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第四十四話:第二〇小隊が目指す場所

 

 禁足地ラフランに向かう。ナターシャにとっては月明かりの森に続いて二つ目だ。


「あえて禁足地に踏み込むつもり?」

「それしか帰還する方法がない、というのも理由の一つだが……君には第二〇小隊の目的について話しておこうと思う」


 イヴァンは改まった口調で語る。


「第二〇小隊の目標は禁足地を巡ること。そして、結晶風が吹かない地を探すことだ」


 彼の表情は真剣だ。ミシャやソロモンも、それが冗談でないと雰囲気で物語る。

 禁足地はその名の通り、人が踏み入ることを禁じられた場所だ。明確に決められた規則ではなく、あくまでも建前のようなものであり、遺物を独占するために敢えて踏み込む国も多い。しかし、その危険度の高さからほとんどの場合は失敗に終わる。かの大国ローレンシアですら禁足地に関しては慎重になる。


「結晶風の吹かない地? お伽話(とぎばなし)ではなくて?」

「もちろん確証はない。だが神秘にあふれた禁足地であれば、結晶の降らない場所があってもおかしくないだろう。それがベルノアの見解だ」

「――確率は低いぜ。既にいくつかの禁足地を巡ったが、目的に合う場所は一つもなかった」

「簡単に見つからないのは覚悟のうえだ。可能性があるならば目指す。たとえ隊員に命の危険があってもな。それが我々の方針だ」


 イヴァンから不退転の覚悟が感じられた。戦場に立っていたときよりも、ナターシャに悲願を語る今の方が生き生きとしている。感情をあらわにすることの少ないイヴァン。それは単に冷徹だからではなく、彼にとって戦うべき場所が戦場ではなくて禁足地にあるからだ。


「傭兵は禁足地に入ることが禁止されているはずよ。許可無しでラフランに向かったら団長から処罰を受けるんじゃない?」

「君の言う通り、傭兵は特別な理由以外で禁足地に入ることは出来ない。理由も知っているか?」

「未知の病原菌を持ち帰る危険性や、むやみに隊員を犠牲にすることを避けるため」

「そうだ。だが俺たちは独断で入ることが許されている。いわば第二〇小隊の特権だ」


 そう言ってイヴァンは右手をかざした。彼の人差し指には傭兵の印が刻まれた指輪がはめられている。


「俺たちは団長から直接任務を受け、それを断らない。代わりに禁足地への立ち入り許可と、シザーランドからの全面的な支援、そして、禁足地に関する全ての情報を提供してもらう」

「禁足地が目当てなら、知りたい情報だけもらって逃げちゃえば良いのに」

「もちろんその可能性も考慮したうえで、団長から提案された契約だ。まぁ、傭兵としての信頼関係みたいなものだな。今のところは無茶な任務を受けていないし、国から支援を受けられるのだから不満は無いさ」

「それは素敵な関係ね。信頼で成り立つなんて傭兵らしいわ」


 今回の任務も十分無茶な内容だったと思われるが、ナターシャはあえて指摘しなかった。彼らの実力からすれば禁足地へ向かうほうがよほど危険なのだろう。


「本当はルーロ戦争が終わった時点で傭兵を辞めるつもりだったんだ。俺たちだけで禁足地を巡るためにな。だが、団長にどうしてもと引き止められて、契約を結んだ。だから基本的には俺たちに有利な条件だ」

「団長様はよほどあなた達を手放したくなかったのね」

「ルーロ戦争で多くの傭兵を失ったからだろう。今でこそ団員も大幅に増えたが、当時はほとんどが戦死した」

「なるほどね。契約の内容は理解したわ。でも一つだけ聞かせて」


 ナターシャは問いかけた。


「なぜ、あなたたちは禁足地にそれほどこだわるの? 結晶風の吹かない地は、命を賭けるに値する?」


 このとき、イヴァンは複雑な顔をしていた。「他人には理解されない理由だ」と諦めたような表情をしているくせに、ナターシャを見つめる瞳は、「君なら断らないだろう?」と確信を得ているかのようだった。決意と羨望、拒絶、見え隠れする寂しさと悲しみ。ナターシャは後に、彼の表情が忘れられなくなる。


「墓を、建てるためだ」

「……?」


 禁足地で墓標を立てるとは、これいかに。

 ナターシャは何を言っているのか分からなかった。だが、脳裏に友人からもらった情報を思い出す。

 たしか第二〇小隊にはジーナという名の隊員がいたはずだ。ルーロ戦争で失われた五人目の狙撃兵。当時最強と謳われた第二〇小隊の本来の姿。


「もしかして……お墓が結晶化しないために?」

「それもあるが、あの子は星が好きだったんだ。結晶風が吹かない場所で、いつまでも星空を見上げられるように墓を建てたい」


 彼の言葉につられて、ソロモンとミシャが懐かしそうに思い出を語る。


「ゴーグル無しで空を見上げたいって、いつも言っていましたね。ジーナは良い目を持っていましたから、彼女の瞳には、きっと私たちが見るよりも綺麗な星空が広がっていたのでしょう」

「……戦いの最中でも空を見上げていた。狙撃よりも優先していた」

「あぁ、そんなこともありましたね。ジーナからの援護が突然止んで困りましたよ。ベルノアがよく怒鳴っていたのを覚えています」

「――敵に撃たれたのかと思うだろ。心臓に悪いぜ」

「ベルノアはいつも怒鳴っている」

「――やかましいぞチビ。お前はもっと声を張れ」

「操縦に集中しなさいベルノア。先ほどから揺れが大きいですよ」


 和気藹々と語る第二〇小隊。きっと、彼らの中では戦いが続いているのだ。ナターシャが朽ちた聖城での戦いを何度も脳裏で繰り返すように、イヴァンたちも消えない後悔を抱えている。努力して、苦労して、そうして報われない結果に打ちのめされるたびに、人は眠れぬ夜を過ごすのだ。


 第二〇小隊は未だ、ルーロの戦場に立っている。


 ナターシャは疎外感を感じた。これは自分が踏み入ってはいけない会話だ。あのイヴァンが薄く笑みを浮かべているのだから尋常でない。無表情の下に隠れた、優しげな表情が彼の素顔なのだろう。


「そういうことだから、君さえ良ければ禁足地ラフランへ向かおうと思う」

「構わないわ。それしか帰る道は無さそうだし、私も興味がある」

「了解。あとでラフランについての情報を伝えよう。あまり多くはないが、参考になるかもしれない」

「おすすめのお土産が買える場所もおねがいね」

「ベルノアに調べさせておこう」


 こうして目的地は決定した。禁足地・聖都ラフランに向けて、第二〇小隊の機動船は進む。各々の願いを船に乗せ、結晶の谷を抜けながら。


 ○


 話し合いを終えたナターシャは船内の仮部屋に戻った。この部屋は先ほど話に上がったジーナという傭兵が使っていた部屋だ。ほとんど私物が残っていないのはイヴァンたちが片付けたからだろうか。それとも、ジーナという傭兵が無機質な部屋を好んだからだろうか。


 ベッドに腰掛けた瞬間、ドッと疲れに襲われる。しかし眠ろうとは思わない。あまりにも濃密な一日であった。線が焼き付くような頭痛は、脳を酷使し過ぎたせいだろう。


「禁足地、かぁ。月明かりの森にはあまり良い思い出がないから不安だな」


 情報が手に入るまでは考えても無駄だが、せめて、宿虫や淡水ミミズのような化け物がいないことを願おう。ミミズに食べられそうになるのは二度と御免だ。


「そうだ、銃の整備をしておかないと」


 ナターシャは作業机の上に結晶銃を置いた。槍のように長い銃身には、小さな傷がいくつも付いている。無茶な戦い方をしてしまったからだろう。歪んでいる箇所がないか念入りにチェックし、軽く分解して中身を掃除する。命を預ける相棒なのだから丁寧に扱わなければならない。


 ナターシャは常々、遺物という存在を不思議に思う。神秘の力といえば聞こえが良いが、結局のところは仕組みの分からない武器を扱っているに過ぎない。失われた技術。人の常識から外れたもの。ある意味では禁足地と通じるものがある。


(そういえば、敵の狙撃手も撃った瞬間に左目が光っていたわね。あれも遺物かしら)


 きっと、世の中にはナターシャが知らない力があるのだ。否、昔はあったはずの力が結晶によって失われたのだ。ヌークポウで暮らしていた頃、ナターシャは古い文献で神秘に関する記述を見たことがある。幼かったためほとんど覚えていないが、人の想いから生まれるとか、魔の(もと)となる力とか、よくわからない言葉が並んでいたはずだ。


 時間があればベルノアに聞いてみよう。結晶銃を見せる約束もあるため丁度良い。研究者の彼ならば詳しいかもしれない。


「今、よろしいですか」


 扉の向こうから声が聞こえた。この声はソロモンだ。整備に夢中なナターシャは足音すら気が付かなかった。


「どうぞ」

「失礼しますね」


 全身を鋼鉄に包んだ女性が部屋に入ってきた。船内だというのに仮面を付けたままであり、彼女がいるだけで奇妙な圧迫感が感じられる。


「今日はお疲れ様でした。長い一日だったでしょう」

「そうね……今までで一番長かったわ」

「あなたは傭兵になって日が浅いと聞きましたから、余計に過酷だったと思います。よく生き残りましたね」


 私は狙撃手だから、と言おうとした。しかし、先ほどの会話を思い出したナターシャは口を噤む。かつて狙撃手の仲間を失ったソロモンに対して、後方支援だから生き残ったというのは少々、無神経ではないか。


「あなたには伝えておきたいことがあります」

「ラフランについて……ではなさそうね」

「はい。それについては明日、ベルノアから話があると思いますよ。とりあえず甲板まで来てください」


 他に何かあるだろうか。身構えるナターシャ。相手の表情が見えない分、余計に不安を覚えてしまう。独断専行したナターシャを非難しに来たのかもしれない。もしもそうならば素直に怒られるつもりである。


 話の内容が分からぬままソロモンに連れられた。既に外は真っ暗であり、たとえ傭兵服が夜風を防いでくれるとしても、あまり外に出たくない時間だ。


「単刀直入に言いましょう。イヴァンはあなたに興味を持っています」


 ソロモンの口から出た言葉は予想外のものであった。きょとんとした表情で聞き返すナターシャ。白金の髪が斜めに揺れる。


「愛の告白は本人から聞きたいです」

「私は恋の伝道師ではありません」

「さいですか」


 ソロモンはそのまま続けた。


「恋愛的な意味ではありませんよ。我々の小隊には狙撃手が欠けている。それは前々から悩んでいたことです。だからナターシャの力は我々にとって丁度良いのです」

「ふふん、そうでしょう。ソロモンに褒められるのは嬉しいわ」

「あなたにとっても悪くない話でしょう? 我々の情報を嗅ぎ回っていたようですし、優秀な狙撃手が入隊してくれるなら我々も助かります」


 ナターシャは静かに目をそらした。どうやらリンベルが影で動いているのは気付かれていたらしい。ソロモンは怒っていないと理解していながらも、なんとなく後ろめたい気持ちになる。


 話しているうちに甲板へ到着した。

 容赦なく吹き付ける結晶風がナターシャの体を打ち、防護服越しに固い感触が伝わってくる。


「実は先の戦いでローレンシア兵を二名、捕らえておきました。尋問は完了しています。と言っても、ろくな情報を持っていなかったのですが」


 甲板上に縄で縛られたローレンシア兵の姿があった。よほど酷い尋問を受けたのだろう。彼らの表情はひどく怯えており、しかも甲板に放置されたせいで傷口から結晶化現象(エトーシス)が始まっていた。

 助からないのは明白だ。苦しまないように眠らせるのがせめてもの慈悲だろう。結晶憑きになる前に、戦士として葬るのが仁義というもの。


 この光景を見せて何をしたいのだろうか。ナターシャが疑問に感じていると、ソロモンはおもむろに焼夷砲を構えた。


「ちょっ、それは!」


 それは流石に駄目だろう。

 ナターシャは止めようとしたが、彼女が動くよりも早く焼夷砲が火を吹いた。


 ナターシャの目の前で二人の男が燃える。走り続ける機動船、夜の暗闇に赤い炎が軌跡を残した。

 戦場でさんざん敵兵を撃ち殺したというのに、今さら彼女がソロモンを責める権利はないかもしれないが、それでも一人の人間として、銃を握っていない敵に対する仕打ちとしてはあまりにも無慈悲だ。


「ソロモン……?」


 防護マスクをしていて良かったと思う。今が夜であり、結晶風が耳元でうるさく吹いていることに感謝した。

 夜が視界を塞いでくれなければ、鼻をつく異臭も、苦悶の表情を浮かべる姿も、彼らの声も、もっと凄惨に映ったはずだから。


「第二〇小隊は全員がどうしようもない過去に囚われ、後ろを振り返りながら歩き続けています。世間一般的に見ればそれはひどく不健全で、でも、それを自覚していながらも心地良くて依存し、不健全でも構わないと受け入れてしまう大馬鹿者です。私たちはね、いつか過去に食い潰されるその日まで、互いに支え、なめ合うのです。あなたのような少女にはいささか不似合いでしょう」


 炎に照らされながらソロモンは語った。その姿はまさに狂気を帯びており、彼女の言葉には並々ならない想い、もしくはローレンシアに対する恨みが感じられた。


「第二〇小隊は普通の傭兵と異なります。団長から受ける任務はどれも危険ですし、禁足地に向かうとなれば腕の一つ失ってもおかしくない。ローレンシアからは目の敵にされ、同僚からも腫れ物のような扱いを受ける」


 仮面に隠された彼女は今、どのような表情を浮かべているのだろうか。船に燃え移る前に、二人を甲板の外へ蹴り飛ばし、鋼鉄の乙女はナターシャを正面から見つめた。


「それでも我々を受け入れ、共に戦いたいか。此度の任務で見極めてください。あなたがどのような選択をしようとも、私はそれを受け入れ、歓迎します。もちろんイヴァンも。他の仲間たちもです」


 ソロモンは終始、丁寧であった。ナターシャに忠告し、甲板を去る瞬間まで、彼女は一切の敵意を示さなかった。(くすぶ)った炎を抑え込むように。ソロモンは鋼の鎧を身にまとう。


「すぐに答えろとは言いません。ゆっくりと考えてください。どうか、後悔のない選択を」


 これはとんでもない小隊に志願してしまったぞ、とナターシャは今更ながらに思うのであった。




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