3話
寝る前にシャワーを借りに管理人室の横を通り過ぎると持っていた
鍵で中へと入った。
ドアの鍵をかけると服を脱ぎシャワーを浴びる。
浴場が使え無いのでゆっくりと湯船には浸かれないけどシャワーだ
けでもだいぶ違う。
身体はスッキリするし、頭も少しは落ち着いた気がする。
それにしても教室での出来事には驚きの連続だった。
畑野から金持ちの兄弟であるとは聞いていたがあまりに理不尽過ぎ
る。
好きでもないのならなんであんな事ができるのか不思議だった。
カーテンがあると言えど、教室の一角でしかも窓から丸見えだった
のではないか?
明らかに何をしているのかはシルエットから見えてしまうし、教室
の男子の息遣いでいやらしい目で見られるのも、想像できただろう。
それでも、諦めない彼女は強いと思う。
鏡に映る膨らんだ胸を見ながらため息を吐き出した。
「僕も普通だったらなぁ〜…」
同性にも異性にも相談できない体質を抱えながら、常に人の目を避
けて生きてきた。
もし、知られればどんな目で見られるかも、良く知っている。
人は自分とは違うものを見ると嫌悪感を抱く。
そんな悪意のなか何度も何度も転校を繰り返して来た。
ここでは上手くやろう。
そう決意するとタオルで身体を拭いて出てくる。
新しいサラシを胸に巻くとパジャマに着替える。
部屋に戻って来た時にはもう、就寝時間になっていた。
部屋の電気を消すとスタンドの電気に切り替えると教科書を開いた。
ここの学校は偏差値が高い。
だからこそ、一日でもサボると追いつくのも大変だった。
今日やったところは今日のうちに覚えようと必死だ。
その気持ちでやらないとついていけない。
幾島の家は決して裕福ではない。
だからこそ…学力だけは、誰に負けられなかった。
朝、食堂に行くとすでに畑野が先に座っていた。
「おっはよ〜、昨日はよく寝れたか?」
「うん、まぁ〜ね」
「結構遅くまで出てたみたいだけど、どこ行ってたんだ?」
「えっ…どこにも行ってないけど?」
「ん〜?夜に部屋に戻って来てただろ?俺、隣の部屋だからドアが
開いたり閉まったりすると分かるんだよ」
「あぁ、ちょっとトイレかな…?」
「ふ〜ん、浴場広かっただろ?」
「あぁ、まぁ…」
「今度一緒に入ろうぜ〜」
「嫌だよっ!」
咄嗟に叫んでしまった。
誰かと風呂などもってのほかだったからだ。
そんな事をしたらこの身体の事がバレてしまう。
「いや、僕は一人でゆっくり入りたいからさ…」
「ふ〜ん、そうなんだ〜」
それ以上は何言ってこなかった。
この畑野という男はクラスに溶け込んでいて、坪内兄弟とも仲がい
いらしい。
「海人くん…どうしたの?なんか悩みでもあるのか?」
「畑野くん…君はあの坪内圭と仲がいいんだよね?」
「あぁ、幼馴染みだからな〜それがどうかした?」
「金持ちだからってあんなの許されるのか?流石に…」
「あいつらな〜、まぁいいんじゃないの?彼女も嫌がってなさそう
だし?」
言われてみればそうなのだ。
今日も別の女子とカーテンだけの空間を楽しんでいるのだ。
クラスの生徒もそれを楽しむように眺めている。
「それでも、こんな破廉恥な事は…」
「いいじゃん。オカズにすれば…、本人も分かってやってるんだし」
「そんなのよくないだろ?」
幾島には信じられないといいたげだったが、誰もが容認しているせ
いで、何を言っても無駄に終わりそうだった。
「今日の子はちょっと貧乳じゃね?」
「あぁ、だが…それもありだよな〜」
クラスの男子の声にイライラする。
トイレへと向かうと個室へと入った。
こんな学校来るんじゃなかった。
もっと進学校は幾つでもあったはずだ。
「はぁ〜…」
ため息ばかりが出る気がする。
そんな時、いきなりドアがノックされた。
コンコンッ
「はい、入ってます」
「そんなところでヤってないでしっかり見ればいいのに〜」
この声はさっきの当事者のものだった。
「ふざけた事をっ…」
一気にドアを開けるとそこには似た顔だったがメガネを押し上げた
もう一人の人間が立っていた。
坪内宙。
彼もあまり好きではないタイプの人間だった。
「何の用ですか?」
「いや、わざわざ個室でヤる事といえばって思ってね。君は転校し
て間もないようだからいい事を教えてあげようかと思ってね」
「結構です」
通り過ぎようとした瞬間彼の手が尻に触れてきた。
揉まれるように触れた後、急にがっしりと掴まれると彼の目つきが
変わった。
「なっ、何をするんだ!」
咄嗟に叫んだが、坪内宙の視線は今、幾島の尻へと注がれていた。
「この弾力…張りも悪くない…」
「女子だけじゃなく誰でもいいのか…変態なのか?」
「うん…おい、お前の名前は?」
「はぁ?なんで言わなきゃいけないんだ?」
「なら、今から脱いでくれるか?」
「はぁ〜?ふざけるな!」
いきなりの突拍子のない言葉に寒気がした。
いきなり男に脱げとはもう、嫌悪感でしかない。
「おい、早くしないか!それとも脱がされたいとかいうのか?」
「誰があんたみたいな変態に…そもそも僕にはそういう趣味はねーよ」
「おい、待てって!」
すぐに走って出て行くと廊下でばったり南條先輩に出会した。
「わぁっぷ!」
「おい、大丈夫か?」
いきなり南條の胸に飛び込むようにぶつかったが、先輩はすぐに抱き
止めてくれた。
「ご、ごめんなさいっ」
「いいけど、廊下は走らないようにな?」
「はい…」
後ろから追いかけるように坪内宙が追いかけて来た。
「おい、お前。ちょっと来いよ」
「嫌だって言ってるだろ?それにあんたに付き合う気はない!」
「そんなのどうでもいい。俺のミューズになってみないか?」
「はぁ〜?なんであんたみたいな変態の?」
嫌がる幾島に駆け寄る坪内宙の前に南條が割って入って来た。
「嫌がっているようだが?」
「ん?あんたか…こいつを見つけたのは俺だ。俺が口説く権利がある
だろ?」
「また変な事を。いいか?海人くんは嫌がってるんだ。それ以上言う
なら学校側に言うがいいか?」
「チッ…偉そうに…」
坪内宙が引いて行くのを見送ると幾島は南條を見上げた。
「ありがとうございます」
「なんであいつに絡まれてたんだ?」
「僕も分からないです。いきなり声をかけられて…」
「まぁ、海人くんは可愛いからな?気をつけろよ?」
「はい…」
礼を言うとすぐにその場を離れた。
いきなり男に尻を触られて驚きはしたが、今は少し落ち着いて来た。
「南條先輩…カッコよかったな〜」
部屋に戻ると少し嬉しくなった。
彼は昔から知っているお兄ちゃんだった。
家も近所で幾島の秘密を知っている唯一の人物でもあるのだった。