case1−3
1 Side:九
ひとりになった俺は、あることに気が付いた。
「そうか。わかったぞ。これは……犯人がやったんだ!」
まるで閃いたかのような物言いに聞こえただろうが仕方がない。
だって推理力がある訳ではないのだから。
「そうだ! きっとそうだ。犯人がこの事件を巻き起こしたんだ」
そんな俺の独り言に、周りにいた生徒は、教室を覗きながら呆れ顔で推理を見守っている。
「犯人はこの彫刻刀を使い、先輩の絵を切り刻んだ。なるほど!
じゃあこの彫刻刀が凶器なんだ」
一向に進展しない推理に、やじが飛び始めた。
「そんなこと誰でもわかるわ」
少しムッとしか表情を浮かべながら、教室の外に集まっているやじ馬達に俺は言い放った。
「もう分かってるんだよ。俺には犯人が。そう、この事件の犯人は……ここにいた!」
この一言に、やじ馬の誰もがこう思ったことだろう。
“だろうね”──と。
「俺って凄くない? みんな俺の推理に感心してるんだな」
思わずニヤニヤしていると、後ろから声が掛かった。
「ここちゃん、謎は語り掛けてくれたの?」
美波が華麗なる俺の推理ショーをピシャリと遮った。
「うるさいくらいに語り掛けてくるから大変だよ。で、先輩は?」
「うん。今保健室で横になってる」
「そうか。もう安心だ。犯人はいるんだから。どっかに、まだ……たぶん」
何も解決していないことは、ここに戻ってくる前に美波は気が付いていたようだ。
「ここちゃんの推理、今回はここまでなの?」
美波に催促されるように尋ねられ……。
「いや、きっと俺がまだ見落としている事がある。必ず暴いてみせる!」
「がんばってねぇ」
「犯人が捕まるまでに、俺が必ずな」
「最早、なんのこっちゃ分からない決め台詞ね」
2 Side:美波
犯人が残した証拠である彫刻刀を見た私は、あることに注目した。
「ここちゃんの持ってる彫刻刀……」
「あん? これか?」
「その彫刻刀って……もしかして」
ここちゃんの見落としを、しっかり拾う私。
「ここ見て。ほら、何か付いてるでしょ? これは絵の具よ」
「そ、そうなんだよ。この絵の具、俺も気になってたんだ。綺麗な色だよな」
「そう。綺麗な色。これは、特別に配合し……」
「配合したものなんだ! 絶対そうだ!」
あたかも自分が言い出したかのように振る舞うここちゃん。
「ここちゃん、何がどう特別なのよ?」
ちょっと意地悪して、ちゃんと気付いているか、疑問を投げかけてみた。
「こんな綺麗な色、俺の絵の具にはない。こういうのって混ぜて作るんだろ?」
「そうよ。混ぜて作る。だから……」
私は美術部全員の作品を見て回った。
「ここちゃんの言うとおり、この色は混ぜないと作れない。そして、犯行に使われた凶器に付着したとなれば、この色を使った作品があるはず。その作品の作者こそが、この事件の犯人よ」
そして、1枚の絵の前で立ち止まった私達。
「これが証拠だ!」
指を差しながら自信満々に言いきったのはここちゃんだった。
「ここちゃん。そっち違う。こっちこっち」
伸ばされたここちゃんの指を掴み、別の絵へと向きを変えた。
「これが証拠だ!」
まるで何事もなかったかのようにドヤ顔をきめるここちゃんに、下唇を噛み締めて笑うのを我慢した。
「ここちゃん、ここちゃん。ちょっと違うと思う」
小声でここちゃんに指摘する。
周りの生徒はその的外れな推理に失笑している。たまに的を射ている推理の時もあるけれど、それは稀である。
「何だよ美波。今いい感じに謎が解けかけているのに」
ちょっと良いところを遮られ、拗ねたような表情をするここちゃん。
「だから、違うんだって」
「何が?」
このやりとりを周りの生徒はきっと、面白おかしく見ていることだろう。
ただ犯人だけは、心穏やかではない時間を過ごしているに違いない。
「ここちゃん、目の付け所が全く違うよ」
私がここちゃんに呟くと……。
「真相が推理を後押ししてくれてるんだ。俺に任せて。大丈夫、サラッと解決してみせるから」
いつもそう。ここちゃんは何故か自信満々なのだ。
「まずこの絵。ここに注目して欲しい」
真剣な眼差しのここちゃんは、絵の一点を指差した。
「これ」
「それがどうかしたの?」
「この絵の作者は、何でこんな物を描いたのか」
私も、やじ馬達も、ここちゃんの言葉を固唾を飲み待っている。
「ここに描かれているこれ。これは………………何?」
「えっ? 何って?」
「えっ? いや、これ何かなぁって思って」
「事件と関係無い疑問じゃん!」
あちこち動き、見る角度を変えながら、ここちゃんは謎を解こうとしている。
「気にならない? 何描いたのかなぁって」
いつまでもそこに拘るここちゃん。
「ここちゃん。新しい謎増やさないで。いい? 彫刻刀に付着していた絵の具は、この絵にしか使われていない色なの。つまり、犯人はこの子」
美波はとある生徒の前に立ち、肩にポンと手を置いた。
「し、知ってるし。ずっとそう思ってたわ。あ〜、何か先に言われちゃったな。残念残念」
明らかに私に言われるまで、犯人が誰か分かっていなかったであろうリアクションは、その場の空気を凍りつかせた。