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その1の1

一度下げましたが何とか1話が終わったので再度投稿します。なんか長くなったなぁ。



「つまらない、造作ない、たわいない、忍びない。まったく腹立たしい。イライラする。ムカついてしょうがない。キミは生まれる前から何を持ってきたか判っているのか? キミには特異点という自覚がないのか?」

 まったくの唐突に、目の前に出てきて、彼女はそう、俺に告げた。

 いや、いきなりンなこと言われても。

「許せない。ボクが納得いかない。それは世界の法則に反す。してはいけない、いや、ありえるべきではない大罪だ。何より観客が許さない」

 そんなこと言われても、急に現れてアンタ一体何を──

「よろしい、作り変えてやろう。キミの体も、キミの心も、キミの日常も、キミの持つ時間も、キミの存在意義はそのままに、キミの持つ全てをボクがボクの思うままに作り変えてやろう」

 いや、話聞けよ!? 耳貸してよっ!?

「オメデトウ。キミは罪を免れた。ただし、忘れるな。ボクが納得いかないことをキミがやるのなら、僕はそれを許さない。君の選択は世界の運命と同一だ」

 あのー、もしもしー?

「忘れるな、キミの罪は、世界の罪だ。キミはその場にある当たり前ではないことを当たり前に歩まねばならない。さぁ、幾億、幾兆、ナユタの彼方の中から、正解を導きだせ」

 いや、まぁ、落ち着けって。んで、話し聞けって。一から順を追ってもらわんと何が言いたいのか俺ニャさっぱり……。

「心配しなくていい。キミは最善を、正解を選び続ける千両役者の筈だから」

 とかなんとかで、でたらめな夢のディティールをまったく覚えていない状態で、俺はベッドから転げ落ちて目を覚ました。







 世界征服とか、正義の味方だとか、悪の大王だとかヒミツ結社の幹部だとか。

 ましてや巨大ロボだとか宇宙刑事だとか正義の魔女ッ娘だとか、大魔王だとか地球防衛軍だとか、財産が国家資産を上回る財閥だとか、全部マンガかアニメのなかにしか存在しないものだと思ってた。

 そんでもってドイツもコイツも現実に適応できてないピーターパン症候群ときている。て言うか普通にいちゃまずいだろ。

 何だよそのチート集団。ゲームバランス考えろよ。真剣に生きてる人のこと考えろよ。

 でなければ毎回ピンチになってる各国なんてもうとっくに壊滅していてしかるべきだし、現実がそんなご都合主義で回ってるんなら俺らは人生をもっと楽観視していいはずだ。

 そんな風に思っていた時代が、俺にもありました。ええ、あったんですよ。

 俺は単に平穏に生きて、平穏にいろいろあきらめて、平穏にどっかの女の子とくっついて、平穏無事に人生まっとうしたいだけなのに。

 ああ、神様。ドレッドノート級に畜生でぶっ壊れてる神様。アンタはガキか? ヤクでもキメてるか? どうせそこら辺で見てて、俺が、いや、世界が困るのを見ててほくそえんでるんだろう?

 んでもって、事なかれ主義にノコギリで傷をつけて、塩やカラシやわさびを塗りこむのが大好きなんだろう?

 ──クソッタレのサディストめ。クズ監督の言いなりになどなるものか。




にくきゅうその1:「奴らが……来る?」



 何にも楽しいことなんてない。刺激的な生活なんてありえない。

 平々凡々にレールの上を走っておいて、思春期になって反乱を起こしたところでもう遅い。

 だから俺は運命に抗うのは、とっくの昔にやめている。

「よーし、明日から夏休みだ、先生は今年は北海道にいって涼んでくるつもりだが、みんなの予定はもう固まっているかな!?」

 ダレもンな予定聞いちゃいねぇよタコ。早く帰らせろといった殺伐とした空気が蔓延している中、俺らの担任、中林センセーはそうニコニコ顔で語りかけてきた。

 そう、明日から高校二度目の夏休み。

 みんな早く家に帰って宿題に手を掛けるか、むしろ宿題などほっぽといて遊び回るかの葛藤の瀬戸際であり、この一分一秒すらも惜しいと思っているのだろう。

 あーあ……、手放しで喜べるやつらはいいよな、本当に。

「みんなも判っていると思うが、この夏休みは実質高校最後の夏休みと思ってもらっていい。遊べる夏は今年が最後。高校を最終学歴にしないのなら、来年は受験戦争だ。そして、ここにいる多くは、そのソルジャーにならねばならない! 徴兵制も真っ青な年が訪れるわけだな。うん」

 なげぇよ。だれか突っ込めよ! 止めろよ! そんな目配せが電撃のように駆け巡っているのが俺には見える。

 光ファイバーによる高速通信もなんのその。その視線だけで人を殺せそうだ。

 みんなが焦るのはすごくわかる。もう刺さるほど、痛いほどよくわかる。が、しかし、だ!

 今回ばかりは俺には関係ない話なんだよなぁ。と頬杖のすわりを直しながら俺はため息をついた。

 視線が落ちた先、俺は手元を見る。

 真っ白な折りたたまれた紙がそこにある。成績表。二度と開きたくもない。

 脳内に焼きついているのは、しっかりとついていた赤い丸印。

 他の学校では知らないが、ウチではまごうことなき赤点の示し方だ。

 この丸がついた場合、補修の二文字からは逃げられない。これはもう赤紙と同じだ。

 すなわち、俺の今年の夏休みのスケジュールはもう補修一本と決まっているわけである。

 あーぁ……、やってらんねぇ。

 と、そのとき、丸めた俺の背中に、鉛筆の先らしき刺激が与えられた。

「なぁ、成績、どうだったよ?」

 振り返ると、クラスの中でも異色を放つ、俺の悪友が声を掛けてきた。

 キャップをかぶったあごひげ男。垂れ目でひとなつっこそうな顔つきの俺のツレ。

 村上良平。校則なんかブッちぎりで無視しているなりだが、不良というわけではなく、むしろ心臓は蚤より小さいようなヘタレだ。

 ひくっと、俺の頬の肉が引きつった。

「……まぁ、まぁまぁ? ソッチはどうよ?」

 まぁを三つつけて少しばかり強がる。どうせ俺とコイツはそう大して成績に差なんて───

「俺、やったよ、やっちまったよ父さん、見てくれ俺の輝かしい未来を!」

 そう言いつつ俺に成績表を開いて見せる良平。だれがいつオマエの父になったか。

「どうよこれ!? 赤点ゼロだぜ!? 俺としてはもう奇跡じゃね!?」

 確かに、そこには赤い印はまったくなく、白と黒のパンダカラーのままの紙があった。

「って、───ちょ、まっ、オイ!?」

「フハハハハハ!! 俺、覚醒!? 今回のテストよぉ、キュピーンときたのよキュピーンとぉ!!」

 うわぁ、嘘でしょぉ? チョー萎えるンスけどぉ、この展開ぃ。

「で? で!? オマエどうだったよ、成績」

 もう輝く瞳を浮かべ、殴り飛ばしたくなるほどのニコニコ顔で俺に顔を寄せる良平。

 見せられた手前、俺だけ見せないのもアンフェアだ。

 がっくりと頭を垂れながら、俺もしぶしぶと成績表を見せ付ける。

 ソレを見た良平は一転、口をポカンとあけ───

「えっと、……ゴメンナサイ。チョーシこいてました……、てか、ナンカゴメン。土足で踏みにじった……」

 気まずそうに、目をそらしながら、それだけ吐いた。

 ああ、そうさ。真っ赤さ。俺の涙も血で真っ赤さ。

 まぁまぁと先に述べていたわけだし、コイツもそこまで悪いとは思っていなかったのだろう。

 かける言葉も見つからないといった様子で、目が泳いでいる。

「あのさ……。まぁまぁ、って言ったよな?」

「タテマエ上は……」

「そか……」

 俺だってこんなに悪いとは思わなかったっつーの。

「でもよ、やべぇって。ていうか、今回のテストはチョロかったしよ。ヘタすりゃオマエだけなんじゃね? 補修」

 ぐさっときた。事実だけに殺意もわかない。

「てーか! どうすんだよ!? どうしてくれんだよ!? お前と遊ぶ予定、全部ポシャったじゃねぇか!! 甘酸っぱい渚のエチュード実現のため、脳みその栄養全部チチにいった様な、かるーいウェハースのようなオネーサマとお知り合いになるのに、テメェの顔とスタイルだけがエサだったのに! マイサマーバケーションの予定組みなおしかよ!? ざけんなよ心の友よッ!? 死んでわびるかッ!?」

 まくし立てるバカ。

「言ってて悲しくないのかよ? それ、自分の容姿全否定してるぞ?」

「悲しいさッ! 悲しみで前が見えないと同時にお前に対する怒りもひとしおさ! どうすんのよ、お前の予定空けといてくれないと、俺一人だけ夏しちゃってるボーイじゃんかッ!!」

「勝手に予定決めないでくれますか? つか、ワケ判んないキレ方してんな。ウザい。死ね」

 けっと一瞥し、俺は前を向きなおして再び頬杖をつく。

 見た目なら俺よりいいのいっぱいいるだろうに。

 そりゃ、自信がないわけじゃないが、ちょっとでかい街の駅前で石を投げれば、俺と同レベルのスペックの男なんてごまんといるさ。

 ふん、どーせ俺なんか……。

 我ながらやさぐれたもんだ。

「ちょ、おま、言いたいことはそれだけかよ!? かかってこいよ! ヘイ!」

 ヒートアップしたのか立ち上がり、そんなセリフを吐きつつ手のひらを上に俺を誘い、ファイティングポーズを取る良平。

 うわ、ウザッ、コイツウザッ!? マジで死んでくれないッ!?

 スイス銀行ってどこだっけ?

「あー、村上、センセーもそのセリフ言いたいんだが」

 途中、いきなり中林センセーの声が良平を指名した。そりゃそうか。話してる最中に大声で騒ぎ出すことほど無礼なことはないだろうし。

「なんスか!? 俺はこの成績不振者に鉄槌を───」

 しかしどこかヘンなギアが入っている良平はとまる気配を見せない。いいからだまれってば。

「言いたいことはそれだけか? そんなに秋月と一緒がいいなら、村上、オマエも特別補修決定な」

「は……?」

 とたんに、良平の勢いがとまった。ピタッと綺麗に。

 ちなみに秋月というのは俺の名前ね。ご紹介が遅れました。俺、秋月灯夜といいます。

 追い討ちをかけるセンセー。

「そもそもオマエは普段の成績が悪すぎる、一発の成果と百発の愚行、ドッチをとるかなんて目に見えてるわな」

「え、ナニソレ……?」

 先生の方を向いて、目をぱちくりと瞬かせる騒音男。

 いつまでもセンセーのターン。

「この際成績云々は差し置いて、補修になったほうが世の為人のためなんだと思うわけだよ、センセーは。ま、センセーは北海道で休ませてもらうけど」

「そんなぁーッ!?」

 ざまぁ!

 思わずパチンと俺は指を鳴らしていた。

 今の俺を鏡で見れば、すさまじく嫌らしい笑みを浮かべてるに違いない。だけどそんな自分が大好きなんです。

 ガタンと椅子を鳴らして腰を下ろし、どこぞのボクサーのごとく真っ白に燃え尽きたバカ一名。

「サヨウナラ、夏しちゃってるボーイな俺……。サヨウナラ、俺のさまーばけぃしょん……。摩天楼の頂上で、いつまでもキミと一緒に過ごしたかった……、ハッ、アハハ……」

 ナンカ言い出したよこの子。黄色い救急車に乗ってもおかしくない。

 よっぽどショックだったらしい。気持ちは判らんでもないが。巻き添えが増えて俺はうれしい。

「と、いうわけで、今回は嘆かわしいことにわがクラスから三名の脱落者が出てきてしまった。センセーは悲しいぞ!!」

「へ?」

 俺は声を上げる。ちょっとまて、三名? 俺ら以外にいるのか? 補修者。

「紹介しよう、今年の貴重な夏を棒に振ったやつベストスリー! 秋月、村上、群雲の三名だ!!」

「え? 群雲って……」

 意識せず、俺の瞳が動いた。俺の席は廊下の窓際。そこから反対側の、空が見える窓際、すなわち彼女の席へ。

 そこで、目が合う。

「ウィ、スンマセン……、自分ッス。なんか、生まれてきて申し訳ないッス……」

 うつむいた様子で恐る恐る細い手を上げる群雲と呼ばれた彼女。

 群雲夕陽。彼女に関して知っていることは俺はあまりに少ない。知っていることといえば、以下のことだけ。

 長く伸ばした黒髪の、どこか他人行儀な俺らのクラスの奇人。

 名前に反して群れることのない一匹狼。

 マイペースを貫く無気力症候群一直線の欝キャラといった印象しかない。

 異性としてみれば、身長も高く、体のスタイルもかなりよいモデル体系だが、顔は美人かと聞かれると答えようがない。

 なにせ前髪が多すぎ、さらに長すぎ、顔のほとんどを覆っていて、時折目がのぞく程度だからだ。

 もうなんというかもっさりというか、ボサボサ? いや、ゾワゾワのほうが近いかも。

 ついたあだ名が反町高のメデューサ。別バージョンでゴーゴンもあるが、ドッチでも大した差ではない。

 オシャレに気を利かせないタイプなのはわかるが、限度というものがあるだろうに。

 しかし困った。彼女はある意味独特すぎる。得意ではないタイプだ。

 卑屈なのかなんなのか、どうにも人を寄せ付けないオーラを持っている。

 向こうから一方的に避けられている感じがしてならない。

 気のせいというわけでもないらしく、常に彼女の周りに人はいない。

 わざと印象に残らないように生きているように見える。

 何も悪いことをしていないはずなのに、無視している覚えもないのに、一方的に嫌われているような感覚はいたたまれない。

 そんな彼女や、良平と夏休み中一緒にいるというのは、あまり余裕ある未来が見えない。

 いや、ないんだけどね。余裕とか。休みですらないし。

 またしても気分が沈んでいく。胸の中に重い鉛がたまっていく。

 あー、学校、辞めたいな。

「とにかく、今呼ばれた三名は今日この後、居残ってもらう。補修のスケジュールも伝えなきゃならないし、追加課題も渡さなきゃならないからな。追試はソレが終わった後で行うことになる」

 先生の声が響く。そういえばそういうシステムだったっけか。

 あー、学校、辞めたいなぁ! 重要なので二回、心の中でつぶやきました。

「今日は以上、待たせたな諸君。三名を残して解散だ!」

 そうセンセーが号令を掛ける。

 次の瞬間、ところ各所からひゃっほーうという声が上がったかとおもうと、まるでクラスメイトたちは流れ出る水のように前後の引き戸の出入り口からクラスを後にしていった。効果音はもちろん、ドドドドド。

 んにゃろうどもめ……。見せ付けやがるぜ。

 ぽつんと残されたのは俺たち三名。

 でも、こんな状況に陥ってでも、俺はまだ人生のレールを外れちゃいない。

 ヨクアルハナシ。

 そう、これもまた、良くある話の一つでしかないのだから。






 ざっと、人影はアスファルトを学生靴で鳴らし、その白く塗られたコンクリートの建物を腕を組んで見上げた。

 反町高のスカートがなびいている。

 そこから伸びる足も、男のソレとは質が違い、細く、ハリがあり、引き締まっている。

 薄い色素の灰色、というより銀色がかったクセのあるヘアスタイル。

 末広がりのショートカットのようだが、シッポのように長い髪だけをくくった一本の髪の束が腰の下まで伸びる。

 シャギーの入った末広がりのショート部分とは違い、伸ばしてある部分のまとまりは筆先のように良い。

 ロングヘアともショートヘアともつかないハンパさだ。

 なにかのアクセサリーだろうか、耳からはフサフサの金の毛に覆われた大きな耳らしきものが、ちょうどネコでいう耳くらいの辺りまで生えている。

 首には首輪のようなチョーカー。鈴もついているがソレが音を出すことはない。

 スカートのすそからはちょろりと生えた、ぴこぴこ動くシッポのようなものも見え隠れしている。

 日焼けでもしたのか、健康的な褐色肌、瞳は深い緑色。コレでもかというほど活発そうな印象。

 率直に言えば、見た目はカンペキにネコ人間である。

 当然、それらが本物とは思えない。どうせなんらかのエクステンションであると見て間違いないだろう。タブン。

 彼女が何者か、ソレを今詮索するのは野暮というものである。どうせ後で説明する。焦るなって。まぁ、待てって。

「ふにゅ! にゃるほどなー。ここがヤツの本拠地というわけであるかー!」

 腕を組んだ小麦肌の女の子が口を開く。なんだかえらそうだった。

「なかなか低文明にしては立派なとこであるな! コレで三食ご飯昼寝つきとは、ちょっぴりうらやましいのだ……」

 指をくわえてじゅるりと涎を鳴らす彼女に、お付と思われる同じような格好の女性が恭しく頭を下げながら言葉を吐いた。

「お言葉ですが、総帥、違います。ここは学び舎です。アオアオでは学校、と呼ばれている建物です」

 コチラの女性は前髪を分けた長い黒髪に、黒フレームの眼鏡を掛けている。

 同じく服装も夏というのに反町高のブレザー。

 彼女も先ほど総帥と呼ばれた彼女と同じようなアクセサリーをつけており、肌の色こそ黄色人種のものだが、やっぱり耳と尻尾が生えていた。

 説明しよう! 彼女たちは反町高の校門の前にいたわけである。

「なんと!? アオアオの連中は一箇所に固まって学習するのか!?」

 驚いた顔でそう続ける総帥と呼ばれた子は、腕を組みなおしてあごに手を当て、物思いにふける。

「ということはアレか、アノ中は学習用ユニットがびっしりと……」

 言ってることはワケが判らないが、どうやらカルチャーショックを受けたようだった。

「そのような文明レベルに見えますか? 総帥、無礼講で言わせていただきますと、バカですかアナタは?」

 腕を組んだ彼女の頭の横で、擬音つきでΣが跳ねて消えた。

「い、言ってみただけなのだ!」

 照れ隠しとばかりに胸をそらし、八重歯を覗かせ大声で訂正を掛ける。

 ───が、そのまま前かがみになり、ブツブツと一人つぶやきだす彼女。気のせいか、大きなネコミミまでしおれてきたように見える。

「そうさなー……、そうは見えないもんにゃー……、でもなー……、わらわの方がエライはずなのににゃー……、もうちょっと言い方ってものがあってもおかしくないよにゃー……、ブツブツ……」

 ネコつながりなのか、ネコチックな語尾を付け加えて、つながった”の”の字を書いていじけだす総帥と呼ばれた彼女。

 どこからともなく木枯らしが吹いている。夏なのに。

 しかししばらくすると、ぶんぶんと頭を振り、彼女は気を取り直す。

「む! マウラ女史! あの人ごみは一体なんなのだ!? 一体どこに向かっている!?」

 そうしてから、わいわいがやがやといった喧騒を見せる校門をびしぃッ! と指差してマウラと呼ばれた女性に問いかける。

 威厳を見せたい様子がバリバリにじみ出ていた。

「トウゲコーというものですね。常識的に考えて」

 ニ秒で玉砕。言葉の弾丸が頭に突き刺さる。

「あ、あのね、マウラちゃん? その、そのね? 常識的という表現、何気にぐさりと刺さるのであるけど……、わらわ、何でそんなに言われるのか判らないのだけど……」

 るー、と涙を滝のように流しながら、総帥と呼ばれた少女は肩を落として火の玉を背負い込んだ。でんでん太鼓の音がどこからともなく聞こえてくる。

 ついでに言うと、定規で引いたような縦線も十本ばかり眉をひそめた顔の隣に浮かんでいた。

「それに、トウゲコーってなんなのだ……? おしえてくださいマウラちゃん……」

 泣きながら、あきらめずに問い直す。

「総帥のように察しの悪い空気読めない子にサルにでもわかるくらい簡単に説明すると、家に帰る行程を言います」

「はぅー……」

 ボロクソに言われ、打ちひしがれる総帥と呼ばれる少女。カメラの下へとフレームアウトしていく。

 ソコ、カメラって? とか言わない。

 とにかく、このマウラという女性、相当容赦ない様子。

 情けのかけらも感じられない。ネットで質問したらググれカスと返すタイプであろう。

 その上ググって無ければ「じゃあ無いんだよ」とさらに傷をえぐるタイプだ。

「失礼、ですが総帥、あれほどアオアオについて勉強しとけと私は言ったはずです。自業自得と言い換えても差し障りはないでしょう。それでは無能とまでは言いませんが、限りなく無能に近い無能です。ご安心ください。死ねとまでは言いません。無能なだけですから」

「無能って……」

 千トンくらいの重りが彼女の頭の上に落ちたのが見えた。

 幻覚にしてはいやにリアルな光沢を放っている。

「無能って言われた……、無能って言われた……、四回も言われた……、おまけに死ねって……」

「死ぬ一歩手前までで勘弁してあげます。感謝してください」

 ここまで来るとすがすがしさすら感じる。

 正に取り付く島もない。

「サメが泳いでますから」

 あっはっは。それはひどい。

 さて、コチラに飛び火しそうなのでこれ以上何か言われる前に話を変えよう。

 打ちひしがれている総帥と呼ばれた子の巨大な耳に、こんな言葉が飛び込んできた。

 あはは、なにあれー。なにかなー? コスプレ? こんな場所でする人なんてはじめて見たー。ヤダ、キモーい。

 そんな嘲笑の言葉を聞き逃す、都合の良い耳など彼女たちは持っていなかったらしい。

「むむむッ!? 笑われているぞマウラ女史! このカンペキな潜入衣装に何か問題があったのであるかッ!?」

「ご無礼を承知で申し上げますと、気づいてない総帥が本当に哀れに見えてまいりました。本当にかわいそうです」

「うにゃー!! もう、なんなのだそなたはー!! いい加減クビにするぞ!? いいのかこんにゃろう!?」

 気持ちはすさまじくわかる。こんな側近はすごくいやだ。

「されたところで困りはしませんので。受け入れ先は十分にあると自負しております。逆に、私にいなくなられてお困りになるのは総帥の方かと存じ上げます。あと、野郎ではありません。言葉は正しくお使いください。程度が知れます」

 ハッと、鼻で笑うマウラ女史。もうどっちが上の立場なんだか……。

「ひぅ……、もういやなのだぁ……」

 いつでも手のひらなんぞ返せるんだよという強気の態度に、やはり折れたのは総帥のほう。

 マウラの言っている意味とは違った意味で、可愛そうに見えてくる。

「さて、弄って遊んでたら日が暮れてしまうので、説明いたしますと、強いて言えば、我らのこの耳、この尻尾、でしょうか。もっと言わせていただけるなら、総帥の髪質、瞳の色、全て原住民とは異なっています。それが彼らには面白珍しいのでしょう。……気が違った人に見えているとも考えられます」

「わらわたちはそんな公共電波には乗せられないような差別用語の人にみられているのであるか!?」

 再びΣが頭から飛んだ。

「そう思ってもらってかまわないでしょう。というか事前にリサーチしておけばこのようなことにもならなかったでしょうね。いい迷惑です。ええ」

 そっぽを向き、ふっとため息とともに皮肉めいた黒い笑みを浮かべるマウラと呼ばれた彼女。

「あ、あのぉ、マウラちゃん、もしかして、怒ってる?」

「いえ、素です。何をいまさら」

「そう……、そうであるよな……、明日、ベッドで目を覚ましたら、まな板をたたく音とともに振り返りざまにまぶしい笑顔を向けてくれて、朝食を用意してくれている優しいマウラ女史になっているなんて、想像もつかないのだ……」

「自分でもそんなキャラは御免被ります」

 ため息を吐く総帥に辛辣な突っ込みが入る。

 もはや言い返す気力もないのか、総帥はそれ以上何も言わなかった。

 ───が、ソレとは別としてはっと彼女は気がつく。

「トウゲコーということは、つまり、みんな帰ったわけであるな?」

「そのようですね」

「……それは、ヤツも帰ったと考えるべきなのであるよな?」

「然り、ですね」

「……すなわち、無駄足踏んだということなのであるか?」

「骨折り損のくたびれもうけ、ともいいます。足が太くなりますね。総帥」

 ………………。

 なんとも居心地の悪い空気が流れる。

 時間にしてどれくらいだろう。

 ちりんちりんと鈴が鳴り、すいません、ちょっと通りますよ、と二人の間をおじいさんが乗った自転車がゆるゆると駆け抜けていった。

「帰るかの……」

「そうですね」

「また明日であるな……」

「そうですね」

 そうして、二人はとぼとぼと、まだ日の昇っている公道を、歩いて帰路に着いた。

 なんかしらないけど、ご苦労様です!

 でも明日から、夏休みですよ? お二人さん。

 マウラが心底うれしそうな顔で、人差し指を口につける。

「しー……っ」

 はい、黙ってます。








「それじゃ、自分、お先ッス」

 センセーが教室から出て行ったと思ったら、群雲のヤツ、おじぎもそこそこにすぐさまカバンを提げて教室を後にしていった。

 仲間になる気、さらさら無し。

 なんかさびしい。

「……付き合い、悪いよな」

 頬杖をついてポツリとつぶやく良平に、無言の肯定を返す俺。

 がらんとした教室には、もはや俺たち二人しかいなかった。

「男でも待ってるのかね?」

 再びポツリとバカが漏らす。その根拠はどっから来てるんだか。

「もしそうなら、補修なんてかからないようにするだろ?」

「そりゃ、そうか」

 同意しながら、背もたれに寄りかかり、そのまま両腕を背もたれに掛ける良平。足も机の上に投げ出した。

 そもそもあの群雲が、男なんか作っている可能性のほうがありえないような気もする。

 失礼なこと考えているとは思うが、考える分には無罪だろう。

 いや、ちょっぴり興味あるけど。あの群雲が気を許す人ってどんな人間だろうとか。

 そんでもって、アイツがその人の前でどう変わるのか、とか。仮にもほら、俺、男だし。

「俺も彼女ほしいなぁ……。このまま魔法使いになっちまうとか、シャレにならんしさぁ」

「……魔法使いぃ?」

「ほら、言うじゃん? 童貞で三十だか四十だか過ぎたら、魔法使いになれるって」

 それ迷信。第一、お前が魔法使いになったら喜んで火の玉とか打ちそうだし。

 まぁ、そんなこと言おうものならまた変な方向に話が広がりそうなので、俺はあえて普通に返す。

「あのな、彼女が出来たら即ソッチのほうに行けると思ったら大間違いだと思うぞ。探りあいだろ、最初は」

「うんにゃー、どうにかなるんじゃね? それに彼女いない暦イコール生きてきた年数から開放されるだけでも十分幸せだと思うしさぁ?」

 あー、それはいえている。かく言う、俺自身も今のところソロで生きている。男女混合パーティーとかも経験ない。

 典型的な現代っ子ともいえる。女の子らと俺の接点はあまりに少ない。

 そりゃあ、そこそこ音楽番組やドラマ、バラエティなんかもチェックはしてるが、どれもこれもいまいち興味がわかないので、のめりこんだ話になるとついていけないのだ。

 タレントだって名前を出されても、印象に残ってる時の人か、ベテランくらいしかわからない。

 話題程度には困らないが、話題だけでモテるかといわれると、ノーである。

 それなりに成績が良かったり、体力があったり、顔が良かったり頼りがいがあったりといったステータスも十分関係してくる要素だ。

 そして、ことごとく俺にはそれらがない。

 顔はブサイクだとは思っていないが、そんなのは俺の視点からの話で、ほかの人がどう思っているかなんてことはわからないわけだし。

 やべ、また凹みそう。さっさと話題きりかえんとまた心がえぐられる。

「そんなことよりさ……。俺たちの先のこと、考えようぜ」

 力なく、俺は言葉を吐く。

 机の上には、どどん、という効果音が聞こえてきそうな、これでもかというほどのプリントの束。

 厚みにして七センチほど。コピー用紙ニセットは難いんじゃないだろうか。

 彼女、群雲夕陽の課題はカバンに収まりきるものだったが、この差はどーよ?

 お世辞じゃないけど収まらない。

 置き勉していた教科書だって回収しなきゃならないのに、科学の結晶のなんでも無限に入るポケットなんて持っていない俺たちには、この量をカバンに入れて持ち帰るのは不可能だ。

「紙袋、もらってくるかな……」

 良平の意見はナイスアイディアだったが、それもヘタすれば底が抜けるんじゃなかろうか。

「いや、その前に、教務室にまだ誰かいるのかね?」

 自分で訂正するなよ。

「というか俺、あそこの空気嫌なんだよなぁ……」

 ため息をつく良平。

 それが原因か。

「目ぇつけられてるから、とか?」

「うんにゃ、アノ部屋の腐った水槽が放つ匂いによってという方向の意味で」

 そっちかよ!

 いやまぁ、教務室には触れてはいけない魔の水槽が置いてあるのは違いない。モトモトはザリガニがいたとか。

 飼育していた影の薄い科学のセンセーが転勤によっていなくなり、ザリガニは餓死し、そのまま放置され続けていた為、バクテリアに分解されてヘドロのたまったような状態になっている水槽だ。

 ダレも手をつけようとはしないのは、自分の手を汚したくないからだろう。ビミョウな防護策としてビニルラップでフタがされているが、それでもかもし出される匂いは徐々に教務室を蝕んでいる。

 まぁ、それだけの話だ。俺はあんまり気にしていない。

 ということは、俺が行ってきたほうが早いということになるのは明白。

「しゃーねぇ、ちょっくら行ってくるさ」

 そう言って席を立つと、良平はすまなそうにウィンクをよこしながら、片手でメンゴとジェスチャーをよこしてきた。

 そう思うならお前行けってんだ。

「わりぃ。お礼は弾むからよ」

 俺がドアに手をかけたところで、良平はそう投げかける。

「お礼?」

「プリント半分分けてやる」

「ざけんなタコ!! 湯立ってろっ!!」

 怒鳴りつけて、俺は引き戸をバンと閉めた。

 まったく……。

 下を向き、ポケットに片手を突っ込んで頭をかきむしりながら中央階段へと向かう俺。

 良平のやつ、補修決定というのに、気楽なもんだ。

 教務室は俺たちの教室から校舎を挟んで上下、左右、奥行き含めて対角線上にある。

 ここが三番棟の三階でさらに右端なわけだから、教務室は一番棟の一階で、左端。

 つまり、ここからイチバン遠い場所だ。そう思うと行くのも億劫になる。あー、メンドくせー。

 そうしてうつむきながら歩いていたのが悪かったのだろう。

「おっと……」

 どんと、階段を降り切った曲がり角で誰かと肩をぶつけてしまう俺。

 悪いのは俺。顔を上げ、謝る。

「スンマセン」

「お? なんだ。灯夜じゃないか」

 耳に入るのは凛とした芯の入った女の声。視界に入ってくるそいつは、俺も良く見知った顔だった。

「ああ、道明寺先輩」

「うむ、久しいな。しかし、その先輩という呼び方、まだ直せてないようだな。私とお前の仲だというのに」

 にっと、つりあがった目を細め、白い歯を見せながら笑いかけてくる。

 いや、久しいつってもアンタ、おとつい顔つき合わせて昼飯食ったじゃないッスか。

 道明寺、奏。ウチの学校の三年にして生徒会長。女傑といって間違いのない、黒髪に長いポニーテールの似合う現代の侍。

 気立ての良い姉御肌で、剣道部の主将も兼ねている。そのためか、スラリとした均整の取れた女豹のようなスタイルの持ち主で、モデル立ちもイヤミにならない。

 白いできもの用の眼帯は、昔からのもの。

 そんなちょいと痛々しい見た目もきにならず、ミステリアスでオリエンタルな雰囲気がにじみ出ているというのは、やはり彼女が刀のような美人だからだろう。

 キツそうな顔立ちやその格好とは裏腹に、スカッとするほどサワヤカな体育会系の気前のいい先輩。

 現代の独眼流正宗か柳生十兵衛といったかんじ。

 あ、彼女のセリフについてだが、深い意味はない。

 単純に俺たちが家の関係で幼馴染をやってるだけの話。

 彼女の父親と俺の親父が親友ってだけ。

 俺たちは飲みに行くときなどに付いて行き、遊んでいたのである。

 それ以上でもそれ以下でもない。小さいころに一緒に遊んだ記憶も、もう薄れて久しい。

 そうでなくても小、中学校では地区の関係で一緒にはならなかったし、彼女とは高校で再会しただけで、そこからの接点もそんなに多いものじゃない。

 そりゃ、彼女の豹変振りには驚いた。白い眼帯なんかつけてるし、生まれてきた時代が違いすぎナンじゃないかというほどの違和感バリバリのあのしゃべり方になってるし、んでもってそれらを帳消しにするほどに魅力的な女性になってたこと。

 アヒルかと思ってたら白鳥だった、というやつで、今となっては俺の中では大出世した高嶺の花の代名詞。

 当然、手なんか届かないヒトになっちゃったわけで、甘酸っぱさなんて期待しないでほしい。

「いや、でも、今さらカナデちゃんなんて呼ぶのはアレじゃないッスか?」

「うーむ、確かに、こそばゆいものはあるが、そのしゃべり方も含めて減点一だな」

 腕を組んで、うなる道明寺先輩、もとい、奏ちゃん。減点好きだな相変わらず。俺の場合は逆にマイナス加算されてるはずだ。

「最近、オマエとも接点がないからな、そうなってしまうのもしようがないのかもしれないが、親しくしていたことには変わりなかろう? だからあまり他人行儀に接されると寂しく思ってなぁ」

 しみじみと語りだす彼女。親しく、といわれたところでピンとはこない。

「はぁ」

「おっと、どうでもいい話だったな。とりあえず簡潔にまとめると、私は友人といえる人間がいないからな! この間から言ってるとおり、昔どおりやってくれるとうれしいというだけの話だ」

 うはー、ぶっちゃけたなー、この人。

 自分で言うかね、胸張ってトモダチ居ないって。

 竹を割ったような性格のためか、自虐ネタですらすがすがしい。

 そりゃ、彼女ほど渋いシュミの同年代の女の子なんて、本当に天然記念物といって差し支えないだろう。生き物が違うともいえる。

 頼りにされている姉貴分だが、その実、心を割って話せる相手というものに縁がないのだろう。

 いい人過ぎて人が寄り付きにくいというのもあるだろうし、高嶺の花ゆえの高潔さが周りにそうさせるのもあるだろうし。

 実際、何でもかんでも一人で背負い込むタイプだしなぁ、この人。

 けれど───

「それって今言うべき話なのかね……」

「おお、そうそう! その調子だ! その馴れ馴れしさが懐かしい!!」

 目をへの字にまげてうんうんとうなづく彼女。

 ……飢えてるなぁ。

「それでだ、明日から夏休みだが、開けっぴろげに言ってしまうと私はやることがまるでない! 要するに寂しい。ゆえに構え!」

「無理」

 補修あるし。

 ぴしゃあんッ! ごごごん……!

「何……、だと……?」

 雷が、落ちた。暗い彼女の背後に。ご丁寧に大木まで割れるシルエットがはっきりと。

 奏さん、まぁ折り合いをつけて今度からそう呼ぼう、その、彼女の顔が呆然としたまま固まる。

「そ、それは、な、何か……? 私のようなむさっくるしい女とも思えないゴリラ女とは遊べないという、そういう意思表示か?」

 わなわなと震えながら、ポケットから黒い筒状のスティックを引っ張り出す奏さん。

 というか勘違いもはなはだしい。

 あんたゴリラだったら他の人はなんだよ。エーリアンですか? スライムですか?

 行き過ぎた自己批判は他人にとって不快だとおもいますよ?

「いや、違うって……」

「いいや、そうなのだろう!? どうせ、どうせ私なんかと一緒に行動してたら皆逃げていくと、そう思っているんだろう!?」

 うるうると目に大粒の涙をためながら、右手の中に納まった黒いスティックをぶんと振る彼女。

 次の瞬間、遠心力により、ジャキジャキジャキンッと物騒な音を鳴らし、その筒から金属質の棒が伸びた。

 指示棒に近い、が、太さも長さも段違い。

 ひゅん、というシンプルな風きり音の後、俺の目と鼻の先にその切っ先が向けられる。

 どうやら携帯型痴漢撃退用のスティックらしいが、その先っちょには『入魂! 根性棒・生徒会備品』というタグがついていた。

 剣、といっても差し支えない。棒きれを素人が使うのとは意味が違う。

 長物は剣道家が使うと凶器になる。

「って、まてまてまて! それはマテ!!」

 あんた剣道部主将でしょ!? しかも段持ちでしょ!? 剣道三倍段って言葉シラナイとは言わせないよ!?

「私は確かに嫌われ者だ、だがな、お前にまで嫌われているとは思いもよらなかったぞ? 秋月灯夜ァッ!!」

 いや、嫌ってなんかいねぇし!? むしろ、いい人だと思うよ奏さん!? 実際、狙ってる男子多いしさ!?

 正直、こんな人と恋人になれたら、とか考えた夜は俺も多い。はかない夢と判っちゃいるが。

 ってそんなこと言ってる場合じゃねぇよッ!?

 顔の横にスティックを水平に構えたかと思えば、次の瞬間、「はぁっ!」と短い掛け声とともに俺に向かって、振りかぶった正面からの一刀を振り下ろす。

 がきん!

 硬質な金属と金属がぶつかる音が短く響く。

 俺はとっさに脇にあった消火器で振り下ろされたスティックを十字に受け止めていた。

 べっこりと、消火器の腹が凹んでいる。

 あ、あぶねー!? 全力!? もしかして全力!?

 ありがとう防火法。命、救われました。

「こら! 防ぐなッ!!」

 ムチャをおっしゃるお姉さん!?

 視界の端が振るわれる金属の光を捉える。

 前髪をかする、鉄棒。

「ちょっ、おわっ!?」

 続けざまの大振りなニ、三撃が俺に襲い掛かる。

 それを後退しながら受け止める俺。

 なんとか防ぐことが出来たのは消火器の表面積のおかげもあるだろう。

 防ぐ際に襲い掛かる衝撃はダイレクトに伝わり、手にビリビリ来る。

 こんなの食らったらホンキで病院に運ばれてしまう!?

 そんな雑念が集中力をきらせたのか、それとも後ろに目がついてないのが悪いのか──

「あっ!?」

 という間にハマリの悪いタイルの角に足を捕られ、どてんと、俺はしりもちをついてしまった。

 いてぇ! そしてマズぅ!?

「でぇあっ!」

 縦一文字の唐竹割りを、再び十字に受け止める。握りつぶされた空き缶のごとく、べっこべこに凹んだ消火器で。

 よくもまぁ粉が噴出さないもんだ。とはいってもそろそろ限界か!?

 そのまま、競合い状態を維持する奏さん。

 次に打ち込まれることになるとすれば、今度こそかわせない。

 何度も言うがこちとら消火器だ。

 振り回すだけでも腕が疲れる! 人差し指と親指の間がダルい!

「セ、先輩、落ち着きましょう! 深呼吸! 深呼吸ですよ!?」

「いいや落ち着かん!! せっかくの夏休みというのに、スケジュールが学校に来ること以外真っ白な私の気持ちがキサマにわかるか!?」

 ああ、刺さるくらい判ってしまうっ!

 俺も夏休み棒に振ったしっ!

「よくわかります! よーくわかります!! だからそろそろ落ち着いて……!」

「貴様にわかってたまるかぁッ!!」

 ──ッ!

 思わず俺は目を瞑る。

 しかし、恐れていた一撃が打ち込まれることはなく、彼女はスティックから力を抜く。

 顔をくしゃくしゃにして、だ。

「うぅぅうぅ……、好き好んでこんな性格に育ったわけではないのに……、なぜ、幼馴染にまで嫌われなければならないのだぁ……」

 いまにもぽろぽろと涙を流そうかというほど落胆し始めた奏さん。ぺたんと廊下に座り込み、めそめそとべそをかきだす。

 不謹慎ではあるが、年上とは思えないほど、かわいいと思ってしまう。

 いや、うん、なんかこう、キュンとくるな、こんな奏さん。展開いきなりすぎるけど。

 ってそうじゃなくて。

「あのー……、奏さん?」

 消火器をソコに置き、語りかけてみる。

「なんだバカ! アホウ! このトウヘンボク!」

 じたばた。

 うーわー……、幼児退行はじまったよ。

「嫌いになんかなってませんって。遊べないのは単純に、俺が補修食らったからですから」

 ぴたりと、彼女は泣くのをやめ、俺を見上げる。

「ほ……、しゅう……?」

「そ、補修です。今年は夏休み、ないんすよ。俺」

 ぶっちゃけて、一息。

「…………」

 しばらく何かを考えたかと思うと、奏さんは床から立ち上がり、ぱんぱんとスカートを払う。

 そうしてぽんぽんと、俺の肩を軽くたたくと───

「それならそうと最初からいってくれればいいものをッ!」

 ぱぁーっと満面の笑顔でサワヤカに言い放った。

「──切り替え早ぇえッ!?」

「うん、それならしょうがないな」

 うむうむと頷き、一人で納得する彼女。

 彼女の饒舌な舌が高速回転を始める。

「まぁ、私も夏休み中は生徒会の仕事もかねて学校に来るつもりではあったし、そういう意味ではお前と二人、夏休み中遊べる時間も取れるかもしれないというわけだ。なんなら補修期間中、教えに行ってもかまわないだろうしな。そうすればお前も少しは楽になるというものだろう? ただ、問題は去年のことゆえ忘れていることも多そうだが、それはまぁ何とかなるだろう。なに、ちょうど良い。推薦が通ってしまったものだから宿題もなく、学力の低下が気になっていたところだ。なにより他ならない幼馴染の危機であるし? 私としても有意義な暇つぶしができるわけだからな。ちなみに幼馴染というところがポイントだ。テストには出ないが、もう一度言おう、幼馴染、であるところがポイントなのだ」

 まくし立てるその唇はまるでマシンガン。何が言いたいのかもわかりゃしない。

 辛かったら読まなくていいよ。さっきのセリフ。たいしたこと言ってないから。

「は、はぁ……」

 えーと、で、何の話だっけ? と思考をどうにか呼び戻そうとする俺に、はっと彼女は何かを思い出す。

「おっと、こんなことをしてる暇はなかった。学校に残っているものがいないか、見回りの最中だった」

「あ、ああ、そ、そうなの……?」

「うむ。では、お互い有意義な夏にしようじゃないか。いいな補修ッ! がんばれよ補修ッ! 語り合う友がいるって良いものだな補修ッ!」

 ぽんと俺の肩に手を置き、きらきらと輝く瞳を向ける、彼女。

「補修ってそんなにいもんじゃないですけど……」

 ぱたぱたと手を振る俺だが、奏さんは見向きもしない。

「うむ、最高だ補修ッ! この学校にそんなシステムがあってよかったッ! いやー夏休みが楽しみだっ! はっはっはっはっはっ!」

 俺の話など聞く耳持たず。右から左へ馬耳東風。

 しゃきんとスティックをたたみ、プリーツスカートのポケットに突っ込むと、彼女は後ろ手に俺に手を振りながら、廊下をからからと笑いながら歩いていく。

 そ、そんなにうれしいのか……、奏さん……。

 腰まであるポニーテールが歩みと共に上下する、その後姿を見送った後、俺は思わずハンカチを手に取った。

 ホロリときた。

 友情に、本当に友情に飢えてらっしゃる……。

 しかし、なんというか、嵐のようだった。

 そう、アレが奏さんなんだよ。

 アレさえ、アレさえなければ……ッ!

 あの自己暗示の激しい、悪気のない、人の話など聞く耳持たずなアノ性質さえなければッ!!

 周囲も振り回されやしないだろうにッ!!

 そういえば、あの人に友達がいないことに該当しそうな理由がもう一つあったのを忘れていた。

 疲れるんだよな。奏さんと付き合うと。







 ぎり、と彼女の歯がくわえた親指の爪を鳴らす。

「判ってない……」

 苛立ちそのものを口にする彼女。眉と眉の間にはしわが寄り、存外納得いかないといった表情を浮かべている。

「気に食わない……、なぜ気がつかない……。お膳立てはしてやっているだろう……!」

 何のための命か、アイツはぜんぜん判っていない。

 このところ、アイツの行動は目に余る。

 ココまですれば気がついて当然、察して当たり前だろう。

 三千世界を眺めてきたが、ここまで苛立ったのは初めてだ。

「いい加減、そろそろボクの目論見どおり動けよ……ッ」

 そのつぶやきは、ゲームに癇癪を起こした子供に似ていた。







 なんとか荷物をまとめて家路につくころには、時計の針も普段どおりの時刻となっていた。

 夏ということもあって、まだ日は高いが、ケータイの画面の長針は、もうすぐ五時を指そうとしていた。

 なんだかんだで今日はやたらと一日が長かったような気がする。

 げっそりとしたまま、華やかさのかけらもない帰り道を歩く。

 このへんは時代に置き去りにされたような、のんびりとした空気が漂っている。

 畑に空き地、数え切れる程度の家の数。隙間からは景色が見える、市の中の空白地帯。

 そんな中に俺が住んでいる家がある。

 ホラ、そうこうしているうちに見えてきた。

 一軒家というのも少し変か。

 そこはアパートのような門構えに、一家族が住むには広い建物。看板だって掲げてある。

 書かれている文字を読めば、『メゾン・ニューハイツ』。いやはや、センスのかけらもないね。

 今では珍しい、合宿所をそのまま住処にしたようなものだ。

 こんなでもれっきとした俺の実家。ここまで来るとほっとするものがある。

 さて、ただいまといいたいけど、成績のことを言うのは、気分が重い。

 今日何度目のため息だろう。

 俺の肩も普段より当社費二十パーセント前後下がっているのが、感覚としてわかる。

 後ろめたいよな、と思いつつ、眉にしわを寄せながらも、門を開こうと手を掛けたそのとき──

「あら、おかえりなさい。終業式にしては遅かったのね?」

 俺の背中に声を掛ける人物がいた。

 とたん、ぎくぅ! という擬音と共に心臓が俺の中で飛び跳ねる。

 よりにもよって……、今、このときかよ……!

「あ、ああ、うん。ただいま、弥生さん」

 振り返ると、年上の、黒髪を一本のお下げにまとめた女の人が、俺に向かって柔和な笑顔を向けていた。

 無地のTシャツにジーンズ。

 両手に提げているのはスーパーの袋。はみ出したネギやごぼうが、主婦してます、といった雰囲気を助長している。

 いや、主婦つっても、この人結婚してるわけじゃないんだけど。

 彼女は秋月、弥生。名前からわかると思うが、俺の親戚になる。

 正確に言えば、叔母に当たる人。

 叔母といっても俺と年が離れているとかそういうことはなく、俺と弥生さんの年齢差はわずか五歳しか違わない。

 彼女もまた、二十ニ歳とまだまだ若い。

 父さんとは一回り以上離れて生まれたことがその理由だ。てかどこで遺伝子配列が間違った? というほど、俺らの家系の中では美人である。

 このメゾンの管理人であり、さらに俺にしてみれば姉代わりであり、母親代わりの頭が上がらない人である。

 しっかりモノだが、そのくせどこか抜けている、いまどき珍しい温和で化粧ッ気のかけらもない女性だ。

 にふ、と俺の反応を見てさらに頬を緩ます弥生さん。年上補正を省いたとしても、相変わらずきれいな人だとは思う。

 俺の脇に立つと、俺に代わって門の戸をきいと音を鳴らして押し開ける彼女。

「ちょーっとまっててね。今日はおいしい肉じゃが作るから。おなかすいてるでしょ?」

「ま、まぁ、うん」

 この自然な優しさがけっこう今の俺にはキツい。

 しまった、このまま晩ご飯とかになったら、気まずさはひときわ大きくなるんじゃなかろうか。

 今のうちに言ってしまうべきだろうか……。

「あ、あのさ……、弥生さん」

 意を決し、入り口へと向かう弥生さんの背中に声を掛ける。

「あ、そうそう、今日は兄さんも帰ってきてるから。三人で食事できるわよ? 兄さん、忙しいのに無理しちゃってさ」

 が、それも彼女の一言でふさがれてしまった。

 うーん、親父、帰ってるのか……。

 ニコニコ顔でそう俺に伝える弥生さんに、足元がぐらつくような感覚を覚えてしまう。

 なにせそれは、親父にも報告しなければいけないということ。

 いつもは仕事仕事の仕事人間のクセに何でこういうときに限っているかなぁっ!?

 そして、それでか───、とも思う。

 弥生さんはおにいちゃんっ子だ。つまり、俺の親父を慕ってやまない。

 ブラコン過ぎて恋人も今までいなかったというから手に負えない。幸いなのは親父が彼女に妹以上の感情を持っていないことだが……。

 いつも以上に機嫌がいいのはそういうこともあるからだろう。

 ダメだ、やっぱ今は言えない。

 そんな気分がよさ気な弥生さんに凹ませるかもしれない報告なんて……!

 しかも、親父も帰ってるとなると、余計に言い出しづらい……!

 うじうじと悩んでいたのを感じたのだろう。弥生さんが俺のほうへとまた近づいてくる。

「どうしたの? もしかして、外でご飯済ませちゃったかな?」

「ああ、いや、違うんです、違うんですけど、ね……」

「なら、早く帰りましょ」

 むんず、と俺の肘を掴む弥生さん。

「あ、ちょ、ちょっと!?」

「ご飯は炊いておいたし、あとは惣菜をおかずにして……、あ、ビールも用意しないとね。買い置きあったかなぁ?」

 鼻歌を口ずさみながら、ずるずると俺を引きずっていく弥生さん。

 こんな細腕のどこにこんな怪力が潜んでいるのか。俺はひじをつかまれただけで身動きが取れなくなってしまった。

 ま、まだ心の準備が……!

「そうそう、あとでちゃーんと成績表見せなさいね?」

 放たれる死刑宣告の言葉が、俺の脳髄に突き刺さる。

 俺の中から、魂が抜けた。

 やっぱり気にはしてたんですね。弥生さん。

 そりゃそうだよなぁ……、今日終業式だったって、わかってるもんなぁ。

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