上司の娘
他人の欲のために結婚出来なかった2人の話。「ざまあ」の無い、どちらかと言えば、不快な婚約破棄ものです。
鈴木 一郎(28歳) ・・ 会社員
佐藤 美登里(24歳) ・・ 会社員
女性主人公は、ほぼ登場しません。男性主人公の1人語りです。
「娘との婚約は破棄だ!」
「ええっ!!」
部長に呼び出されたと思ったら、突然、僕の婚約者の美登里との婚約破棄を言い渡された。
「義理の息子として、うまくやっていけると思ったのに。残念だよ」
「ど、ど、どういうことでしょうか?」
「どういうことも何も、自分の行いを省みたらどうだ?」
「そ、それが、何のことか、全く判らないのですが?」
「何をとぼけているんだ。証拠はあるんだ。潔く罪を認めて身を引け!!」
僕の言葉にイラついたのか、怒りで声が大きくなる部長。
「君の有責だ。結納金は慰謝料として貰っておく。この会社に君の席がいつまでもあると思うなよ!!もう下がれ!!」」
出ていけ、と手を振る部長。
「そんな・・・理由も言わず一方的な・・・」
「いい加減にしろよ!!お前の顔なんぞ見たくもない!!出ていけ!!」
胸倉を掴まれ、部屋を追い出された。
「いったい、なんなんだ・・・・」
自席に戻り、茫然としていると、直属の上司である課長がニヤニヤしながら、側に来る。
「鈴木、お前がそんな人間だとは思わなかったよ」
「課長・・・」
「今日は帰れ。明日からは有給消化で、今月末で退社しろ。退職届けは郵送でいい。もうこの会社に来るな」
「そんな・・」
「お前は、今、暇だろう。引き継ぐことも無い。さあ、帰れ」
課長にまで、追い出された。自席の私物をまとめていると、同期まで、ニヤニヤしながら側に来る。
「鈴木、調子に乗り過ぎたな」
もう何も言う気がしない。僕の周りは皆、事情を知っていて、僕を嘲笑っていることが判った。黙々と自席を整理する。
「ふん。自業自得だ」
何も言わない僕に、捨て台詞を吐いて同期が離れていく。
トボトボと会社を出る。いったい何が起きたのだろう。全く事情が判らないまま、婚約者と仕事を失った。
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僕はコンピュータープログラマーだ。従業員100人ほどの会社で働いている。株式会社であるが、ほぼ家族経営。創業者の会長、会長の長男の社長、会長の長女の婿の専務、会長の次男で、僕を追い出した部長。この4人が経営陣の中心。
上司の部長が、娘さんの美登里を紹介してくれたのが、会社のクリスマスパーティーの時。ほぼ家族経営の会社なので、こういったイベントが年に数回ある。ちょっと鬱陶しいが、年に数回なので、我慢して参加していた。
会場の隅で、ケーキを食べていたら、部長が美登里を連れて来た。
「鈴木君、紹介しよう、娘の美登里だ」
突然な出会いだったが、美登里とは話が合って、楽しい時間を過ごした。別れ際、電話番号とメールアドレスを交換した。
それから、時々、美登里と会う様になり、トントンと話が進んで、婚約することになった。緑の笑顔が可愛くて、ぞっこんになってしまった。優しくて、偉ぶったところも無く、金銭感覚も庶民的。食事代とかデートの時のお金は、見栄を張って僕が出したが、それ以外は、何をねだるでも無く、この人なら一生一緒に過ごせる、と思った。
いざ、婚約、となると、色々やることが多い。まして、相手が会社の経営陣の一角。結婚の挨拶、両家の顔合わせ、親戚(会長や社長)への挨拶、結納式、結婚式の準備。まあ、次から次へと色々すべきことがある。当事者になってみると判るが「マリッジブルーになる」という事を実感した。
幸い、仕事が一段落していて、さほど忙しく無かったのと、僕の父が、そこそこのお金を持っていたので、苦しい思いをすることは無かった。単に「煩わしい」だけだった。そんな僕を美登里は支えてくれた。一緒に煩わしいことに付き合ってくれた。だからこそ、2人の絆は強まったと思う。結婚前の「煩わしい事」は、実は、結婚する2人が、本当の夫婦になるために与えられる最初の試練なのではないか?と思った。
だが、その試練も、もうすぐ終わり。結婚式の日程も決まり、そろそろ、出席者への案内を始めよう、という矢先だった。
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美登里に電話をしても、メールをしても、連絡が取れない。美登里のSNSのアカウントも変わっている。美登里の自宅に行っても、会わせて貰えない。僕の父から部長に電話しても、電話に出て貰えない。結婚式場もキャンセルされている。
全て拒否されている。とにかく、何があったのか、全く判らない。ここまで拒絶されれば、もはや、諦めるしかない。結局、何も判らないまま、美登里と別れることになった。
これが最後、と思って、美登里に手紙を書いた。一生一緒に過ごせる、と思った事、絆は強かったと思った事、美登里を心から大切に思っていた事を綴った。
父の助言で、住んでいたアパートを引き払い、一度、実家に戻った。久しぶりの父との2人暮らしだ。僕の母は、僕が高校生の時に、病気でその人生を終えた。それから、大学を卒業するまで、父との2人暮らし。会社に勤める様になって、アパートを借りて一人暮らしを始めた。当然、父も僕も家事は全て出来る。
父がカレーライスを作ってくれた。
「「縁」が無かったんだ。悔しいだろうが諦めろ」
子供の頃から慣れ親しんだ父のカレーライスの味と言葉が身に染みた。
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それから3年。新しい職場で仕事に打ち込んだ。プロジェクトマネージャーを任され、順風満帆な人生と言える様になった。美登里の父親が勤める会社が同業他社に買収された事も聞いた。もうどうでも良いことだ。
ある新しいプロジェクトの初顔合わせの席で、前の会社の同期、あの「鈴木、調子に乗り過ぎたな」と言った同期に会った。
「よう、鈴木。御活躍だってな」
僕の心の中が判らないのだろう、勝手に喋る。
「部長の娘さん、お前の元婚約者なあ、新会社の社長の息子と結婚したんだってよ」
「ああ、そう」
「お前と結婚するより良かったじゃねえか。玉の輿に乗れたんだ」
「そうだね」
相変わらず、嫌みな顔と物言いの男だ。今は、別会社に移籍したそうだ。僕は、新しいプロジェクトのサブマネージャーだ。こんな男、ケチを付けて切ってやろう。
美登里のことは、少し気になっていたが、玉の輿に乗れたなら、もうどうでも良い。僕は、プロジェクトの成功に向けて努力した。開発中に知り合った顧客の女性担当者と仲良くなり、時々、デートする様にもなった。父が喜んでくれた。
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プロジェクトは、成功裡に終わり、僕は、プロジェクトの開発完了の祝賀会に出席した。その席に、美登里の夫だという男性も参加していた。何でも、プロジェクトの運用部門に食い込んだらしい。僕の会社は運用部門を持っていないので、いずれどこかの会社が参入してくるのは、予想の範囲。どこが入ってこようと、僕の会社には大した影響は無い。僕も、次のプロジェクトが決まっている。
「鈴木さん」
美登里の夫に声を掛けられた。
「プロジェクト開発、お疲れ様でした。今後もお世話になることがあるかもしれません。どうぞ、宜しくお願い致します」
予想に反して、腰の低い人だ。まあ、今だけ、猫を被っているのかもしれないが。
「こちらこそ、宜しくお願い致します。私は、このプロジェクトからは離れますが、信頼出来る後輩が担当致しますので、何でもお申し付けください」
こちらも猫を被っておく。
ちょっとした世間話の後、美登里の夫が改まった口調で言う。
「鈴木さん、失礼ですが、私の妻の・・・その元」
「ああ、その様ですね」
ちょっと被せ気味に答える。
「個人的な話は、ちょっと」
話したくない、と意思表示する。
「あ・・申し訳ありません、失礼ですよね。ですが、ひとつだけ、宜しいでしょうか?」
「いえ、聞きたくありません」
嫌だ、と言っているのが判らないのか、この男は。
「そうですか・・・申し訳ありません。それでは、失礼します」
いったい何を言いたかったのか?いまさら、美登里の話など、しかも、今の夫を相手になどと、どうしたって話たくない。
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それから2年。プロジェクト開発中に知り合った顧客の女性担当者と結婚することになり、彼女の上司に挨拶に行った。その後、彼女の上司に呑みに誘われ、その席で、美登里との婚約破棄の真相を聞いた。信じられない話だった。こんな話があるんだ、と思った。
前の会社は、ほぼ家族経営だった。いずれは、社長の息子か娘が跡を継ぐ予定だったらしい。だが、会長に若い愛人が出来、その愛人の両親が反社に繋がりのある「人でなし」だったそうだ。愛人の両親と反社は会長の全財産を食い尽くすつもりで、邪魔になる人間、つまり、社長、専務、部長を会社から追い出すことを計画したそうだ。
社長の息子に若い愛人の女の友人を紹介し、不倫・妊娠。それをネタに社長を脅かし、引退に追い込む。
専務の奥さん、つまり、会長の長女に若い愛人の元彼を紹介し、これまた不倫。専務を引退に追い込む。
部長は、美登里の婚約者、つまり僕の不倫をでっち上げ「部下を見る目が無い」という理由で降格。
これらを同時進行で行ったので、社長、専務、部長、いずれも、自分のことで精一杯で、正常な判断が出来なくなってしまい、会社がガタガタに。結局、美登里の夫の父の会社に、会社を売り渡すことで、かろうじて、従業員を守ることが出来た。
美登里を見染めた美登里の夫のお陰で、警察が介入し、反社を追い出すことが出来たそうだ。だが、会長一族は没落。会長は老人ホーム、社長一家は遠くの地へ逃げ出し、専務一家は家族バラバラに。部長は、美登里の夫の父の関連会社で拾って貰い、今は、オペレーターをしているそうだ。
あの時、美登里の夫が言いたかったことは「あなたは免罪でしたが、それは、反社の陰謀でした」ということらしい。
なぜ、彼女の上司がこんなに詳しく知っているのか?美登里の夫から聞いたそうだ。
僕のことを信じられなかった、美登里の贖罪の気持ちらしい。