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燃える村




 フーラシオ大陸の辺境の村には数年前から変な男が住み着いている。

 魔物という凶暴な生物が住み着く危険な森の付近に小屋を建て「カタナ」という独特の武器を腰から下げている男だ。それなりの腕があるのか、たまに森から出てくる魔物をものともせずに倒し、村に出てくることもほとんどなく一人で暮らしていた。

 その男の住む小屋へ村の少年、シドが籠を手に軽い足取りで向かう。

 住み着いた当初の男は、余った布が風でなびくほどに大きな緑色のバンダナで顔のほとんどを隠し、誰も寄せ付けないトゲのような危うい空気を纏っていた。

 そのいかにも訳ありな様子に、村人はあまり関わろうとはしなかった。

 それでも、お人好しで有名なシドの両親は村へ魔物が入らないように気を配ってくれる男、リオンを歓迎していた。

 いつも一人で過ごす隣人を心配して差し入れを用意しては息子であるシドにお使いをさせるのが日常だった。

 そんなお人好しな両親に育てられた十二歳のシドも、リオンへ好意的だ。

 リオンを師匠と呼び慕い、魔物との戦い方の基礎を教わっている。

 シドは明るい茶髪とやや三白眼が特徴の元気な少年だ。髪と同色の瞳をキラキラと輝かせて魔物との戦い方の教えを請う姿に、リオンも折れる形で指導することになったのだ。

 お人好しで明るいシドと交流するうちに、リオンも住み着いたばかりの頃のような誰も寄せ付けない空気はなくなり、ときどき優しい笑みを浮かべるようになっていた。

 そんな落ち着いた姿を知っていても、それでも村の人間はリオンと積極的に関わろうとはしなかった。


「リオンさん!母さんがアップルパイを焼いたから持っていきなさいって」


 小屋にたどり着いたシドがアップルパイの入った籠を抱えて声をかける。

 シンと静まり返る返事のない小屋の中を不思議に思ったために窓から室内を覗くが、どうやら留守のようであることに気がつくと、シドは玄関前に座り込んでリオンの帰りを待つ。

 「アップルパイを渡すまで帰ってくるな」と言われたシドは素直に待つことにしたのだ。

 十分くらいすると、つまらない気持ちになったシドは、リオンに教えてもらった風魔法を練習することでそのつまらなさを紛らわせる。

 シドが今できるのは手のひらで小さな渦を作ることくらいだ。

 「等身大の大きな渦を作ることができたら」半人前として森への狩りに同行できることになっているため、シドは毎日練習を欠かさない。


「来ていたのか、シド」

「リオンさん!」


 森の奥から、カタナを下げてはいるがそれ以外は手ぶらで出てきたリオンをみてシドは嬉しくなって笑顔を浮かべる。

 確かに変わったところのある男が優しいことを彼を師匠と慕うシドは知っていた。


「母さんがアップルパイ作ったから持っていきなさいって」

「そうか、ジュリアさんのパイは美味しいから楽しみだ」


 籠の中を確認したリオンは二切れ入っていることに気が付いてシドをお茶に誘う。


「シドの分もあるぞ。食べて帰るといい。そうだ、森で採れた薬草で乾燥させ終わったものがあるからそれを持って帰ってくれ」

「やった!」


 手をあげて喜ぶシドを見守って、リオンは台所へ向かうとヤカンに火をつける。

 貰い物のカップを二人分出し、茶葉を用意する。時折村に来る行商人から買ったリオンのお気に入りの茶葉だ。

 茶葉の匂いをかいでいるリオンの横で勝手知ったるシドは皿にパイを並べると、木製のフォークを引き出しから取り出す。


「リオンさん、俺、毎日練習してるから渦をつくるの上手になったよ!」

「そうか。まぁ、まだ等身大の大きさには程遠いから鍛錬に励むように。頭痛がしたらやめるんだぞ」

「はーい」


 少しつまらなさそうなシドに苦笑を浮かべつつ、湧いたお湯をポットに注ぐ。茶葉が開いたのを確認してカップに注ぐと二人で小さな机に向かい合って座った。シドの為に作った椅子はリオンの手作りのため少しグラついている。


「そういえば、ゼリジアの街で女の人が領主様に連れて行かれるんだって」

「ここから一番近い街だな。魔王もいなくなって平和になったのになぜ?」


 パイを食べながら最近聞いた噂話をシドは得意げにリオンに話す。

 人との交流のすくないリオンはシドの話を真面目に聞いてくれるので、シドはそういうところもリオンが大好きだった。


「なんでも、勇者様が女性をご所望なんだって」

「……勇者が?」


 魔王が生み出す魔霧という毒性の霧が消えたことで、魔王が打倒されたことは人類の知ることになった。魔王を倒すことができるのは勇者だけであるため、各国の王は勇者を探した。

 有名な占い師により、その魔王を打倒した勇者は風に靡く長い緑の髪の人物だということがわかったのだ。

 けれど、待てど暮らせど勇者が名乗り出ることはなかった。そこで各国は長い緑の髪の人物を「勇者」として囲った。

 魔王を倒した「勇者」は我が国にいると、囲った勇者の存在を政治に使い始めたのだ。

 それもこれも本当の勇者が名乗り出なかったからではあるのだが。しかし、偽の勇者が乱立してもなお本物が現れなかったことで、勇者は政治に感心のない人物なのだと各国は理解した。


「だからね、うちの国もそんな男が勇者様だって信じてないけど、本物がいないんだから仕方ないよ。もう我が国の勇者と公表したんだもん。そう扱うしかないんだよ」


 長々と説明を終えたシドは、大人の会話を聞きかじったものを言っただけだが、なんだか自分が賢い人間になった気分で胸を張る。

 その話を神妙に聞いていたリオンは、ふと、煙のような臭いが鼻につくことに気が付いて窓から村の方向を見る。

 村から日常生活で使うものとは違う、濃い灰色の煙がもくもくとたちこめているのが見えた。


「火事?」


 リオンと同じように村を見たシドは首を傾げた。




 

「俺は消火の手伝いに行くから、シドは留守番をしろ」

「俺も手伝うよ!」

「いや。俺の家に避難するように声をかけるから、避難してきた人たちの対応をしてくれ」


 村から距離のあるリオンの小屋に避難させるのは、魔物の危険はあるものの火事から逃れるには最適な判断だ。ただ待つのではなく仕事を任されたのだと理解したシドは素直に頷く。

 そんな素直な姿に安心したように微笑むと、明るくふわふわとしたシドの茶髪をくしゃりと撫でてからリオンは村に向かって走った。

 小さくなるリオンのその背中を見ながら、揺れる緑のバンダナが、シドには占い師の「緑の長髪」という予言と重なって見える。


「リオンさんって、やっぱり」


 呟いた後、シドはリオンから村の中心へと視線を移す。濃い灰色の煙はさらに勢いを増していた。ただの火事ではないことは、冷静に見ていれば理解できた。

 シュリグラ王国と仲の悪いスページ王国の境付近にあるため、この付近では小競り合いが頻繁に起こることは知っていたが、シドが生まれてから戦火のようなものを見るのは初めてだ。震える足を叱咤して、誰かが早く避難してきてくれるのを玄関の柱に縋りつきながら待つ。

 転びそうになりながら走る二人の女性の姿が見えて、シドは全力で腕を振って呼びかけた。

 

「リリス姉ちゃん、イヴ!」


 村一番、いやこのグリクラ領でも美人と名高い姉妹が、顔面を蒼白にさせて走ってくる。気づいて貰えるようにシドは必死で大きな声を出す。

 二人の背後に馬に乗った荒くれ者の姿が見えて、シドは慌てて突風を吹かせた。

 自分に出来る以上の魔法を使用したために、ズキンと痛む頭を抱える。

 風に驚いて暴れている馬に手こずっている間に小屋は駄目だと判断したシドは、年齢の近いイヴの手を引き、森の奥を目指す。先程リオンが出てきた道だ。

 「いざというときは」と、いつも言われていたので、迷いも恐れもなかった。


「こっち!」

「シド、魔物の森に入るのは怖いよ!」


 首を横にふるイヴを見て、シドはリリスの様子を伺う。顔色は悪かったが、リリスの方はシドの後を迷いなくついてきていた。暗い森の中は確かに恐ろしい。

 けれど、背後から迫る荒くれ者はもっと恐ろしかった。


「リリス姉ちゃん、あいつらなんなの!?スページの人っぽくもないけど!」

「盗賊よ、盗賊!」

「あいつら村の女を攫って領主に売る気なの!」


 しばらく状況を確認するために叫びながら走っていたが、三人は広場に出て、広がった景色に息をのむ。

 彼らの足元には薄いピンク色の花畑が広がっていて、幻想的なほどに美しい光景が広がっていたからだ。


「これ、ユラの花だ」


 ほんのりとしたピンク色の花をしゃがんで観察したイヴが、その花の名前を言い当てる。ユラの花畑の広場の中央に、無骨な石積みの塔を見つけてシドは恐る恐る近づく。

 その塔の前には花がなく、そこに人が長時間座り込んでいたことが分かる跡ができていた。


「お墓、かな」


 呟くシドの背後からリリスとイヴも塔を観察する。小さく書かれた文字は彼らには理解できないものだったが、それが墓であることはなんとなく察した。


「ユラの花畑。お墓。これ、リオンさんの奥さんの墓とか?」


 イヴが真剣に呟く言葉に疑問を返そうとしたところで、だみ声が森に響くのが聞こえてきた。三人でギュウギュウにくっついて塔の裏に隠れる。

 入ってきた付近を入念に確認していると、声は小さくなった。

 心臓をバクバクとさせながら塔の裏から出てきたシドは「様子を見てくる」と小声で姉妹に伝える。

 花を散らさないように音を立てないようにそっとした足取りで小屋に続く道を振り返れば、そこには血溜まりができていた。

 シドは悲鳴をあげないように息を飲み込んで、血溜まりの原因を探る。


「なにも、ない?」


 そこにはただ血溜まりだけがあり、盗賊の姿も何もない空間に安堵してシドは息を吐き出す。

 何らかの原因で負傷した盗賊は、もしかしたら違う方向へ行ったのかもしれない。そう考えたシドは急いで石積みの塔のところへ戻る。


「大丈夫みたい。盗賊ってどうして?」

「お姉ちゃんとアタシが傾国の美女なのは事実だけど、ニセ勇者のせいで盗賊にまで狙われるなんて!」


 一見すると金髪碧眼の貴族の娘のように品のある儚げな美少女であるイヴは、腹立たしそうにシドを掴んで揺らす。恐怖を怒りに変えて恐怖をしのいでいるのが分かるからか、姉であるリリスはいつものように妹をたしなめる様子がない。


「駄目ね。私たちはもう、村にいられないわ。でもビジへ行く手立てもないし、自分たちで勇者のところに行くしかないのかしら」


 豊満な肉体をもつ、赤みがかった金髪と妹とよく似た青い瞳の美女は悲壮な表情で呟く。シドには村の被害は分からないが、村から逃げてきた二人の様子から状況が深刻なことだけは理解した。


「父さん、母さん」


 不安になって村に戻ろうとするシドをリリスが抱きしめて止める。

 背中を撫でる手の感触に、言葉はなくとも自分は覚悟を決めなければならないことを察してシドは震えた。

 イヴはシドより二つ年上だが、幼い少女であることに変わりはない。

 十六歳のリリスは妹と弟分の少年を抱きしめて、不思議とここは安全だと感じられる花畑で長い時間を過ごした。





 敵対するものがいなくなったのを理解して、リオンは血を拭うと、カタナを鞘に戻す。

 好き放題に荒らされた村の中には、リオンが斬った盗賊の死体が点々と転がっていた。それに対して無感動な表情のままに、随分と火の勢いと煙の落ち着いてきた村の中を見て回るが、確認できる場所に生存者の姿が見えないでいた。

 そして、死亡している村人の中に若い女性の姿がないことで、盗賊の目的を察してリオンは顔を歪めた。

 

「ここは」


 一つの家の前で足を止めたリオンはその外観を観察する。

 シドの家はもはや人が住めないほどに黒焦げになっていた。二人が無事に避難してくれていることを願う。

 けれど、その室内を確認すると、重なり合う二人の遺体があった。それに衝撃を受けたリオンは目を見張る。

 身体の大きさ的に男性のものである遺体には片腕がなく、それでも女性を守るように抱きしめていた。

 その姿に、いつも朗らかに笑ってリオンを歓迎してくれていた男性と女性の笑顔が過り、思わず唇を強く噛む。


「勇者、か」


 盗賊の狙いは女で、女を欲していて金払いがいいのは国、つまりは勇者だ。

 あまりに分かりやすい構図を理解して、リオンの黒い瞳に剣呑な色が宿る。

 もはや生存者の見込みがないことを確認し終えると、悪臭の漂う村から離れて自分の家に向かった。

 自分の家まで戻ると、盗賊を斬り伏せながら避難を呼びかけただけあり、十人ほどの村人が助かっていることに安堵の息を漏らした。

 連れされた女性の行方を捜さなくてはならないだろう。


「シドは?」


 姿が見えないことを不思議に思ったリオンの問いかけに、村人は疲れた表情で首を横にふる。その反応にリオンは墓の方向に視線をやる。

 周囲に盗賊の反応がないことを確認し、シドを迎えに行くことを告げてから森の中に足を踏み入れた。

 リオンがシドに渡しているお守りには獣避けの呪いがかけてある。そして花畑と墓にも同じものがあるので獣からは守られるし安全だろうが、子どもを夜の森に放置するわけにはいかない。

 花畑の手前で血溜まりを確認して、引きちぎられた手が落ちていたので魔物に盗賊らしき誰かが襲われたことを理解する。

 もし盗賊に襲われていたらと慌てたリオンが花畑まで急ぐと、墓の前でリリスとイヴを背後に庇い、震えて立ちふさがっているシドを見つけてリオンは息を吐き出した。


「無事だったか」

「リ、リオンさん」


 リオンの姿を確認した途端、ふにゃふにゃと座り込むシドをリリスとイヴが支える。


「盗賊はもういないから、せめて俺の家まで戻るぞ。生存者もそこにいるから」


 リオンが手を差し出すと、シドは素直に手をとって立ち上がる。


「リオンさん、父さんと母さんは?」

「……」


 その遺体を確認していたリオンは、無言で答えるしかなかった。

 その反応に、シドがリオンの手を掴む力が強くなる。

 三人を連れてリオンの家まで戻ったが、家に戻って生存者が再会しても誰も言葉を発することはなく、誰もが現実を受け止めきれない陰鬱な空気が漂っていた。

 リリスが真っ先に怪我人の手当てを始め、イヴがそれを手伝う。リオンも家の中から薬の材料になるものや包帯になりそうな布を取り出して提供する。

 家の中をひっくり返していたリオンは、テーブルの上に残る食べかけのアップルパイが、チラチラと視界に入ってくる。そうすると先程見たばかりのシドの両親の姿が頭に浮かび、だんだんと息が浅くなる。

 一通り手当てを終えて休憩していると「リオンさん」とイヴが申し訳無さそうにリオンに声をかけてきた。


「アタシとお姉ちゃんを、ビジまで連れて行ってはくれませんか」

「ビジ、っていうと王都に近い街だな」

「はい。そこなら母方の親類がいて、騎士家系なのでもしかしたら保護してもらえるかもって思って」


 イヴの懇願にリオンは困ったように頭をかく。了承したいところだが、それでも二つ返事では頷けない理由があったからだ。


「返事はシドと話をしてからでもいいか」


 リオンの言葉にイヴはハッとしたように口を塞ぐ。一人ぼっちになる少年のことを蔑ろにしていたことに気が付いたからだ。

 お人好しのシドの両親は村人に反対されてもリオンに親切にしていた。シドにとってリオンがもう一人の家族であることは、見ていれば誰にだって分かることだというのに。

 

「はい。ごめんなさい」

「謝ることじゃない。でも、俺にとってシドは家族なんだ」


 リオンはイヴに背を向けるとシドの姿を探す。暗くなったからという理由だけではなく、明るい茶髪の髪が見当たらないことに気が付いたリオンはまさかと村を振り返る。

 明日になれば嫌でも現実に向き合わなければならないのに、シドの行動を理解して焦ってしまう。今から再び盗賊が襲ってくることは考えにくいとはいえ、単独行動をして大丈夫なほど安全ではない。

 手当てを終えて休憩しているリリスに「シドを探してくる」ことと「獣避けを施してあるから家の付近から絶対に動かないように」ということを伝える。

 最低限の伝言を終えたリオンは、心臓がドクドクと嫌な音を立てているのを感じながら村への道を走った。





 パチパチと小さな火が残り、薄っすらと明るい焦げた臭いのする村の中を進む。

 シドの家までたどり着くと、探していた背中を見つけてリオンは安堵から息を吐き出した。


「シド」


 両親の遺体の前でうずくまっていたシドは、リオンの声掛けに反応して顔をあげる。

 ゆっくりと振り返ったシドの額にまるで目のような紋章が浮かんでいるのを見たリオンは息をのむ。


「なんで、魔王の紋章が……!」


 そんなリオンの話など聞こえていないように光のない瞳でリオンを見つめ、シドは静かに涙を流す。普段の明るく無邪気な姿とは程遠い。

 シドの魔力が膨大になっていることに気が付いて「次の魔王」が生まれようとしていることに慄いた。紋章はまだ薄く「本物の魔王」を見たことのあるリオンには「それがまだ不完全」であることに気が付く。

 まだ間に合うと理解したリオンは、駆け寄ってシドを抱きしめる。


「リオンさん、皆が、父さんと母さんが」


 しゃくり上げながら言葉を紡ぐ少年の背中を優しく叩きながら、リオンはひとつ決意する。

 

(俺の家族を魔王にしてなるものか)


 まだ小さな身体で叫ぶ子どもは、リオンにとってこの世界で家族と呼べる唯一の存在だ。

 心を閉ざしていたリオンに再び笑顔をくれた弟を、魔王にだけはしたくない。

 まるで世界の終わりのような地獄絵図のような村の、何もかも失った家の中で、リオンにすがりついて泣く、そんなシドを守ると彼の両親に誓う。


「シド。俺は旅に出る」


 いつの間にか額に浮かんでいた紋章が消えているのを見て、リオンは安堵しながらシドの目尻の涙を拭う。その言葉を聞いて、シドはまた目に涙をためた。


「リオンさん、いなくなっちゃうの?」


 震える声でされる質問に、リオンは頷く。


「俺の旅についてくるか?」

「……いいの?」


 リオンの提案が意外だったのか、シドは首を傾げつつ確認するようにリオンを見上げる。

 黒い瞳に嘘はないように感じられて、シドは「連れて行って」と素直に返した。


「それから。すまないシド。魔王を倒した人間は俺なんだ」


 ずっとリオンが秘密にしていたことを告白すれば、シドは目を丸くしつつも「そんな気はしていた」と返す。


「リオンさん、意味不明なくらい強いし。それに長い緑のバンダナって長い髪みたいに見えるし。なにより村に住み始めた時期が魔霧が出なくなった時期と重なってたし。たぶん、村の人も何人かは分かってたと思うよ」


 思ったよりも隠せていなかった事実を告げられてリオンは苦笑する。

 言われてみればリオンは黙り込んでいただけで、自分が探されていたことも知らなかったから、何かを隠す気はなかった。

 村人たちが勇者と疑いつつもリオンのことを黙ってくれていたのは、おそらく思いやりだったのだろう。遠巻きにしつつも迫害されるようなことがなかったのはそういう理由だったのだとリオンは理解する。

 情報収集を怠ったリオンにも悪いところはあっただろうが、思いやりの結果がこんなことになったのは、誰にも予想できないことだ。


「俺は、この国の勇者を認める訳にはいない」


 こうした女狩りが始まると分かっていたのかいなかったのか、どちらにしても、勇者の行いでこうして多数の被害が生まれたことに間違いがない。

 リオンの怒りを理解したシドは自信がなさそうに視線を落とした。


「それじゃあ、俺がついていったら邪魔にならない?」


 リオンにとって今、一番大切なことは「シドを魔王にしない」ことだ。けれどそれをシドに直接言うわけにもいかず、何と言おうかとリオンは目を閉じる。


「実は俺は、方向音痴なんだ。それから、地図も読めない」

「えっ」

「だから、優秀な助手が必要だ」


 とんちんかんなことを言うリオンに、シドは呆れたような小さな笑みを浮かべる。

 つまりは付いてきてほしいと彼も願っていることを理解したからだ。シドだってこの国の勇者が許せそうになかったし、リオンに協力できるならそれ以上のことはない。


「任せてよ、リオンさん」


 埋葬するのは明日以降になるだろう。

 抱き合う両親を振り返って見つめたシドは「愛してくれてありがとう」と小さく呟いて立ち上がると、リオンを追い抜く。


「行こう」


 振り返ったシドの表情は、リオンにはどんな感情か読めないような、穏やかで静かなものだった。目尻が赤く染まり、泣いていたことはとても隠せていなかったが。

 カタナに触れながらリオンも立ち上がる。

 誘拐された人の救出に村の人間の埋葬。やることは山積みだ。


「勇者のいるところに行く前に、リリスとイヴをビジに送り届けることになるだろうが、構わないか?」

「俺はリオンさんの旅についていくんだ。だから、リオンさんのしたいようにして」


 リオンの家へ向かいながらする会話は穏やかで。

 半日ですっかり大人になってしまった背中を見つめる。あの無邪気な笑顔をもう見られないだろうことが、リオンはどうしようもないほどに悲しかった。

 一陣の風が吹く。

 星空が照らす夜道は頼りなく、小さな明かりを灯すリオンの家だけがポツンとある。

 緩やかな坂道を歩きながら、リオンとシドの間にそれ以上の会話は生まれなかった。




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