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第三十一話:第二〇小隊に空いた穴

 

 リンベルの朝は早い。まずは結晶屑の掃除だ。たとえ渓谷都市であっても完全に夜風を防ぐことは出来ず、朝になるとまるで雪のように結晶屑が積もるのだ。それらを谷底に落とし、店の中に入り込んでいないか念入りに確かめる。


 その後は遺物の整備だ。店の遺物はほとんどが使い物にならないガラクタだが、中にはナターシャの結晶銃にも引けをとらない掘り出し物がある。

 たとえばこれだ。リンベルは棒状の遺物を用意した。彼女が自力で修理したものであり、触れた相手を痺れさせる力があるらしい。遺物を持ったリンベルは不敵な笑みを浮かべ、相棒が眠るソファに近寄った。視界を埋め尽くすガラクタの山。それらを片付けると白い肌が現れる。


「えーっと、確かこれが出力だったか?」


 ソファに眠るナターシャの右腕に棒を押し当てた。途端、微弱の電流が少女を襲う。


「んっ……!」


 白金の少女はやけに(なまめ)かしい声が上げた。ナターシャの動きに反応して、()()()()()()()()()癖毛の少女もつられて目を覚ます。


「おはようお二人さん。良い朝だな」

「……刺激的な朝ね」

「狩人流の起こし方だ。ほら、リリィも起きな。うちの朝は早いんだよ」

「うぅ……あたしとナターシャは、帰るの遅かったからさぁ……まだ眠いの……」

「夜遅くまで飲むからだろ」


 ナターシャはぐぐっと伸びをした。彼女の髪が好き勝手に跳ねている。


「ナターシャがすんなり起きるなんて珍しいな」

「私ってお酒を飲むと寝起きが良くなるの」

「どういう体なんだよ」


 ちなみに、リリィは二日酔いに苦しんでいた。あまり酒に強くないのだろう、今にも死にそうな顔だ。ナターシャは思わず結晶憑きを思い出した。リリィの顔色はまさに結晶憑きのようだった。


「私の優しさに感謝してほしいぜ。夜中に転がり込んできた女二人を泊めてやったんだからな」

「私は同居人だから、転がり込んだって表現は正しくないわ」

「屁理屈はいいから朝飯を頼むぜ。私はもうちょっと仕事を進める」


 ナターシャはひらひらと手を振って了承した。泊めてもらう代わりに手料理をする、というのは最初に交わした約束だ。


「ねぇ、大問題よ。材料がほとんど残っていないわ」

「いつものことさ。限られた食材で調理するのが料理人ってもんだろ?」

「うーん、そうとは限らないと思うけど。腕の良い料理人には客も食材も自然と集まるわ。一流の料理は一流の食材から生まれるの」

「ならナターシャの腕はまだまだってことじゃん」

「リンベルは朝食抜きね」


 二人が他愛ない会話をしている一方、リリィは顔を洗いに外へ行った。シザーランドは至るところに地下水が流れている。結晶の心配もない、綺麗な水だ。つねに生活の隣には自然があり、彼女たちの暮らしは共存関係によって支えられている。


 リリィが店に戻ると、食卓には美味しそうな朝食が用意されていた。蜂蜜をぬったパンケーキと、傭兵国の代名詞である極度に薄めた珈琲だ。食卓の中央には落蛍(おちぼたる)の花瓶が飾られている。意外なことにリンベルの趣味だった。


「えっ、すごい豪華じゃん! パンケーキって高いんじゃないの?」

「リリィが驚くのも無理はない。なんせこれ、元はビスケットから作ったらしいぜ」

「ビスケットってあのパサパサなやつでしょ? あれがケーキに生まれ変わるの?」


 ナターシャは得意げな顔をした。


「ミルクと卵があれば難しくないわ。一手間を加えるだけで美味しくなるの」

「まるで魔法みたい」

「こいつの料理は魔法みたいなもんだ。ヌークポウにいた頃も人気でな、露店を開けばすぐに売れていた」

「あの頃はお金も食材も少なかったから、窮屈な生活だったけどね。シザーランドに来てからは自由に料理ができて楽しいわ」


 露店を開いて、料理をつくって、そうして貯めたお金を銃弾につぎ込んで。たまに余った食材を持ち帰って、寄宿舎の子供たちに作ってあげて。毎日がギリギリの生活だった。それに比べれば今の暮らしは格別だ。


 パンケーキにナイフを入れると、切れ目に蜂蜜が染み込んでいく。焼き目が甘いことを踏まえると、及第点といったところか。


「はぁー、これを食べると働きたくなくなるよ。輸送任務が始まるからさ、明日の今ごろは機動船の上なんだよね。しばらくは保存食の生活だよ」

「リリィが料理を作ったらいいんじゃない?」

「あたしが? むりむり、絶対むりだよ。ほら、あたしって面倒臭がりじゃん? 手間のかかることって出来ないんだよね」

「それは分かるぜ。料理とか掃除とかって面倒だよな」

「リンベルはせめて掃除だけでもして欲しいわ」


 ガラクタに埋もれた乙女が三人。甘い香りが室内に広がった。


「むしろ芸術的だと思わねーか? これだけ物があふれていても生活に支障がないんだ。人間の可能性を感じるね」

「感じないし、少なくとも支障はある」

「はぁー、世の中にはなぁ、人の消えた廃工場とか、錆びて使い物にならない部品とかに魅力を感じる人間が一定数いるんだよ。一定数いたら、それは芸術だ。つまり、このガラクタたちも芸術なのだ」

「眼が曇っているわよ」


 およおよと泣き崩れるリンベル。ガラクタの山は決して芸術ではなく、片付けなかったが故に起きた惨状だ。むしろ二人が生活できていることは奇跡に近い。実際、ごみ山に埋もれたリリィは本当に寝苦しそうだった。


 シザーランドの渓谷に朝日が差す。少女たちの笑い声につられて、原生生物たちも目を覚まし始めた。店の前を飛んでいく洞穴ツバメ。屋根の上でぷるぷると震えるアカホコリ。落蛍(おちぼたる)の花が朝日に負けじと発光した。


 爽やかな朝だ。世界が結晶に覆われても、人々はたくましく生きている。追放された神父は酒を持ちながら祈りを捧げるし、小太りな変態も今日を迎えられたことに感謝する。狩人見習いの青年も、同期首席の大男も、もしくは第二〇小隊の精鋭たちも。


 今日という何気ない一日を噛みしめるのだ。二度と訪れない時間を、そうとも知らずに笑って過ごすのだ。


「よしっ、そろそろ帰るね。泊めてくれてありがとう、リンベルちゃん」

「……ちゃん付けはやめてくれ、似合わない」

「あたしも言ってからそう思った」


 リリィが食器を片付けようとすると、ナターシャが無言で首をふった。なぜだろうか、と思って流し場に目を向けると、洗っていない食器が山積みのように重なっている。あれではとても洗えないだろう。リリィは苦笑まじりに食器を置いた。


 また来るね、と言い残してリリィは帰っていった。輸送任務の準備があるのだろう。武器の整備、食料の調達と忙しいはずだ。

 少しだけ静かになった室内。リンベルはおもむろにメモを取り出した。


「さて、例の依頼について少し情報が集まったぜ」

「早いわね、流石はリンベルだ」

「まず第二〇(にーまる)小隊について。彼らは亡国(ルートヴィア)大国(ローレンシア)の戦争――ルーロ戦争を生き延びた精鋭たちだ。ルートヴィア側の援軍として雇われ、多くの敵兵を殺した」

「ルーロ戦争って、百年戦争よりも後に起きた最大の戦争よね」

「ルートヴィアが敗戦し、大国の一部として地図上から名前を消した原因だな」

「亡国側はまさに地獄だったと聞いたことがあるわ。第二〇小隊はそんな戦場で戦った、数少ない生き残りであり、その功績によって団長のお抱え小隊と呼ばれている」

「なんだ、ナターシャも調べているじゃないか。隊長のイヴァンをはじめ、斥候のミシャ、後方支援のベルノア、そして無数の遺物を扱うソロモンの四人で構成される。ただ、()()()()()()()()()()()()()()らしいぜ」

「……一人足りないわね。まさか、ルーロ戦争で?」

「あぁ。ローレンシア軍に殺された。ジーナという狙撃手だ」


 ふむ、とナターシャは頷いた。それが彼らの穴か。


「だが、新しい隊員は募集していない。紹介されてもイヴァン隊長が断っているようだぜ」

「一人欠けているのにね。増員しなくても戦力が足りているのか、入隊するのに条件があるのか」

「何か理由があるんだろう、関わるなら慎重にな」

「他には?」

「もうひとつ有力な小隊がある」


 一枚のメモが差し出された。


「第三六(さぶろく)小隊。シザーランド屈指のベテランだ。第二〇小隊が『裏』なら、こいつらは『表』だな」

「英雄様に興味はないわよ」

「知っているさ。それにここはもう埋まっている。入隊は難しいだろうよ」


 ナターシャはメモに書かれた内容に目を通す。なんとも輝かしい経歴だ。王女殿下の救出、危険な武装集団の鎮圧、その他もろもろ。


「第三六小隊にはウォーレンという大男が入ったそうだ。知っているか?」

「えぇ、もちろん。我らが同期の首席様だからね」

「その首席様が入隊したことで、これからは更に飛躍するといわれている。まぁ、要するに第二〇小隊の競争相手(ライバル)ってわけだな」


 リンベルはさして興味がなさそうに語った。第二〇小隊と違い、ナターシャと関係ない小隊はどうでもいいのだろう。ぱらぱらとメモをめくりながら残りの情報を伝えていく。


「特に目立つのはその二つだ。他にも腕の立つ小隊はあるが、どうしても見劣りしちまうな。軽く調べてあるから目を通してくれ」


 軽く調べた、というわりには随分と細かく書かれていた。それだけでリンベルの仕事がいかに素晴らしいかを物語っている。たとえジャンク屋をしなくても別の道で成功できるはずだ。


「本当に、仕事が早いわ」

「これでも元狩人なんでね」


 リンベルは髪の毛をくるくると指で巻いた。照れているときの癖だ。灰色の髪があっちへくるくる、こっちへくるくる。


 ナターシャはメモの内容に目を通した。シザーランドの代表的な小隊が記されており、隊長殉死により解散してしまった第三三小隊や、リリィが入隊した第一九〇小隊についても書かれている。

 たしかに優秀な小隊は多かった。だが、ナターシャの興味を引く小隊は一つしかない。


「気持ちは変わらずか?」

「うん。第二〇小隊が良いわ」

「それなら他の小隊は調べなくていいな。今後は第二〇小隊にしぼるとするか」


 ナターシャは頷いた。今も彼女の心には月明かりの廃墟で出会った光景が鮮明に残っているのだ。たとえ他の傭兵から揶揄されるような小隊であっても、ナターシャの中で気持ちは決まっていた。


「大変だろうけど、よろしくね」

「任せろ。同居人がいつまでも所属なしってのは困るからな」

「心配ないわ。リリィが帰ってきたら、第二〇小隊に入隊したんだぞって自慢するの」

「期待しているぜ」


 翌朝、油鷲の鳴き声と共に、リリィを乗せた第一九〇小隊の機動船がシザーランドを出発した。向かう先は商業国パルグリムだ。




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