新たな時代
「――と、いうことで朝礼を終えるわけだが……
仕事にとりかかってもらう前に最後に一つ、素晴らしい知らせがある! 明里くん! さあ前へ来てくれ!」
「はいっ!」
なんだなんだとオフィス内がざわめく。しかし、あの輝く表情。まさか……。
「私、明里は……この度、妊娠しました!」
「……う、おおおおおぉぉぉ!」
「お、おめでとうー!」
「うおおおっすおっす!」
「やったあああぁぁぁぁぁ!」
「うう、くぅぅぅぅ」
「おめでとうございまぁぁぁーす!」
俺含む男性社員の割れんばかりの拍手。そしてオーバーなくらいの喜びように野次。涙ぐんでいる奴もいる。
だがそれも仕方がない。近年、この世の中で女性至上主義が幅を利かせている。
始まりがいつかはあやふやだが、その勢いたるや凄まじく、抗う事はできなかった。波打ち際で遊ぶ子供たちが『ここまでなら波が届かない!』『いや、ここまでだよ! 湿ってるもん!』などと、きゃっきゃ遊んでいたら、その体をまず影が覆い、危ないと思った時にはもう波に攫われ……といった具合にだ。
女性専用車両の常設。当然、数は女の方が多い。女子トイレの拡張。隣にあるのは不快だからと男子トイレは公園やショッピングモールなどでも外れも外れの位置に移された。
階段を上る女の後に男が続くのは許されない。スカートの中を覗いたと痴漢扱い、叫べば速逮捕。証拠、裁判不要。問答無用。おまけにエスカレーターとエレベーターは全て女専用だ。
なぜこうも女が強い権力を持ったか。これまで男が強かった分の波の揺り戻しとタイミング、流れが良かったのだろう。
そんな彼女らの言い分は端的に述べればこうだ。『世の中の天才だのなんだのを産んだのはそもそも女だ! 人を作った神が偉いのなら世の中の男共を産んだ私たちも偉くて当然! は? アダムの肋骨からイブが生まれた? 何の話だよ! 知るかよ! ロジハラ、セクハラ、パワハラ、モラハラ、亭主関白、全員殺すぞ!』
映画は女性が活躍する以外のものは上映禁止。過去の映像も発禁となった。漫画やゲームも同様、男が主人公の物は作られることさえなくなった。まあ、男に見えるが実は女という体で細々と生き繋いでいるが。
そんな中でも特に強いのは妊娠女性だ。もはや王。女性の妊娠は全男性が祝福せねばならない決まりなのだ。
妊婦は専用の電話回線を持っており電話をかければすぐに警察、救急車、タクシーなどが駆け付ける。
夫は当然、献身的に尽くさなければならない。未婚の俺には経験ないが、同僚の鎌田は結婚後、元々太っていたとは言え、四十キロ痩せた。『おにぎり食べたい』と一人呟いたのを耳にした時は涙を流しそうになったものだ。
「フォオオウ! フォオオォォォォ!」
その鎌田も今、目玉が飛び出そうな勢いで全身を使い喜びを表現している。
「みなさん、ありがと! ありがとう! 明里修二は産みます! 男を産みます!」
「いよおおおおおぉぉぉ!」
「フゥゥゥゥゥ!」
「お前が神だ!」
「こっちがありがとうー!」
「プルルルルラアアアフォオオオオ!」
そう、我々男もこのまま黙っているはずがない。天才たちは世の男の願望をついに実現した。
男の妊娠だ。年々、希望者が増え、これにより世のバランスは元通りになるだろう。
女性社員どもの、あの冷ややかな目。ああ、実に気分がいい。当事者なら尚のことだろう。いずれ俺も妊娠してみるのもいいかもしれない。
まさか肛門から産むわけにもいかないから帝王切開になるが痛みも、何の心配もない。
世の女性様どもの希望、いや命令により、つわり時の飲み薬までも大きく進歩したからだ。
問題は相手の遺伝子だな。男の妊娠。その特性上、相手の遺伝子も必要となる。自分だけの遺伝子、つまりクローンは作れないのだ。
いずれその問題も解決するかもしれないが、まあ、作れたとしても俺はそこまで自分大好き人間というわけではないし、それにスポーツ選手や高IQの奴らも遺伝子を提供しているから、ひょっとしたら鳶が鷹を生むという事も……。
ん、そう言えば、あいつ、一体、誰と子を作ったのだろうか?
……ん? 明里の視線の先……さっき涙ぐんでいた同僚が今は号泣……あの微笑……まさか……。
これはまた新たな時代の波が来ているのではないだろうか……。