオンは明るく笑う。
頭に巻く布に合わせた子どもたちとお揃いのデザインの緑色のマフラーを巻き直して、簡易コンパスを手に方角を確認して先程ウィリアムに示された山へリオンは走った。
一人旅で全力で走るリオンの移動速度は人間の出すような速さではなかったが、リオンは全力で走れることに清々しさを感じて口の端をすこし持ち上げる。
(シドとアーユシはセレスティアの家についたかな)
魔の森まで向かいながらシドのことを思い出したリオンは少し不安になる。
魔力と魔法の扱いに才能をみせるシドが戦闘面においてリオンの保護が必要ではなくなったことを理解しているけれども、それでもリオンは心配になるのだ。
(家族だからな)
育ての親の祖父母以外では、たとえ血の繋がりがなくても、シドこそがリオンにとって誰よりも「家族」だ。
リオンが前を向いてこの世界の未来の為に命をかけれるのも、必死に走れるのも「家族」がいるからだ。
「リオンさんって強いね!ねぇ俺に戦い方教えて!」
「リオンさんリオンさん!母さんが差し入れって!」
「リオンさんこのお茶、すっごい美味しいね」
「リオンさんいい加減、部屋の掃除しなよ!」
「リオンさん誕生日おめでとう!」
辺境の村で過ごしたシドとの平和な日々を思い出し、生きる気力を取り戻していった日々を振り返ることで力をもらう。
リオンが誕生日を心から祝ってもらったのは、シドが初めてだった。
時間の把握ができないセレスティアには誕生日という概念は失われていたし、祖父母だって娘に押し付けられたリオンの扱いに困っていたのを知っていた。
(春になったらシドの誕生日だな)
次の誕生日、シドにとっての家族はリオンだけだから「誕生日はジュリアさんたちの分まで祝おう」とリオンは前向きな未来に思いを馳せた。
・
雪で視界の悪いなか歩くリオンはスページにはいったことを確認して一息つく。
進行方向に村があるはずなので、こんな時期に尋ねるのは不審者だとは思いつつ情報収集のために向かった。
村の建物の影がみえてきたというのに、明かりの一つもないことを不審に思いつつ駆け足で村まで向かう。
「無人?」
人々が息を潜めている、というよりは見たまま無人の村の中を歩く。
同じ国境沿いの村だというのにハルジオの狼の魔物に襲撃されていた村と比べると貧相さがある建物だ。
魔障から魔物に転じた人がいてこんな犠牲が出たのかとリオンは注意深く村を観察するが、雪に覆われた村からは破壊された建物が多いことくらいしか読み取れない。
「教会?」
どこの村でもよく見るタイプの、司祭のいない村の集会所のような建物がひときわ激しく破壊されていることに気がつく。
「……」
リオンは無言で砦方面を見つめてから、村の使えそうな家の中に避難する。
暖炉に薪をくべ、魔法で火をつける。
部屋が暖かくなったことに一息つく。
そして荷物の中からハルジオで新調した地図を取り出して、一番近い街を探す。
スページはどれほど人が住むのに厳しかろうと、国の北部は人が住むには過酷な環境すぎるため、魔物や魔霧の被害を差し引いても魔の森に近い場所にずっと首都がある。
リオンは聖堂もそこにあるという情報を出発前に得ていた。
「今いる場所はここで、多少の難所は飛べばいいから、最短はこうかな」
地図にある今いるはずの村から首都までを指で線を結ぶ。
魔物注意や渓谷ありと書かれているものの、勇者の防具を装備しているリオンは化け物並の身体能力があるため気にせず最短距離をとる。
「入国拒否か」
いままで教会の保証があって入国拒否をされなかったリオンは顎にてをあてて考え込む。
教会の高位のひとの身分保証があればあるほど優遇されていたし「ハルジオからの入国は歓迎される」という話とは全く違った。
そもそもシュリグラに小競り合いを仕掛けているのに国力の違うハルジオにまで魔物を使って争いを仕掛けているとなると、スページという国をおかしく感じる。
「たしかスページの勇者は、魔術師だったな」
ウィリアムに聞いた話では、名のりをあげただけで人前に姿を表すこともないのだとか。なにかの研究に明け暮れる魔術師で、おそらく戦闘の心得はないだろう、ということだ。
「いや、よく考えたらそいつ怪しさ満点だな」
イラードでは勇者を使って軍拡を狙ってる。ハルジオは魔物討伐をする時の象徴。
シュリグラは「他国がしていたからそうした」という第一王子の考えがない策で、とんだ被害が生まれた。
スページにおいて「魔術師が勇者」であることは、少なくともシュリグラよりは意味があるはずだ。
「だが、自然発生の魔物を支配するなんてことは可能だろうか」
村の食料には流石に手をつける気にはならずに携帯食料を食べながらリオンは考え込む。
自然発生した魔物は知能が低いことがほとんどだ。
だが、魔の森からの魔物に苦労しているスページなら魔物のコントロールは魅力的な研究になるかもしれないと思い直す。
シドとリオンが住んでいた辺境と同じくらい魔の森の隣に首都があるのだ。
魔霧と魔物のコントロールを研究していても不思議ではないなとリオンは頷く。
「魔障……人間が魔物に転じる。知能は……」
魔障について研究しているルースに、シドが「ごめんねって謝られた」とミーシャとの会話を伝えていた。
それを聞いたルースは「呪いになった人間から完全に知能が失われる訳では無いかもしれない」と言っていたことをリオンは思い出す。
その瞬間、リオンの背中に悪寒が走る。
もぬけの殻の村。国境近く。ハルジオの砦を襲うコントロールされた魔物。
「魔障にかかった人間を使っている?人間を魔物にしている?」
どちらにせよ、スページは他の国とは段違いに悪どい行いをしている可能性が出てきた。
「……砦か首都か」
術者による遠隔操作が可能なら首都だし、そうでないのなら砦にいるだろう。
どちらを優先すべきか悩んだリオンは首都に向かうことにする。この雪なら移動は容易ではないため、リオンのように動き回れることが異常であるので、防具回収を優先することにしたのだ。準備が整ってから首都で情報収集するほうが賢明なはずだ。
「ウィリアムなら大丈夫だろう」
ハルジオの砦はすでにウィリアムの指揮なしで何回か魔物の襲撃に耐えている。ウィリアムが加わったならしばらくは心配がないだろうとリオンなりのウィリアムへの信頼をみせた。
今のところリオンの妄想ではあるものの、嫌な予感に拳を握りしめる。
嘆き悲しんだ数年は、辺境の村での穏やかな生活はリオンにとって無駄ではかった。それでもこうして自分の行動が遅れたがために広がっている被害を思うと、自分が最初に素直にハルジオに住んでいればという考えが浮かんでくる。
「いや、悪いのは悪いことを考えるやつだ」
トーマスに言われた言葉をおまじないのように呟いて、リオンは心拍数のあがった鼓動を落ち着ける。
ハルジオで見たウィリアムこそが、リオンにとって理想の勇者に見えた。
ウィリアム曰く「大好きな勇者伝説の勇者たちならこうしたという演技をしているようなもの」と言っていたが、実行に移せるところが凄いだろう。
ウィリアムだって完璧ではない。リオンが思い描く勇者は完璧な人間じゃない。
全て過ぎたこと。今のリオンは立ち上がっているのだから。
何かに失敗したとしても自分だけは自分を許そう。そうしないと生きてはいけないから。
そうやって考えることでようやく、リオンは自らの拳を解いた。
・
ドマのような防壁が何重にも築かれた圧巻の光景に息を飲みつつ、リオンは防壁を飛び越えて街の中に侵入した。
身分証には「入国不可」という文字が書かれたため、正面から入るのが難しかったからである。けれど一度入ってしまえば問題はないため、人通りの多そうな街の中心部を目指す。
「シンデレラ城みたいな」
街の中心部にリオンがシンデレラ城と例えたくなるような、まるでおとぎ話のような城が見える。
遠目に見ただけでも、シュリグラで滞在した城よりもスページの城のほうが年季が入っていることが分かった。
街に人気がなく、なんとなくゼリジアを思い出させる静けさがあった。
それでも、しっかりと雪かきのされた道に出ると人々のざわめきが聞こえた。
(情報収集といえば酒屋かな?)
情報収集の場所を定番の場所に決める。
子どもたちはリオンが飲めないと思っているが、リオンは単純に飲酒に楽しさを見いだせないだけで、酒自体は飲める。
探し出した酒屋のカウンター席に陣取って周囲の会話に耳を澄ませた。
人好きのするコミュニケーション能力の高いシドに情報収集をさせていたツケを感じつつ、店主の出す「オススメ」をリオンは素直に飲む。
「王様が変になったってホントかよ」
「本当だよ。人さらいが増えたのは王様のせいだって話だ」
「それにホラ、シュリグラから来たあの魔性の女。あの女が大臣たちを骨抜きにしてからこの国はさらにめちゃくちゃになったって話だ」
「でも、すっげぇ美女なんだろ?」
「そりゃあこの国が傾く位の美女だよ。しかも若い。胸もある。しかもシュリグラの女ときたらそりゃあもう盛り上がってんじゃねぇの?」
「一回くらい相手してもらいてぇなぁ」
オススメの酒の度数が高いことが分かったが、それは寒い地域ゆえか、潰そうとしているのか判断がつかずリオンはもう一杯注文する。
背後から聞こえてくる会話の「シュリグラから来た傾国の美女」という内容にカップを持つ手が震える。
(まさか、リリス)
リオンも「まさか」とは思うが、彼女ほどの美貌がなかなかいないのも確かなのだ。そのうえ、シュリグラでは彼女は成人年齢であるため、人質として送られる可能性は否定できない。その役を担う有力な立場だっただろうルースは、小競り合いの前にリオンと旅に出てしまっていた。
ジエルノが彼女の美貌に惚れるのではなく「面倒事」の気配を感じたのなら、むしろ他国に送るくらいは平然としそうだとリオンは思う。
身寄りのなくなったリリスとイヴはローウェル家に引き取られたはずで、貴族に見初められる機会は段違いに増えたはずだ。
そもそも第二王子の陣営は最初からリリスとイヴの美貌を利用しようとしていて、さらにルースに旅立ちを許可した理由を想像すると、あの顔色の悪い第二王子にまんまと利用されたような気さえしてしまう。
(ルースが悪い訳では無いし、弟を守ろうとした兄心かもしれない。小競り合いが起きるかどうかも不確定で、俺にとってあのときルースは何よりも必要な人材だった)
誕生日を本当に嬉しそうに噛み締めていたルースを思い出し、守り袋を手に取る。ルースからのプレゼントを握りしめて、考え過ぎは良くないと頭を振る。
「店主、教会はどこにあるだろうか?」
リオンが何の気なしに質問した途端、店主は顔色を変える。
「なんでシリウス教追放の話を知らねぇ奴がいるんだ?」
ごく一般的な質問をしたにも関わらず、客にも店主にも警戒態勢をとられてリオンは固まる。
「その、魔の森で迷子になって、運良く生還できたんだが少しばかり世間知らずになってしまって」
「……なるほど?」
自分でもどうかという、苦しい言い訳に胡乱げな眼差しを向けられる。
「その、これなんか魔の森でしか採れない薬草なんだが」
辺境の村で生業にしていた薬草採取だが、役立つだろうかと証拠として提示してみる。熱冷ましとしてどの薬草よりも効果があるため、シドが病気になった場合を考慮して売らずに保管していたのだ。
「それは――ショーン熱の特効薬!」
店主はマジマジと薬草を観察した後、興奮したように目を輝かせる。
魔力を帯びて薄く黄色に輝く葉は、素人目にも判断し易い。
そして、店主の言うショーン熱はスページで度々流行する病だ。特効薬になるほど貴重な薬草だったとは知らなかったものの、リオンは「知っていました」とばかりに平然とした表情を貫く。
「ジフ!お前の妹の薬ができるぞ!コイツは怪しさ満点だが、おそらく薬草は本物だ!」
店主に声をかけられてテーブルに潰れていた男が、ゆっくりと顔をあげてリオンの手にある薬草とリオンを見比べる。
「お、おい!それを売ってくれ!妹の命を助けるのに必要なんだ!」
「……も、もちろん。よければ今何が起きているか教えてくれればタダでいい」
掴みかかってくる酒臭い男に戸惑いつつ、リオンは提案する。
店主も客も「アナちゃんのためなら」と口々にしているのを見る限り、ジフという男の妹は多くの人に好かれていることが理解できた。
「助かる!調薬代が一番たけぇんだ」
素直に頷いたジフに手首を掴まれたリオンは「釣りはいらない」と言いながら口止め料も兼ねて一万ガル硬貨を店主に投げた。
・
寝たきりの少女に薬をなんとか飲ませた後、少女の手を握ったジフは祈りながら呼吸が落ち着くことを祈った。
少しして少女の呼吸が整った後、ジフはようやくリオンを振り返った。
「悪い、待たせたな」
「薬が間に合って良かった。俺にも弟がいるから気持ちは分かる」
「そうか!」
リオンの言葉に表情を明るくさせたジフは親近感を得たからか「教会の司祭だとかは城に軟禁されているんだ」と気安い言葉でリオンに現在のスページについて語り始めた。
ことの発端は「勇者」が現れた頃だという。
その頃から王は教会を冷遇するようになった。
というのも「人間が魔物になるという病」の原因が堕落したシリウス教のせいだということらしい。
ジフは人間が魔物になるという眉唾物の話を信じられなかったが、王の宣言の後、街中で魔物になる人間が数名出たことで、王の言葉は人々に信じられることになった。
そうして王が司祭や司教を拘束し城に軟禁したことで、弊害として民衆は重病人でも教会の病気や怪我の治癒を受けられなくなった。
「病人が増えれば、病気が流行する。でもな、ここ最近の治安悪化も何もかも勇者ってのが怪しいとふんでるね」
「俺は、勇者が魔術師ということくらいしか知らないのだが」
「あー、便宜上勇者って呼んでるが、髪も緑じゃないからハルジオの大聖女様の言うこととと違うし、そもそも勇者でもないとは思うけど」
ジフの言葉から、この国にとって教会の価値がとことん下がっていることだけはリオンも理解できる。
「どうもあの勇者、人間を洗脳できるって噂だ」
「……!」
ジフの言葉にリオンは息をのむ。リオンの推測がそう的外れではなかったことを裏付けられるかもしれないからだ。
「その噂が出た頃から『シュリグラから来た魔女の淫蕩とした噂』が広がったからな。なんかきな臭え」
「人間の洗脳、か。勇者は普段どこで何をしている?」
「城だろうな。奥から出てこねぇ」
鼻をこすりながら言うジフに、もう少し詳しい話を聞こうか迷ったものの、リオンは次の質問をぶつける。
噂以上の情報がでてくるとは思えなかったからだ。
「教会…旧教会の聖堂の場所を知っているか?」
「あそこは伝説の防具が飾られているだけの場所じゃねぇか」
「ああ。でも俺には行く必要のある場所なんだ」
リオンの言葉にハッとしたようにジフは顔をあげて、確認するようにリオンの全身をマジマジと見つめ、それから落胆したように肩を落とす。
「なんだ、本物の勇者かと思ったが髪の色も違うし、違うか」
「……いや、俺は勇者だよ。少なくとも伝説の防具を装備できるという点では」
「でもよハルジオの大聖女様は……んん?その頭の布、まさか」
「大聖女様もお年だから――というのは冗談で。勇者として扱われたくない俺と、勇者を利用したい国の思惑との間をとった発言をしてくれたのだと思う」
リオンの言葉に「ほぉ」と顎に手をあててジフはなんとなく納得したように頷く。
「人間が魔物になるっていう病気が流行ったときに、教会の関連施設は完膚なきまでに壊されたが。あのアーマー、勇者以外は触れねぇから伝説の防具だけはそのまま野ざらしのはずだ」
「分かった」
すくっと勢いよく立ち上がったリオンに「案内する」というジフをリオンは「必要ない」と拒絶する。
「目覚めたとき一人だと妹が心細いぞ。いてやれ」
知りたかったことをおおむね知ることのできたリオンは「言葉だけで大丈夫だ」と伝えジフに方向と目印だけを聞いて感謝を伝えた。
様子のおかしい「王」に、人を洗脳する可能性のある偽の「勇者」そして所在は王城。リオンの求める答えは王城にある。まずは城に侵入できそうな場所を探さなければならない。
「妹が救えたのは勇者様のおかげだし。あんな貴重な薬草を本当にタダで貰っちまったし」
「これも巡り合わせだ。俺の手持ちで助けられるのはジフの妹くらいだったんだから」
「ああ、そうだな。やっぱ真面目に生きてたアナは救われるんだから、神様ってのは案外いるのかも」
その「神様」こそがこの世界を呪っていることを知っているリオンは、どこか曖昧な笑みを浮かべて「そうだな」と同意をした。
ジフの家を出ると曇天ではあるものの、雪は降っていない。
ジフの案内を思い出したリオンは、段々と人気のなくなっていく教会を目指した。
「ぐちゃぐちゃだな」
徹底的に破壊されたというジフの言葉は比喩でもなんでもなかったことを理解しながらリオンはアーマーの位置を探す。野ざらしなら見つけやすいのかとも思ったが瓦礫をどかしながらの作業は思ったよりも時間がかかった。
(シドがいればな)
普段からシドの魔法で楽をしていたことを痛感しつつ、リオンは地味な作業を続ける。
日が落ちたのか暗くなった後も探し続けたのち、ようやく見つけたアーマーを手に取る。
リオンがいま使っているベルトと同じデザインに変化したのを確認して、すぐに装備をする。
せっかく伝説の防具を揃えたものの、その達成感を分かち合う誰かが一人もいないことに気づいて、リオンは少しさみしくなった。
(いや、シドやアーユシが頑張っているのに子どもみたいな考えは駄目だな)
首を横に振って、リオンは暗い闇の中からまっすぐに城のある方向を見つめた。
首都ではあるものの防壁が街の殆どを占め、そこまで居住地の大きな街ではないため、教会からそう遠くない位置に王城はあった。
・
ガタッ
屋根の上に着地したリオンは侵入口がないかと辺りを見回す。荷物が多すぎるため一度旅道具をジフの家に預けてきていた。
それなりの時間試行錯誤しているものの、雪が降るためか侵入するための隙間がない。
「ドアも開かないし、魔術的な何か妨害も感じるな」
呟いたリオンは城の中央から少し離れた建物に移動する。
屋根の上に雪が積もっていないため、なんとなく人がいる可能性を感じたのだ。
「……リリス」
屋根裏部屋とも言える場所に、男と身を寄せ合って暖をとっているリリスを見つけた。リオンは思わず声をかける。
小さなつぶやきだからか気のせいだと思ったらしいリリスの様子を見て、リオンはもう一度呼びかける。
「リリス、窓だ」
男とともに窓を見たリリスは目を見開いた。
「リオンさん!」
それと同時にやつれた美丈夫はリリスを背後に庇う。銀髪のなかなか精悍な男だ。
二人共身につけている衣服は上等なものなので「なんとなく身分が高そう」ということだけはリオンも察する。
「ま、待ってください。陛下、リオンさんは恩人なんです!盗賊から守ってくれた人なんです!」
警戒体制の男にリリスがかけた言葉に「王様かよ」とリオンは頭を抱える。こんな場所に監禁されている様子を見るとこの国が「偽の勇者」に好き放題されているのが理解できた。
そして、その王様がリリスにベタ惚れしているだろうことも。
「あ!そうだ。リオンさん、どうぞお入りください」
何かを思い出したようなリリスの言葉の後、窓の鍵が開く。するりと中に入ったリオンは小さく息を吐き出した。
おそらく城の中の人に招かれなければならない魔術か何かなのだろう。
リリスを背後に庇い警戒を崩さない王に困ったリオンは、思い出したように貴重品を入れている腰のポーチを探り、大聖女に貰った勲章のようなものを見せる。
大聖女アメリアは「身分の高い人に怪しまれたときに使うといいわ」となんでもないように言っていたが、このくらいのトラブルは見通していたのかもしれない。
「それは――失礼した、勇者殿」
リオンが差し出したものをマジマジと見つめた後、王に素直に謝罪されたリオンは「いえ、実際不審人物ですし」と返す。
「リリスは思ったより元気そうだな」
「うん。大丈夫」
リオンの気遣いに嬉しそうに微笑んだリリスは、王様の手を引き耳元で囁く。
「リオンさんは同じ村にいたの。盗賊から村人を守ってくれて、ローウェル家まで護衛してくれたのもリオンさん。私が陛下に出会えたのはリオンさんのおかげでもあるわ」
「そ、そうか。リリスが世話になったな」
王様の発言に牽制のようなものを感じたリオンは苦笑する。
この様子ではリリスと話すことは出来なさそうだと感じたからである。
「洗脳」の可能性をジフは話していたが、こうして監禁している様子を見るに「今は洗脳されていない様子」だなとリオンは息を吐く。
「リリス、助けになりたいからこの方を紹介して貰えるか」
「は、はい。えっとこの方はスページ王ヴォルフ様です。陛下、彼は恩人のリオンさん、本当の勇者様です」
「佐伯璃音です。リオンとお呼びください……ええっと、俺にとって彼女は妹のようなものなので。あまり睨まれても少し話をし辛いのですが」
「リオンさんは亡くした奥さんを想っている一途な人なので」
リリスがさらに補足するとスページ王が申し訳無さそうな表情を浮かべる。そして警戒心がかなり減ったことを感じて、そこでようやくリオンはヴォルフに質問を始める。
「偽勇者を擁立した目的は何でしょう?」
「……分からない」
「魔術師が洗脳や人間の支配を行えることは?」
「――本当にそうならば、もろもろに納得がいく」
「教会弾圧の理由は?」
「分からない」
「ハルジオと戦争をする気ですか」
「いいや」
「魔障についてどの程度、理解していますか」
「黒い靄に覆われる人間が魔物になる病気という程度だ」
質問を重ねたリオンは、ほとんど「分からない」という回答に安堵すればいいのか嘆けばいいのか分からずに頭を抱える。
「――偽勇者はどこに」
「玉座だろう」
国を盗られたに近い行いをされて尚、ヴォルフの瞳の中には熱がある。希望が完全に潰えていないのはリリスがいるからか。
リオンとしてもまともな思考の人物に国を治めて欲しいため、顎に手を置いてからもう一度口を開く。
「偽勇者は魔物を操りハルジオの砦に攻撃を仕掛けている可能性が一番高い人物だ」
「そして、砦近くの村は無人になっていた。あなたの国民が戦争の道具として、知性のある魔物にされている可能性がある」
「さらに教会を弾圧した結果、城下では病が流行している。陛下の支持は極めて低く、この国は立て直しに何年かかるか分からないくらいに荒れている。その上で、どうされますか?」
「俺は、この国の王だ!」
まるで試すようなリオンの質問へ、怒りに震えるヴォルフの答えにリオンは頷く。
「じゃあ、城が壊れるくらい些事ですよね」
この国の癌は「偽勇者」と判断し、ヴォルフを味方にすれば隠密をする必要がないため、城の中での戦闘行為の許可を得るためにリオンは笑顔で問いかけた。
伝説の防具を揃えたリオンがどれほど化け物なのかを理解していないヴォルフは勇者の戦闘力を信じて「国を取り戻すための戦闘行為で壊れるのは不可抗力だろう」と答えた。