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ハルジオへ




 旧首都ドマで旧教会の教えを学んでいたルースは、口伝で伝わっていたものを聞いては現代の言葉にメモをしていた。

 古い資料の持ち出しは出来なかったが、閲覧の許可を得たためルースだけは一ヶ月ほど旧教会に住み込みでお世話になっていた。

 なにせ旅の主役である勇者が、過去を占った際にダメージを受けたため、旅を急ぐ事ができなくなったのだ。


「今まで旧教会のことを丁寧に教えていただき、ありがとうございました」


 感謝を述べるルースに、旧教会の教えを引き継ぐ男は嬉しそうに笑う。


「シリウスの泉の恩恵を受ける我らにとって、古い教えは、決して忘れてはならぬことだった。現代まで教えが残っていたのは泉が理由だろう」


 四十代半ばといった容姿の男は最後に、ルースのメモを流し読みで確認して、満足そうに頷いた。

 ルースが彼に教えられたことは「信じ難い」というよりは「信じたくない」ような神話の終わりであり、宗教の始まりだった。

 メモを返してもらい、眼鏡の位置を直したルースは、頭を下げて旧教会を後にした。

 イラードで教わっただけでは足りない部分を、もっと深くハルジオで学ばなければならないと足を早める。


「あ、ルース!旧教会での挨拶は終わった?」


 街の屋台から顔を出したシドが、駆け足でルースに近づく。

 ルースには理解できない交友関係を築いているらしいシドは、街の人間に人気だ。さらにはその手に一見してわかるようなお酒を手にしていた。


「シドにお酒はまだ早い。やめなさい」

「違うよ、これはリオンさんのおつかい!」


 酒瓶を振って「違う」と主張したシドは、取り上げようとするルースから逃げる。


「シド、司祭様の言うことはちゃんと聞くんだぞ」

「俺はおつかいしてるだけだもん!」


 追いかけっこをする姿が面白く、ルースから逃げ回るシドを街の人がからかえば、シドはむくれたように反論する。

 リオンが魔物から護衛をし、シドとアーユシが街の防壁の修繕の手伝いをしていたため、すっかり街に馴染んでしまっていた。

 「人を憎むな」という教義を守ろうとしているドマの住民は、基本的にお人好しなのだ。

 この街での旧教会のやり方についていけない人々は別の街に流れるので、旧首都ドマにいるのはほとんどが高齢者だった。それゆえに若い働き手のリオン達が街の防壁の修繕をしたり、ルースが学びたいというのを歓迎したのだ。

 伝説の防具がなくなったことに関しても翌日には街中に知れ渡っていたが、村人は騒ぐことなく「勇者様が必要とするのなら」と受け入れていた。

 そもそも、各国が擁立した勇者を「本物」と民衆は信じていないのだ。

 それはハルジオの大聖女の言葉を疑っているから、ではない。

 たとえばシュリグラの勇者は単純に「戦闘力がない」うえに「国の上層部が適当」ということを国民が理解していた。レグルスの勇者と言える部分はその「髪色」しか存在しない。これはむしろハルジオの大聖女の言葉を民衆は「信じている」といえる。

 そして、イラードの勇者はハーレムを築ける立場の王族だ。

 子どもの数は十人をこえる。そんな人間が「いつ魔王討伐をしたのか」という話なのである。国から出たことのない人間に魔の森の魔王を討伐するのは不可能だ。

 それをイラードの国民も理解していて、国の言うことを否定はしないものの「自分の国にいる勇者は偽物」というのは、ほとんどの国民が理解していた。

 だから、伝説の防具がなくなったことを人々は騒ぐことなく受け入れたのだ。

 「本物」が必要としているのならそういうものだ、と。

 なにより、防壁を修繕するときに襲撃してくる魔物と戦うリオンの姿は、答え合わせにも近かった。


「リオンさんがお酒飲むのとか見たこと無いけど」

「俺も見たこと無いけど。まぁ大人だし飲むんじゃない?」


 ルースとシドは追いかけっこはやめて宿に向かった。

 防壁の応急処置も終わり、休息をとった一行は、いよいよハルジオへと旅立つのだ。


「アナント様にアーユシの巫女としての身分を手配してもらえたし、これから国を跨いで彼女がリオンさんの旅に同行しても特に問題はない。彼女が成人年齢になるまでは、保護者として僕が責任を持つことになるな」

「ルースも十五歳なら成人年齢じゃないでしょ?」

「王族の立場と、司祭という地位。今年中に十六になるからギリギリ成人扱いといったところかな」

「ハルジオだと成人は十八歳だよ」

「そこは出生国準拠だ」


 年越しは二ヶ月もないはずなので、ルースの誕生日が近いことを知ったシドは何日かを質問する。ハルジオにつく前に誕生日が来ることを知ったシドは「そうなんだ」と頷きながら顎を手で掴んでリオンが悩むときの仕草を真似しながら、考え込む。


(これは、何かしてくれるのかな)


 あまりにも何を悩んでいるかバレバレなシドの仕草にルースは苦笑した。


「リオンさん、ただいま!お酒もらってきたよ!」

「おかえり、シド」


 宿の前でアーユシとともにシドを待っていたリオンは、帰ってきたシドに笑顔を浮かべる。

 アーユシの占いの前後でリオンに何か変化があったことは確実だが、それを言語化するのはルースにも、付き合いの長いシドにも難しいものがある。

 それにリオンだけではなく、シドにも少し変化があったように感じる。しかしルースにはリオン以上に何が変化したのかを言葉にするのは難しい。

 感じていることを言語化できない気持ち悪さがあるものの、それでも休養をとった後のリオンがどこか付き合いやすくなったのも事実で、ルースは「いいことだしいいか」と、考えるのをやめた。


「リオンさん、お酒って飲まないのにどうして必要だったの?」

「ああ。ハルジオ方面には鳥の魔物がいるらしくてな。臭み消しにどうかと」

「それならクシィさんの薬草を役立つかもってもらったから、ちょうど良いかも!」


 すっかり魔物を食べるという方針を決めている師弟を、ルースは呆れたように見る。それから、拳を握りしめて期待しているアーユシにルースは悲しい事実を告げなければならなかった。


「アーユシ。正式に教会の巫女になり聖職者になった君に告げておく」

「な、なに?」

「巫女は、羽根の生えた生き物――ひいては空を飛ぶことができる生物を食べるのを禁じられている」


 巫女だけに存在する謎の禁止事項に、アーユシは地面に両手をついて「なんで!」と叫んだ。

 旧教会時代からあるのだが、その影響は巫女や聖女にしかない。そのため新教会に移行するときにも放置された、なんとも悲しい、今となっては理由が不明の決まり事である。





 ギエエエエ!

 空中戦闘になるとルースとアーユシには師弟の動きがろくに見えなくなる。

 上空から墜落してくる魔物の数で鳥の魔物が大量発生していることと、リオンとシドが大暴れしていることだけは理解した。


「食べちゃ駄目なのかぁ」


 落ちた鳥を残念そうに突きながら、アーユシは落胆の声をあげる。


「落ちた星の泉を目指すということは、世界最大の神石――シリウスの心臓に力を注ぐのが君の使命なのだろう。ならば、古くからの教えを守ることが巫女としての力を高めるはずだ」

「アタシだって何が重要かくらい分かっているもん。でも一応聞きたいんだけど、羽根が生えていても空を飛ばなかったら大丈夫?」

「さあ、由来が不明だからなんとも言えないが。やめておいたほうがいいんじゃないか」

「だよねぇ」


 アーユシとルースが会話している間にも一羽、二羽と空から墜落してくる鳥を避ける。諦めたアーユシは肩を落とした。


「ルース、アタシ思ったんだけどさ、神官たちの神石ってどうやって手に入れているの?」

「総数は決まっていて、ハルジオの教皇が管理しているはずだが。そうだな――」


 そこで急激に顔色を悪くしたルースには気づかずにアーユシは呟き続ける。


「ドマの旧教会の人の神石とルースやアナント様の神石って何かが違うんだよね。ドマの神官のは力を補充するとき燃えるように熱かったし」


 アーユシの呟きに答えが返ってこなくて話し相手になってくれないルースに不満を言おうとして振り返ったアーユシは目を見開く。


「どうしたの?」


 顔色の悪いルースに駆け寄って触れようとしたところで、しゃがみ込んだルースは「大丈夫だ」と伝えてアーユシを静止させる。


「どうしたの?ルース」


 心配そうに顔を覗き込むアーユシに、ルースは首を横に振る。


「この世界は呪われている。我々罪人は、シリウスの許しを得るために生きるのだ」


 ドマの街で聞いた口伝の始まりをルースは口にする。


「我々は罪を犯した。『神殺し』という我ら人間の大罪は果たしていつ許されるのか。許されることなどあっていいものか」

「神殺し」

「そう、ドマにおいて聞いた僕らの原罪は『神殺し』だ。だが、僕はおかしいと思っていたんだ。もし、神が死んでその呪いが魔障となったのなら、そもそも解決策も許しも存在などしないだろう。それでは僕らに力を与える神石の説明がつかなくなる」


 自分の首から下げられた神石のネックレスを大切そうに手のひらに乗せたルースは呟くように言葉を続ける。


「神石を神の心臓の欠片と仮定したとき、一つの仮説が思い浮かぶ」

「カセツ?」

「ああ、この世界において神が二柱いた、というものだ」

「あ、神石の違い?」


 アーユシが納得したように呟けば、ルースも頷く。


「アーユシ、君の感じた違いは僕の仮説を補強する。今は仮説でしか無いが、ハルジオにある資料で答え合わせになると思う。僕らを呪う神と、僕らを守ってくれる神がいるんだ。そして『怒れる神』の許しを乞うのが旧教会。そもそものシリウス教なのだろう。そして僕らを守る神石が流通していることを考えると、僕らの先祖が手にかけただろう『殺された神』は僕らを呪っていないらしい」

「う、ちょっと難しい」


 目を細めて「なるほどわからない」という表情をするアーユシにできる限り簡単に説明したつもりのルースは言葉を探す。仮説の話をするときに相手の知識量が分からないのは致命的だ。


「神は二人いるかもしれない」

「うん」

「一人殺したら、もう一人が激怒した」

「うん」

「怒った方に許してもらおう、っていうのがシリウス教のはじまり」

「なるほど」


 粉々に砕いた説明には納得してくれたらしいアーユシにルースもほっとする。

 リオンにはどう説明しようかと悩んでいると、ちょうど空からリオンとシドが魔物の討伐を終えて戻ってくるところだった。

 ドマからハルジオ方面に向かうときに遭遇する魔物の数が減れば、交易をしている人々の助けになるだろう。

 三百年の平和で、魔の森付近に住んでいない人々は魔物と戦う術をほとんど失くしてしまっていた。

 魔霧が出ていた頃は冒険者は魔の森に近づき魔霧を吸い込むだけで命を落としたため、そういった職業もすっかり廃れてしまっている。

 慈善事業に近くてもリオンはドマの街のために「少しばかり寄り道になるが魔物を討伐しよう」と、進む方向こそあっているものの、最短ルートではなく寄り道を選んだ。


「おまたせ!」

「これでこのあたりには強い魔物はいなくなったはずだ」


 魔力消費が常人とは違うはずなのに、シドは平気そうにしている。シドに足場を作ってもらうというサポートを受けていたリオンも息切れもなく平気な顔をしているのを見てルースは「本当に人間か」とつい疑ってしまっていた。

 リオンについては「勇者だから」であり、シドについては「魔王候補だから」という話なのだろうか。

 だが、それでは神秘の紋章である第三の目が額に浮き上がっていないのに魔力量が人外めいた強さになっているのが不思議なのだ。

 

「シド、いよいよ人外めいているからハルジオでは今まで以上に気をつけて使うか、そもそも魔法を使うなよ。ドマは旧教義のおかげで人に危害を加える人のいない平和な街だったが、他はそうはいかない。あの街だけが特殊だったんだ」


 ルースの念の入った注意にシドはスンっとしたなんとも言えない表情を浮かべる。

 それでもルースの表情に一番に浮かんでいるのが「心配」であることに気がつくと笑顔を浮かべた。


「分かった」


 心配性な友達の言うことなのだから、それを無下にしてはいけないだろう。

 そんなシドとルースの様子を見たリオンも二人の間に青春のようなものを感じて微笑んだ。


「ねぇリオンさん、落ちたらって思ったら怖くないの?」

「そりゃあ、シドがいるしな。でも確かに、空中で戦うのはちょっと怖かったな」


 高所恐怖症気味のアーユシがリオンに問えば、リオンは少しおどけた表情で笑う。それを見たアーユシは「嘘くさい」と地面に転がる魔物の死体に視線をやって心の中で呟いた。

 でも、リオンが「怖かった」というのは意外だったので、アーユシはリオンが「怖かった」と言ってくれたことにちょっとだけ安心した。


「ところでこの魔物の死体どうする?」

「そうだな、食料分以外は燃やすしか無いだろう」


 リオンの指示でシドが魔物を一箇所に集める。そこにリオンが「火おこしのまじない」をかけると、明らかに「火魔法」レベルの炎が起こった。

 鳥の焼ける独特の匂いが漂うなか、リオンは自分の魔法に驚いて手のひらを見つめた。


「なんでもありじゃないですか」


 リオンが表現するならばキャンプファイヤー並の火に照らされながら、思わずと言ったふうに呟かれたルースの言葉が、どこか虚しく響いた。





 リオンのまじないが「魔法」になった理由は分からないものの、寄り道を終えた一行はイラードとハルジオの国境付近まで足を進めていた。


「ハルジオはフーラシオ大陸で一番栄えている国だ」

「確か、新教会の本部もあるんだよね」


 明日あたりには国境をこえるため、焚き火を囲みながらルースの授業が始まる。

 シドとアーユシはルースの正面に座り真剣に耳を傾けており、リオンも焚き火に枝を足しながらぼんやりと話を聞いていた。


「ドリエル様だけではなくアナント様も本部に連絡を入れてくれているはずだから、教会の資料庫にいけば魔障の研究ももっと進むはずだ」

「えっと、魔障は『怒った神様の呪い』じゃないかってルースが言ってた」

「そうだ。神殺しをしたこの大陸の人間は、別の神によって呪われている」

「じゃあさ、勇者や魔王って結局なんなの?」


 話を聞いていたシドの質問に、ルースは言葉を選ぶように口を閉ざす。

 いつの間にかハルジオについての案内というよりは、旅の目的に近い話題が中心になったため、リオンもきちんと会話に参加しようとルースの隣に座る。


「正直、ドマで聞いた話に勇者伝説の話はあまり出てこなかったから推測になるが」


 一度そこで言葉を区切ったルースは、言葉にするのがどこか落ち着かないように眼鏡をかけ直した。白い手袋をしていても震えている事が分かる。


「勇者は、怒れる神を鎮めるために戦った者――だと思う。ただ、そうなるとリオンさんが異世界から召喚されたっていうのが、かなり考えをややこしくさせるんだが」

「魔王は俺を召喚した理由を『この世界の人間ではない』者でないと自分を殺せないと言っていたが。だが、魔王は古い表現を使ううえ、俺はこの世界の言葉も通じないところから学んだから、俺が脳内で意訳した言葉が正しいかどうかは分からない」


 補足するようなリオンの言葉に、ますますどう考えればいいのかと悩むルースは頭を抱える。


「思ったんだけど、勇者が異世界の人間である必要があったのは、リオンさんの魔王だけだったんじゃないかな」

「あ、そうか。うん、それなら」


 シドの指摘に、なにかに気が付いたのかルースは顔をあげる。


「魔王はおそらく、怒れる神の呪いを封印している者だ。シュリグラの聖堂の絵で勇者と協力関係にあったことからも、呪神を封じるために協力していたことは明らかだ。魔王は「神秘の紋章」の持ち主だ。神秘の紋章は神話にも出てくる。そして、それを持つものを神話が指すのは「神の子」だ」

「ちょっと難しい」


 アーユシがルースの説明が分からないと訴えると、ルースが考えるようにしてから言葉を続ける。


「つまり魔王は、敵じゃない」

「うん」

「でも、どこかで呪神と魔王は混同された」

「なるほど!」

「シドの額に浮かぶそれは、呪神が現れる以前は「神の子」を指していた」

「え、じゃあシドって神様の子なの!?」


 シドを見てはしゃぐアーユシとは対称的に、リオンは唇を噛んで下を向く。

 ルースの見解を聞く限りリオンがセレスティアを殺す必要などなくて、リオンはただ自分が彼女の「生きる理由」にはなれなかったのだということを突きつけられているだけだった。


「それじゃあ、魔王はなんでリオンさんに自分を殺させたの?」

「魔王はおそらく神の子だ。多分、人間に殺された方の神が親だろう。殺させた理由は僕にも分からないな。封印を解く必要があったということだろうか」

「そういえば、神様って世界の人間でも殺せるんでしょ?異世界の人間じゃないと殺せない魔王ってなんだろう?」


 話をどれほどすり合わせてもセレスティアの行動は「どうして」と納得のいかないものばかりだ。

 シドの疑問はリオンの疑問そのもので「どうして」はルースの思考のヒントになるので二人で「ああだろうか」「こうだろうか」とアーユシを置いて話を進めていた。

 

「俺が、魔王の説明を何か勘違いしていたのかもしれない」


 その場に落とされた落ち込むリオンの言葉に、ハッとしたシドは慌てて「この話はこれくらいにしよっか」と提案する。

 思考のヒントを得たため、少し一人で考えたいルースも「そうだな」とその提案に賛同し、それまでおいてけぼりだったものの状況を察したアーユシも「そろそろ眠くなったな」と話を終わらせようと発言した。

 子どもたちに気をつかわれたことを理解したリオンは、自分の情けなさにますます落ち込みつつも、そうやって人を気遣える優しい子たちに嬉しい気持ちになる。

 「見張りはしているからきちんと寝るように」と、いってまだ幼いシドとアーユシにはそろそろ寝るように促した。


「魔王と呪神は別物。魔王は呪いの封印。魔霧、魔障の喪失。魔王の死。魔霧の喪失と魔障の復活。魔王は勇者に死を願う。魔王にとって勇者は異世界の人間――リオンさんの人外めいた身体能力」


 ぶつぶつと呟くルースの姿に、リオンは「そっとしておくか」と考えて刀の手入れを始める。答えを出すにはまだ何か資料が足りないのかもしれない。

 それでも、リオンもセレスティアとの会話をもっとよく思い出そうと目を閉じる。

 アーユシの過去占いはシリウスの泉だからこそできたものだが、リオンの負担を考えて占いを追加では行わなかった。だから、頼りになるのは記憶しかないのだ。


『どうしてリオンなのか?それは、私がもともと人間だったから。人間だったのに魔王になったから、かな?ごめんなさい、リオン。私はあなたに辛い思いをさせてばかりだわ』


「そうだ、セレスティアは『もともと人間だった』と言っていた」

「人間が不死になる?人間が神になった?いや、違う。リオンさん、シドと魔王さんの魔力はどちらが多いですか」

「それなら、今のシドと比べたらシドの方が倍近いかもしれない」

「――なら、魔王さんはもしかすると生き物じゃなかったかもしれません」


 なにかに気が付いたらしいルースの言うことは、リオンには感情的に理解のできない言葉だった。

 ルースは「現時点での僕の妄想も含みますが」と、前置きしてリオンに向かい合った。


「シドはおそらく本来の意味の『神の子』です。尋常ではない魔力量がその証明でしょう」

「神の子って、それはシドの本当の親は神ってことか?」

「いえ、ここで僕が言う『神の子』は神話に登場する『神秘の紋章』を持つ者の条件をシドが満たしているということです」


 ルース曰く、神秘の紋章を持つものは「尋常ならざる魔力」を保有しているという特徴が存在する。

 シドはその特徴に合致するものの、同じ紋章を持ちながら魔王の魔力量が低かったというのなら「シドと魔王はおそらく同じ存在ではない」ということになると。

 魔王はシドとは別の理由で「神秘の紋章」を持っていたのだろうと語った。


「ということはつまり、シドが魔王になることはない?」

「いえ。シドも呪いの封印、魔障へと至る呪いを魔霧へと変換する力はあると思います。そうなると魔王と同じ役割を果たすことになるので結果的に『魔王』と呼ばれることになるでしょう」

「……そうだな。口から黒い息を吐き出していたこともあったし、それは魔王と同じだった」


 たとえセレスティアとシドになんらかの違いがあったとしても「同じ役目」を担うことになるのなら、その違いには今のところ意味がないといえる。

 魔王になったシドはセレスティアのように孤独に生きるのかもしれないし、どうなるか分からない。


「魔王がなぜ『王』なのかも今はわかりません。でも、もし人間ではない何かに『変化した』というのが事実なら、魔王さんは怒れる神の呪いを魔障に至らぬよう魔霧に変換する、そういう仕組みのようなものになったのでは。そしてそこに人間の記憶や感情が残っていたとしたら」


 そこまで語ったルースは、一度息を吸い込んで、それから言葉を続けた。


「魔王さんの『死ねない』という呪いを解くには、勇者と聖剣が重要なんだと思います」


 リオンはルースの言葉を頭の中で何度も噛み砕く。

 受けれ難くても、リオンに分かることは少ないので、ルースの言葉を信じて考える。もしシドが言うようにセレスティアだけがリオンを頼らねばならなかったなら、その理由はなんだろうか。


 (彼女は呪われていた。誰に?――それは、流れ的に怒れる神だろう。神が、この世界の人間では彼女を殺せないようにした。それならば)


 リオンにも少しだけ納得できそうな答えが見えてくる。

 自殺の手伝いをさせられたというのは結局のところ同じだ。

 それが世界のためではなかったとしても、それでも死にたいとセレスティアが願ったのだとしたら、それはもうリオンにはどうしようもない。

 この考えが正しいかはともかく、考え方のヒントすらなく全てが手探りだった今までに比べれば、勇者が何をすべきなのかも見えてきている。

 勇者の敵は、魔王ではなく『呪い』だ。

 セレスティアがその身をもって勇者が聖剣をつかうと、怒れる神の呪いを断ち切ることができるのだという証明をしたとしたら。


「怒れる神、か」


 呟いたリオンは、聖剣である刀を手に取る。

 冷静に考えれば「どうして俺が」と思う相手だ。戦う理由なんて一つもない。

 異世界で死にかけたところを召喚によって救われたようなものだけれど、それでもセレスティアの呪いを解いた今、リオンがこの世界のために命をかける必要性は何もない。

 そう、リオンにこの世界を救う理由なんてないのだ。


「結局、このままじゃシドが不幸になるのは変わらない。そこから先の解決方法は分からないままか」

「そうですね。こればっかりは資料が足りないです」


 命をかける必要はない。

 でも今、リオンの庇護下には三人の子どもたちがいる。

 これだけ勉強家だというのに「そもそも王位の継承権すらない」ルースに、母親に「売られた」アーユシ。

 義理の両親には愛されたものの死別し、本当の親には「捨てられた」というシド。

 母親に「殺された」リオンが「守りたい」と思うくらいには子どもたちもそれぞれ不幸な人生を送っている。


「怒れる神の呪い。聖剣になんらかの力があるなら、まぁ、俺も頑張ってみるさ」


 リオンは、左手で首をさすりながら笑みを浮かべる。


「シドや、ルースや、アーユシには、幸せな未来を生きてほしいから」


 他人事みたいな顔をするには、リオンにとって子どもたちは随分と大切な存在になってしまっていた。

 生い立ちのわりに素直で優しくて、一生懸命で。リオンを慕ってくれている。

 素晴らしくもない、無知で無力な「勇者」のことを、それでも信じてくれている。

 

「リオンさん」


 リオンの言葉を受けたルースの、呆然としたような表情をみてリオンは目を瞬かせる。そんな表情をさせるようなことを言った自覚のないリオンは、まっすぐにルースを見つめた。


「いえ。リオンさんってシド以外に興味がないのかと思っていました」

「ははっ」


 否定ができない言葉を言われたリオンは、思わず笑ってしまう。

 旅をはじめたとき、リオンにとって大切だったのはシドだけだった。村が襲われた怒りで色々なものを見失っていた。

 勇者という言葉を利用する国々のことが腹立たしかった。でもそれは、自分ひとりの怒りで自分のための感情だった。


「成長は、子どもだけの特権じゃないさ」


 セレスティアを討ったことで呪いの封印を解き、今の不幸の始まりを作ったのが自分自身なのだと自覚した今。   

 リオンは、自分に正義なんて何も無いことに気がついたのだ。

 それでも、大切な子どもたちの未来のために頑張れたなら。

 そうしていつか自分が勇者らしく何かを成し遂げたと認める事が出来たなら。愚かだった自分を、少しだけ許せる気がしている。




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