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第六十二話:聖都脱出

 

 落ちる流れ星。見上げたイヴァンの命令は一つ。


「砕けベルノアァ!!」


 その一言で全員が動き出した。

 イヴァンとミシャは聖女代行に走る。たとえ星が落ちようとも二人の役目はパラマを抑えることだから。

 ソロモンは船の中央で流れ星を見上げた。彼女は焼夷砲を背中に回し、結晶が落下するであろう地点で拳を構える。


 ナターシャは第二〇小隊の動きを船首から観察した。そして、自分の役目を明確に理解した。イヴァン隊長とミシャが聖女代行を抑え、ソロモンが流れ星を砕かんとするならば、恐らく自分の役目は一つだろう。


 船首の上に座って片膝を立て、もう片方の足を真っ直ぐに伸ばし、肘を太ももに当てて固定する。そうして結晶銃を覗き込めば、あとは来たるべき瞬間をじっと待つのみだ。

 拡声器からベルノアの声が聞こえた。


「――耳を塞げお前らァ! ぶちかますぞ!」


 彼の叫びを合図に、船の両側に備え付けられていた砲台が上空を向いた。勝手に動いたのではない。ベルノアが船を操縦しながら砲台の角度を調整しているのだ。結晶塊はぐんぐんと機動船に迫っており、その大きさは直視せずとも肌で感じられるほどである。、


「無駄なことを!」

「あんたの相手は俺たちさ!」

「……私だって!」


 傭兵二人がパラマにぶつかったと同時。轟音とともに砲台から榴弾が発射された。


「逃げずに立ち向かうとは素晴らしき胆力! ですが、機動船の設備程度であの結晶を砕けると思っているのですか!」

「思っているさ! あの榴弾はうちの天才(バカ)が作った特別製なんでなァ!」


 真上から凄まじい衝撃波が発せられた。二対の榴弾が爆ぜる。その爆炎は一瞬だが結晶塊を覆うほどの規模になり、無数の結晶屑が破片となって上空に散った。


 しかし、極大規模の爆発を起こしてもなお、流れ星は健在だった。結晶塊を二つに砕くことには成功したものの、中核となる一番大きな塊は残ったままである。策が外れたと確信するパラマ。その思考を読んだかのようにミシャが呟く。


「……それに、私たちにはソロモンがいる」


 鋼鉄の乙女が甲板を踏み締めた。彼女は上半身を捻り、巨人にも引けを取らないほどの力を凝縮させ、機械仕掛けの右腕を大きく振りかぶった。


 衝突する流れ星とソロモン。

 圧倒的な質量を持つ結晶は機動船を激しく揺らした。その力を一身に受けたソロモンの右腕は粉砕され、肩から先の部品が辺りに散らばる。だが、粉砕されたのはソロモンの腕だけではない。


 ベルノアの砲撃で生じた亀裂、その中央に叩き込まれた拳が巨星を打ち砕いた。驚愕する聖女代行。ありえない。人の身で、星を砕くか。


「悪いが、禁足地の理不尽には慣れてんだ」


 踏み込んだイヴァンの一閃。追撃するミシャの小銃。結晶の粒が降り注ぐ中、パラマは後退しながら傭兵の猛攻を防いだ。


「まだっ、まだですよ!」


 今さら引き下がれるものか。

 聖鈴を失い、聖女の間に傷を付けられ、街中の巡礼者を巻き込んだこの戦い。ここで負ければ聖女代行の名がすたる。彼は街を守ると決めたのだ。外部からの攻撃だけではない。ラフランの地位、ラフランの信条、そしてラフランの誇りを守るのだ。


 さらに前へ、さらに高みへ、妹が守ろうとしたラフランの名を永遠に語り継ぐため、もっと多くの巡礼者を。


「視野が狭いわ聖女代行。あなたが盲目になってどうするのよ」


 一発の弾丸が船首から放たれた。この時を待っていたと言わんばかりに、撃ち放たれた弾丸が結晶の雨をくぐってパラマに迫った。ナターシャだ。積もりに積もったラフランの悪夢を白金の少女が撃ちぬく。

 パラマは避けきれぬと判断し、剣の腹で銃弾を受けとめようとした。だが、止められない。ナターシャの弾丸は剣ごと聖女代行の体を大きく(はじ)き飛ばした。


(小娘が……!)


 浮き上がったパラマが機動船から落ちていく。遠ざかる傭兵の顔が、まるでスローモーションのように一つ一つ見えた。死力を尽くし、仕留めきれなかった忌々しい小隊だ。


「なぜ、そのような目を向けるのです……!」


 一番奥で眉を下げるナターシャと目があった。彼女は憐れんでいた。第二〇小隊で唯一、パラマの行動原理を聞かされたから。そこに敵意は無い。恨みも。憎しみも。あるのは、ただただ憐れみと敬意。

 パラマは自らのうちから湧き上がる激情を吐き出した。


「あなたに何を理解できますか! 妹を奪った街を守ることが、何よりも妹の願いを叶えることになる、その板挟みに苦しむ私の想いを! 勝手に同情するなよ傭兵が……!」


 地面に叩きつけられたパラマはすぐさま顔を上げた。全速力で走り去る機動船は既にラフランの南門を抜けようとしている。

 負けたのだ。

 パラマは悔しげに剣を地面へ突き刺した。なおも結晶が降り積る中、聖女代行は一人、俯いて歯を噛み締めた。


 ◯


 ラフランから脱出した第二〇小隊は、荒れ狂う吹雪の中を走った。隊員は船内に避難し、機動船にガタガタと揺られながら無事に帰れることを祈る。


「追ってきていませんね。巡礼者に我々を追う手段は無いので、無事に脱出できたと見ていいでしょう」

「ご苦労だソロモン。右腕はどうだ?」

「完全に駄目ですね。右腕だけなら良かったのですが、他の部品も衝撃に耐えられなくて壊れました。帰還してもしばらくは任務に参加できないでしょう」


 ソロモンは「ゲホッ」と苦しそうな咳をした。あれほど巨大な結晶を砕いたのだ。内臓に損傷を受けているのかもしれない。

 ちなみに談話室で向かい合って座っており、イヴァンとソロモン、ナターシャとミシャが隣になっている。

 二人の会話を聞いたナターシャは疑問を口にした。


「ソロモンの体って大部分が遺物だけど、直せる人はいるの?」

「難しいだろうな。元はベルノアの遺物だが、あいつが作ったわけじゃない。部品だって船から落ちて回収できなかったものもあるだろう」

「そもそもベルノアは結晶の研究者であって、遺物は専門外ですからね。腕の良い整備士が居れば別なのですが……」

「腕の良い整備士」


 ナターシャは脳裏に灰被りのジャンク屋が浮かんだ。勝手に提案してもいいだろうかと悩むが、彼女なら多分大丈夫だろう。


「私の友人に心当たりがあるけど、良ければ紹介しよっか?」

「……ナターシャに人脈がある? それは嘘」

「ふふん、それがあるのよミシャ。あなたこそ友達いないでしょ」


 ミシャが無言でナターシャの足を蹴った。足癖の悪い先輩だ。


「優秀な整備士はある程度把握しているつもりだが、誰だ?」

「リンベルっていう、灰色の髪をした元狩人よ」

「リンベル……?」


 首を傾げたイヴァンにソロモンが口を開く。


「あの子じゃないですか? ほら、昔、鷲飼いの狩人の中に遺物が大好きな女の子がいたでしょう?」

「あぁ、思い出した。たしか、狩人の(なら)わしで傭兵に入隊したことがあるよな?」

「そんなこともありましたね。シザーランドを離れたと聞きましたが、いつの間に帰っていたのでしょうか」


 第二〇小隊とも面識があるらしい。というよりも、彼らの情報収集能力が高いのだろう。一介の小隊が狩人の子どもまで把握しているのは少々おかしい。


「リンベルなら遺物に詳しいから力になれるかもしれないよ。変わり者だから本人が引き受けるかは分からないけど」

「その時は他をあたるさ。帰還したら紹介してくれ」


 まずはシザーランドに帰還できるかだ。吹雪を無事に抜けられるかはベルノアの操縦にかかっている。一寸先も見えぬ白銀の世界、常人の船乗りならば確実に迷うだろう。今はベルノアを信じるしかないのだ。


「……イヴァン、左腕は?」

「ソロモンに診てもらった。多少痛むが心配いらない」

「……しばらく任務はおやすみだね」

「休暇にしようじゃないか。禁足地から生還したんだ、団長も認めてくれるだろ」


 たびたび耳にする団長をナターシャは知らない。傭兵の頂点なのは聞くまでもないが、一度も見たことがなかった。「優しい人だったらいいな」とナターシャは想像する。優しい大人は大好きだ。


「さて、これからの話をしよう。第二〇小隊が次に目指す場所について」


 イヴァンが居住いを正した。まるでここからが本題だと言わんばかりに空気が変わる。


「まずは最終目標である、結晶風が吹かない地について、有力な情報が手に入った。ミラノ水鏡世界と呼ばれる禁足地だ。情報源はパラマ。奴の言葉がどこまで信用できるかは不明だが、少なくとも嘘の禁足地を俺たちに教える利点はない。俺たちの信用を得るために情報を渡した、と考えるのが妥当であり、その上でミラノ水郷世界の場所を探すのが第一目標とする」

「……私たちは散々、禁足地について情報を集めてきた。なのに聞いたこともない場所を、どうやって調べるの?」

「ミシャの言う通り、普通に探しても見つからないだろう」


 イヴァンが卓上の地図を指差した。第二〇小隊の軌跡とも呼ぶべき地図には無数の赤丸が記されており、イヴァンたちが踏破した禁足地を示している。


「だから、この世で一番多くの情報を持っているだろう人物を頼る」


 イヴァンの指が地図上を滑り、ある一点で止まった。それは忘れ名荒野のさらに北東。他国と比べて明らかに広大な土地を有する国、その首都だ。


「大国ローレンシアの象徴、天巫女(あまみこ)に会う」


 大国の名を聞いた瞬間、ソロモンから小さな殺気がこぼれ、ミシャは複雑な表情を浮かべた。

 天巫女の存在をナターシャは知っている。しかし、詳しい情報は秘匿されているため、一介の少女では手に入れられない。ナターシャは「なぜ天巫女の名が出るのだろう」と疑問に思った。恐らく顔に出ていたのだろう。イヴァンは説明をする。


「天巫女には古き神秘の力によって占術に長けており、星の神々からこの世のあらゆる情報が手に入るといわれている……おいナターシャ、そんな顔をするな。俺がデタラメを言っていると思ったのか」

「さすがに信じられないでしょ」

「俺だって全て真実だとは思っていないさ。だが、何かしらの力は持っている。事実として天巫女の加護があるからローレンシアは大国になれたんだ」

「ふぅん……また宗教か。しかも今度は星天教ね」

「ラフランのように巨人がいるような場所じゃない。いるとすれば大国の花(イースト・ロス)の中毒患者どもだ」

「結局いかれた連中ってことじゃん」


 ナターシャは巡礼者の姿を思い浮かべた。大国の中毒者とラフランの巡礼者、どっちがまともかは良い勝負だ。


「とにかく、天巫女に会ってミラノ水鏡世界の場所を聞き出すのが先決だ」

「……問題は、どうやって会うか」

「それはこれから考えよう。おそらく潜入することになるだろうが、誰が向かうか、誰に手伝ってもらうかは考えないといけない。そうだろ、ソロモン?」

「そうですね……」


 ソロモンの歯切れは悪かった。ローレンシアの人間を頼るという作戦に反対なのかもしれない。ソロモンと大国の間に深い因縁があるのは知っている。


「詳しい作戦は帰還してから話し合う。ここにはベルノアも居ないしな」

「まずは吹雪を越えないとね」

「まったくだ」


 ナターシャは窓の外を眺めた。降りしきる雪は止む気配を見せず、雪に混じった結晶が窓にぶつかるたびに甲高い音が鳴る。




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