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その1の5




 突然現れた黒猫は、俺に向かってこういった。

 もう何が起こっても不思議じゃないから驚きもなかった。

「力がほしくはないか?」

 間に合ってます。

「そういわんと!」

 涙を流しながら迫る黒猫。

 押し売りかよ。

「無いと困るよー?」

 困ったためし、あんまり無いです。

「今なら宝くじ二枚つけるからさぁ、ね?」

 ね?じゃねーよ。新聞勧誘かよ。

「朝○新聞の何がいいッ!? あんなとこよりウチのほうがッ!」

 知るかよッ!? 泣くなよ!?

「力、受け取ってほしいんです……、じゃないと私、上から怒られちゃうんです。下手すれば首なんです」

 シクシクと、ハンカチで目頭をぬぐう、黒猫。

 上って?

「縁結びの神様」

 憎いアンチクショウかッ!!

 なおさら受け取る気なくなったわッ!!

「うーん、でも、貰ってくれないことには、死んじゃいますぜ? 旦那」

 マヂでか!?

「本気と書いてマジと読みます。これでテストも安心ですね」

 間違いなく×だろそれ。

 いや、んなことはいい。

 死ぬってどういうことだ? 俺、どうなってるんだ?

「えー……と、褐色の女性の下敷きになって、首の骨折ってます。神経までぐきっと」

 ───間違いなく死んでおるッ!?

 てことは、何ですか? ここ、あの世に近いトコですか?

「海兵隊員は許可なく死ぬことを許されない!」

 聞いてねえッ!?

「お怒りなんですよ、上も。勝手にくたばりやがってとかもらしてましたし。まぁ、そんなこんなで私が呼ばれたわけですが。せっかくの休暇だったのに家族サービスもパーですよ」

 ああ、そうなんですか。

「アンタが予定にも無い死に方してくれるからさ……、引っこ抜くぞ何かをッ!?」

 ああ、その、ごめんなさい。怖いので勘弁してください。

「まぁ、それはいいんです、仕事ですから。ソレとは別に、不本意じゃないですか? 旦那。平穏に過ごしたいんでしょ?」

 そりゃそうだけど、このフラグで力もらっちまったら平穏にいきそうに無いだろ?

「死んだら元も子もないですぜ? それに死因だって、異星人の女性をかばって、宇宙船の中で激突死ですぜ? 普通ですか? コレ」

 …………。

 全然普通じゃネェし!?

「だしょー? だからもらってくださいよ。日常には差し障り無い程度のものにしときますからさぁ」

 いや、でもなぁ……。

 力を受け取らずに復活とか出来ません?

「そんな都合のいい話がどこの世界にあるって言うんですか。シェン○ンなんてウソですよ?」

 んじゃお前は何なんだよ。

「つーか、受け取れ! 私を救うと思ってッ!」

 知らねぇよ!?

 いや、でも、このまま死ぬのは不本意だし……。

「決めるんなら急いでくださいな。そろそろお迎えがきます」

 日常に、差し障り無い程度なんだな?

「モチロン。ここだけの話、副作用も中毒性もない上物ですぜ? ぷすっと一発どうですか?」

 どこのヤクだよ。

「似たようなもんですよ。ま、OKってことでよろしいです?」

 しょうがない、か。

「さすが旦那!! キスしていいですか!?」

 勘弁してくれッ!

 てか力ってどんなんなんだよ!?

「まぁ、使い方は、勘で」

 アバウトすぎるわああああああああああああああああああああああああッ!!

 て、ところで、やっぱり俺は目を覚ました。







「いたたた……」

 首筋が痛む。なんというか、寝違えた感じ。

 さすろうとして、別の、何かやわらかいものが触れた。

 しっとりと吸い付く感触。

 見上げれば、ネリさんが俺に膝枕なんかしてた。

「え?」

 驚きに目を見開く、彼女。

 てことはこの手が触れるのは彼女の太腿ってことですか。

「……おおう!?」

 あわてて、手を引く。

 危ない、もう少しでスカートの中まで指先つっこんでた。変態のレッテルは張られたくない。

「そ、ソレはコッチのセリフです……! く、首の骨、大丈夫なんですかっ!?」

 あ、やっぱ俺、生き返ったわけか。

 上半身を起こし、首を回す。

 うん、おっけおっけ。打ち身にもなってない。違和感はあるものの、寝起きのあの感覚に近いもの。

 大したことは無いだろう。

 しかし、なんというか、体が重い。体重が五割増みたいなかんじで、そこから、起き上がれない。

 何か乗って───

「よかったのだあああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 突然、俺の首に抱きついてくる、褐色の物体。

 顔面に押し付けられる、丸くてやわらかい物体。

 それが、総帥だとわかったのは、彼女の声があったからだろう。

 胸の中に掻き抱かれる。必然的に俺の顔面は彼女の豊満な谷間の中へ。

「ちょ……!?」

「ひぐっ、ぐすっ、一時は、スン……、どうなることかと思ったのだ……! このばか者が!」

 頭の上で、嗚咽を上げるアーシェ総帥の声。

「人を助けといて死にかけるとはどういうことか!? わらわはそんな犠牲ほしくないのだ!」

 ああ、そういえば、俺、コイツ抱きかかえて落ちたから、あんなことになったんだっけか。

 無事でよかった。素直にそう思える。

 そして、素直に窒息死しそう。

 ……タップ! タップ!!

 べちべちと上腕をたたくが、まったく意に解さないアーシェ総帥。

「お嬢、ストップです! また死に掛けております! 生命反応低下中!」

「ふぇ?」

 ナイスレフェリーストップ! ネリさんッ!

 総帥の力が弱まったところで、俺は彼女を引っぺがす。

 彼女の胸元からはなれ、やっとのことで、大きく息い、吐く。

 し、死ぬかと思った……。

「すいぶんと、楽しそうだな、灯夜……」

 と、いきなり、彼女ら二人ではない、第三者に俺は呼ばれる。

 声の方に視線を移せば、変身後の群雲や、ナコタナコタの皆さんにも負けず劣らずなとんでもねー格好の銀の戦士。

 スクリーンに映ったのはシルエットだけだったし、声も聞いてなかったから、女の人とは思わなかった。

 V字カットの装甲ハイレグってなんすか。鋼鉄のサイドスカートってなんですか。ネコミミバイザーってどんな趣味ですかアンタ。

 適所で絞られた体に、強調された女性のアイディンティティ。見てるこっちが恥ずかしくなる。

 ていうか、どこのロボ子か。擬人化メカ少女シリーズでももうちょっとおとなしいぞ。

 そして───

「何やってんですか、奏さん……」

「バレとる!?」

 わからいでか。

 声も喋りも素のままじゃん。

「ていうか、なんか羽織ってください! 痴女ですかアンタは!?」

 特に俺、免疫ないんだから! 鼻血でちまうから!

「痴女いうな!!」

 両手でいまさら局部を隠す彼女。いや、装甲が覆ってるから見えては居ないんですが、それでもかなりギリギリなんです。

 んで、ギリギリエロスなんです。

「わ、私だって恥ずかしいんだぞ!? でも、我慢してここまで来たというのに、その言い分はなかろう!?」

「んじゃなんでそんな格好してこんなとこいるんスかッ!? てかなんなんすかその格好は!?」

「空を飛ぶのにはこうなるしかないからだッ! ついでに答えると、この装備は拾った!!」

「拾えちゃうもんなのッ!?」

「うむ、三日ほど前に、商店街の道端に、このバイザーがころんと」

 イメージしてみる。

 商店街の道端に刃物のようなデザインのバイザーがころりと転がってるのを。

「怪しすぎる……!」

「だから交番に届けるつもりだったのだ! そうして拾ったら……」

 ああ、なるほど……。

 勝手に装着とか言うことに───

「被りたくなるだろ普通!?」

「ならねーよ普通ッ!?」

 むしろ被るなよッ!

「ああもう、後悔してるさ! 好き好んでこんな格好してるわけも無かろう!? 顔が見えないからかろうじて正気保っていたのだぞ!? 知り合いにバレたらもう……!」

「パンツじゃないから恥ずかしくないもん☆ の心理ですね」

 と、口を挟むネリさん。

「うみゅー、わらわであれば、パンツじゃなくても恥ずかしいのだ」

 そんな過激な軍服身に着けといてよく言えますね、総帥さんや。 

「で、奏さん、どうしてそんな姿でここに?」

 やっと当初の質問に戻って来れた。一体彼女は何故そんな格好でこんな場所に来たのだろう?

 ソレを口にしたとたん、バイザーの奥の、奏さんの頬が若干赤らんだような気がした。

「それは、その、心配になったから……」

 へ?

 てことはなんだ?

「迎えに来てくれた、ってことですか?」

「うむ。だが、どうやら、お邪魔だったようだな」

 じぃっと、俺を見つめる。彼女。

 つられて、俺も自分の体を見る。

 しっかりと、体を擦り付けて抱きついている総帥。膝枕をしていたネリさん。

 ……どうなのこれ!?

「ちょ、どいてくださいって!?」

「ご、ごめんなさいなのだ!?」

 びくりとねこみみを立てて、俺の上からどけようとする総帥。

 しかし、その絡めた腕は、なかなか離れない。

 もぞもぞと動かしてはいるのだが───、だ。

「あ、あのぉ? 早くどいてもらえませんかね?」

「う、うむ、わ、わかっておるのだ……、だが、離れてしまうと思うと、どうしてか胸の辺りがむずむずするのだ……」

 病気ですか?

「トーヤさんが死にかけてたものだから、どうも、気が抜けたのかもしれないのだ」

 俺の所為かよ。

 そもそもそれは、腰が抜けたの間違いじゃ……。

 というか、そんな潤んで熱っぽい瞳で見上げないで……。

 変な気分になるから。

「助けてもらって、その、感謝の意に絶えぬ……、その、首は大丈夫なのか?」

「わかりましたから! もうよーくわかりましたから!! 首も大丈夫ですから! 早くどいて!? プリーズ!」

「つ、つれぬことをいうな。ほっとしておるのだ。気持ちが落ち着くまで、もう少し……」

 総帥はなんだか目がとろんとしていた。

 しなだれかかるように、俺に体を預けている。

 あかん! ヒッジョーにコレはあかん!

「ね、ネリさん、これ、どうなってるの?」

「ちょいと発情入ってますね。ナコタナコタ族が男女接触禁止なのはこういうわけです。そりゃ人口も増えますね」

 と、ネリさん。

「説明プリーズ……」

「んじゃ、まず想像してみてくださいな。好みの女の子が、アキヅキさんを庇ってなにかの被害にあう。そのけなげさにグッときません?」

「想像したくないわ、どっちかってと」

「ああ、深刻なもんではなくてもいいんです。たとえば、テストとかでアキヅキさんがカンニングしたとしますよね? それを担任が指摘して、気まずくなったところに異性が「それ、教えたのは私です」とかいってるところをもわもわと想像してみてください」

 ……う、ちょっと、キュンとくるかも。

「遺伝子的に、我らは恋の病にかかりやすいのです。つり橋効果にかかりやすいってことですよ。しかも、今回一回は総帥のために命散らしそうだったわけですから、そのインパクトたるや相当ですよ。惚れちゃってもしょうがないんじゃないですか? アキヅキさんの容姿も決してかっこ悪くは無いですし。あ、自分はそういう脳内物質の分泌抑える薬飲んでるので大丈夫ですけど、総帥は服用してませんでしたから」

「んなアホなぁッ!?」

「アホでもなんでも、そういう種族なんですよ。ついでに言うと、恋心の上書きも出来ないです」

「恋心の上書き?」

「平たく言うと、あなた方でいう浮気という概念は、我らには無いってことです。こちらとしたら、ほいほい別の遺伝子情報ほしがるあなた方のほうが信じられない種族なのです」

「逃げ道なしかよッ!?」

 ん? まてよ? ソレって───

「マウラのお嬢はある程度自制が効きそうですが、セリスのお嬢はモロかもしれませんね。まぁ、まだ、アキヅキさんとはかかわりも薄いですし、今の状態も一時的なものでしょう。お気になさらず」

「心を読むのやめてもらえませんかねぇッ!?」

 泣きたい。

「ということは───」

 ドスの効いた声で、奏さんが口を開いた。

 その手はわなわなと震えている。

 いやーな予感と共に、背筋に冷たいものが走った。

「三人は、毒牙にかけているのだな……?」

「かけてネェよッ!?」

「私は常日頃から言ってるはずだったがな? 不純異性交遊は……!」

 振り上げられる平手。

「まかりならんとッ!!」

「「あ」」

 総帥とネリさんの声と同時だろうか。

 振り下ろされそうになる、奏さんの平手が、俺の目の前でとまる。

 そしてバイザーの隙間に赤い光が走ると───

「それ、裏コード……」

 ばかんっ、と奏さんの纏った装甲が展開し、銀色の鎧は、すっぱだかの奏さんを、俺の上に押し出した。

 ……は?







『船内に異常量子反転力場を確認ッ!? こ、これは……、マズいですぞ、マウラ様、セリス様!!』

 びーっ びーっ と赤いアラートを鳴り響かせる壊れかけた艦橋の中で、男爵が叫んだ。

 心なしか、曲がっていた尻尾もびしっと伸び切り、怯えているようにも見える。

 ひび割れたコンソールから、浮き上がる、三次元ホログラフ。

 ノイズまみれのその赤文字は、彼らの言葉で危険という意味なのだろう。

「これ以上、何があるという!? モニタに出せるか!?」

 セリスの言葉に、男爵は頷く。

『やってみましょう……』

 そうして、破損した戦艦の全景が、艦橋の中心に三次元で浮き上がる。

 やはり、ノイズまみれで、電波障害が起こったかのようにゆれてはいるが、何とか見れるレベルのものだった。

『第一会合室にN・Y・N・K-028が侵入』

「アーシェ総帥や、あの方や、ネリ軍医がいるところではないか!?」

『そうです。そこから先は回線断裂のため、音声のモニタができなかったのですが、突然、N・Y・N・K-028が組成変更を開始、レベル、急速に反転中!』

「言ってることは判らんがなんだかすごいことになってそうだ!?」

 そんなセリスの低脳な発言に、男爵とマウラの頭に大粒の汗が浮かんだ。ホログラフではない。 

「……やっぱり貴方、士官学校もう一回やり直したほうがいいわよ?」

 妹にそれだけ言うと、マウラ女史が艦橋を飛び出す。

『マウラ様!? どちらへ!?』

「脱出艇の準備を急ぎます。セリス、貴方は総帥らのサポート! 判りましたね!?」

 去り際に、妹に指示を出す彼女。

「こ、心得た!」

『ムリだけは、為さらないでください。セリス様』

 心配そうに、身支度、といっても靴紐を締めなおしているだけなのだが、そんなセリスに向かって男爵は声をかけた。

「判っている……。ちょっと、怖いけど……」

 つい、素の状態で本音が漏れる。

 結構ムリしてあの堅苦しい喋りをしているのだろう。

 腰に下げたレイピアのすわりを直してから、マントをはためかせ、艦橋の出口へと向かう。

『あ、それと』

「なんだ?」

『あの現地人の男性ですが、息を吹き返しております。不思議な話ですが、通常レベルまで持ち直しているらしいです。なにゆえそこまで心に留めておくのか、わかりかねますが、その、心配なされるな?』

 心にとどめておく理由、か。と、彼女は思う。

 確かに、触れられた程度で結婚まで迫るのはいき過ぎだった様に思う。

 冷静に考えれば、彼のなにがよかったのやら。

 だが、どうもコレも女の勘というヤツらしく、心がそれだけでは納得しなかった。

 まぁ、しばらく執着してみよう。それから物事は考えればいい。

「それはいい報告ね。ちょっとだけ、勇気出てきたわ」

 そういって、にっと笑みを浮かべてから、彼女は艦橋を後にした。









 俺の目の前で、抜け殻の鎧を中心に、光の渦が、巻き起こっていた。

 それはどうも唯の光ではないらしく、周囲の金属をどんどんと吸い込んでいく。

 その吸引力たるや、壁面の素材を音を立てて引っぺがすほど。

 ダイ○ン、吸引力の衰えない唯一つの掃除機。のようである。

 見る見るうちに、白銀の装甲が、黒く塗り替えられていく。青く光っていたライトが、赤く反転する。

「な、なんなんすかコレ!?」

 と、俺の上に乗っかった二人目の女の人、奏さんにたずねようとして、俺はしまった、と思った。

「だから───、見るなといっておろうがぁッ!!」

「へぶぅッ!?」

 次の瞬間あごを突き抜ける、強烈なアッパー。

 ごめんなさい、裸でしたね。

「おおう、綺麗にはいりましたなっ」

 とはネリさん。

 この喉の奥に感じる鉄の味は、彼女のアッパーによるものだけじゃないんだろうなぁ。

「うぅうううぅううぅぅぅぅ……、わ、私にもわかるわけがなかろうッ!? 三日前に拾って、説明書もなくて、手探りだったんだからなぁッ!?」

「そんな、得体の知れないものをホイホイつかうんじゃありません! バカの子ですかアンタは!?」

 出来るだけ、彼女を見ないようにして、顔を抑える俺。ぼたぼたと滴るのは赤い血。

 帰ったらレバー食べよう……。

「だ、第一、普段は変身をといたらちゃんと服に戻ってたんだぞ!?」

「ああ、それは、アレの装甲形成してるのが、もともとは服らしいので」

 と、そろそろ恒例になりそうなネリさんの説明に、合点がいく。

 つまり、服の元がアレなのだから、廃棄されたらそりゃ全裸にもなるというわけで……。

 ───設計者出て来い畜生ッ!?

「と、とりあえず、これを……」

 もぞもぞと、やっとのことで、総帥が俺の上から降りる。

 ぱちんと音を響かせて、自分のマントをはずすと、奏さんに渡す彼女。

「おお……、これはなんとお礼を言っていいか……」

 急いで、受け取った布地を体に巻きつける奏さん。かなり大きなマントだったので、奏さんの体を包むのは十分だったようだ。

「いえいえ、ラーメン屋ではお世話になったのであるからして、同じ女としてコレくらいは当然なのだ」

 こまったような顔をして、奏さんに答える彼女。

 おお、こんな顔も出来るのか、この子……。

「……灯夜」

 きゅっと、マントの生地をならし、締め付けながら、奏さん。

 いつものポニーテールでこそないが、相変わらず眼帯はしていた。

「なんでしょ? てかもう見ても良いですか?」

「うむ、大丈夫だ、それよりもな灯夜」

「うい、なんでそ?」

「友達って良いなぁッ!」

 友達病再発。

 しかも号泣です。

「人の思いやりが身にしみる……! こ、こんなにうれしいことはないッ!」

 マントの裾で涙をぬぐう彼女。

 相変わらず飢えてるなぁ……。

「ソレよりも、皆さん今の状況わかってますか?」

 汗を浮かべたちびっこさん、すなわち、ネリさんの一言で、俺達は現実に引き戻される。

「なんだか、すごく危険な匂いがしますのですがね……」

 ちいさい人差し指が、俺達の背後に向けられる。

 振り向けば、そこには、空いた奏さんのスキマを生めるように、戦艦のパーツを組み込んだ、黒塗りの装甲。

 光の渦が収束する。

 と、次の瞬間、その、詰め込まれただけだったパーツが、コピー機の光のように線を引いて輝くと、その後から、新たな姿を構築していく。

 ごくりと、誰かが固唾を飲み下す。

 バイザーだったものは頭部となり、長い顎が追加。女性的な姿はなりを潜め、いや、むしろ人というよりも二足歩行の猛獣に近い、半獣半人体系に変わっていた。

 長い胴体。猫背に、虎のような逆間接の足。鋭利に発達した、刃で構築され、重力に従った両腕の十指。

 赤い、四つの瞳が輝く。

 一言で言うなら、それは、黒い鋼鉄の獣。

 がこッと一度、顎のロックが外れてから、その獣が、吼えた。

「────────────────────────────ッ!!!!」

 それだけで空気が爆ぜる。ビリビリと鼓膜を振るわせる可聴域を突破した轟音。

 ボロボロだった室内が、それだけでトドメを刺される。

 鉄骨が、その獣の後ろに、俺達の後ろに、音を立てて落下した。

 脳みその中は危険信号でイッパイ。

 コーション、デンジャー、アテンションプリーズ。

 どー考えてもやばかった。

「な、なんじゃありゃあ!?」

「自動殲滅モードなのだっ! パイロットが戦闘放棄のコードを入力したから……!」

「なんかすごくおっかない単語聞いた気がしますがッ!?」

「玉砕覚悟の限界ギリギリ機動ってことである! 性能は十割り増しである! 主婦もびっくりの消費税なのである!!」

 それって、あの白い姿の単純に倍ってことじゃん……。

 ひとしきり吼え上げると、その、黒い鋼鉄の獣が、俺達を見る。

 戦闘能力なんて、俺達にはない。

 喧嘩とはわけが違う。相手は兵器だ。相手にすらならないだろうことは、考えるまでもなくわかりきっている。

 一歩、その獣が俺達に、歩を踏み出す。ズシュンと、重そうな音が、ヤツの足元から響いた。

 ───コイツはマズい。

 もう一歩、首をかしげながら、ヤツが踏み出す。

「ど、どうにかなんない?」

 と、俺が聞いても───

「わらわの携帯武器は間が悪いことにメンテナンス中なのだ、ごめんなさいなのだ……」

 しょぼんと耳を垂らしながら総帥は答えるだけ。

 絶体絶命パート2。しかも今度は口八丁手八丁でどうにかできるような相手ではナシ。

 俺達が途方にくれかけていた、そのときだった。

「総帥以下その他大勢ッ! さっさと逃げろ!」

 レイピアを抜き放ちながら、天井のドアからセリスさんが叫びながら落下してきたのは。

 次の瞬間、レイピアの持ち手が伸張、刃が二つに分かれると、その間から巨大な刃が生み出される。

「てああああああああああっ!」

 一瞬で巨大なトゥーハンデッドソードに姿を変えたレイピアを、両手でつかみ、落下速度と体のバネを加えた縦一文字に振り下ろす。

 ガキンッ!

 が、その一撃も、黒い獣の右腕によって、難なくつかまれた。 

 ぎりぎりと、巨大なトゥーハンデッドソードと、獣の刃で構成された腕が音を鳴らす。

「ッ! リストブースター開放!」

 続いてセリスさんが声を上げる。

 バシン、と音を鳴らし、彼女の両手首の腕輪から、淡い光が漏れ出た。

 するとどうだろう。黒い獣の足が、見る見る内に足場の壁面に、音を立ててめり込んでいく。

 ……すんげ……。

 どうやら、あの腕輪はなんらかのパワー増強ユニットっぽい。

 しかし、素直に、そのままでいるつもりも、獣の方にはなかったらしい。

 赤く光る、ライトで出来た目が、ひときわ大きく輝いた。

「っと……!?」

 トゥーハンデッドソードをつかみ、セリスさんごと大きく振り回す、獣。

 そのまま、彼女を放り投げる。俺達の上を飛び、壁面に向かって宙を走るセリスさんの体。

「あぶ……!」

「なくないッ!」

 思わず俺が声を上げるが、彼女は空中で体勢を立て直し、壁面に危なげなく着地。重力に捕まった彼女の体が、そのまま床にもう一度着地する。

『おおー!』

 ぱちぱちと、俺達は思わず拍手。

 さすが猫人間。キャット空中3回転なんかするとは。

「いや、逃げてくださいって!? 拍手は良いですから!」

 トゥーハンデッドソードをつかみなおしながら、セリスさんは半分なみだ目で俺達に怒鳴った。

「にゃっ! そうであった!」

 びこんと、耳を立ててΣを発する総帥。

 そうだった、こんなことしてる場合じゃなかった。

 しかし、逃げるといったって……。

 周囲を見回せば、宙ぶらりんの観覧車の巨大なコンテナのような有様のこの部屋。床は壁に、壁は床になってしまっている。

 ドアにしたって、天井付近に密集しており、その通路だけが命綱のような有様だ。

 空でも飛べればいいのだろうが、そんな能力もってない。

 思いっきり、かごの中の鳥状態。

「逃げ場、ないですねぃ……」

 トホーと、肩を落とす、ネリさん。

 が、奏さんは拳を握り締めて声を高らかに宣言する。

「大丈夫だ、こんなときこそ正義の味方が……!」

「んな都合のいいことがあるわけないだろうがああああああああああああああああッ!?」

 と、俺が叫んだのとほぼ同時だっただろうか。

 ばごぉん! と、ガレキを撒き散らしながら、彼女が、壁を突き破ってきたのは。

「なんか呼ばれた気がしたのでトンズラこくつもりだったけど、気まずいから私、参上! 正義の味方は辛いッス!」

 出現する、自称、正義の味方。時給二千円で寝返った人類の敵。

 もうもうと上がる埃のなかから現れたのは、義務で魔法少女なんかやってる同級生、群雲夕陽だった。

 ご都合主義にも程がねーか? 神様よ。

 しかしこれほどありがたいことも無い。

「前言撤回ッ! ナイスタイミングッ! タクシー何人乗れますか!?」

「私運ちゃんッスか!?」

 がんっとΣを頭から発する。こいつも出来るようになったのか。

「細かいことは言わない! さっさとアーシェ総帥やらネリさんやら奏さんやらセリスさんを乗っけて乗っけて!」

 そう、時間はない。

 床に沈んだ体を、破片を伴って高く跳躍し、抜け出す、黒き獣。

 はぁああ……、とか口から湯気はいてたりする。

 戦闘能力は奏さんのを見てたもんだから良くわかってる。

 さらにあれの二倍っていうんだから、どんだけやばいかは推して知るべし、だ。

 黒い獣がまだ余裕かましている間に、逃げなければ。

「ちょっ!? 定員オーバーにもほどがあるッス!? てか道明寺先輩がなんでこんなトコにいるンすか!?」

「ああ、外ではすまんかった。なかなかやるではないか。ちょっと面白かったぞ」

 と、浮かんだステッキに腰を下ろしながら、奏さん。

「あの白いの、アンタだったんスか!?」

 バレバレだろうがよ。

「まぁ、それはいいッス。後で話聞くんで。けど、本当にもう定員オーバーっス!」

 見れば、ステッキの姿も見えないほど、鉄柱に腰を下ろした女子の方々。

 ふらふらと、ステッキがゆれているのは見間違いではなさそうだ。

 これは、確かに、もう乗れそうもない。

 軽い彼女達でも積もり積もればそりゃ重くなるわけで。

 ───しょうがない……。

「群雲、もういい、行ってくれ」

「へ……!?」

 目を丸くする、群雲。

「そ、そんな、ムチャッスよ!? 普通の人間があんなの相手にしたら、数秒と立たずに粉々ッスよ!?」

 そんなことは判ってる。

 でもなぁ……、ここで残るのって、やっぱり男しかいないでしょうが。

 そりゃ、イヤですよ? 怖いですよ? おっかないですよ?

 んでも女の子残して行けれるかって聞かれたら、やっぱNOでしょ。残念ながら。

 ぼりぼりと頭をかきながら、強がりを言う。

「まぁ、何とかするさ。……さっさと客下ろしたら、第二便を頼む」

 とん、と彼女の背中を押す。すると、惰性の付いたマジカルステッキが、ゆるゆると滑った。

「秋月、さん……?」

「だ、ダメなのだ! 残るのならわらわが……!」

 アーシェ総帥が、身を乗り出し、ステッキをおりようとする。

 が、彼女は動けない。彼女の肩を抑え、制したのは、セリスさんとネリさん。

「立場を判ってくださいませ、総帥! 残るなら、私が!」

「そ、そうなのですよ!? 貴方を失ったら我が軍は……! 残るんでしたら私でもいいんですし!」

「ここは私が残った方が……」

「半裸もいいところな格好で何いってんすか、奏さん。それじゃ走るのも出来ないっしょ」

「むぅ、しかしだな……」

 あーもう、こいつらは……!

 憎めないったらありゃしない!

「つーか、ぎゃーぎゃーやってんじゃねぇって! 時間無いんだからさっさと行け!」

 ゆっくりと、笑いながら近寄ってくる、黒い獣。

「秋月さん……」

 最後に、ステッキを宙に浮かせ始めた群雲が、俺の背中に声をかける。

「シリアス、似合わないッス」

「ほっとけぃッ!」

 よーくわかっとるわそんなこと!

「だから、すぐに戻ってくるッスよ! ちゃんと生きてるンスよ!?」

 それだけ群雲が言い切ると、キィイイイィイィィンと、ジェットエンジンのような音を伴って、マジックステッキの後部から光が浮かぶ。

 次の瞬間、彼女達は空けられた穴を抜けて、雲海の上へと飛び出した。

「うわぁ、ソレ、冗談じゃないほど生々しいなぁ」

 そこいらに転がっていた、鉄の棒切れを拾い上げつつ、聞こえていそうにないその背中に、返事する。

 さぁて、男を見せるときが来ましたかね……?

 出来れば一生来てほしくなかったけど。





 脱出艇を使い、彼女、マウラは全壊しつつあるロイエンに追走する、戦艦タールへと足を進めた。

 無人の通路を進み、艦橋へと駆け上がる彼女。

 やっとのことでたどり着くと、彼女はすぐさま舵を取り、通信を開く。

「男爵! 総帥たちはどうなっていますか!?」

『全員、脱出した模様です。ですが、さすがに重量オーバーのようで、あまり距離を取れておりません』

 脇にあるサブモニタに、転送されてきた映像がともる。

 そこには、ふらふらで飛ぶ夕陽の姿があった。

 たしかにロイエンからそう離れていない。まだまだ危険な空域といえた。

「そう、なら、ここに私が来たのも無駄ではないらしいですね」

 ポキンと指を鳴らして、マウラは操縦桿を握る。

 余った左腕はすばやくコンソールをたたいていた。

『ソレともう一つ。男の御仁の方が艦内でN・Y・N・K-028と交戦中でございます』

「何ですって!?」

 珍しく、マウラが声を荒げる。

 人間一人で相手できるようなシロモノではないというのに、それでも彼は戦っているというのか。

 なおさら、こうしてなどいられなかった。

「男爵。あなたたちも脱出を。私はアキヅキさんの援護に回ります」







 ふざけてる。洒落にならん。どうしろってんだあんなもん!?

 俺は、黒い獣の突き出された一撃を、命からがらスライディングでよけながら、一人残ったことをヒッジョーに後悔していた。

 かわした一撃を代わりに受けた、鋼鉄の壁面が、まるで豆腐でも殴りつぶしたかのように容易く破片をぶちまけた。

 引き抜く際、コードが絡まっていたのもなんのその。紫電を伴いつつもあっさりと引きちぎる。

 黒い獣の、赤い4つ目が細く光る。笑ってやがる。

 いや、笑われてたほうがこの場合はいいんだろうケド、無性に腹が立つというかなんというか。

 その証拠に、ヤツは俺に対して、積極的に攻撃を仕掛けてはいなかった。

 遊んでるようにしか見えない。何気に高度な知能あるじゃないか。

 対し、俺の姿なんてひどいもんだ。

 一撃一撃は、遊んでいるためだろう、よけれてるんだが、その、回避する際、そこらじゅうで翻った鉄板やら突起物やらに服も皮膚も引っ掛けて、ヒリヒリしてたまらない。

 それどころか、ヤツが殴る、つーか、突き刺す? まぁ、そうやったところからはじけ跳んでくる鉄片がこれまたイタイイタイ。

 どんどん体力が奪われる。逃げ回るだけなのがコレほど堪えるとは。運動不足かね?

 とか思っているうちに俺の脇を突き刺す黒い獣の抜き手。

 そのまま、獣は顔を寄せてくる。

 鼻先数センチという超接近。しかし、それ以上何をするわけでもなく、ソイツは俺を見つめて笑っていた。

「くっそ!」

 振り上げた鉄パイプで獣の顔を強打する俺。甲高い音が響いたが、ただそれだけだった。

 殴られたまま、俺の握る鉄パイプをつかむ、獣。

 ナイフのように鋭利な指先によって、握ったとたんあっさりと鉄パイプは輪切りにされてしまった。

『ハアァァァァァアア……』

 蒸気を発する吐息を吹き付けられ、たまらず俺は獣の脇を抜けて逃げおおせた。

 やつは俺をいたぶりつくす気だ。と、俺は悟っていた。

 正直、もう何の手も思い浮かばない。

 ただ、頼りの綱はある。が、それの発動方法なんてさっぱりだ。

 ああもう! 力ってなんだよ! 正夢ならさっさと発動しろよ!

 大ピンチだよ俺!

 そんなことを思っているときだった。

『アキヅキ・トオヤ! 壁から離れなさい!』

 人工的に拡張されたマウラさんの声が、俺の耳に突き刺さり、次の瞬間、爆風が獣を包んだのは。







「ちょ、いきなり!?」

 先ほど収納した、夕陽が、マウラに向かって声を荒げる。

 マウラの指先はスイッチを押し込み、そして放たれたロケットランチャーはすでに宙ぶらりなホールだった部分を射抜いていた。

 その反動で、ホール部分がゆれるのが外からでも見て取れる。

「奇襲というのはいきなりでなければ意味はないでしょう。警告は出しました」

「普通に反応できる速度だったであるか? 今の」

 と、青い顔浮かべて総帥。それに、ネリが返す。

「アキヅキさんがすでに壁から離れていればあるいは……」

「離れてなければ?」

 総帥同様青い顔をしてセリス。だが、そんな懸念を蹴り飛ばすように、ナコタナコタの制服に着替えた奏が答える。

「そんなことで易々くたばるような奴じゃないさ。灯夜は」

「一度、死に掛けましたけどね」

 とネリ。

 そんな気まずい会話が終わったころだろうか、ホールを覆っていた煙が晴れたのは。

 そこに、確かに灯夜はいた。

『灯夜!』

 全員の声が重なる。

 灯夜は、片手で、ガラクタとなった部品をつかみ、中空につるされた格好になっていたからだ。






 視線を下に向ければ、灰色の雲の海。

 見上げれば、背中から光を発して宙に浮いているあの黒い獣。

 そして俺の体を支えるのは俺の右腕だけ。

 見回せば、この船とほぼ同型の、もう一機の巨大な戦艦。

 ざっと見たところで200mあるかないか。

 その艦橋の奥に、マウラさんらがいることを、俺の2.0の視力が捕らえた瞬間、俺は怒鳴っていた。

「ちょっとまてこらあああああああ! 殺すつもりかオマエらああああああああああ!?」

『反論は後で聞きます! 拾うので合図とともに手を離してください!』

 マウラさんの言葉が響いたかと思うと、その戦艦が俺のほうへと進路を取る。

 しかし、それは危険な行為だった。

 俺の上に居座る、黒光する獣が、その戦艦向かって視線を巡らせたのが、見て取れた。

 それはつまり、ターゲットを切り替えたことなのだと、俺はとっさに悟ってしまう。

「おい、ちょっと」

 冷や汗がにじみ出るのを感じつつ、俺は獣に向かって声を出す。

 しかし、まったく俺の声に耳を貸すことなく、黒い獣は視線をもう一つの戦艦へと向け、固定する。

 まずい。

 その気になった獣のソレにかかればあの戦艦なんて一瞬でバラバラになるだろうことなんて、簡単すぎるほどの結論だ。

 俺が生きていられたのも、単純にこいつがその気にならなかっただけだ。

 あの戦艦一機でどうにかできるようなシロモノじゃないことなんて、アーシェ総帥の言ったことを覚えていれば、奏さんが操っていたときの戦闘能力を見れば、よくわかる。

 導き出される答えは、最悪のものしかなかった。

「やめろよ、おい……」

 あいつらは関係ないだろ。そっちが喧嘩を売ってきたのは俺じゃないか。

 だが、俺の言葉などに耳を貸すことなく、黒い獣は右の人差し指をマウラさんらが駆る戦艦に向けて突き出した。

 瞬間、獣の指先に闇の球体が、前触れもなく姿を現す。

 その黒い光玉を打ち出すつもりなどだと、反射的に俺は理解した。

「やめろおおおおおおおおおお!」

 声はむなしく、空を切る。

 キュパッという軽い音を伴って獣の指先から、黒い光球は闇を引きずって放たれた。

 その速度は空気の壁を易々と貫き、ソニックブームを引き起こす。

『くっ!』

 回避行動、しかし、間に合わない。

 船体をかすめる、黒い光は、鉄を切り裂く音とともに、巨大な左舷を削り取っていた。

 左舷のあった部分から巻き起こる、小爆発。黒い球体は勢いを失うこともなく、飛び去っていく。

「マウラさんッ!」

『大丈夫です、まだ比重反転装置は生きています! 全員無事です! ソレより! タイミングを間違えないで!』

 ほっとするのもつかの間。まだソレで終わりではなかった。

 首をかしげる、黒い獣。

 その後、今度は五本の鉤爪のような指先すべてに、黒い光球が生み出された。

 マジかよ……!

 あんなもの連射されたら、あんなでかい戦艦だ。よけきれるものではない。

「マウラさん! 俺のことなんかほっとけ! さっさと逃げろ!」

『そういうわけには、いかないでしょう。そんな後味の悪い真似、できますか!』

『うむ、そのとおりである!』

 割って入ってきたアーシェ総帥の声。

『助けられる見込みがあるうちは、どうやってでも助ける! それがナコタナコタ軍の流儀である! 口を出すなである!』

 その言葉に、目頭が熱くなる。

「馬鹿じゃねぇの? さっき知り合ったばっかの仲じゃん。そんなに熱くなるなよ、ったく」

 いや、それは、俺も同じか、と認める。

 だからこそ、きめた。

 こんなところで終わりになんかしない。

 どうやってでも、みんなで生き残って帰る。もっとあいつらのこと知りたくなったから。

「シリアス展開に耐えられる連中じゃないしな」

 と、ひとりごち、宙に浮かぶ黒い獣を見上げる。

 指先の黒い光球は、先ほどの倍は巨大となっていた。

 あれをとめれば……、けど、どうやって。

(やーっとこさ、その気になったようだね)

 と、突然、俺の頭の中に、にくい自称縁結びの神様の声が響いた。

「は?」

(よろしい、ロック解除してあげよう。思う存分、やっちゃいなさい)

 え? 何? どゆこと? ロック解除って……うぉっ!?

 そう思った端から、どっくん、と心臓が跳ね上がる。

 体中が焼け付くような熱を感じる。

 何か、クル。

 こう、熱いものがたぎったようなものが背筋を、ゾクゾクと駆け巡る。

「ちょ、ちょ、ちょい……タンマ!」

(はーい、待ったなーし)

 周囲の空間がゆがんでいく、空気やら周囲のガラクタやら何やらが胸の中に圧縮されていく。

 心臓が、でかくなっていくような感覚。

 胸を貫き、”右手”が飛び出す。痛みはない、が───

 あ、ちょ、ちょっ!

 思わず、体を支えていた右手を離す。雲海へ落下していく俺の体。しかし、今はソレより胸の奥の異常のほうが気がかりだった。

 出る! 出ちまう!

 あふれる、これ、あふれる!

「あふれちゃうってええええええええええええええええええええ!?」

 そうして、俺は、何かを、胸から”産み落とした”

 しかし、なんだろう、この形容しがたい、汚された感じは。






「灯夜ぁ!」

 接触タイミングより早く落下していく灯夜を見て、叫ぶ奏。

「何をしているのだマウラ女史! 早く灯夜さんを……」

「わかっています! 突っ込みます!」

 アーシェ総帥にいわれるまでもないと、マウラは残った右舷を全速に入れる。

 もはや警戒している時間も余裕もなかった。

 しかし黒い獣もすでに次弾の装填は済んでいる。

「セリス! 主砲用意! もう遠慮はいりません!」

「判ったわ姉さん!」

 セリスの声にあわせ、タールの船体がスライドし、縦に開き、主砲を覗かせる。

 戦艦タールは半ば特攻に近かった。

 ターゲットレティクルが黒い獣に重なる。

 ロックオン。

 しかし、わずかに、黒い獣のほうが、先に黒い光球を放っていた。

 迫り来る、先ほどとは比較にならぬエネルギー体。

 だが、そこにいた誰もが、逃げようとはしなかった。

「ファイエルン!」

 一瞬の後、射出される主砲。

 放たれるのは直系10mはあろうかと思われる、極太のビーム砲。

 打ち出された5つの光球とぶつかる主砲のエネルギーの奔流。

 夜空を、もう一つの太陽が浮かんだかのような閃光が、照らし出す。

 ソレですら、相殺するのが精一杯。

 しかし、彼女らにとっては、相殺しただけで十分といえた。

 落下する灯夜を、艦の甲板で拾い上げることができたのだから。

 ただ気がかりなのは、灯夜の反応が二つになっていたことだけだった。






 戦艦、タールに拾われた俺は、鈍痛に見舞われながら、頭をひねっていた。

 ソイツは、どう形容していいものだろうか。

 まず、そいつは2mあるかないかのロボットのようだった。

 カラーリングは狐色に白のストライプライン。

 とりあえず、そいつの瞳は信号機のような三眼だった。

 硬質な四肢はやたらと細かった。まるで人骨の標本のように細かった。そのうえバイクのカウルみたく鋭利でシャープな造詣をしていた。

 バッシュをはいていた。太く肥大化している下腕部にはバンテージを巻いていた。

 コンセントみたいな尻尾も、ご丁寧にも、三角形のネコミミもあった。

 アシモをもっと細く、鋭くにしたらこうなるんじゃないか? というような姿をしていたのだ。

「なんだこりゃ……」

 ”それ”は確かに、間違いなく俺が産み落としたものだ。だが、断固として頭がその事実を認めようとしない。

 そりゃそうだ。男の俺が何かを生むってとこからして、しかもそれがロボットだなんて、理屈も理論もすっ飛ばしてる。

 こいつが俺の、力なんだろうか。

 と、そうこう思いをめぐらせていると、戦艦の甲板に、黒い獣も同じく、俺たちの向かいに降り立った。

 そう、まだ何も解決していなかったのだ。

 新しい獲物を見つけたかのように、俺たちを指差し、ハァァァと嬉しそうに息を荒げる、黒い獣。

 その文字通りの眼光が向けられているのは、今出てきたこのロボット。

 しかし、コイツはそんなことはどうでもいいとでも言うかのように、右手を前に突き出し、ちょいちょいとかかってこいというようなしぐさを送る。

 それに、獣の方もカチンときたようだった。

『オオ─────ッ!』

 一度ほえあげる獣。しかしソレも一瞬。

 次の瞬間には、獣は甲板を一度蹴り、信じられない速さで距離を詰めてきた。

 名もわからぬロボットを襲う、右のクロー。

 だが、それは、外れた。

 めごきゃあっ!

 甲高く、そしてとてつもなく痛そうな音を上げて獣が止まる。

 ロボットの繰り出した、ステップインから打ち下ろし気味のストレートが、カウンター気味に獣の頭部を捕らえていたからだ。

「うそぉ!?」

 そのまま、打ち抜く。

 何度も甲板をバウンドし、そのたび赤い火花とあげるとともに艦の装甲を引っぺがしながら吹っ飛ぶ獣。

 ロボットはソレを逃がさなかった。

 飛び上がり、跳ねて転がる獣に襲い掛かる。再び振りかざした拳が、ひねりを加えて真下に解き放たれた。

 がごんッ! と、音をあげて、艦そのものに獣を打ち付ける。

 そのまま、顔面をつかみ上げ、腕を放すと、開いたボディにデンプシーロールで高速のブローを何度も叩き込む。

 ごんがごんがんがごんッ!

 リズミカルに打ち付けられる拳。そのたび、可視できる衝撃波とともに獣の体が小さく跳ね、装甲に少しずつヒビを刻んでゆく。

 最後に体をひねると、獣の顔側面にまわし蹴りを見舞うロボット。

 獣はそのまま再び薙ぎ倒されるはずだった。

 しかし、体をひねって着地する獣。しゃがんだ体勢からのばねを使い、刃のような腕で形作った拳を、ロボットへと解き放った。

 甲高い音が響き、顔を抑えてよろめくロボット。

 黒い獣はその隙を逃さない。赤い眼光を引いて、伸び上がった体勢からの踵落しがロボットの頭部を縦に駆り落としにかかる。

 しかし、ロボットのほうも負けてはいなかった。

 するりと腕を滑らせ、踵落しの軌道を変え、両手でつかむと、反対方向へ一本背負いをしたのである。

 炸裂するタールの装甲。穿たれるクレーター。

 そのまま、マウントポジション。しかし獣はそんなことかまうこともなく、互いの左右の拳が互いの顔面を襲う。

 最初のカウンターストレートからここまでの間、数秒足らず。あっという間の殴り合い。

 なんつー……、戦い方だ。

 暴力的過ぎる上に幼稚すぎる。だが精密極まりない。

 まるで子供の喧嘩のようでいて、計算されつくしているようにも見える。

 俺があっけにとられて、機械同士とは思えぬほどのそのむちゃくちゃ粗暴な肉弾戦を見ていると、声を聞く。

「灯夜!」

 振り向けば、そこにはナコタナコタの軍服に身を包んだ、奏さんが駆けてくる。

 その後ろには総帥、群雲以下、全員の姿が見て取れた。

「灯夜さぁーん!」

「無事ッスか!? っていうか、何スかあれ!?」

「お、俺だってさっぱり……!」

 傍によってきた全員に、どう説明すべきか頭を悩ませはじめたそのとき───

『オオ───ッ!』

 背後で獣の咆哮を耳にする。

 続いてやってくる衝撃波。

 振り返れば、あの黄色のロボットを吹き飛ばした黒い獣が見えた。

 宙を舞うロボットがきりもみしながら放物線を描き、俺たちの上に落下してくる。

「危なッ!?」

 しかし、ソレも杞憂。ロボットは空中で体勢を入れ替えると、スタンッ、とまさに俺の目の前に降り立つ。

 ゆっくりと立ち上がるロボット。その眼光の先には、怒髪天の様子の黒い獣。

 獣の装甲にはいくつもの罅と、そこから走る紫電が見て取れる。

 対して、ぱんぱん、と無言で埃を払うロボット。でたらめすぎる。

 仮にも未完成とはいえ、ナコタナコタの最終兵器がこうも一方的とは。

「これ、勝てちゃうのであるか……?」

 と、驚きの顔で総帥。

 どちらが優勢かなど、誰の目にも明らかだった。

 そしてその現実が最も気に入らなかったのは、獣のほうだろう。

 ぐぱぁっと口を開いたかと思えば、もう一度獣は大きく吼え上げた。

『オオ───────────────ンッッ!』

 同時に、飛び上がり、頭上に右手をかざす。

 一度手の中に小さな黒い塊が出現したかと思えば、ズアッ! という音を伴って、それはあっというまにあまりにも巨大に変化する。

 ざっとみたところでも、この艦、タールを飲み込むほどはありそうだった。

 ピンポン玉サイズでタールの主砲と張り合うのだ、その威力などもはや想像もつかない。

 おい、おいおいおいおいおい!?

「まだあんな隠し玉あったか!?」

 とは、奏さん。その顔は青い。

「ぜ、全員退避!! 退避だ!!」

「退避ってどこへ!?」

 セリスさんに尋ねる群雲。しかし、セリスさんからの次の言葉はなかった。

 八方塞。

 そう、これ以上の逃げ場など、どこにもなかったのだ。

 しかし、慌てふためく俺たちの中にあって、その黄色のロボットのみは静かだった。

 ただまっすぐに、黒い獣を見上げていた。

 その態度に、いい度胸だ、とでもいうように、黒い獣が笑みを浮かべる。

 そして、獣は振りかぶる。体を弓なりに反らし、オーバースロー。

 シュドォンッ!!

 そうして、巨大な黒弾が、発射された。

 それが目指すのは、黄色いロボット、および、俺たち。

 もう、さすがに、ダメだ。

 誰もがそう思ったとき、黄色いロボットの、右のバンテージがひとりでに解けた。

 次の瞬間、ぎゅるんと周り、まとまると、金属バットに姿を変えるバンテージ。

 現れた金属バットを手に、月を指す、ロボット。

 ちょ、おい、まさか……ッ!?

 振りかぶる。その姿は、まさに───

「バッター……?」

 ふざけてる、冗談じゃない。この期に及んでなんだその冗談は。

 しかし、迫り来る黒い巨大なあの玉をどうこうできるのはこのロボットだけだとしか、思えなかったのも事実だった。

 黒弾の接近に伴い、崩壊を始める戦艦タール。ぼろぼろとこぼれるように宙に浮き上がっていく装甲板。

 もういい、どうだっていい。それでどうにかなるんなら───

「ぶちかませバカヤローッッ!!」

 俺の声に応えるように、ロボットがバットを振るう。

 その軌跡はまさしく巨大な破壊の渦の真心を捕らえ───

 キィンッ!

 快音を伴って、打球は音速を超えた。

 反動で、ついに崩落する、戦艦タール。

 完璧なピッチャー返し。その速度に反応できることはなく、黒い獣は自らが作り出した黒い破壊の渦に巻き込まれる。

 断末魔をあげることもなく、バイザーのみを残して消滅する獣。

 しかしそれだけでそれは飽き足らず、予告どおり、巨大な月へと上っていく。

 数瞬後、月に刺さったであろう巨大な黒い弾は、ソレすらも突き抜けた。










 さて、それから、一日あけて。

「ごちそうさん」

 俺は家の二階のリビングで、朝食の箸をおいていた。

「いえいえ、お粗末様なのだ」

 と、エプロン姿でフライパンを洗いながら、アーシェ総帥。

 じゃー、と水を流す音がシンクから響く。

「ハムエッグ、半熟でしたよ」

 とは口元をナプキンでふき取りながら隣に座ったマウラさん。

「完熟がいいって私はいつも言っているはずです。半熟は熱が通りきっていないため、雑菌が残っている可能性だってあるのですよ? 私たちを病気にするつもりですかこの疫病神」

「ひぅ……っ」

 相変わらずの毒舌に、火の玉を浮かべて落ち込む総帥。だー、と涙が滝のように流れている。

「が、がんばったのは認めますから。ほら! 姉さんもフォローして!」

 向かいに座ったセリスさんが、なんとかマウラさんと総帥を取り繕おうと試みる。

「んーむ、一理あるのはマウラ女史のほうなのですがね」

 とは、その隣に座ったネリさん。椅子が高いのか、足をパタパタと揺らしている。

「まぁ、俺はなんでもいいけど……、というか、だ」

 この朝食の光景に、俺は一言言わねば気がすまなかった。

「何でアンタらここで暢気にメシ何ぞ食ってるだああああああああああ!?」

 そう、ここは俺の家。なのになんでこの四人がアットホームに一緒にメシなんか食ってるのか!?

「10文字以内で応えたまへ諸君!」

 応えたのは、マウラさんだった。

「旗艦が両方ともつぶれて、居住区も一緒に吹っ飛んで、行く場所なんかないじゃないですか、そうしたら秋月さんの家は民宿などしている。なら利用しますよそりゃあ。バカですか貴方は」

「おもっくそオーバーしてる上にバカ呼ばわりか!? てかイチロー! なんかいってやれ!」

 振り向き、しゃもじでご飯をよそう、あの黄色いロボット、───名前はイチローに決まった───に声をかける。

 が、やれやれとイチローはアメリカンナイズなしぐさでかぶりを振る。

 そうなのだ、ロイエンもタールも沈んで、空中分解なんかしちまったもんだから、なりゆきでこの四人と一台はウチに泊り込むことになったのである。

 常識人だが知識に欠けるセリスさん、なぜか雑用全部まかされてるアーシェ総帥。自分の家のように振舞う厚顔無恥なマウラさん。いらんことをつぶやくネリさん。そして黄色いロボットのイチロー。

 ああああああ、どうするよコレ。

 俺の当たり前で普通な生活が、音を立てて崩れていく。

 そんなとき、玄関口から声が聞こえた。

「灯夜ぁ! 迎えに来たぞー!」

 窓から見下ろせば、そこには群雲と、奏さんのコンビ。

「補修、遅刻するッスよ?」

「ああ判った! すぐに出る!」

 とにかくここに居たくない。

 俺はかばんをつかんで立ち上がり、一気に階段を駆け下りる。

「いってらっしゃーいなのだー!」

 背中に総帥の声を聞く。

 それに、一抹の不安を覚える。

 ああ、俺の生活、これからどうなるんだろうか……。

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