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理想の勇者




 魔物を斬り伏せたリオンは顔をあげる。

 それほど強くはないものの、狼型の魔物が村を襲撃していた。

 村にある小さな木造の民家のような大きさの教会に村人を避難させてはいるが、それでも人が多いこともあり、シドには「魔法を必要がない限り使うな」と釘をさして、アーユシとルースを守るように伝えている。

 尋常ではない数を一人で相手をしているため、戦闘時間が長引くほどリオンの疲労が積み重なっていく。

 イラードとハルジオの国境である砦を抜けた際は「本格的な冬を前にハルジオの魔物が活発化してきたので注意してください」と言われるくらいであったというのに、リオン一人で対応するには限界がみえてくるくるほど、大量の魔物による災害規模の襲撃だった。


「リオンさん」


 心配そうなアーユシの肩を叩いてルースが窓から離れるように促す。

 シドは教会の入り口の扉付近に陣取り、魔物が近づく度に風の刃という初歩的な魔術で魔物を教会から遠ざける。

 人目を気にして大技を使えないことをもどかしく思いながら、つい唇噛んでいると、シドの魔力が限界だと勘違いした村人に「もういい」と休むように告げられる。


「でも、リオンさんが一人で頑張ってるんです」

「あんたたちの保護者はそりゃあ馬鹿みたいに強いが。それより、一刻も早く勇者様が到着してくれることを祈ろう」


 また入り口に向かおうとするシドの腕を制止するようにとった村人は、次に祈るように手を合わせる。


「勇者様?」


 偽の勇者によいイメージのなかったシドは、村人の言葉に目を瞬かせる。

 そんなシドの質問に、村人は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「そうだ、勇者ウィリアム様だ。彼ならこの狼も軍を率いて討伐してくださるだろう」

「近くの街に狼の魔物が増加しているという報告と軍の派遣を要請しているから、きっと、ウィリアム様なら来てくださるわ」


 災害規模の襲撃をリオン一人で防いでいる現状がおかしいのであり、本来ならとっくにこの村は消滅していた。 

 そんな状況だと理解しているから、どこか絶望しながら、それでも希望を捨てきれないような願いをする村人の態度に、シドは少しムッとした表情を浮かべる。


(ふうん。本物の勇者に守ってもらっているのに、偽の勇者に縋るんだ)


 そんな子どもっぽい理屈で怒ったシドは村人の声を無視して教会の入り口まで戻る。

 隙間からリオンの様子を見ていた村の若者の輝いた表情を見て「本物の勇者は凄いでしょ」と心のなかで胸を張る。


「おい、お前らの保護者凄くねぇか?なんだあれ、剣が当たってないのに魔物が吹っ飛んだぞ!」

「むふ、俺の師匠凄いでしょ」

「勇者様とどっちが強いのかなぁ」


 若者の言葉に再びムッとしたシドは「リオンさんに決まってるでしょ」とぼやく。


「おう、そうだな。お前のお師匠さんは最強だな」


 そんな態度を見てシドを子ども扱いした若者は「悪い悪い」といいながらシドの頭を撫でる。それを拒絶したシドは相変わらずむくれたままだ。


(火魔法だって村の被害を考えてつかってないのに)


 リオンがいかに村に被害を出さないように気をつかっているのか理解しているシドは、頬を膨らませたまま風の刃でリオンの討ち漏らしを遠隔で討伐する。

 しばらくそんなことをしていたが、自分の魔法とは違う風のざわめきを感じたシドは慌てて顔をあげた。


「リオンさん!下がって!」


 シドの言葉に反応してリオンは教会付近まで後退する。

 そして、魔物の群れにどこからかきた大量の石がぶつかる。一体何が起きたのか、リオン達が状況を察しようとしていると、馬の足音が近づいてくる。

 白い馬に乗った、緑の三つ編みを尻尾のように垂らしたタレ目で甘い顔つきの男は「よく持ちこたえた!」と大きくあたりによく通る声で宣言した。


「勇者ウィリアムが来たからには、もう大丈夫だ!」


 剣を掲げ、村人に向けてそう宣言して、軍を指揮しながら魔物に突撃していく勇者を見て、リオンは驚いたように目を瞬かせる。


「あれが、勇者」

(いや、リオンさんが勇者だからあの人一応偽物だよ)

「俺より勇者っぽいな」


 シドの指摘に苦笑しつつ、リオンは休憩するように息をととのえる。

 アーユシに差し出された水を飲み、ルースに疲労回復の治療をしてもらったリオンは「親玉を探してくる」と再び立ち上がった。


「それなら俺も行く」

「駄目だ。軍人もいてさっきより誤魔化しがきかないから、風の刃も禁止だ」

「ちぇ」


 立候補するシドに「駄目だ」と告げたリオンは、ルースに「少し頼む」と言い残して教会から離れた。

 ウィリアムの到着を喜ぶ村人の歓声をBGMに、リオンが勇者だと知っている三人は、少しだけ今の状況に納得がいかない表情を浮かべる。

 けれど、少ししてから自分を落ち着かせるようにルースが息を吐き出した。


「ハルジオの勇者に悪い評判を聞かなかったが、芝居がかってはいるものの前線で魔物討伐をしているなら、さもありなんといったところか」


 おそらく勇者という「安心感」を利用しているのだろう。

 ハルジオは大陸で一番発展しているだけあって人口も大陸一だ。

 そのため、魔障のことを考えれば魔物被害も多い可能性がある。最初に偽の勇者を擁立したのもハルジオであることを考えれば、その頃から魔物の増加が始まっていたのかもしれない。


「砦の兵士が魔物に慣れきっていた態度だったが、なるほど。ハルジオはどこよりも早く魔物の影響があったんだろう」

「……つまり、この国の人にとってはあの三つ編み男が何年も国を守ってくれた勇者ってこと?」

「そうだ。うん、賢いぞシド」

「なるほど!」


 ルースの言いたいことをまとめたシドをルースが褒めると、話が見えていなかったアーユシもようやく理解出来たため、明るい笑顔を浮かべる。


「あの三つ編み男は国のために嘘をついているんだね」

「そうだな。演技だろうがなんだろうが慕われている人間なのだから大人の対応をするように」


 ルースが念押しした言葉をシドもアーユシも素直に受け入れた。


(まぁ、リオンさんは勇者扱いされたい人じゃないし)


 実はシドの思考がリオン最優先であることはあまり気づかれていない。





 村の教会をハルジオの勇者たちが率いる軍が守っていることを確認したリオンは、群れを掻き分けて単独で奥へと向かう。

 見た目が狼であるからには「群れのリーダー的な魔物がいるだろう」という推測のもと、視線だけでリーダーの姿を探す。

 やがて、群れの中に一回り大きい狼を見つけたリオンは、素早く動いて背後をとり刀から衝撃波を放つ。

 衝撃波を受けてブルブルと身体を震わせた狼が、不機嫌そうにリオンを睨みつけるのを見て「魔猪」と同じ硬い魔物かと舌打ちする。

 といっても、リオンの武器は魔物相手には特攻効果のある聖剣である。小さな狼を踏みつけて足場にしながら、今度は聖剣本体で迷わずに斬りかかる。

 首を一太刀で両断する。聖剣本体で斬れば魔物はあっさりと胴体と頭のふたつに別れた。

 リオンもそれを見て「聖剣さまさまだな」という感想を持ちながら、森の方へ逃げ出す狼の配下たちを追撃しようとする。


 グゥルォオオオ!


 頭だけになった狼が首を左右に揺らし地面を這い、道連れにリオンの頭を噛み砕こうとした。 

 背後からの襲撃に気がついたリオンはとっさに防御姿勢をとる。

 勇者となってから身についた高い身体能力でカバーしているものの、リオンはもともと日本の男子高校生で、武術の基礎などない。

 授業で習った県道が一番身近だったからか聖剣が刀の形をしているものの、刀を手にしたからといって特別な戦いができる訳では無いのだ。


 キン!


 狼の牙が届く寸前、ピアスが光ってその牙を弾く。

 そこをすかさず縦に頭を一刀両断して、今度は狼がピクリとも動かなくなるのを見届けた。


「ストーンバレット!」


 石つぶてが残った狼を追い立てる。引いていく狼たちを軍が殲滅に向かうのを見送る。

 命を救われたことを感じたリオンは「気持ち悪いって言って悪かった」という思いをこめてピアスを指でさする。

 それから自分の背後にいる、白い馬にのるハルジオの勇者を見上げた。彼は土魔法系列の魔術が使えるらしい。技名を言わなくても魔術の行使は可能だ。しかし、軍など団体で戦う魔術師は、前線の味方へ魔法が発動したことを知らせるために魔術の技名を詠唱するものが多い。そのことから彼が勇者になる前から軍の関係者であることはすぐに理解できた。


「助かった」


 露払いをしてもらったことへの感謝をリオンが述べれば、尻尾のような緑の髪の長い三つ編みが特徴的な男は、否定する動作をする。


「我々の方こそ貴方に感謝しなければなりません」


 馬から降りた勇者は、すっと自然な動作でリオンの前に膝をつく。


「村の防衛、感謝致します。そしてご到着をお待ちしておりました、勇者様」

「へ?」


 流石に予想外の対応をされたリオンはポカンと口をあけた間抜けな表情を浮かべてしまった。

 けれど、胸当てのようなものしか防具を身につけていないウィリアムの、その胸当てに神石をモチーフにしたデザインの模様があることで「教会関係の軍なのか」と理解する。

 それでもウィリアムのかしこまった態度が居心地の悪いリオンは、慌てて手を差し出した。


「この国の人にとって、勇者はあなたです」

「なんと謙虚な!」

「駄目ですよ本物の勇者様。ウィリアムは勇者愛好家というかなんというか、世にある勇者の伝説を集めに集めた変人ですから」

「なにが駄目なんだ?」


 リオンの態度にさらに感動したように「手を握っていいものか」と、ニヤけた表情でオロオロとしているウィリアムの首根っこを捕まえるようにして、金髪の騎士が割り込んでくる。

 その騎士の鎧にも神石の模様があることから「そう言えばここは教皇のいる宗教の拠点の国でもあった」とリオンは思い出す。


「そうっすね。勇者様がなにを言ったって興奮するんですけどね」

「そ、そうか。どうしたものか」


 困惑するリオンを見て、ウィリアムは咳払いをしたのち、少し落ち着いたように取り繕う。


「勇者様」

「そこはリオンにしてほしい。村人も困惑するだろうし」

「は、はい。リオン様。大聖女アメリア様がお呼びです。大司教ドリエル様、司教アナント様からの連絡もあり、神話関連の書物も国内からかき集めてあります。勇者に関する文献も私、ウィリアムがお力になれるかと」

「魔王の討伐だけでなく、次に魔障の解決に乗り出してくれるなんて、勇者様ってのはすげぇお人だな」


 金髪の騎士の称賛に、褒められるには後ろめたいところのあるリオンは「そうじゃない」と、少し傷つきながらも、なぜ都合よく軍が近くにいたのかを理解して頷いた。

 

「砦からの連絡か、早いな」

「村からの討伐依頼もあり逗留に向かっていたとはいえ、ようやくこの村で合流できたことを考えるとリオン様たちの移動はとても早く、奇跡的なめぐり合わせです。子ども連れということで討伐後、砦近くで合流できるものと思っていましたが」


 ウィリアムの言葉にドリエルもアナントも「シドの情報を伏せてくれている」ということを察したリオンは「そうだな」と曖昧に頷いた。


「だが、そのお陰で同時に村の襲撃に間に合って良かった。とりあえず、まずは村に戻ろう。行くにしても俺の仲間と合流しなければ」


 そう言ってリオンは村の教会へと向かう。

 その後ろ姿を見ながら、本物の勇者に感動したウィリアムは手を合わせて感激を表現した。


「誰にも感謝されなくても、村を守れたことを喜んでいる!名声を求めない、高潔で謙虚な本物の勇者!」

「やめとけ。お前の理想を押し付けるな。お前の好きな物語や芝居の勇者じゃなくて生きてる人間なんだぞ」

「ちょっとくらい、いいじゃないかオスカー」


 金髪の騎士、オスカーの言葉に一度むくれたのちウィリアムは自分の頬を叩く。


「……だが確かに、戦闘訓練を積んだ動きではなかったな。言うならば本能で身体を動かす、獣のような戦い方だった」

「それは俺もお前の見立てに同意するかな。つまりもともとは戦いをする人間じゃなかったってことだ。精神性を求めるなよ。アメリア様も言っていただろう『泣いていたあの子』と」


 勇者が魔王を討伐した後「泣いていた」という情景を大聖女は伝えていたが、あまりにも「勇者らしくない」その言葉を、教会は公表しなかった。

 それを知っているウィリアムとオスカーは、リオンの後ろ姿を再び見つめてから表情を引き締めた。





「リオンさん、おかえりなさい!」


 魔物が引いたため、教会の外でリオンを待っていたシドは、その姿が見えると走って抱きついてきた。


「よし、いい子だったな」


 言いつけを守っていい子にしていたことを褒めれば、シドは嬉しそうにふにゃふにゃとした表情を浮かべる。


「リオンさん、おかえりなさい」

「リオンさんおかえり〜」


 シドの騒がしい声に反応して、リオンが帰ってきたことに気がついたルースとアーユシも教会の中から表に出てくる。ルースが水で濡れた布を用意していてくれたため、リオンはそれを有り難く使った。


「なんと説明しようかな。ハルジオの勇者殿が大聖女の使いで迎えに来たから、彼らと移動することになった」

「え、じゃあ、もしかして、歩きでもシドでもないってこと!?」


 移動手段の中にシドが含まれていることに苦笑しつつ、リオンはウィリアムが「子ども連れ」という情報をもっていたから「どこかに乗り物を用意してくれているかも」ということを伝えると、アーユシは「やったぁ!」と飛び跳ねて喜んだ。

 高いところが怖いアーユシにとって、シドの風魔法で空中を浮かんで運ばれるのはなかなかのストレスだったらしい。


「ドリエル様とアナント様がシドのことを伏せて中央に報告してくれていたようだ。『魔障』解決のため、国中から文献を集めてくれているとのことだ」

「そもそも、本来なら大陸全体で総力をあげて解決しないといけない問題ですし。ハルジオならば協力を得られると思っていましたが、それでも早いですね」

「魔物の被害が出るのが早かったのかもしれないな。期待されてるぞルース」

「大丈夫です。僕は優秀なので」


 リオンのからかうような指摘に、ルースは眼鏡のフレームをクイッとあげて自信をにじませる。

 リオンは自分の文献を読む力については絶対の自信がある態度をにじませる、そういうタイプの天才だった。


「そうだね、ルースなら大丈夫!」

「そうそう、ルースなら大丈夫!アタシもお手伝いできることがあったら言ってね!」


 ルースを囲む三人のわちゃわちゃとした様子をどこか微笑ましく感じながらも、リオンは安心させようと思いルースの肩を叩いた。


「俺も期待しているが、もしも成果がなくても気にしなくていい。ルースに頼む神話や伝説とは別方面で俺も調査するから」

「じゃあ俺はリオンさんのお手伝いだね!」


 ルースの負担にならないように入れたフォローに反応して、シドが当たり前のように一緒にリオンと行動しようとするのが可愛くて、つい笑ってしまった。この、絶対の信頼を裏切りたくない。


「そうだな、シドのことも頼りにしてるぞ」


 リオンの言葉にシドが嬉しそうに頷いた。

 そんなふうにリオンたちの話がまとまった。

 余裕が出来た一行はウィリアムたちが村人に囲まれているのを外野から眺める。リオンもかなり頑張ったのだが、成果は彼らのものになってしまったようだ。

 そんな村人の態度にプクプクと頬を膨らませるシドが小動物みたいなので、リオンが「気にしていない」という思いを込めてからかうようにつついてやれば、つつかれたシドが吹き出すように笑う。


「もー!」


 そんなふうにじゃれていると、ルースとアーユシもリオンの気持ちを察してかどこか不満そうな表情を上手く隠してくれた。


「あ、いた!お兄さん!」


 何かを探していた様子の村の若い青年が、リオンのところまで一目散に走ってくる。シドはそんな彼の顔に見覚えがあった。教会でリオンを褒めてくれていた若者である。

 

「本当に、本当にありがとうございました!貴方がいなければ軍が来る前に村が壊滅していたと思います。他の人が勇者様に夢中で、命の恩人である貴方をないがしろして本当に申し訳ありません!」


 リオンに向けて何度も何度も頭を下げるため、どうしようか迷ったリオンは「どういたしまして」と簡単な言葉を口にする。


「坊主も、具合悪くなる寸前まで魔術で教会を守ってくれてありがとな」

「ふふん。分かってるねお兄さん。いいよいいよ、気にしないで!」


 なぜかちょっと偉そうなシドではあるが、村の人々がウィリアムを囲んでいるなか、本当の意味での命の恩人を理解してこちらに来てくれた彼に気分が良くなったのだろう。

 嬉しそうに「リオンさん凄いでしょ」「凄かったよね?」と何度も話しかけているため、若者もシドの上機嫌の理由がわかったのか穏やかに頷いているだけである。

 村人が再度頭を下げて去っていったのと入れ替わりで、話を終えたらしいウィリアムがリオンたちに向かってきた。


「リオン様、出発はどうされますか」

「あ、俺が決めるの?」

「はい。軍の人間を数日配備しますので、村のことは気にせず決めてください」

「なら、明日の朝には出るか?」


 リオンがルースに確認を取れば、ルースも「構わない」と頷く。というよりも研究ができることにうずうずとしていたルースにとって、出発は早ければ早いほどいいのである。


「あなたがルース君。勇者に関する資料は私に聞いてください」

「はい。まずは神話の終わりのなかから『魔障』に関わる文字を探しますが、古い文字で書く『魔障』の文字をおしえるので勇者の資料の中にその単語が入っている本を探していただきたく」

「そういう作業ならアタシにも手伝えそうだね」

「そうだな、色々とあるぞ。仕分けした本を仕分けごとに運んだり、文字を探したり」

「がんばるぞ」


 ルースの会話に入り込んだアーユシは、自分の仕事内容を理解して拳を握って張り切っている。

 ルースとしては新教会の中央に所属している聖女にアーユシの修行をつけてもらうつもりだったのだが、本人の希望を優先することにした。リオンの教育方針の真似である。





 ウィリアムを迎える歓声とともに、教皇と大聖女のいるシリウス教、新教会の心臓部にあたるノールス大聖堂を見上げたリオンは、隣で市民の歓迎を「勇者」として受けることに複雑そうな表情を浮かべているウィリアムを見た。

 シドたちは今までの比にならない巨大な聖堂に興奮してオスカーという騎士とともに大聖堂の中に入り込んでしまっていた。

 落ち着いているように見えたが一番興奮していたのはルースである。


「そんなに気にすることはないと思うが」

「いえ、魔王討伐という成果もなく、聖剣や神の防具に選ばれもしない人間が勇者として扱われるのは」

「聖剣に選ばれたら『勇者』なんて、そんな簡単なものか」

「え」


 聖堂の中に入らずに立ち話をしているのもどうかと思うため、リオンはウィリアムを「行こう」と促す。

 ゆっくりとした足取りで歩きながら、芸術品のような扉をくぐった。

 ドアの開閉をする警備兵がいるあたり、他とは違うのだと主張してくる。といってもリオン達がたずねていたのは基本的に「落ちぶれた旧教会」の聖堂だったので、古臭かったのは仕方がないのかもしれない。


「リオン様、勇者なのはあなたです。聖剣と、防具を二つも所持していることを教会は確認しています」

「うん。そういう意味なら俺は確かに勇者だ。でも、ウィリアムさんだって勇者だ」


 リオンの言葉にウィリアムは、タレ目を精一杯に見開き混乱したような表情を浮かべる。


「聖剣は魔物への特攻効果があるから魔物の討伐も容易だ。でも、あなたの使い古されたその剣。どこにでもある普通の剣だ」

「そうです、特別なものを手にしない私が『勇者』を名乗るのは烏滸がましいでしょう」

「俺の考える勇者って、選ばれた者だとか、特別に勇気のある者じゃない」

「では、なんなのですか」


 リオンはウィリアムの少し悲しそうな表情にこの世界の娯楽としての「勇者伝説」を思い出す。

 聖剣を抜き、防具をあつめ、仲間と共に魔王を討伐する。

 ごくごくありふれた、選ばれた勇者の冒険譚。

 誰よりも勇気をもって巨悪に挑む正義の象徴。

 ありふれた物語かもしれないけれど、それが好きな気持ちもよく分かるけれど「選ばれた」リオンは少し考えを変えていた。

 リオンは選ばれたけど何も守れなくて、無力で無知で。正しい選択もできずに与えられたものに振り回されている。

 そんなリオンは、勇者は特別な人がなるものではない、と思ったのだ。

 選ばれた自分がこの体たらくで。人々の理想の勇者とどれほど乖離しているだろう。

 だから、リオンの考える「勇者」はウィリアムが答えだった。


「人に、勇気を与えることのできる人だ」


 リオンは自嘲するように笑ってから「だから、ウィリアムさんはハルジオの勇者だよ」と繰り返した。

 勇者として先頭に立って人々を鼓舞する人が、勇者のリオンより勇者をしている人に「偽勇者」という後ろめたさを持ってほしくはなかった。

 歓声はリオンのためではなく国のために駆けずり回るウィリアムのためのもので間違いないのだから。


「俺のことは気にしないで。勇者として与えられた『強くて当たり前』なものがなくても国を守ってきたのは貴方だ。ここにつくまでの旅路で沢山聞いたよ。どの街の人もウィリアムさんを勇者だって称えてた。歓声はすべて貴方が自分で掴んだ功績の結果だ」


 「勇者じゃなくても魔物と戦えるって勇気をもらった」

 「勇者の役を背負った隊長が先陣をきる姿に励まされた」

 「特別な人間じゃなくても、気落ちする必要はないと教えてくれた」

 軍人たちの話一つとっても、リオンにとってウィリアムは『理想の勇者』だった。

 誰かを鼓舞し、人々に希望を与え、国を守護してきた。魔物が増えたものの、リオンがセレスティアと旅をした頃よりよっぽど治安が良くなっているハルジオの姿に「勇者」の影響を感じたものだ。

 勇者という言葉を論外の扱い方をしたシュリグラと、軍を増強する口実に利用するイラード。その二カ国と比べれば、リオンはハルジオの勇者には納得がいっている。


「勇気を、与える」


 衝撃を受けたように立ち止まるウィリアムが動き出すまでリオンは根気強く待った。

 リオンの言葉を受け止める準備のできていなかったウィリアムは、ふいに勇者に憧れた幼少期を思い出す。

 病弱で、本ばかり読んでいた。

 神石による治癒で頑丈になってからは、いつか自分が「勇者になりたい」と願って励んでいた。

 勇者に近づくため勇者のことを調べて調べて。

 偽勇者の役に選ばれたからには「勇者」を失望させないよう、理想の勇者になれるよう、いつか本物の勇者に会えることを願って国のために尽くした。 

 そんな、ウィリアムが子どもの頃から憧れた「選ばれた勇者」は、偽物として活動していたウィリアムを「勇者」だと認めている。

 いい歳をして勇者の本を集めることを「子どもっぽい趣味だ」と幼馴染のオスカーにからかわれていた。

 魔霧が消失し、一時の平和が訪れたとき、自分が「選ばれなかった」と知っても、それでもウィリアムは勇者への憧れをなくすことはできなかった。


「俺より遥かにかっこいい、みんなの勇者だ」


 憧れの勇者の称賛の言葉はウィリアムの胸に響いて。

 自分の努力が報われたことと、自分が「勇者」になれたことが叫び出したいほどに嬉しいかった。

 嬉しさのあまり叫び出したい気持ちを抑えて、リオンを案内しようと足早に歩き出したウィリアムは、子どもたちをつれたオスカーに合流しようと急いだ。




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