その1の3
「とかなんとかあって場面区切ったのであるが、こちとらまともに遣り合うつもりなんてさらさらニャイのであるッ!!」
走りかけた総帥がそんなことを叫びながら、首から提げていたでっかい鈴に手を突っ込む。
いや、触ろうとしたら、ぐにゃりと鈴の周りの景色が歪み、その中に、総帥の手が入ったというほうが正解だろうか。
ざきゅっと、グラウンドを踏み鳴らし、群雲との接触地点から直角に遠ざかる総帥。滅茶苦茶逃げ腰だった。
「ちょっ……!? 待っ!?」
正面から遣り合うつもりだった、群雲の顔に驚きの色。あわてて総帥を追いかける。
そりゃそうだ、俺も呆れた。
だだだだっとトラックを駆け回る二人のねこみみ娘。
まるでどこぞの猫とねずみの「仲良く喧嘩しな」である。
群雲は鉄柱なんか担いでるもんだからなかなか先頭の総帥と呼ばれた子においつけないでいた。
「ぬ、ぬけにゃいのである!」
そういう総帥と呼ばれた子は、どうも手が抜けないらしく、顔を真っ赤にして手を引っ張っている。
しかしそれもしばらくのこと。
ぽんっとコミカルな音と共に、引き抜かれる特大のメガホンを掴んだ右手。
「ほう、やっと取れた。そいではいくぞい!」
ざっと地面をならして向き直り、群雲へと勝利を確信した顔を向ける彼女。
すぅっと胸いっぱいに空気を溜め込むと、メガホン向かってすぐさま彼女は大声を張り上げた。
「上空に待機中のロイエンさん! タールさんッ! 偽装解除にゃッ!」
ふぉおおんと、ハウリング。
次の瞬間、蒼い放電と共に、夜空が、解けて行く。
「……は?」
相変わらずマウラさんにチョークスリーパーを掛けられたまま、その光景を目にした俺は、思わず疑問符を声に出していた。
蒸発していく夜空の向こうから、あんまりにもでかい二つの鉄の塊。
前後に長く、メリハリの付いた曲面で構成されたそれ。
見たまんま、宇宙戦艦だった。
「ついでに全砲門開けッ!! 目標、マジカルバスター!」
びしぃっと、群雲を指差す彼女。
メガホンから発せられる命令にあわせて、がっこんと、戦艦表面にへばりついたいくつもの砲塔が回転、仰角を合わせ、夜のグラウンドに狙いをつける。
いや、むしろ、その砲門は、群雲一人を追尾している。
ちょ……っ!
「──っふぁいえるんっ!!」
指令と共に、砲身が轟音と共に火を噴く。
グラウンドに降り注ぐ、火の玉、火の玉、火の玉、火の玉。着弾した端からそりゃもう数え切れないほどの砂柱が立ち上る。
大迫力っていうよりもDIE迫力。そりゃそうだ、このとき俺もマウラさんと一緒にグラウンドのど真ん中にいたわけだし。
「ちょ、あぶっ! 死ぬッ!? 死んでしまうッ!?」
上空からの一斉砲撃と、至近距離で巻き起こる砂柱の大群に、俺はばたばたと逃げ出そうとするのだが、相変わらずがっちり首をホールドされてるもんで動けやしない。
マウラさんは平気そうな顔をして、そんな光景を眺めている。
「動いたら死にますよ?」
「動かなくても死ぬと思いますッ!」
「それでは、ためしますか?」
ぱっと、やっとのことで、マウラさんが俺を離す。
いきなりのことで俺の体のバランスはムチャクチャ。情けなくも前のめりに地面に倒れてしまう。
ばすんっ! と、鼻先三センチほどの目の前で、砂柱がまたも上がった。
あ、あぶねぇぇぇえええええええッ!?
「ね?」
にっこりと笑いながら、マウラさんがちょいちょいと俺を手招きする。
見れば、彼女の周りには、一切砲弾が落ちてきていない。
安全地帯だった。
そうと判れば彼女のそばに戻るしかない。
俺は急いで、黒ブチメガネの彼女の元に近寄る。
「ど、どうなってんすかこれ……?」
「ナコタナコタ連合宇宙軍の科学力を嘗めてはいけないということです」
そう、彼女が言うと、またも彼女の左腕が、俺の首をがっちりホールド。
やっぱり後頭部に感じる、やさしい弾力。
安全地帯と判って一安心したらこれか。
うれしいんだか悲しいんだか、もう判りません。
「あのぉー……、そろそろ離してもらえませんか?」
「ですから、貴方はそう言える立場ではないんですって」
マウラさんの腕が、首筋の鈴に近づき、総帥同様に掻き消えると、するりと巨大なサバイバルナイフ状のナタが引き抜かれた。
さっきまでのマチェットだ。
ああ、そんなとこに隠してたんすね。
「ソレに貴重なんですよ? 我らのナコタナコタ星系では、異性と触れるのは結婚までご法度なのですから」
「ハァ……」
それって、俺、あんたらの法じゃ大罪人ってことですか?
「で、そのナコタナコタってなんなんすか?」
「私たちの母星を囲む銀河星系を言います。まぁ、あなた方にしてみれば、それこそ彼女の言うように、私たちはインベーダーなわけですね」
「彼女って……」
言われて、はっと思い出す。自分の命惜しさに、群雲のことを今の一瞬ですっかり忘れるなんて……。
「群雲……?」
そう、今も絶賛盛況中の空の戦艦からの砲撃は、もともと群雲を狙ったものだった。
まったく、俺ってヤツはッ!
良平のことをヘタレなんていう資格、無いじゃないか!
クラスメイトが木っ端微塵になる姿なんて、俺は見たくない。
「群雲ォーッ!!」
叫ぶ。
「耳元でうるさいッスよ。秋月さん」
むすっとした彼女の声が、俺の隣、マウラさんの背後から聞こえた。
オイコラ。恥ずかしいじゃないか。感極まって叫んじゃったよ俺。
「……いつの間に?」
「いや、なんか平気そうだったから」
マウラさんの質問に、しれっと答える、黒い魔女。
がっちゃんと、巨大な鉄柱がマウラさんの頭に銃口を向ける。
「私がこのマジカルステッキのトリガー引くのと、そのマチェットが私を斬るの、どっちが早いか試してみる?」
ステッキと言い張りますか。その鉄柱を。
「遠慮しときます。というか、やっぱり気が付いてないんでしょうね、あのヌケサク」
はふ、と短いため息をついて、うてうてと連呼している総帥の方を見る、マウラさん。
「総帥ー? そろそろいいのではないですか?」
そんな張りの無い声じゃ、爆音にかき消されるんじゃないかと思うのだが、そんな予想に反して、ちゃんと返事は返ってきた。
『む、そうであるな……! にゃっはっはーっ! 思い知ったかひゅーまんっ!』
マウラさんの首の鈴から、総帥の声。
なんか高笑いしてますが、全然けろっとしてるなんて、わかってないんだろうなぁ。
砲撃の音が途絶える。夜風にあおられ、砂埃が消えていく。
姿を見せる、総帥と、クレーターまみれのグラウンド。
サッカーゴールは散乱した鉄パイプ同然だし、テニスコートは見る影も無い。バスケットゴールなんかどこにいったのやら。
校舎が無傷なのは、奇跡か、それともそれだけ正確な射撃だったのか。
うわぁ、この惨状、どーすんのさ。
「ってこらちょっとまてぇいッ!! 何でぴんぴんしてるかぁっ!?」
怒鳴り声を上げる総帥。
向こうからも俺たちが見えたのだろう。マウラさんを人質にとってる群雲も。
「見てのとおりです。味方が見えなくなるまでばかすか撃つからです。いっぺんファ○コンウォーズあたりから戦術勉強しなおしたらどうですか」
人質担っている割には、平気そうなマウラさんの、相変わらずひどい言い様。
「ふぐっ……、今回はいけると思ったのにっ!」
「ま、総帥ですから」
ソレで片付けてしまうんかい……!
「はうぅ、ごめんなのだーマウラ女史ぃ……、怖いであろ? 辛いであろ?」
しょぼーんと肩と耳を落とし、しょぼくれる、褐色肌の彼女。
だが、次の瞬間───
「ざまあみろなのだっ! たまには怖い目に会うがいいのだッ! わらわの受けた苦しみの少しでも判ればコレ幸いなのだッ!! いいきみなのだーっ!」
おもっくそ豹変しました。
最低ですか、アンタも。
「いえ、そうでもないのですけどね」
いけしゃあしゃあと返す、マウラさん。
「へぇ、この状況下で、よく言えるわねインベーダー……。正義の魔弾が怖くないなんて」
こん、こん、と銃口が、マウラさんの頭部を小突く。
群雲……、お前も相当邪悪だよ。正義語る資格ないよ。
「やり様はあるので」
そうして、ぼそりと呟くマウラさん。
「ロイエン。トラクタービーム照射。私たちの回収を」
唐突に、空に停滞していた戦艦のうちの一つから光が発せられる。
浴びるのは、俺たち。するとどうしたことか。体重が、というより、重力がゆっくりと逆転する。
空に落ちていく感覚。
「なに……!」
ふわりと浮き上がった、群雲。銃口が、マウラさんの頭から離れる。
校舎より高い位置にまで、視点が上がる。
「お、おい……っ!?」
「光からずれると、痛いじゃ済みませんよ?」
そう、俺に忠告する、マウラさん。
高く上がり、広々とした視界の端に、校門前にいる奏さんを見る。
手を伸ばす。
「か、奏さ……ッ」
「いや、学校では平和にやっていたよ? ああ、夏休みの予定? うん、それもやっぱり学校でな。ちょっとできの悪い後輩の面倒も───」
「───って、まだ電話してんのかアンタわぁッ!!」
その怒鳴り声を最後に、俺たち三人は、戦艦、ロイエンへと吸い上げられた。
「回収、成功」
そのとき、にっと、笑んだマウラさんを俺は忘れない。
「やーっと巻き込まれてくれたか……、やれやれ、肩の荷が下りたよ」
とかいいつつ、いきなり目の前に現れた彼女は、俺にそう言い放った。
なんか何時か何処かで見た顔。
「ったく、どんだけフラグ立ってても君って気が付かないんだもんなぁ……」
は? フラグ?
「そ、フラグ。幼稚園の頃、覚えてる? 君がナナちゃんって呼んでた子」
……誰だっけ?
「小学校の頃のヒトミちゃんは?」
……どちらさま?
「あー……、中学校の頃の、千恵さんは?」
ああ、それなら覚えて……、あれ? どんな顔だったっけか……?
「コーレデスヨッ!! まったく呆れて物もいえまセーンッ!! 全員君を慕ってた子じゃないデースか!」
はぁ……、そーなん?
「ナナちゃんとの結婚しようねってかわいらしー約束も小学校に入ったとたんすっぽかしてるし、小学校じゃ小学校で、ヒトミちゃんに対して無関心すぎるし」
なんだかおかしな方向に話がそれていく。
「チエさんにいたっては、「明日校舎裏に来てください」とかいわれておきながら、すっかり忘れて家でゲームしてた始末ッ! ああ嘆かわしいッ!」
変な言いがかりはやめていただきたい。俺はそんなプレイボーイじゃありません。モテません。
「モテてたんだよッ!! いやむしろ、モテてんだよッ!! 現在進行形でッ!! そこで結ばれて永遠にハッピーだった筈なんデスヨッ!!」
んなアホな。バカジャネーノ? そんな都合のいいことがこの世にあるわけ───
「だからあるんだっつーのッ!! 結ばれないといけない運命ってのがあるんだっつーの!! 世界のためにッ!!」
ハァ……。なんかでっかい話のようですが、俺には関係ない話ですな。
「いやね、当事者なんだって……。キミは」
いやいや、何をおっしゃいますか。
「はぁ、コレだから、この世界の住人は……」
そんな落胆されても……、ねぇ?
「何で世界が生まれたか、考えたことある?」
そりゃ、そんな哲学じみたこと考えたことはあるよ?
「哲学でもなんでもないの。答えは単純明快、ボクらが君らを見て一喜一憂するためだよ」
は? なにその自己中思想。
「そう批判される覚えは無いよ。言い換えれば、キミらはボクらがみてるテレビの中の住人ってこと」
いや、それにしたってさぁ。
「君らだってやってるでしょー? 種馬ってーの? ほら、競馬で優秀な馬を掛け合わせてサラブレッドを産ませるってやつ」
俺らはダ○スタか!?
「似たようなモンだよ。ドラマ性のある人生を生まれながらに持ってる個体を掛け合わせれば、勝手に出来上がっていく番組みたいなもん。要するに、キミはそのサラブレッドなの」
好き勝手いってくれますな。
「考えてもみなよ。美人な叔母はブラコンで、愉快な親友もいれば、周囲に目を回せば世界でもトップクラスの美女だらけ。おまけに個性も強くて魅力的。どこにこんな恵まれた高校生がいるんだか。この世界はキミ中心に回るようにできてるんだって」
……なんかだんだん腹が立ってきた。
「なんでさ、喜ばしいでしょうが」
そうかもしれんが、いや、冷静に考えればうれしいことだけど、俺の求めてるのは平凡なんだ! 静かに生きて、まっとうに生きて、後腐れない一度きりの人生を謳歌するんだ!
「うーわ……、ソレこそ何様よ」
何が悪い。
「悪いね。特に、ボクとしては非常に腹が立つ話だ。幸せの放棄なんて、許されるもんじゃない」
そういうムチャを言いまくるアンタは何様だよッ!
「縁結びの神様だよ。ちやほやされるのにも飽きてたけど、ここまで拒絶されるとはね。よろしい。意地でも個性の強い誰かとくっつけたる」
はぁ!? 俺の意思はッ!?
「ないよそんなもん。いいじゃん。濃い口人生送れるんだし」
薄味で結構ッ!!
「ま、足掻くだけ足掻いてみれば? ほら、ボク神様だし。無駄だと思うよ?」
「ッッッふざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁッッッッ!!!!」
と、デタラメすぎるお告げに怒鳴り返して、俺は目を覚ました。
「うわぁびっくりしたぁ!?」
目を覚ましたと同時、どすんと、誰かのしりもちを付く音が、耳元で聞こえた。
そちらに目を向けると、にゃーんと鳴いてそうな黄色いトラだか猫だかのプリントされた、薄い布地と、ソコから生える細い肌色が二本。
寝起きの俺はソレを判別できない。なんか気まずいものを見ているような気がするんだが、アレは何だ?
「しげしげと見ちゃダメッスッ!」
次の瞬間、靴底が視界いっぱいに迫ると、俺の顔面にごすんっ!と突き刺さった。
首の骨がきしむ。
みきめしっ。
おおう、いたひ。
「……人のパンツをそんなにじっくりと見るっていうのは、神経疑うッスよ? 秋月さん」
「群雲か……」
靴底を顔面にめり込ませたまま、互いを確認する俺たち。
「悪かった、記憶からデリートするから、早くこの靴底をどけてくれ。首折れたら大変だから」
「……ホントッスよ?」
ゆっくりと、女の子が履くには大き目のスニーカーの靴底が、俺の顔からはずされる。
見れば、顔を真っ赤にし、スカートを抑えてガードしている、いつも見知った、魔女形態ではない彼女が、そこにいた。
モチロン、顔も見えないほど無造作に伸ばされた前髪も、健在。
ついでに状況確認、薄暗い室内だ。鋼鉄の箱の中のよう。いくつもの、時代錯誤の丸いメーターから放たれる光が、ぼんやりと室内を照らすだけ。
正面、かどうかは知らないが、壁には巨大なスクリーン。100インチオーバーってくらいでかい。が、その電源は入ってなさそうだった。
閉じ込められている。そういえば、ロイエンとか言う戦艦に吸い込まれた記憶が、俺にはあった。
捕虜、というわけだろうか。
「変身シーンのときは、秋月さんって紳士なんだなって思った自分がバカみたいッス」
ぶぅっと膨れた頬と共に、ぷいっと、顔をそらす群雲。
なんか、コイツも普段との印象が違うような……。
「群雲ってさ……、そんなキャラだったっけ?」
「猫かぶってたんスよ。悪いッスか?」
「いや、なんで……?」
こういう彼女なら、付き合いやすい相手だろう。むしろ、結構好感触な普通の子に見える。
ナチュラルボーンネガティブなんて思ってて、悪かった。
「猫をかぶってた、理由ッスか?」
頷く。と、彼女はひざを抱えて、大きく肩を落とし、盛大なため息と共に肩を落とした。
「はぁ……、そうっスよねー。普通の人が普通に生きてれば、そんな猫かぶる必要もないんスよねー……。いいッスねェ凡人。幸せッスよねェ凡人……」
しみじみと呟きながら、彼女。
どんよりと、空気が重くなる。
縦線トーンと、火の玉を浮かべる、群雲。
訂正。やっぱりナチュラルボーンネガティブでした。
「高校生にもなって、魔女ッ子なんかやらされてりゃ、そりゃ人と距離置きますって。ええ……」
ああ! なんか心の傷抉っちゃったッぽいッ!?
「い、いや、それでも、なかなかカジュアルでかっこよさげな魔女ッ子だったじゃないか!?」
うん。既存とは一線を画した、とってもゴスな魔女だったと思う。それは素直に思う!
この際、魔女って存在が普通かどうかについてはもう言及しないで置こう。
なんだかかわいそう過ぎる。
「……どぞっす」
と、彼女は唐突に、俺にバスの定期入れを渡す。
群雲は徒歩通学のはずだから、こんなもの必要なさそうなんだけど……。
と、クリアケースに入ったソレに目を落として、俺は思わず絶句した。
ふりふりヒラヒラな衣装に身を包み、イイ笑顔を浮かべた群雲が、そこにいたから。
まだ、中学生くらいだろうか。ポーズなんかキラッて星が出てそうだ。
まさに、魔女ッ子だった。
「親父のッス。捨ててくれないんで盗んできたッス……。処分しようにも、プロテクトかかってて燃やすことも捨てることもできないッス」
なにその呪いのアイテム。セーブデータ消えちゃうんじゃない?
二度とはじめからやる気起きなくなるよ?
「家系なんスよ。魔女ッ子家系。母親も祖母も、その又先も。そんなのバレたら、恥ずかしくて死ねるッスよ?」
「いや、うん、なんとなく、判るような……」
うーわ、空気重ッ!!
「で、でもよ、お前の格好、こんなんじゃなかったじゃないか……」
本来指差して笑うような状況であっても、空気からしてそんなこと口走れない。コレはヒドイ。
「着崩したんス。女子高生の特権ッス」
体育座りのまま、びっと、サムズアップする、群雲。
記憶の中の彼女と、写真の明るい色使いを身にまとっている彼女を照らし合わせる俺。
どうみても、共通項ゼロ。
「原型はどこへいった……ッ!?」
オソルベシ、女子高生の着崩し術……ッ!
「まぁ、そんな家族の下に生まれれば、付いて回る宿命ってのがありまして……」
「あ、ああ、そうなの……?」
「正義のために、悪を滅ぼす……。高校生にもなってッスよ? 我ながら言ってて背筋にぞわっと来るものがあるッスね……。ハッ」
自虐的に、鼻で笑う彼女。
「んで、ちょうど目に付いた相手が、あのインベーダーどもッス。地球侵略とか、何考えてるんだか……」
「地球、侵略ぅ?」
耳を疑う。
どこのご時世の話だか。
というかあの二人組みで、できるのか? そんなこと。
「だから、正義振りかざして、か?」
「ほっといたらほっといたで、めんどくさそうなことになるんで。害虫駆除ッスね」
そんな理由の正義の味方って……。
子供が聞いたら泣きそうな理由だった。
『害虫とはひどい言いようであるな!? 夕陽ちゃん!!』
唐突に、室内に、総帥の声が響き渡る。
正面のスクリーンに、人影。
それは褐色肌で、耳の辺りから頭半分ほどもあるでっかいねこみみを持った、八重歯のかわいらしい人物。
『というか、ほんとにそう思ってたんであるか? ホントに、その程度だったのであるか……? 泣いちゃうぞ。わらわ。ひっく。ぐすっ。おーいおいおい……』
いや、すでに泣いてますがな。
ぽろぽろと、大粒の涙をハンカチでぬぐいながらの登場。威厳もへったくれもない。
『総帥、泣いてる場合じゃありません。泣くならもうちょっとボロ着れみたいになってから枕を涙でぬらしてください。あ、その際シーツの洗濯は自分でお願いします』
こ、このボロカス言う声は……。
誰が忘れるモンだろうか。俺に延々チョークスリーパーかけつづけた、マウラさんに他ならないだろう。
『うにゃー! わらわのほうがエラいんだぞぅ! もうちょっと口の聞きかたってもんを……!』
『ハイハイ、代わってください。総帥では話にもなりません。論外です。複数の意味で』
相変わらずヒドイ言い様で、べそをかく総帥をぐいっと押しのけ、黒ブチメガネの、総帥に負けないダイナマイトボディが姿を現す。
『ブタバコの気分はどうです? マジカルバスター群雲夕陽』
「湿度といい、暗さといい、最高ね……、フフフ……」
恥ずかしい話を暴露した反動だろうか、めちゃくちゃ暗いことを言い始める群雲。
うわー、キノコでも生やしそうだわこの子。
『逆効果、だったようですね……』
珍しく、こめかみを人差し指で支え、眉をひそませる、マウラさん。
『まぁ、いいです。我らの科学力をことごとく打ち破る貴方には興味がありましたし。このような未開の惑星にも面白いものがあるなと』
彼女の言い方から裏を読むに、やはり、彼女たちは地球人ではなさそうだった。
いや、ねこみみにしっぽってとこからして、地球人じゃないんだけど。
ちょうどいい、この際、聞いておくとしよう。
「マウラさん。結局、アンタらはなんなんだ?」
『私たちは───』
『よくぞきいてくれましたにゃっ!! やっとこさ自己紹介できるのであるにゃー!!』
マウラさんを跳ね除け、総帥がスクリーンに陣取る。
豊満な胸を反らす、総帥。
『ちょ、そうす……!』
『そのちっこい耳をかっぽじってよーく聞くがよいぞひゅーまんっ! わらわはナコタナコタ星系第六番惑星、ナコタナコタの支配者たる、アーシェ・ナコタ・ナコタ第三皇女であるっ!! と、どうじにぃッ! ナコタナコタ星系連合宇宙軍総帥でもある! えらいのであるっ!』
「はぁ……。さいですか」
と、言われてもなぁ。
『むっ! 反応薄いぞひゅーまんッ! なにやってんのっ!?』
『それだけじゃ判らないってことですよ。お呼びじゃないんですって。はい、どいたどいた』
ごろごろと、総帥、もといアーシェを転がし、再びスクリーンに陣取るマウラさん。
『うにゃー! えらいのにー!!』
フェードアウトしていく、アーシェ総帥の声。
なんだかかわいそうなぐらい雑な扱いだ。
『私の名前もまだでしたね。マウラ・ミウラ・マイラといいます。総帥の補佐官をやっております。以後、お見知りおきを』
「あ、これはどうもご丁寧に」
ぺこりと、思わず俺は頭を下げてしまう。
『では、話を戻し、総帥に代わって説明しましょう。ナコタナコタとは、貴方たちアオアオ、もとい地球から三千万宇宙海里ほど離れたところにある星系です』
なんとなく遠いことは理解する俺。
「で、なんで地球に?」
『ソレも説明します。現在の我ら、ナコタナコタ人の総人口は七十二兆八千億。とてもではないですが、一つの惑星に納まりきる人口ではありません。そのため、男女の接触すら禁じられています』
なんとまぁ、人口問題は一人っ子政策より過酷そうだった。
「てことはなんだ? 増えすぎたから、地球を植民地にでも?」
『察しが良くて助かります。まさにそのとおり。テラフォーミングでは手間がかかりすぎるので、手っ取り早く宇宙に広がり、生存可能な惑星を探していた、というわけです』
「で、条件に合致したのが地球ってわけか」
『ご明察、恐れ入ります』
ぺこりと、今度は彼女が礼を向ける番だった。
こうして喋ってるとまともなんだけどなぁ……。
しかし───。
「地球侵略、なんてな。各国が黙って見ているかね?」
『宇宙に飛び出すこともかなわず、惑星一個単位での団結もできない軍隊など、敵ではありません』
それは確かに敵意に近い言葉だった。
が、今更騒いだところでどうなるやら。相手は宇宙を平然と行き来しているような種族だ。
そんな規模の話になったところで、俺には何の関連も無い。
「あんたらの科学力がどれほどか、わかった気がするよ。で、だ。どうすれば、帰してくれるんだ? 俺たちを」
正直なところ、もうついていけないというか、付き合ってられないといった感情が、俺の中には芽生えていた。
浮世離れしすぎ。
『そうは行かないのです。貴方がたはしばらくこの船にいてもらいます。特に、群雲夕陽』
「私そっちのけで話し進めてるッスよ……、いいもん、もういいもん……、モヤシ植えるもん……」
群雲は完璧に腐っていた。
どこから取り出したのか、スコップで、かこーんかこーんと床をたたいている。
『やめてください群雲夕陽。話に混ぜてあげますから。今から貴方の話ですから……』
またしても、困ったマウラさんの顔。
垂れたねこみみを見るに、頭が痛そうだった。
見事にかみ合わないな、この二人……。
『えー、まぁ、非常に不本意ではありますが、貴方は私たちの侵略行為を、確実に防いでいます。しかも組織にも属さず一人で。これは驚嘆に値します』
言い難そうではあるが、マウラさんは確かに彼女を買っているようだ。
それは、凄いことだろうと、思う。
考えても見ろ、世界中の軍隊を束にしたところでアウトオブ眼中な連中だ。
そんな彼女らと戦っている群雲って……。
「褒めても何もでないわよ……」
ぼさぼさの前髪の隙間から、スクリーンを見上げる、彼女の瞳。
それに、マウラさんはにこりと微笑んで返した。
『ええ、ですから。徹底的に調べつくすつもりです』
「ああ、うん、判った。そんなに遅くにはならないとおもう。それでは、また家でな、父上」
そう言って、彼女、道明寺奏は、やっとのことで、本当にやっとのことで電話を切った。
というか、鼻先数メートルの隣で、どんばんグラウンドが砲撃されていたというのに、普通に電話していた彼女の神経を疑う。
「いやぁ、待たせてすまない! それでは見届け……」
くるりと、グラウンドの方を、今始めて振り向く彼女。
眼前に広がるのは、月面もかくやというほどの小規模な荒野。
吹きすさぶ夜風に流れる砂ぼこり。
「……おや?」
怪訝な表情を浮かべ、きょろきょろと、消えた四人を探す彼女。
「……おや?」
もう一度、うなる。
腕を組んで、思考をはせる彼女。
うーむ、一体みんなどこにいってしまったのか。
そしてこの、校庭の惨状はどういうことか。
一体何があったというのだろう?
───本気でそう考えているのだから大したタマである。
「失敬な。大和撫子にタマなぞないわ」
そっちのタマじゃねぇわいッ!
あーもう! 上見てみろ上ッ!
「上……とな?」
腕を組んだまま、頭上を見上げる、奏。
そこには二機の、ごんごんごんごんと、音を響かせる巨大な戦艦が浮かんでいた。
「……おや?」
三度、うなる。
その次の瞬間、戦艦の後部のノズルに火がともった。
突風を巻き起こす、ロケットノズル。耳鳴りを伴って、夜闇の空に、小さく消えていく宇宙戦艦、ロイエンとタール。
ばたばたと、奏の制服のすそが、はためいた。
「……おやおや。で、肝心の灯夜はどこにいった?」
あれに回収されてます。
「……なんと……っ」
ぴしゃあんと、雷光が彼女のバックに走った。
「なんということだ、一瞬の出来事ではないかっ!」
どこが一瞬だアンタ。
「こうしてはおれん、可愛い後輩が連れ去られたとあっては、先輩としても生徒会長としても幼馴染としても失格ではないか!」
そうそう、だから早くどうにか───
「おっと、その前に連絡をせねばな。心配をかけてはいけない。あ、もしもし父上? ん? ああ、宿題? ───」
再び、携帯に語りかける奏。
また、長くなりそうです……。
「はい、息を吸ってー」
俺は思い切り息を吸う。
「はいてー」
ぶはぁっと吐き出す。
「はいもう一回吸ってー」
また吸い込む。
「はいてー」
ぶはぁっと吐き出す。
「はい、オーケーです。服下ろしていいですよー」
冷たかった聴診器が、胸から離される。
ほっと一息。
あのひんやりした感覚はどうにも苦手だ。
「異常なさそうですが、ちょっと淀みがありますね。タバコとか吸ってますか?」
ぎぃっと、椅子を鳴らし、書類に向かうと、かりかりとボールペンを走らせる彼女。
「いえ、まだ未成年なんですが、俺……」
「それでは気管の病気とかは? 喘息とかなってました?」
「ああ、ちょっとあるかも……」
「んじゃそれですねー。お薬だしときますね」
かりかりかり。
「ああ、はい……。って、なにやっとんじゃぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!!」
思わず、俺はちびっ子が向かっているデスクを、思い切りちゃぶ台返ししていた。
どんがらがっしゃんと、機材やら資料やらがぶちまけられる。
「おおう!? 思ったより元気そうですねッ!?」
びくんと、ねこ耳を跳ねさせながら、ちっこいその新キャラは驚く。
ぶかぶかの白衣に、ずり落ちそうな鼻掛けメガネ、長い髪は床を引きずりそうなタッパもムネもないその子。
高い椅子では足が届かず、ぶらぶらと両足を揺らす。
勝気そうな細い眉毛だが、眼鏡の奥にはやる気のなさそうな目。デフォルトで△っぽく開けられた口。
ナコタナコタ人らしく、ちゃんとねこみみも尻尾も首のでかい鈴も搭載。
名前はネリ・ネル・ネルネといった。軍医だそうだ。
いや、そんなことはどうでもいいッ!
「隅々まで調査って、身体検査かよっ!!」
「おおうっ! お気に召しませんかっ!?」
再び、びくんと、Σと同時にねこみみが跳ねる。
「そいじゃ、CT検査とかもしときますか? レントゲンはさっきしましたし、あ、超音波検査ってのもありますがっ!」
「そういう問題じゃないんだっつーのッ!」
そう、隅々まで調査と言われて身構えていたのに、コレである。
「俺はてっきり、解剖とか、人体実験とか……、そういうおどろおどろしいの想像して身構えてたってのに、これじゃ俺がバカみたいじゃないか……!」
ああ、もう……、なんだか情けなくなってくる。
脱力感が全身を支配していく。
なに? 俺がおかしかった? 俺の予測がおかしかったの?
「体がだるいのでしたら、ビタミン剤もだしましょうか? あ、服用は食後に二錠」
ざらっと、首の鈴から瓶詰めの錠剤を取り出す彼女。
「健康ですッ!」
ああもぅッ! 健康ですよ! ばっちりと!
「むぅー……。おかしな患者さんですねぃ」
「あのね、ネリさんだっけか? 宇宙人に捕らえられての身体検査って言われたら、マズ真っ先に思いつくのは解剖でしょうが。んで、インプラントとかさぁ……」
「おおうっ! ピアスの相談でしたかっ! コイツは失礼っ!」
またしてもΣを出しながらねこみみが跳ねる。
「インプラントって意味じゃ間違ってないけどねソレもッ!?」
そのとき、ドアの向こうの待合室から群雲の声。
「まだっスかー?」
「おおう、もう少し待ってください。もうちょっとですので。沈○の艦隊がそこにあるのでそれでも読んでてください」
ドアの方へ声をかける、ネリさん。
「ういーッス」
「───順応してんなよオマエもさぁっ!?」
ようやく、ちゃぶ台返しの際に立ち上がった俺は、腰を下ろし、肩を下ろす。
どっとつかれた……。
「体がだるいのでしたら、ビタミン剤でも───」
ざらりと瓶が鳴る。
「それはもういい」
天丼かよ。
「おおう……。では、どうすれば納得いたすのです?」
「あー……ホラ、キャトルミューティレーションとか、知ってる? 俺そういうことされるのかと思ってたんだけど」
キャトルミューティレーションを知らない人は検索掛けてみてください。
タブン図解つきで出ます。グロ注意。
「おおう、そゆことですか……。用はイメージ的な問題なのですね」
「まぁ、そういわれてしまえばそうなんですがね……」
しかし、「おおう」が多いなこのちびっ子さん。口癖なのかな。
困った顔を浮かべ、ボールペンのノック部分でこめかみを掻く彼女。
「んー……、似たような状態は再現できますが、死にたがりとは……。紹介状書くので精神科の方に……」
「それも違うッ!」
「おおうっ! 私にやれとっ!? 免許無いですがよろしいのかっ!?」
「だーもうっ! 話が進まんッ!! もういいですっ!」
「おおう……。それでは、続けていいのですね?」
ドキドキといった感じでネリ先生。
頷く以外に選択があろうものか。
「で、判ったことは……?」
「ちょっと偏食気味かもしれませんな。消化器官が弱っているようにも見えますが。んで、先ほどの気管の話もあるのですが、おおむね健康ってとこです。あ、ちょーっとやせ気味かも?」
「はぁ……。いや、それはそうかもしれませんがね。あんたらナコタナコタ人と比べてどうなのかとか、そういうのないんですか?」
「ほぼ、ありませんな。細胞レベルでも、かなり近い種族のようですし。まぁ、結構よくある話ですな。自分もハーフでありますし」
そうなの?
そういわれれば、確かにちっちゃい子だけど、ソレが原因なのだろうか?
「宇宙ってもっといろいろな種族がいるような気がしてたのは、ただの空想ってことですか?」
「いやいや、いますよいます。ただ、大気組成や星の周期なんかが似通っていると、どうしても残って発展するのは同じような種族になるのです。これが違う気候、違う環境であれば、面白い形態の種族が生まれるわけですな。ナコタナコタの支配下にもいないことは無いです」
ふーむ……。
なんだか宇宙な学者の皆さんがひっくり返りそうなこと言ってらっしゃる気がする。
てことはなにか?
「ナコタナコタってのは結構強大なトコなんですか?」
「どうでしょうね? 宇宙は広いですから。ウチの帝国が3千くらい惑星抱えててもでっかいかどうかなんてさっぱり」
肩をすくめる、彼女。
三千て……。
十分でかいと思うのは、俺たちが未開の惑星に住んでいるからか?
「まだ何か?」
ぎっと、背もたれを鳴らしながら、ネリさん。
「いえ、その……」
あ、そういえば……。
「男性に触るのはご法度なのでは?」
「医者は別枠ですよ。死に掛けてる異性を見過ごすって、どんな医者ですか」
そりゃそーだ。
「でも、アーシェのお嬢や、マウラ嬢には軽々しく触らないでくださいな? 貴方たちアオアオ人は、我らと双方向互換で自然生殖可能な種族のようですので。監査にばれるとしょっぴかれますよ?」
ぼふっと噴出す俺。
自然生殖って、いや、それって……。
「それでは、診断をおわりますかな。また何かあれば、こちらに連絡を」
懐から取り出したメモ帳に、さらさらと連絡先を記入するネリ先生。
渡されたソレを見ると、普通の電話番号だった。
折りたたみ、ポケットに突っ込んでから、席を立つ。
「まぁ、その、釈然としない部分もありましたが、ありがとうございました」
「あ、自分としてはぷらいべーとなお誘いはちょと困るので」
「しませんよっ! ロリコンじゃないんですからッ!」
そう弁明してから、俺は引き戸をバンと締めた。
「ロリとはしつれいなー」
という、やる気のなさげなネリさんの声を背後から聞いたけど、知らない。知るもんか。
さて、そんな身体検査じみた調査も、がらりとドアの向こうから群雲とネリ先生が一緒に出てきたことで終わったのだと知る。
なんだかんだで読み進めてしまった……、沈○の艦隊。
なんで宇宙人が持ってるのかとか、考えてはいけないのだろう。
「そいでは、行きますかな」
と、白衣のポケットに手を突っ込んで、俺たちに口を開く、ネリ先生。
「どこへ?」
「お目通しってやつですよ。アーシェのお嬢に」
はぁ。
ちらりと、群雲の方を横目で見る。
いいのか? コイツ、敵なんだぞ?
「ついてきてくださいな」
と、白衣を引き摺りながら、先を行くネリ先生。
びょいんと頭のてっぺんから生えたアホ毛が、歩行と共に上下している。
診断所こそ、どこぞの町医者の病院の中の様だったが、廊下ともなるとやはり、どこか戦艦の中っぽかった。
蛍光灯とはまた違う、不思議と自然な照明器具。エッジを取り払った、鉄のような材質の隅々。
天上付近にはパイプやらセンサーやらがいっぱいある。
群雲もこの船に乗るのは当然、初めてなのだろう。ものめずらしそうに周囲を見回している。
T字路に突き当たる俺たち。
交差した向こうは、床がクリアな素材でできており、双方向に光が走っている。
「ダッシュボードです」
と、ネリさん。
「そのネーミング……、マジですか……? 本気で言ってますか?」
「? 正式名称ですよ。スペースネット山田でも売ってますし」
スペースネット山田……。
どこかで似たような通販番組を聴いり観たりした覚えがあるような……。
「宇宙って、広いッスね……」
と、脱力気味の群雲。
そんなところで広大さを感じるなよ。いや、広大だと思うけど。
ネリさんが近くの端末を3回ほどタッチし、何らかの操作を終える。
「これでよし。まぁ、乗ってみてください。するとこんなかんじで───」
そこに足を踏み入れたネリさんの姿がぶれると、ひゅおんと消えた。
セリフも途中で。
ごくりと、のどを鳴らす俺。
「い、いくか?」
「……まぁ、出口も知らないわけですし」
そういわれればそうなんだけど……。
まぁ、戦艦の乗員があんなふうに無用心に踏み込むんだ。生態的にも近い俺たち地球人に害があるとも思えない、か。
意を決し、踏み出す。
ボードに靴底が触れる。
「とまあこんなかんじです」
「うおぉッ!? びっくりしたぁ!?」
突然目の前に出現した、ネリさんに、思わず声を上げる俺。
周囲を見回すと、景色が違う。
本当に一瞬で移動したらしい。
宇宙ってすげー……。
と、驚いている俺の背中に、どむ、と軽い何かが触れる。
「秋月さん、邪魔ッス……」
振り返ると群雲が、俺の背中に顔面を押し付けている。
「わ、悪い……」
急いで、彼女の前から退く。しっかし、軽いんだなぁ、群雲って。
「もうすぐです。この先が艦橋になりますので」
再び、アホ毛を上下に揺らしながら、ネリさんが先を行く。
ダッシュボードを後にし、通路を歩く俺たち。
通路自体は非常に短く、目の前にドアがなければ行き止まりといった様子だった。
ドアノブはない。が、その脇に、液晶のようなパネルがはめ込まれている。
「よっ、とっ! はっ!!」
ぴょいんぴょいんと、そのパネルに触ろうとジャンプする、ネリさん。
いや、タッチはできているのだが、認証しきれない模様。
……ひょっとしてソレはギャグでやってるのか?
はぁ……。しょうがない。
俺は、彼女を後ろから抱えると、ひょいと持ち上げる。
群雲よりも軽い彼女。力を入れると折れてしまいそうなので、細心の注意を払って力を込める。
うむ、抱き心地はよろしい。なんか和む。
「おおう、申し訳ない……。お手数おかけしまする」
ぽりぽりと、恥ずかしそうに頬を掻く彼女。
ぺたし、と彼女の小さな手のひらが、パネルをタッチする。
しゅごんと、ドアが音を伴って左右に開いた。
目の前に広がるのは、巨大な円柱状の空間。
壁面は幾重もの鉄板のウェハーが複雑に絡まり、まるでアートのような様相を表している。
天上には丸い照明器具。床はガラスのような材質で向こうが透けて見え、そのさらに向こうには、円の中心から扇状に広がるスリット。
そのジグザグに折れ曲がったスリットの隙間を、青い光が脈打つように走っている。
ヴーンと空気の震える音が、雰囲気に拍車をかけている。
うおおおおお、ハイテクの匂いがするッ! 漢のロマンの匂いがぷんぷんするぜーッ!
「よーこそいらっしゃいましたのだッ! ひゅーまんあーんど夕陽ちゃんッ!」
エコーを伴う、クセのある喋り。
もう誰かなんてわかりきってる。
聳え立った階段の上の玉座に、彼女はいた。
巨大なネコのレリーフを背負い、「マジカルバスターとそのおまけ。熱烈歓迎新春特売祭」とかいう垂れ幕を掲げて。
オマケって。それに新春でもなく特売ってなにを売ろうとしてるんだ……。
「む、なにをげんなりとしておるか?」
「垂れ幕の内容かと存じ上げます」
コツ、と靴を鳴らし、アーシェ総帥の隣に現れる、マウラ女史。
「新春ではないですし、特売もなにも我らは売るものなどもっておりません」
「……めでたくはないか?」
「かなり違います。広辞苑百回読んで半年ROMっといてください」
「半年……、シクシク」
玉座の手すりに伏せって涙する、アーシェ総帥。
「ソレでは半年話が進まなくなる、取り下げていただきたいのだがな、マウラ女史」
そう、声を発す、誰か。
俺の聞いたことの無い声だ。中性的で、芯が通ったハスキーボイス。
コツ、と靴音が響いたかと思うと、マウラさんとは反対に、総帥の脇に出現する彼女。
金の瞳に銀のショートボブ。腰の左にはサーベルを携えた、どことなく騎士のような女性だった。
びしっと伸ばされた姿勢。男性的なきりりとしたその目力とは違い、やはり白い士官服を身にまとったその姿は刺激的。
華奢な四肢を持ち、女性的な凹凸がこれでもかとハッキリしているにもかかわらず、漂う気配は戦士のソレ。
奏さんとは近しい雰囲気を感じる。
でもやっぱり白い体毛に覆われたねこみみと尻尾、首のでかい鈴は標準装備。なんというか、シャム猫のような印象がある。
ちなみにネコに当てはめると、ネリさんはマンチカンだろうか。
どうやらナコタナコタ族ってーのはダイナマイトボディがデフォルトの模様。なんだかすんごいな。
「セリス・セレス・セラス近衛団長ですか。しかし教育に関しては私に一任されているはずですが」
と、横目で見ながらマウラさん。セリスさんっつーのかあの新キャラ。
「それはそうだがな……。教育方針にも問題がないのかとおもうぞ?」
「ほう、貴方が私に意見する。では……」
首から提げたでかい鈴から、フリップを引き抜く、マウラさん。
そこには大きく「め」と書いてあった。
「コレはどう読みます?」
「”め”だろう?」
読めて当たり前。ちょっと馬鹿にしすぎでは……。
「ではこれは?」
続いて、マウラさんは「ぬ」と書かれたフリップを取り出す。
「”め”のちょろんとしたやつ」
まて。違うって。
「……それでは、これはどうです?」
さらに引き抜かれるフリップ。今度は「ぷ。」
「……ボーリングの球を投げる人……」
まぁ、そう見えないことは無いけどさ……。
デフォルトでゲシュタルト崩壊起こしてるな、あの人。
「最初は正解ですが、次はぬ、さいごがぷ、ですな。セリス嬢」
そう、セリスさんに向かい、俺の腕の中のネリさんが口を開く。
「あと、すみませんがそろそろ下ろしてもらえぬでしょうか? 足元がおぼつかなくていかんので」
くるりと、首を回して俺を見上げるネリさん。おっと、忘れていた。
ゆっくりと彼女を下ろすと、ぺこりとお辞儀する、ネリさん。
なんか和むなこの人。
「……秋月さんってロリコンッスか?」
「断じて違う」
群雲のじと目に、断固拒否。
俺にはぺたんこの持つステータスというのがわからん。
「ハッ……」
マウラさんが、セリスさんを鼻で笑った。
「謀りおったな貴様ぁーッ!!」
しゃりん、と細いサーベルを抜き放ち、マウラさんへと切りかかるセリスさん。
ぎゃりんと、火花が散る。
マウラさんの手の中にはマチェット。クロスに交わった刃と刃。
オイオイオイオイオイオイッ!?
「おおうっ! 殿中ですぞセリス嬢っ!?」
「うにゃー! 喧嘩いくないのだー!」
ネリさんとアーシェ総帥が慌てだす。群雲はというと、我関せずといったように携帯でテト○スなんぞはじめていたりする。
ぎりぎりと音を立てる、刃と刃の交差点。
「そうやっていつもいつも姉さんはアタシのことバカにしてっ! 少しは人を労るってことを学んだらどうなのよっ!?」
「学ぶべきは貴方の方だと思うのですけどね、我が妹よ。学習ユニットと翻訳ユニット使ってその程度しかできないって、どういう脳みそしてるんですか?」
姉妹、なのか……?
全然、似てない……。というか名前関係ないじゃないか。苗字とは違うのか?
ていうか、止めないとッ! 血なんざ俺は見たくないぞッ!?
いそいで、俺は階段を駆け上がり、二人の間に陣取って、左右の手でそれぞれの腕をつかむ。
「はい、おしまい! 双方剣を納めてっ! 危ないから!」
そう、俺が諭した次の瞬間───
「うみゃー! セリスちゃん、マウラちゃん! 規則違反なのだ! いーけないんだーいけないんだー!」
総帥が俺たちを指差した。
「あ……」
ぼんっとセリスさんの顔が真っ赤になったまま爆発した。
「あ、あああ、あ、あなた! な、何軽々しく女の肌をっ……!」
は?
……そういえば、異性に触れるのも禁止だっけ、この人ら。
マウラさんにホールドかまされてたし、ネリさん持ち上げたりしてたから気が付かなかった。
「わかりましたっ! やめます! やめますから手を離……!」
「あ、ああ、ご、ごめん……」
ぱっと、彼女の手を離す、俺。
「姉さんのもですっ!」
言われ、続いて、マウラさんの手も離す。
ソレを確認すると、顔を真っ赤にしたまま、ぺたり、とセリスさんは座り込んでしまった。
「男に触られた、男に触られた、男に触られた……」
ぶつぶつと、呟く彼女。
だ、大丈夫かこの人……。
「も、もしもし?」
「責任を……」
は?
「責任を取っていただきたいっ!」
きっ、とまだ赤らんだ顔と、涙を湛えた瞳を、俺に向ける、セリスさん。
責任って……。
「ど、どうすれば……」
「男女が触れても良いのは、例外を除いて夫婦と家族の間柄のみっ! 私、セリス・セレス・セラスは自慢ではないがその法を破ったことなど一度としてなしっ! さればこそ、このような状況で触れられるなど、ふ、不遜の、いたすところなり……っ!」
「あー……、具体的にどういうことですか?」
難しい言い回しできるのになんでひらがな読めないかなこの人。
「で、であるからしてだっ! その、つまり……!」
「結婚してくださいってことですよ」
マウラさんが、口を挟む。
「我が妹ながらその程度のことで婚約を決めるとは、呆れてものも言えませんけどね」
「ちょ、け、結婚ッ!?」
冗談ではない。まだ俺は大人じゃない。第一宇宙人と結婚なんかしたらどうなる。
平凡な日常なんて二度と帰ってこない。俺としては今日この場であったことは全部、明日からの過去にしたいのに。
そりゃ、ナコタナコタの皆さんは怖気も走るような美人だし、そりゃ、うれしくないわけはない。
が、今出会ったばかりの人と、そんなことでくっつけられるのは不本意極まりない話。
夢で見たあの神様の言葉が脳裏をよぎる。
『意地でも個性の強い誰かとくっつけたる』
ふざけんな。ゼッタイムリ。
従わないと決意したばかりじゃないか。
「わ、私では不服か!? ど、どういう女が好みなのだ!? そうなるから、ちゃんと努力するからっ!」
男冥利に尽きる言葉で恐縮するが、勘弁してもらいたい。
「い、いや、あのですね……、今この場で出会ったばかりなのに、それって、おかしいというか……、第一セリスさんでしたっけ? 俺のこと知らないでしょ?」
「そ、そんなものはこれから……」
うーわ、本気だよこの人っ!?
「いや、その、だから───」
どうにか、彼女をなだめようと、口を開いた、次の瞬間───
キュどんっ!!
と、俺の頬を掠めて、何かがネコのレリーフに大穴を穿つ。
がこここ、と音を上げて、レリーフが傾く。
……え?
視線をめぐらせば、そこには、変身し、巨大な鉄柱、マジカルステッキを構える群雲。
「ラブコメなら別の場所でやってくださいッス。あんま好きじゃないんスよね、そういうだだ甘な空間」
立ち上がったコッキングレバーを引く群雲。すると、ばしゅっと、煙を上げる廃莢を吐き出す、鉄柱、マジカルステッキ。
頬を伝う、暖かい液体。
オイコラ……。
「───テメェ俺を殺す気かぁッ!?」
「ああ……」
と、はたと気が付き、鉄柱と俺を交互に見る彼女。
「ダイジョブ、空砲ッス」
びっと、サムズアップ。
「ッッッどこがじゃあああああああああああああああああああッッッ!?」
この頬を流れる鮮血が見えんのか、あのアマはッ!?
「まぁ、ケツの穴の小さい男の言うことは放って置いてッス、アーシェ・ナコタ・ナコタ。私に何か用事があって呼んだんでしょう? 用件、ちゃっちゃと言ってほしいんだけど」
だれがケツの穴の小さい男か……!
「はぅあっ! そうであった!」
名指しされ、Σを発し、びくりとする総帥。
「あのね……」
じゃっこん、と銃口が王座のアーシェ総帥を捕らえる。
「と、とりあえずそのブッソーな銃口、コッチに向けるのやめてもらえまいか……? 夕陽ちゃん……! 言いますから! 言いますってば!」
一応、ボスキャラのクセにこの腰の低さってどうなんだろうかな。この人。
銃口を反らす群雲。
ほっとして、総帥は続けた。
「えー、つまるところであるな。わらわ達の仲間になってほしいにゃーとかおもっているのであるが」
ちょんちょんと指先をつきあわせるアーシェ総帥。
「ノー」
「はぅっ! そんないきなり……、もうちょっと良く考えてっ!」
「ノー!」
「はうあうっ!」
ダメダメだった。
「時給二千円でどうですか? マジカルバスター」
再び口を挟む、マウラさん。
「イェス!」
「即答かよ!?」
時給二千円で、正義の味方は寝返りました。うん、時給高いけどね。
「おおう、長きに渡る宿命の対決が、今ここに終結ですな……! あふれる涙が止まりませぬ!」
とはネリさん。
そうですね、時給二千円で、地球の運命が決まっちゃいましたね。人知れず。
「なんだかんだあったけれど、貴方達のことは嫌いじゃないわよ。私」
いけしゃあしゃあと、群雲は言いながら、階段を上る。
「ええ、また一緒にラーメンを食べに行きましょう」
階段を下るマウラさん。
階段の中央で、がっちりと握手する、二人。
冷静に見れば恐ろしい。惑星を三千いくつも保有する、地球外帝国と、それと互角に遣り合う、魔女っ子の異色タッグだ。
ああ、どうなっちゃうの地球……。
そう、俺が思いをはせた時だったろうか。
『びーっ! びーっ! びーっ! 時空転移カタパルト反応確認! 本艦に急速接近中!』
と、真っ赤な光と共に、アラートが鳴ったのは。
「スクリーンにだせっ! 今すぐだッ!」
セリスさんが吼えると、壁の一面が展開し、巨大なスクリーンがせり出す。
光をともすソレ。
その向こうには、雲海広がる月下の夜空。
空中に、白く輝く人影を俺達は見る。
姿を現したのは、やっぱりねこみみの誰かさんだった。