その1の4
「さて、と。どちらがアタリかな?」
月明かりの雲海の上に静止したまま、彼女は腕を組んで戦艦、ロイエンとタールを見る。
表情はわからない。顔面を覆うバイザーが、彼女の目を隠し切っていたからだ。
それにしても、彼女もこれまたとんでもない格好である。
バイザーは鋭利な刃物のようだが、頭頂部で一対のツノを形成。そこから流れ出るつややかな黒髪は、腰下よりも下に先端があるほど長い。
何枚も折り重なった鋭利な装甲が、レオタードのように配置されている。
しかし、胸元からへそ下にかけてまで、V字に切れ込みの入ったソレ。
背面には肩甲骨周辺にしか装甲らしきものは見当たらず、ハイレグといって間違いない構成で、ちょろんとコードがのびている。
そのくせ、太腿部から下はシャープな造詣の装甲が覆っており、スリットの隙間から光が漏れている。
くるぶしの辺りから生えるのは、流線型のユニット。
似たような造詣のスラスターユニットが、腰には一対。
銀の装甲に身を包んだその姿はまるでサイボーグ。だが、やっぱり鋼鉄で出来たねこみみとしっぽは常備していた。
下手すりゃ痴女である。
「痴女というな……、結構恥ずかしいんだから」
あい、すんません。
「とりあえず、あのどちらかに、灯夜はいるんだな?」
そですねー。
「ふむ……、それだけ判れば───」
言うが早いか、彼女の手首の鈴をつけた腕輪から、キンという音共に、柄の無い二振りの刀が生み出された。
逆手に、その刀をつかみなおす、彼女。
と、くるぶしの流線型のユニットが、扇のように開き、翼を成す。
続いてバイザーが展開し、隙間に出来たラインを光が走った。
「十分かな?」
「あれは、N・Y・N・K-028……!?」
スクリーンを見るマウラさんの眉が、珍しく、潜まった。
画面の向こうの、白銀の彼女は天使のよう。
しかし、その両手に携えた逆手につかんだ二振りの刀は、友好的に見られていないと見て、間違いなさそうだった。
俺達の居るホールに緊張が走る。
なんとなくヤバいことは、あのマウラさんが狼狽したくらいだから、相当なのだろうと察せれた。
そして、残念なことに、俺の予測は当たっていたようだ。
「セリス! 全オートマトンを戦闘配置に! 第一種戦闘配置ッ!」
「いきなり一種て、どういう───」
「にゃ、にゃにゃにゃ!? 最高指令はわらわ───」
眉を傾けるセリスさんと、立場が危うい総帥の声に、マウラさんは聞く耳持たずと怒鳴り返した。
「───早くッ!」
「わ、判ったっ!」
一喝された、セリスさんが、首の大きな鈴に手を寄せる、すると、水滴を落としたかのように景色がゆがむ。
迷わず、そのゆがみの中に腕を突っ込む彼女。
引き抜かれるのは、プラスチックを巻いたような形状の白い笛。ホイッスル。
一度大きく息を吸い込むと、溜め込んだその息を、めいっぱい吹き込み口にぶつけるセリスさん。
ぴぃーっと、鼓膜が痒くなるような振動音が鳴ったかと思うと、部屋中のスリットから、灰色の小さな楕円形のロボットが、俺達の足場を多いつくさんばかりに出現した。
「男爵! どこだ!?」
号令にも似た、彼女の声。
『此処におりまするよ。セリス様』
すると、その中でもひときわ大きいロボットが、セリスさんの足元にちょろちょろと近寄る。
スリット状の黒い液晶には、黄色く光る、電光パネルの目。
大きな丸い耳と、翻ったコードが、楕円形の体から生えている。ここまでは集まった小さなロボットと同じ。
ただし、その一体だけは、普通のものより二周りほど大柄で、男爵ひげの意匠が、すさまじく個性的だった。
あれが、その固体名の由来と見て間違いなさそうだ。
『緊急招集とは、何事ですかな?』
やさしそうなおじいちゃんボイスで語りかける、男爵と呼ばれたソレ。
「ちょっとした一大事だ。働いてもらうぞ」
『やれやれ。忙しいですな。まぁ、そのための我らなのですが』
ため息をついて、目を細める男爵。
「ね、鼠……ッスか?」
「ああ、オートマトンです。言ってしまえば、ウチの乗組員で、戦闘要員です」
群雲の声に答えるのはネリさん。
確かにその形状は、群雲が言ったように鼠そのもの。
足はなく、卵を横倒しにしたようなそのボディは、わずかに床から浮いていた。
「総員戦闘配置ッ! 急げッ!」
『仰せのままに』
ヴン、とリーダー格であろうその巨大なネズミ型ロボット、男爵が目の色を赤く変え光らせる。
それにあわせ、ざぁっと灰色のロボットたちは、部屋を小さな隙間からぬけて出て行った。
『第二砲塔準備良し、第三砲塔準備良し、主砲、コントロールロック解除……、戦闘準備完了まで、あと少しでございます』
ちかちかと赤い目を光らせながら、その鼠の親玉がセリスさんに状況を告げていく。
「よし、私も艦橋へ向かおう、その間の制御は男爵に一任する!」
『判り申した』
そう言って、セリスさんは男爵を連れて、部屋を出て行く。
ドアが閉まるより早く、ダッシュボードによって掻き消えた、彼女。
見届けることも無く、マウラさんは群雲に声をかける。
「群雲夕陽、貴方にも初仕事、頼めますか?」
「いきなり? ……人使いの荒い職場ね」
だが、まんざらでもなさそうな様子で、彼女は鉄柱を翻し、小脇に抱えなおすと、先を行くマウラさんの後を追う。
「お、おい!? いいのか!?」
「ま、面白そうな相手ッスし、ちょちょっと魔女ッ子の戦闘力見せてあげますッスよ」
引きとめようとするが、意にも介さない彼女。
つまるところ、彼女は一種の戦いたがり屋なのだろう。
「ま、マウラちゃん……、いやさ、マウラ女史! わ、わらわも何か出来ぬか!?」
と、総帥。一大事なのだ、いても立ってもいられないのだろう。
しかし、マウラさんは相変わらずの物言いでこう返した。
「総帥はそこでくっちゃべっててください。昼間言ったとおり死ぬべき一歩手前なほどの無能なんですから! レゾンデートルもハンパな総帥は邪魔です! 迷惑です! いない方がいいんです!」
ごすんっ! と千トンクラスの重りが、アーシェ総帥の頭の上に落ちる。
「というより、立場というものをわかってください。貴方に何かあれば……!」
「マウラ・ミウラ・マイラ! いかなくていいの!?」
群雲の、マウラさんを呼ぶ声。
「……今行きますッ!」
そうして、打ちひしがれている総帥を尻目に、マウラさんと群雲が部屋を出る。
「て、いきなりシリアスですか!? 今までの流れはなんだったんだ!?」
「存在理由もハンパとか……、ひどくない? ひどいであろ? ひどいのであるよ……?」
置いてきぼり食らってるのは俺と、滝のような涙を流しながらのアーシェ総帥、ソレと、ネリさんだけ。
「まぁ、アーシェのお嬢は体質からして向いてないというのもありますしね。自分は医者ですし」
体質って関係あるのかね……。
それより気になったのは、あのN・Y・N・Kとか呼ばれた、空中に現れた人影だ。
何でまた、彼女達はあそこまで狼狽したのだろう。
地球くらいなら征服できるんじゃないのか?
「ネリ軍医ー……、あのN・Y・N・Kなんとかって一体なんなのだー……?」
ってあんたも知らんのか。
「おおう、しばしお待ちを。確かどこかで聞いたことがありますんで」
もはやおなじみのでかい鈴から、薄型の端末らしきものを取り出すネリさん。
メガネのすわりを直して、そのボードをたたく。
「えーと、N・Y・N・K-028……、ああ、在りました在りました」
「ほうほう、ちょとみせてほしいぞなもし」
いつの間にか玉座を降り、ネリさんの端末を四つんばいになって肩越しに見始める、アーシェ総帥。
ふりふりとゆれる尻尾は、本当にネコのようです。
ていうか、あんた、それパンツみえるから。
顔が赤くなりそうなので、俺も便乗してネリさんの端末を覗き込む。
浮かび上がっているのは、見たことも無い文字形態。
日本語ではない、が、不思議と読める。
そういう技術なのだろうか?
「えーと……? ロストプロジェクト……、38759番……?」
「おおう、どうやら廃棄案のようですね」
俺の質問に答えながら、端末を操作するネリさん。しかし、セキュリティがかかっているらしく、そこから先へは入れない。
「うにゅー、じれったいのぅ……。わらわの認証で通らぬか?」
「パスは、どうやら遺伝子照合ですね、自分じゃムリです。任せます、アーシェのお嬢」
なんだかサイバーな感じになってまいりました。
「触れればよいのかの?」
「おそらく、皮膚の分泌物で照合が通るんじゃないかなーと」
端末を総帥に渡すネリさん。
「了解なのである」
そいでは、と一呼吸置き、端末にタッチするアーシェ総帥。
きんこん、と、アタリらしき電子音が鳴ると、セキュリティが開放された。
「ビンゴですな」
「うみゅ、えーと、なになに?」
じーっと、端末の画面に浮かぶ文字を、あごに手を当て、聞こえないほどの呟きと共に、半分黙読で読み進めるアーシェ総帥。
文章を読むその姿は、いつものノータリンらしからぬ真剣さで、ドキリとさせるものがある。
よく見れば、あの群雲の素顔と同じかそれ以上なほどきれいな人だ。
いや、きれいはきれいなんだが、あどけなさとかわいらしさ、ついでに高貴さまでもが同居してて───
ダメだ、ちょっと、これは反則だ……、美人見慣れてる俺ですら、胸が高鳴る。
こ、これがあれか? ギャップ萌えとかいう現象か!?
だが、その視線が、ある一文に刺しかかったトタン、固まった。
「……対戦闘敵性種族、殲滅用最終要項ぉおおおおおおおおおぉおおおっ!?」
素っ頓狂な声が、彼女の口から衝いて出た。
びくりと、ネリさんがまたしてもΣを発す。いや、俺もだけど。
「な、なんですかなそれ……?」
ぎぎぎぎぃと、首を回して俺達を見る、総帥。
「えっと、そこのひゅーまん、お名前はにゃんといったかにゃ?」
急に、彼女が俺の名前を聞いた。
そういえば、言ってなかったか?
「秋月灯夜です。秋の月に灯す夜って書きます」
「んではトーヤさん。アオアオの最大武器ってなんであろ?」
「はぁ、核兵器、ですかね?」
「んでは、ウチの軍でそれに値するものが、あのN・Y・N・K-028だといえば、判るかの?」
…………は?
それって、こういうことですか?
「惑星三千抱える帝国の、最終兵器ってことでOK?」
「うん、OK。正しくは三千七個であるが」
こくりと、頷く総帥。
「……インフレっとる……ッ!!」
主にパワーバランスが。
そのときだった。
ごごん、と船が轟音と共に揺れたのは。
「にゃっ! 始まってしまったのだ!?」
ノイズの走るスクリーンに目をやる俺達。
そこには、人影、N・Y・N・Kに一斉に向かう、巨大な円柱状の巡航ミサイル。
先ほどの振動は、アレの発射によるものだったらしい。
しかし、人影は逃げ回ることすらしなかった。
そうして、最初の一発が、彼女に接触しようとしたとき、俺は、とんでもないものを見る。
マズ一発目を、なんと彼女は、左手の刀の柄で止めたのだ。身長の何倍もある、その巨大なミサイルを。
だが当然、ミサイルは推進剤によって進む。しかし、彼女は動かない。
結果、アルミ缶を縦につぶしたように、その一発目は自壊。
オレンジの爆炎を、球状に放つ、自壊したミサイル。二発目がその炎へと突っ込む。
が、次の瞬間、炎の中からいきなり飛び出してきたN・Y・N・K-028の両手に携えた刀により、輪切りに切り開かれ、流れた後、分割された二発目も、爆ぜる。
それを皮切りに、ミサイル郡に刃をつきたて、振るい、次々に切り裂き、まるで速度も慣性も無視したデタラメな軌道で俺達の居る戦艦へと接近してくる、彼女。
もう一度言います。身長の何倍もありますよ? ミサイル。
それも、無傷のままで。
おいおいおい……。
シャレになってませんがな。
ミサイルの接触点に差し掛かるたび、彼女の左右の刀が残像を伴って翻る。そのたび、輪切りに、膾に、袈裟に捌かれたミサイルが、彼女の背後で爆ぜていく。
速度は落ちない。腰のスラスターの光も、衰えない。
「で、出鱈目ですねぃ……」
大粒の汗を浮かべて、ネリさんが呟く。
もうなんていうか、中二病だ……。
あんなの相手に、無事で済むのか!?
そんでもって、俺、帰れるのか!?
真っ青な顔のまま、アーシェ総帥がスクリーンから顔を背け、彼女は説明文に目を落とした。
「こうしてはおれん、弱点を、探さねば……!」
すばやく端末を操作。次々に切り替わる画面を、本当に読んでいるのかという速度で目を通していく。
俺の疑問とは裏腹に、彼女は真剣そのもの。
「ふむ、一応、実用試験までにはこぎつけたらしいにゃ。アレは端末の一つで、メインユニットのほうが技術的に足りず、こっちの方が頓挫したのか。その余波の煽りを受けて、計画凍結……」
ふんふんと、よくわからない、小難しいことを呟きながら、頷く。その際も、端末を操作する手も、出現した文書を読み進める目も、止まらない。
「そ、そのメインユニットってーのは……?」
「事象臨界半径湾曲装置……、シュヴァルツシルト半径をの臨界点を無理やりゆがませちゃうらしいのである。そうなると、通常サイズの惑星ですらも星の寿命を越えてしまうという結果を招くのである。そうなるともうアウト。爆縮しちゃって宇宙空間に穴が開いちゃうのだ。簡単に言えば、そこらへんでぽこぽこブラックホール量産するようなものであるな。ロクでもないのだ。頓挫原因は……、強度的な問題? いや、周囲の惑星に影響を与えるから? 人道問題は加味されていないみたいであるし……」
文章を読みながら、俺の質問に答える。その間も次の文章を、次の次の文章を、一瞬で理解して自分の中に落とし込んでいるように見えた。
この人、ひょっとして、メチャクチャ頭よくないか?
「アーシェのお嬢は頭いいですよ?」
と、俺の顔を覗き込みながら、ネリさん。
「うぉぅ!? 人の考え読むのやめてくれません!?」
「おおう、ビンゴでしたか。いや、ソレっぽい顔してたので」
う、失礼しました。
「アーシェのお嬢は、ツメが甘く、抜けてこそ居ますが、こーみえて実力で総帥やっておりますから。七光りもちょろっとありますが」
そういえば皇女様だったっけか?
それならば、去り際のマウラさんの言い分も、なんとなく、理解できる。
なんだかんだで、もしかしたら上司思いなのかもしれない。
「……データ上で見れば、アレは試作試験段階のままでありそうだの。メインユニット制御能力も、その現物もないとして、ちょいと今の兵力を加味して……、アレも引っ張り出せば……ぶつぶつ」
計画書を読み終えると、鈴から、そろばんを引っ張り出すアーシェ総帥。
一気にローテクになったな……。
「えー、願いましてーは、対航空兵力、タールさん撃沈確率、夕陽ちゃん参加補正の……、ぱちぱちぱちっと」
すばやく指先で球をはじく彼女。
しばらく、パチパチと音が響く。
ちーん。
「……見なかったことにしよう!」
気が遠くなっていく。
「い、一応、聞きますが、勝率、いくら?」
「かなしーかな、この状態の方が高いのである」
トホーと、肩をすくめつつ、じゃらりとそろばんを鳴らして数字を0に戻す総帥。
それって勝率がマイナス行ってたってことじゃ……。
「それにもし、相手さんが裏コードまで熟知してたらもう手の着けようがないのである……」
なんだか俺、死にそうな匂いがプンプンしてきた気がするんだけど、気のせいですよね?
そう思ったときだろうか、放送が、室内に響いたのは。
鼓膜を振るわせる、群雲の声。
『ミサイルじゃ防衛もむりそうね。私が行くわ』
迫り来る、ミサイルに、刃を突き立て、そのまま側面を火花を伴って切り開く。
刃がミサイルの後部を過ぎると、キンッと音を伴って、縦に真っ二つに切り裂かれたそれが、彼女の背後で炎と化す。
続いて接近するミサイルは、十字に重ねた刃が一刀の元に短冊切り。
しばらく後に、いくつもの炎となって爆ぜる、ミサイルだったもの。
次々に飛来するソレを、時にはかわし、時には切り落とし、彼女は戦艦、ロイエンへと近づいていく。
しかし、ソレも一時。
急に立ち止まる、というのもおかしいが、空中に静止する、装甲に身を包んだ、ねこみみ仮面の彼女。
「あー、しんどい」
とんとんと、腰を拳でたたく。
───ってこら。
スピード感ゼロかよ。
「チョットくらい休んでも良かろう。丸太斬りまくってるようなものなのだから」
ぶぅっと頬を膨らます。
そりゃそうでしょうけどね。
それでもまだミサイル来てますよ?
「やれやれ、お茶にする間もないのか……」
飲むのかよ。この状況下で。
「しょうがない、ちょっとズルのようで気が引けるが」
と、彼女が呟くと、二刀だった刀が、右腕の周りでぐにゃりと曲がり、円形の刃を持った小さな輪を作った。
「チャクラムシューター!」
どこかで聞いたような名前を叫ぶと、大きく振りかぶり、サイドスロー気味にソレを放つ。
夜の雲海の上を、銀色の出鱈目な軌道が彩う。
ひとしきり無茶苦茶な軌道で弧を絵がいて帰ってきた、キーンと、耳鳴りがするほどの高速回転を行うソレが、彼女の手のひらによってつかまれる。
数瞬を置き、切り刻まれたミサイル郡が、まるで花火のように連続して爆発を巻き起こした。
「さて、と」
キンと音を鳴らし、輪となった二振りを、元の刀状にもどすと、再び両手に携え、無防備な艦橋に向かって、空を駆ける。
腰のスラスターの青い光を伴い、ロイエンの艦橋にたどり着く、彼女。
そこからは、ガラスの奥の人影まではっきりと見て取れた。
右の刃を順手に持ち直し、ガラス越しにソレを突きつける。
『さすが、と言うべきでしょうかね……、N・Y・N・K-028を駆る者よ』
通信越しに、マウラ女史の声が、彼女の鼓膜を振るわせた。
「N・Y・N・K-028? 何のことだ?」
『……知らない、のか?』
今度は、セリス近衛団長の声が、仮面の女の鼓膜を震わせる番だった。
「何を言ってるのか知らないが、そんな形式番号じみた名で呼ばれるのは、はなはだ不快なのでやめてほしいな」
ふぅっと、ため息をつく、仮面の彼女。
「人を傷つけるつもりはない。秋月灯夜はどこだ? 答えなければ、壊してでも探すぞ?」
刃の切っ先が、ガラスに触れる。
しかし、そこから先に刃が進むことはなかった。
「いいッスねぇ、そういうの。嫌いじゃないッスよ」
声と同時、仮面の彼女の刀が、炸裂音と共に砕け散ったからである。
艦橋と、彼女の隙間を縫って、超高速の弾丸が通り過ぎたのだ。
バイザーに浮かぶ光が、目のようにスリットを移動すると、弾丸の飛んできた方向を横目で見る。
そこには、浮かんだ鉄柱に腰掛け、夜風に真っ黒なコートをはためかせる、マジカルバスター、群雲夕陽の姿。
見れば、腰掛けた鉄柱からは、ゆらゆら上る硝煙。
「ふむ、新手か?」
足から翼を生やした、銀色の超人は、彼女に向き直り、問う。
「ども、新米ッス」
わざとらしく、敬礼を返す、夕陽。
「弱いものいじめなんてしてないで、私と遊ばない? お姉さん」
にっと笑んで、ちょいちょいと人差し指で手招きする。
「はいアウト! 年頃の女の子がそんな言い方すると、勘違いを招くからやめなさい! 安い娘だって思われるよ? 私にそんな趣味もないし」
「いや、そう返す場面ではないッス。私、今ちょっとだけカッコいいこと言ったはずなんスけど……」
手のひらをぱたぱたと振って否定する、仮面の女性。
それに大粒の汗を浮かべ、がくりとうなだれる、群雲。
かみ合ってません。
「よーするに、お手合わせ願いたいって言う意味ッスよ」
そこまで説明して、やっと「ああ」と気が付く、仮面の彼女。
「……めんどくさいから断っていいか?」
ばっさりだった。
「ばっさり、すか……」
みたいです。
「んじゃ、そういうわけで」
逆手に携えた、残った一振りが、艦橋のガラスを突き刺す。
びきりと、ひびが入るガラス。
「あーもー……! だからっ!」
群雲が腕を振るう、と、その軌道上にざぁっとタロットカードが出現。
「───そーゆーわけにはいかないんスよ。今は雇われの身の上なんでっ!」
続いて、光を帯びた指先が、一筆書きの奇妙な六芒星を描く。
タロットカードがそれに従い、ふわりと彼女の周囲を回りだす。
「───いけッ!」
声に応じ、光輝くそれらが意思を持ったかのように、仮面の彼女に襲い掛かる。
「おっと……!?」
一枚目を返す刀で叩き落とす。が、続いて一斉に襲い掛かってきたタロットカードは、彼女のバイザーを覆った。
「これは……!?」
「もらいッスッ!」
次の瞬間、鉄柱、マジカルステッキが4つに折りたたまれ、四連装ロケットランチャーへと変形。
跳ね上げるようにして変形したそれを担ぎ、スライドして開いたスコープを覗き込む、群雲夕陽。
トリガーが、引き絞られ、魔方陣のような衝撃波を残しながら、連続して放たれた4つのロケットが、仮面の彼女に向かった。
白い煙を引き、着弾。4連続の爆発が、艦橋の前で起きる。
「くっ……!」
爆炎の中から、よろけた体勢で、燃え上がるタロットと共に現れる、仮面の彼女。
視界を奪われた上での直撃であっても、彼女の装甲には傷一つついていなかった。
「しぶといッ……!」
マジカルステッキを鉄柱へと戻し、その上に腰掛けて、仮面の彼女へと突っ込む、群雲。
がしゃんと、鉄柱の先端から、トマホークが出現。慣性もそのままに、大振りに、仮面の女にたたきつける、群雲。
「───こらこらこらぁっ!?」
しかし、仮面の彼女も残った一振りでソレをはじく。
刃と刃のはじきあったその場から、バキンッ! と夜空に衝撃波が走る。
だが、それで終わることはなく、二撃、三撃と、群雲の大振りな攻撃は続く。
それを刀ではじくたび、夜空に波紋が浮かんだ。
「相対したときは、礼からが礼儀だろう!?」
「どこのカラテカっすかそれ!?」
刃をぶつけるたびに、体勢を崩しているにもかかわらず、確実に群雲の猛攻をいなす、仮面の女性。
ちっ、出来る……! と、群雲は内心舌打ちをしていた。
幾度も重ねた刃のぶつけ合いを、最初に引いたのは、群雲。
今度は左手を振るい、コートの袖口から宝石を夜空に振りまく。
再び一筆書きの六芒星を空中に引くと、撒かれた宝石がぼんっと燃え上がった。
「───……!」
左腕を突き出し、呟くように唱える。と、それに呼応し、炎球となった宝石群が一斉に仮面の彼女へと宙を奔った。
袖口からは、次々に宝石が出現し、火を灯し、射出される。
彼女の左腕はさながらロケット弾の連射砲だった。
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどッ!!
「これはまた、多芸な……!」
しかし、高速で大きく宙を弧を描くように飛び去る、仮面の彼女には届かない。
それどころか、後ろに回りこまれ、振りかざした刀の背が、群雲の首筋を狙った。
「しばらく眠ってもらうッ!」
「やなこったッス!」
右腕の、トマホークとなった鉄柱、マジカルステッキが、それを背中越しに受け止める。
直後、はじけるように離脱。マジカルステッキに引っ張られるように宙を走ると、仮面の彼女から距離を置いた。
息は上がっていた。肩も上下していた。
それを、固唾を呑んで抑えると、巨大なトマホークを担ぎなおし、群雲は彼女に問う。
「今更ッスけど、どこの誰ッスか? 正義の味方にしちゃ、新顔っぽいスけど」
「正義の味方、か。ま、この間なったばかりだしな」
ぽりぽりと、バイザーから覗く頬をかく、彼女。
「まぁ、やってみるとコレが悪くない。では、名乗らせてもらうとするか! 徹夜で考えた名前だ、しかと聞けッ!」
ばっと、構えを取る彼女。
「どこの誰かは知らないが、誰もがみんな───」
「あ、やっぱいいッス! 同属嫌悪に陥りそうなんでッ!」
「これからなのにッ!?」
仮面の彼女から、Σが跳んだ。
「いやぁ、自分じゃ吹っ切れてるつもりだったんスけどねぇ……、他人の見てて、同じようなことしてるのかと思うと、こう、なんかもう、耐えられないというか……」
ぼりぼりと、後頭部を照れくさそうに掻く。
「そ、そういわずっ! 全部見てくれねばここからどう動けばっ!?」
事実、彼女は律儀にもそのままの格好で固まっていた。
「そういわれても……、ねぇ?」
『標的の動きが止まった……! よくやってくれた! 群雲夕陽! 主砲、発射準備ッ! 目標! N・Y・N・K-028ッ! ちゃんとよけろ!?』
スピーカーからセリスさんの声が響く。
と、同時に、ロイエンの艦首が、ごぱぁっとクジラの口のように開いた。
いつの間にか、戦艦との距離は離れている。それは、主砲が発射できる距離。
「え? ちょ、ちょっとッ!?」
その100メートルにも及びそうな砲身が狙うのは、仮面の女。
主砲の喉下に光が集い、固まって、雷光の球を作り出す。
「こりゃヤバいっスね。お先ッス」
でわ、と最後に残すと、ちゃっちゃと射線上から逃げる、群雲。
「おい!? ちょっ、こらーっ!! 名乗り途中に攻撃って、そんなのがまかり通ると思ってるのかぁーっ!?」
『聞く耳持たずッ! ふぁいえるんっ!』
本当に聞く耳持たずで、発射される主砲。
強大なエネルギーの奔流が、渦となって仮面の女を飲み込んだ。
「やったの?」
『わからん……』
群雲の問いに答えるセリス。だが、その問いにはすぐに答えが帰ってきた。
「……名前ぐらい……」
主砲の強大なプラズマ嵐の中から、声が聞こえたからだ。
奔流を、さかのぼってくる、銀の閃光。
「……まぢっすか」
「名前ぐらい……!」
刃を逆手に、その閃光は速度を上げる。
「───名のらさせてくれてもいいじゃないかああああああああああああああああああああッ!」
吼え声と共に、戦艦ロイエンの側面に刃を走らせる、銀色の閃光。
きんっと音を鳴らすと、ばっくりと、戦艦が上下に分割される。
仮面の下からは、ちょっぴり涙が流れてた。
よっぽど悔しかったらしいです。
「おどわああああああああああああああッ!?」
ずずんと音を鳴らす壁の向こう側。スクリーンは数度ノイズが走ると掻き消えた。
が、そんなことで驚いてるわけではなく、今この瞬間、俺達のしゃがみこんでいた床が、いびつな音を立てて傾いていたのだ。
床はガラスらしき構造物。平面からいきなり滑り台に乗せられたようなものであるからして、俺達は床を転がり落ちる。
「おおう、これはまた……、ハデに」
さっさところころと転がってくちびっちゃいネリさん。今思えばアレは正しい退避方法だったかもしれない。
「ど、どうなってるのだぁ!?」
斜角はどんどん傾いていく。
きゅつつつーと、体育館の床で思い切り肌をこすらせるような、痛い音を奏でる俺達。
露出度の高い軍服の総帥なんかはモロにこすり上げたらしく。
「あっつぅッ!?」
とか言って、こらえていた部分を離してしまう。
まて、底辺が覆った今、そんなことしたら───
「にゃ?」
疑問符を頭に浮かべる彼女。そうして、重力に従う体。
「このバカ猫ッ!」
思わず、俺は彼女の手をつかみ、引き上げて、胸の中に抱え込んだ。
身長、体重とも俺とそう変わらない彼女を、だ。いや、そりゃ軽かったが、それでも人間一人分って40キロくらいあるだろ?
これが火事場の馬鹿力ってヤツかね!?
当然、俺の体も、床だったものから離れる。
つかめる場所はない。
床に変わった壁までは、ちょっとじゃすまない距離があった。
良くて大怪我、下手すれば死。
もう、どうしようもないのか?
答えは重力が教えてくれた。
俺は迫る壁に接触し、ごきんと、首から異質な音を聞く。
ソレで最後。
どうしようもなかったらしい。
パチパチと火花を上げる艦橋の内部。
ガラス張りのコンソールは割れ、ネズミ型オートマータがチューチューと大慌てをしている中で、男爵は報告した。
『第八居住区大破、第四比重反転バラスト全壊、あと、その他もろもろまとめてつけて、撃沈ですな。脱出艇を準備させます』
「いい加減だなおいッ!?」
伏せていたセリス近衛団長が顔を挙げ、怒鳴りつける。
起き上がると同時に、彼女の上に積もった破片がぱらぱらと落ちた。
どうやら無傷の模様。
『誰の目にも明らかでしょうしな。生命反応は全員生存。っと? コレは誰ですかな? どんどん生命反応が微弱に……』
「……誰です!?」
次に声を張り上げたのは、マウラ女史。
男爵をむんずとつかんで、顔の前に寄せる。
「一体誰が……!? ネリ軍医は!? 総帥は!?」
『この反応は登録されてはおりませんな。反応は男性。総帥をかばってのようです』
「……彼かッ!」
思わず、親指のつめを噛む、マウラ。
困った、人質として連れてきただけの人物だ。
コレでは、人質は絶対の保護の下に置くという、星団統合法律、侵略要項に干渉する。
しかも総帥をかばってだと?
感謝しなければ。そして、実直な性格なのだと再評価もするが、ソレで死んでしまっては、どうにも出来ない。
第一、彼が死んでしまっては、あの抱き心地の良さがもう二度と味わえなくなる。
それだけはイヤだ。
「あ、あの方が……!?」
セリス近衛団長が真っ青な顔を浮かべる。
「そんな……、将来を誓い合った仲なのに、私を置いていってしまうの?」
『誓っておりませんぞ?』
と、突っ込む男爵。
「男爵、救急班を回せますか?」
深刻な表情で、つかみ上げた巨大なネズミの親分である男爵に尋ねる、マウラ。
『承知。しかし同室にネリ軍医がおり、それでもこの状態のままということは……』
だろうな、とおもう。でも───
「彼は、総帥を救ってくれたのでしょう? ならば、今度はこちらの番ですよ」
「う、ぅ~ん……?」
と、何か暖かいものにくるまれて、彼女は目を覚ます。
一瞬、気絶してしまっていたらしい。どうも記憶のつながりがあいまいだ。
とりあえず、瞳を動かし、状況を確認する。
回され、体をホールドした、自分とは質も作りもちがって、たくましい腕。
同じく、肩越しに感じる胸板は温かく、自分のものに比べて、しっかりとしたものだった。
この感覚は、父親に抱かれていた頃以来だ。
「にゃっ!?」
びこんと、褐色肌の彼女の耳がはねた。
抱きしめられている。ソレもしっかりと。
免疫など一切無い彼女にとってソレはとんでもないことだった。
「はわわわわ……、と、ととととと……、トーヤさんっ!?」
ぼふんっと顔から炎が噴出す。
頭の中にぐるぐる回る規則と、羞恥心。
「ちょ、だ、だめなのであるぞ!? 男の人と女の人がこんなことになっちゃ、こ、恋人でもないのにッ!? コウノトリさんの立場も無くなってしまうのであるぞ!?」
「照れてる場合じゃないですよ? アーシェのお嬢」
頭の上から、真剣極まりないネリ軍医の声を聞く。
「へ?」
「動かないで!」
いきなり怒鳴られ、びくりと、体をこわばらす、総帥。
「すみません、ですが、アキヅキさんの命にかかわります」
そこまで言われて、はっとする。
ドサクサでも下心でもない、なにか大事なことが、あったのだろうと、アーシェ総帥は悟ったのだ。
「───何がおこったのだ?」
「アキヅキさんは、総帥をかばって、床になった壁に、頭から落ちたのです。首の骨が折れています。どうにか、自分が支えているのですわりは保っているのですが、動かす事は死に至ります」
小さな軍医の言葉に、アーシェの心臓が跳ね上がる。
「そん、な……」
「結果的に、命がけで、守ったのですね。総帥を」
その言葉を聴いたとたん、責任と感謝と、なにか得体の知れないものがごちゃごちゃのスープになって、総帥の心に流れ込んだ。
怒涛のような感情が、胸の中で渦を巻く。
唇を咬み、自分を抱きしめる腕に、彼女は、そっと手を重ねた。
「トーヤさんは、助からぬのか?」
「ここでは、延命処置のようなことも出来ません、痛みを和らげて、死を待つしか……」
「そんなの、許さんぞ」
「お嬢……」
「トーヤさんは、巻き込まれただけではないか! 星団統合法律、侵略要項にだって、人質は手厚く保護せよとある! 彼に罪は無いのだ。ネリ・ネル・ネルネ軍医、必ず助けよ」
「総帥としてですか? 皇女としてですか?」
何を馬鹿なと思う。
自分を救ってくれた人間を救うのに、そんな肩書きは必要ない。
「アーシェという、人間としてでは、ならぬか?」
その言葉に、冷や汗を流しながらも、ネリ軍医は答える。
「良いでしょう。全力を賭けるに値する言葉です」
言いつつ、首の鈴に手を伸ばした辺りだろうか。
いきなり、天井がぶちぬかれ、そこから銀の人影が、降り立ったのは。
「N・Y・N・K-028……」
瀕死の灯夜の腕の中で、総帥がそう呟くと、ネリ軍医も、続けた。
「絶体絶命、ですね」