【ポッキーの日百合】 ポッキー好きの私には、ポッキーゲームを知らない幼馴染がいる。
暖房の入っていない化学準備室は寒い。
私と幼馴染の紫乃は、今日も二人きりで紫乃の作ってくれたお弁当を食べている。
窓辺に並べた水筒の中身は、温かい緑茶だ。
「あぁー、今日も紫乃の玉子焼きは美味しいねぇ」
「そう?」
私好みの甘い玉子焼きの後味を堪能しながら、うっとり溜息をついている私とは対照的に、紫乃は授業のノートでも取っているかのように落ち着きはらって食べている。
「紫乃の料理って全部美味しいよね、私ってばすごい幸せ者だよ」
長い黒髪を耳に掛け、静かに箸を口に運ぶ紫乃を見ていると、自分が学校にいるのか料亭にいるのか分からなくなるくらい、彼女の食べ方は上品だ。
「あとコロッケも美味しいし、サバの塩焼きもすごく良かった!」
「……最近はあまりお肉入れなくてごめんね」
紫乃がぼそりと言う。
「お肉、こないだ沢山食べちゃったから……」
「あ、いいよ! そんなの全然大丈夫だよ! タコさんウィンナーも入ってるしね、ほら?」
この前のハロウィンを思い出しそうになって、私は慌ててお弁当箱の片隅にいたタコさんウィンナーをパクリと食べて見せる。
「そ、そうだ! 今日はさ、11月11日じゃない?」
「そうね、それがどうかしたの?」
お弁当を食べ終わった紫乃が水筒のお茶をゆっくりと啜る。
「だから、11月11日だよ?」
私もお茶を飲む。
濃い目で美味しい。
私の好みをどこまでもよく分かってる。
「知ってるわよ。グレゴリオ暦で年始から315日目で、年末まではあと50日しかないのよね」
お茶を飲み終わり、紫乃は物憂げな顔で壁のカレンダーを見上げる。
二年前のだけど。
「じゃなくて!」
私に突っ込まれても紫乃は至って真面目な顔をしている。
こうしていれば凄く賢くて常識的に見えるのに、たまにいきなりとんでもない事を言い出すのが紫乃なのだ。
そして、やっと思い出したというように、ポンと両手を叩いた。
「あ、そういえばエマニュエル・デュ・マルゲリーの誕生日だったわね」
「誰よソレ!?」
もう昼休みが終わってしまう。
説明は、家に帰ってからでいいか。
「今日もうち来る?」
「ゆかりがお望みならば」
そう言って紫乃はふふっと微笑む。
そうだ、私の誘いを紫乃が断った事は、一度もない。
「……で、その1が4つ並んでるからポッキーの日な訳なの!」
「ちょっと納得しがたいわね」
私は自分の部屋で紫乃に力説していた。
二人共パジャマ姿で、ラグマットの上のクッションで並んで座っている。
(もうこのまま一緒に住んじゃいたいけど、でも……紫乃には紫乃の考えがあるんだろうな……)
頭の片隅で不埒な事を考えながら、私はキッチンから持って来たポッキーを掲げて見せる。
「だから、ほらポッキー食べよう!」
「でもその理屈だとうまい棒でも煙草でもストローでも……」
紫乃は、まだしかめ面をしてブツブツ言っている。
「はいはいそうなんだけど、とにかくポッキーの日!私、ポッキー大好きなの!だから楽しみにしてたの!分かった?」
「……分かった」
生物研究会の会長様はやっと頷いてくれた。
「ゆかりはお菓子の中でポッキーが一番好きだったものね」
「……あれ、そんな話したっけ?」
幼くして両親を亡くして劣悪な経営の施設に入れられた私は、背が小さかったせいか、何もしないのによく職員達に虐められた。
同じ境遇のはずの子供も、私を人形か何かのように肩が外れるまで振り回したり、殴ったり、服を破いたりした。
そんな毎日の中でたまにありつける僅かなおやつが、幼い私の一番の楽しみだった。
そんな私を救い出してくれたのが、この紫乃だ----。
「木の洞で貴女を見付けて食べようとした時、貴女のそれまでの記憶が急に流れ込んで来て……その時に、見えたのよ」
「……そんなのまで見えるんだ……やっぱり紫乃は凄いね」
紫乃が人外であるという事実はやっぱり変わらない。
そんな彼女がどうして私をここまで守ってくれているのかは、聞きたいけれど怖くて聞けない。
怖いのは、この幸せな時間が壊れてしまう事----。
「……で、ポッキーの日はポッキーゲームをするんだよ!」
わざとらしいくらいに明るい声で宣言する。
「箱を一回叩いたら中のポッキーは何本になりますか? とかそういうやつ?」
「違う違う!」
そうだよと言ったら真顔で箱に手を伸ばしそうなので、私は急いでポッキーの箱を開け、中から一本取り出す。
「これを二人で咥えて両端から食べていくの」
「で、どうなるの?」
うッ、と私は言葉に詰まる。
同じくらいのスピードで食べて行って、真ん中あたりで自然にキスする事になるためのゲームなんです----と真面目に説明しようとすると、めちゃくちゃ恥ずかしくなってしまった。
「……え、えと……沢山食べた人が、勝ち……かな」
「ふーん」
興味なさそうな返事をしながらも、紫乃は「じゃ私はこっちにするね」とチョコのかかってない方を咥える。
「じゃあ、始めます……!」
向き合った私が咥えても紫乃は咥えたまま食べる気配がない。
仕方ないので私がもそもそと食べ進んでいく。
もそもそもそもそ。
紫乃のそばかす一つない白い鼻筋がすぐ目の前にある。
このままだと、もう紫乃の唇に私の唇が当たってしまう。
と、紫乃と目が合った。
「んにゅ!?」
ポッキーの欠片と舌が同時に捻じ込まれて、結局私一人で一本食べてしまうというオチで終わる。
「ふふっ、ゆかりの勝ちね」
「そうじゃなくて、ちゃんと紫乃も食べてよぉ」
まだ柔らかな舌の感触がチョコの味と一緒に口の中に残っている。
「もちろん私も食べるわよ。でも、できるならゆかりにいっぱい食べて欲しいの」
「……紫乃」
それに、と紫乃はウィンクする。
「ポッキーはまだまだあるし、私、ポッキーを一杯食べたゆかりとキスする方がいいな」
結局ポッキーゲームを最後までちゃんとしたのか、私には記憶がない----。