case1−2
1 Side:九
俺と美波が通う星見台高校では、今日から2泊3日の部活合宿が始まる。
部に所属していない、いわゆる帰宅部の俺は、期末試験の出来が良くなかったが為に、補習という名の地獄の合宿に参加することになったのだった。
「じゃあここちゃん。しっかり頭使ってきなさいね」
「なんで補習と部活の合宿先が同じなんだよ! 騒がしくて勉強集中出来ないだろ」
「ウチの学校は部活の合宿にも力入れてるから、美術部だけじゃなく運動部も合宿だって聞いてるよ」
「マジかっ、女子運動部も?」
「ここちゃん」
「なんだよ」
「補習頑張らないと、単位落とすよ」
「わかってるよ。俺はやれば出来る子なんだからな」
ひとり愚痴をこぼしながら補習会場に入っていく俺。
2 Side:美波
「私も行きますか。美術室からなら、ちょうどこの辺が見えるから、サボってたら携帯鳴らしてやろう」
私は美術部に所属しているので、夏休み明けに催される展示会に出品する作品を完成させる為、この合宿に参加しています。
「美波先輩、ここの部分がいつもうまくいかないんです」
「ん? どこ?」
美術部は仲が良く、笑いの絶えない部活です。よく私も相談を持ちかけられます。
「それはパースがうまく取れてないからだよ。3次元を2次元に落とし込むのは難しいからね。私なら写真に撮って、2次元を参考にするかな」
「なるほど。私もそうしてみます。ありがとうございました」
ふと、窓の外に目を向けてみると……。
「おや? 何を見てるんだろう」
ここちゃんの視線を追った私は、すかさず携帯電話を取り出した。
「テニス部はいいから、鼻の下伸ばしてないで授業に集中……と」
メールを送信した数秒後、キョロキョロと辺りを見渡し、先生に注意を受けるここちゃんを確認した私は、上機嫌で筆を走らせた。
3 Side:九
補習合宿者や部活合宿者のために時を知らせるチャイムが鳴る。
「やっと昼休憩だぁぁ!」
「九! それくらい勉強にも力を入れてくれ!」
補習担当の教師に突っ込まれ、教室は笑いに包まれた。
お昼は食堂からお弁当を受け取り、自分達の教室で美波と待ち合わせることになっているのだが、この時はまだ、これから起こる事件のことなど、想像すらしていなかった──
お昼休憩は1時間ある。
昼食を食べ、雑談をするには充分といえる時間だ。
「美波はちゃんとやってるのか?」
「ここちゃんとは違うからねぇ」
「じゃあ午後は交換してもらってぇ」
「何が、してもらってぇよ。ここちゃんの補習なんですからね」
補習で喋らなかった分、ここぞとばかりに話していると……。
「きゃあぁぁぁぁ!」
女性の叫び声が校舎に響き渡った。
「上の階から聞こえたよな?」
美波に確認する。
「うん。ここちゃん!」
「おう! 急ごう!」
ふたりで声のする方へ向かって駆け出した。
校舎の上の階には特別教室が集中しており、行き来は階段でしか出来ない。
「ここか!」
ドアノブを回し勢いのまま開けた。
「……これは」
「……酷い」
思わず言葉を失ってしまうような光景が広がっていた。
「み、美紗子先輩」
ショックでその場に座り込んでいるのは、美術部3年の岡部美紗子。美術部部長だ。
美波は心配そうに声を掛けると、傍に寄り添った。
俺は周囲を観察しながら美波達の脇を通って、状況把握に努めた。
「絵が切り裂かれてる。凶器は……これか」
作品が置かれた大きなイーゼルの近くに、彫刻刀が一本落ちているのを確認した。
「美波、先輩を保健室に連れて行ってやってくれ。その間に俺が、この事件の謎を解いてみせる」
落ちている彫刻刀を見つめ、俺はひと言──
「謎が語りかけてくる」