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第九十七話:粗雑な侵入者

 

 故郷を捨てて傭兵を選んだベルノアと、故郷に残って戦うことを選んだラチェッタ。その差は大きい。

 彼女は自由を知らない子供だった。商業国の弾圧。ルートヴィアの地で行われた代理戦争。そして大国の支配。自由をさも素晴らしいものだと語る大人たちに囲まれた影響により、彼女は解放戦線を祖国の英雄として心酔するようになった。


 戦うことしか知らないのだ。ユーリィだって言った。戦う者にのみ機会チャンスは訪れる。自由を得たければ強者になれ。


「意外とすんなり入れたな……」


 ラチェッタは慎重な足取りで艦内を進んだ。慣れない隠密行動に心臓が早くなる。


「どんだけ複雑なんだよ、この船。さてはベルノアが改造したな。くそっ、無意味な扉をつけやがって……!」


 ベルノアの気分次第で改築された船内は非常に混沌としており、制作途中に飽きて放棄された扉が当たり前のように残されている。ラチェッタが腹を立てるのも無理はない。隊員ですら船の構造を覚えるのに苦労したのだから。


 ラチェッタの目的はミシャの装備を破壊することだ。経験を重ねた傭兵ほど馴染みのある銃を愛用する傾向があり、ミシャも小回りの効く小銃を好んで使っている。それを破壊すればいかにミシャといえども前線に出るのは難しいはずである。


 とにかくミシャが作戦から外れたら良いのだ。この戦いに第二〇小隊の力が必要なのは理解しているが、ラチェッタにも譲れないものがある。解放戦線が戦う原動力は誇り。裏切り者と手を組むのは許せなかった。


 加えて、第二〇小隊ならばミシャが抜けても問題なく力を発揮してくれるだろうという打算もある。なぜならばイヴァンがいる。ソロモンがいる。ベルノアはあまり期待していないが、新しく狙撃手も入隊した。ラチェッタからすれば十分な戦力だ。


「ちっ、誰かいるのか……!」


 前方から大きな影が歩いてくるのが見えた。あのゴツゴツとした姿はソロモンだろう。


(第二〇小隊は全員が人間離れした感覚を持っているからな、気をつけないと……)


 封晶ランプに照らされた影が、大きく、化け物のように動いた。一瞬止まってラチェッタのいる場所を向いた時、彼女は心臓が止まるかと思った。大きな影はコツ、コツ、と硬い足音を鳴らしながら去ってゆく。


「ふう、流石はラチェッタ様の隠密技術ってな」

「はあいラチェッタ。やんちゃな泥棒猫ね」

「キャァッ……!」


 ぐるん、と宙吊りになったナターシャが目の前に現れた。年頃の少女のような悲鳴をあげるラチェッタ。彼女は脱兎の如く逃げ出した。


「やあラチェッタ。意外と可愛い悲鳴じゃないか」

「キャァッ……!」


 挟むようにしてぐるん、と現れるもう一人の仲間、リンベル。ラチェッタは思わず尻餅をついた。そんな彼女を見て心底楽しそうに笑いながら悪戯娘が地面に降りる。


「なっ、なんでそんな場所から現れる!?」

「あなたの姿が見えたから後をつけてみたの。中々の腕前だったでしょ」

「伊達にヌークポウの警備隊から逃げ回ってたわけじゃないからな。あー、楽しかった」


 ナターシャが流れるような動作で愛銃を抜いた。錆びも歪みもない、白くて美しい拳銃だ。それをラチェッタに向けて彼女は問う。


「それで、あなたは第二〇小隊の船に何の用?」


 前に白金、後ろにジャンク屋。ラチェッタに逃げ場は無い。


 ○


 彼女の目的を聞いたナターシャは大きくため息を吐いた。


「ばっかばかしい……」


 ローレンシアと戦うというのに、味方の戦力を削ごうとするなんて愚かにもほどがある。しかも第二〇小隊は雇われた側だ。極めて非合理。そして不義理である。


「うるさい! 無関係な奴が首を突っ込むな!」

「これから戦争をするってのに関係も無関係もあるもんか。むしろ私みたいな、冷静な目で見れる第三者が必要じゃない?」

「必要ない! あたし達の問題だ、あたし達が決める!」

「そもそも私だって第二〇小隊なんだけどね。ちゃんと関係者だけど、その辺りはどう?」

「でたよ、私の嫌いなへりくつだ。あんたみたいな奴らが戦争をややこしくするんだ」


 何を言っても駄目そうだ。ナターシャは首を振る。


「ラチェッタは考えるのが嫌いなのね。いかんせん、世の中にはあなたみたいな人が多すぎるわ」

「馬鹿にするな……!」

「黙りなさいな」


 彼女は冷めた目をしていた。


「あなたの行動は本当に迷惑なの。第二〇小隊が今回、条件付きで雇われているのは知っているでしょう? 我々はあくまでも手を貸すだけであり、解放戦線とは異なる目的がある。もしもあなたのせいでミシャが戦えなくなり、第二〇小隊の任務に支障が出たらどう責任をとってくれるのかな」


 ラチェッタが下半身の力だけでバネのように立ち上がった。この猛獣は突きつけられている拳銃が見えないのか。


「だあーもう、わからんわからんわからん! だが、あんたは腹が立つから殴る!」


 彼女は猛然と掴みかかった。対するナターシャは「そのほうが話が早いか」と、どこか諦めた様子。左手を前に出し、顎を引き、腰を落として猛獣に構える。


 ラチェッタは力のままに右腕を振るった。女子供だからと手加減はしない。体躯は明らかにラチェッタの方が大きく、特に女性の中でも細身なナターシャとは男女に近いほどの体格差がある。


「ハッ……!」


 ナターシャは冷静に見極めた。相手の右腕を叩くように受け流す。さらにラチェッタの顎を掴み、上半身に力を込めながら足払い。

 気付けばラチェッタの体は宙に浮いていた。無防備な彼女の腹部に膝蹴りが叩き込まれる。


「ゲホッ……!」


 ラチェッタは地面に転がりながら大きくむせた。

 これぞイヴァン仕込みの格闘術。訓練と称して毎日のように投げ飛ばされたナターシャにとって、ラチェッタの拳は見て避けられるほどに遅かった。


「軽いねラチェッタ。ルーロ戦争を経験した優秀な戦士だと聞いていたけれど、あなたの拳からは何も感じられない。牙を磨く時間はあったはずなんだけどね」

「あんた、本当に狙撃手か……!?」


 ラチェッタが立ち上がろうとするが、左腕を背中に回して拘束された。


「同じ境遇のお仲間達と傷を舐め合っていた? それとも祖国解放の大義名分に酔って口先だけが回るようになった?」

「黙れ小娘! あたし達はずっとローレンシアの支配下にあったんだ! この地下基地を作るのにだって莫大な時間と金がかかった。金も、人も、時間も! あたし達は、出来うる限りの努力をしたんだよ!」

「言っておくけど、努力は誰だってしているの。あなたが嫌うミシャだって、体格の問題で防弾服を着れないから、代わりに一日の大半を鍛錬に費やして、無尽蔵な体力を生んでいるの」


 ミシャだけではない。ソロモンも、イヴァンも。あの飲んだくれ神父ことイグニチャフだって、ドットルの裏切りが発覚して以降は人が変わったように鍛錬を繰り返している。

 冷静な判断。先を読む力。そういった、実践でのみ培われる力の差。他人よりも少しばかり多めな努力が勝敗を分けるのだ。


「その程度の努力で第二〇小隊の旅路を邪魔するな」


 戦士としての経験はラチェッタのほうが長い。だが、経験の質はナターシャのほうが圧倒的に上だった。ルーロ戦争終結以降、ルーロ自治区で(くすぶ)っていたラチェッタに対し、ナターシャは団長による依頼のもと、禁足地を含めた無数の戦場を経験している。


(おお、珍しく怒ってるな)


 リンベルは他人事のように眺めていた。


「それで、あなたがミシャを裏切り者だって(ののし)る理由は何?」

「ハッ、知りたきゃ自分で――痛い痛い痛い! おい小娘、教えて欲しかったら腕を――イタタ、分かったから!」


 組み敷かれたまま関節を決められ、ラチェッタが悲鳴を上げた。


「あんたも聞いたことがあるはずだ! 戦場で赤い子どもを見つけたら逃げろ、っていわれるミシャの噂。あれはローレンシア兵がミシャを恐れたからじゃない」


 ラチェッタが語る。それはルーロ戦争の闇に葬られた、ローレンシアの秘密。


「逆だよ、逆。あたし達ルートヴィア人が、多くの仲間をミシャに殺されたから生まれたんだ。つまり、ミシャは元ローレンシア兵なんだよ!」


 ナターシャが知らない第二〇小隊の過去。語られぬ秘密の一端に触れる。




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