case1−1
「ここちゃん、早くしないと補習に遅れるよ」
俺、兵衛九を迎えに来たのは、幼なじみの早瀬美波だ。
「美波は補習ないだろ? ていうか、いつまでその呼び方するんだよ。高2で“ここちゃん”は無いって」
「高2で補習も無いよ。ほら、いい加減起きなさい!」
空はどこまでも高く、蝉の声と太陽が主人公の季節。
そんなある日、俺と美波は悲惨な事件に巻き込まれることとなる──
学校の最寄駅に着き、美波と歩いていると、両手に荷物を抱えたお婆さんとすれ違った。
「ばあちゃん、荷物重そうだね。駅まで行くの?」
俺は見兼ねて声を掛けた。
「お兄さん。ご親切に声を掛けてくれてありがとう。休み休み行くから大丈夫よ」
そう答えるお婆さんに、とびっきりの笑顔でこう続けた。
「駅まで荷物を運んであげるくらいへっちゃらだよ」
俺はお婆さんの荷物を持つと、駅まで引き返すこととなるが歩き出した。
「いいことしてる。いいことしてるんだけど、残念ながらこのペースだと遅刻決定ね」
「いいんだよ。ばあちゃんほっとけないだろ?」
お婆さんの歩幅に合わせ、急かすことなく歩く俺。
そんな後ろ姿を見ながら美波は……。
「そういうとこ、評価されないよね。ここちゃんは」
お婆さんは持っていたバッグから日傘を取り出すと、俺の方へと腕を伸ばした。
「ばあちゃん、ありがとう。今日も暑いね。日傘って意外と太陽を遮ってくれるんだね。初めて知ったよ」
「最近は、男の子も日傘使うんでしょう? 日傘男子がどうのって朝のワイドショーで何やら盛り上がってたのを観たよ」
ふたりの間にゆったりした時間が流れた。
しばらくして駅に着くと、荷物をお婆さんに渡し、俺は美波の元へと走った。
「いやー、いいことした。これで補習チャラになるよね」
「ならないよ! で、随分身軽じゃん」
「ちょっとお兄さん! 忘れ物だよ」
「あっ、俺の鞄!」
慌ててお婆さんの元に戻り、お礼を伝えた。
「ばあちゃん、ありがとう。助かったよ」
「暑いから気をつけるんだよ? それから荷物、ありがとうね」
「いいんだよ。じゃあ行くね」
時々振り返りながらお婆さんに手を振ると、俺のことを何も言わず待ってくれていた美波が口を開いた。
「早かったね。お婆さんの恩返し。私はいいんだけどさぁ。ほら、補習で遅刻は、先生怒るんじゃないかなぁ」
自分でも分かるくらい、見事なまでに顔が引きつっている。
「い、急ぐぞ美波っ!」
「だからさっき遅刻って……ちょっと、置いてかないでよ。ここちゃん!」




