第二十二話:第三三小隊
過酷な訓練も一ヶ月が過ぎれば馴染み始め、訓練兵たちの顔つきも少しずつ変化が見られ始めた。訓練内容も練度に合わせて調整され、直立や匍匐、高所といった様々な条件下での射撃訓練が主体になった。訓練ごとに教官が成績をつけて評価をし、全て完了した際に発表される。高成績を修めた者は配属時に優遇されるため皆が必死になった。
本格的な訓練はそれから更に二ヶ月間行われた。この二ヶ月間は新兵にとって最も過酷な時間となる。傭兵法を学び、模擬訓練を経験し、過密な日程の中に銃磨きや体術訓練も組み込まれ、ないに等しい休息を享受する。そのため日が落ちる頃には新兵のほとんどは地面に突っ伏していた。立っている者はナターシャのような外部での実践経験を持つ者だけであった。
そうして二ヶ月後、新兵訓練を終えた傭兵見習いは各小隊に仮配属された。あくまでも仮だ。配属先で先輩隊員たちと任務を受け、実践経験を通じて新人の潜在能力を見極めるのだ。初任務の成果によって彼らの正式な配属先が決定される。もっとも、上官からの命令が全てではなく、希望する小隊に自ら志願する者や、仲間を集めて新たな小隊を結成する者もいる。傭兵は軍ではないため本人の意志が最優先された。
「失礼いたします。本日から仮配属されたナターシャと申します」
ナターシャは第三三小隊に配属された。小隊室では柔和な笑顔を浮かべた男が歓迎してくれた。第三三小隊といえば傭兵団の中でも歴史があり、幾度となく隊員を入れ替えながらも引き継がれてきた小隊だ。
「君のことは聞いているよ、ナターシャ。私は第三三小隊隊長のパトソンだ。よろしくね」
「よろしくお願いします、パトソン隊長」
「君は同期の中でも優秀だそうだ。ヘラ中隊長……君たちの教官から聞いたけど、えらく気に入られたみたいだね。その力をぜひ僕たちに貸してくれることを期待するよ」
「はっ、ありがとうございます」
パトソンと名乗った青年は緩い巻毛を後ろに流した男だ。金茶色の髪は彼の誠実さを表すかのように煌びやかである。部屋の中にはパトソン以外に男が二人と女が二人。その中に見覚えのある小太りが立っており、目が合ったナターシャは露骨に嫌な顔をした。
「あぁ、彼も君と同じ傭兵見習いだ。名をドットルという」
「……存じております」
「おお、そうだったのか。なら紹介は不要だね。同期同士、仲良くやってくれ」
ちらりとドットルに目を向けると、小太りの変態は片目を閉じて挨拶を返した。ナターシャは配属先の変更を大真面目に検討する。今から申請すれば他の小隊に移してもらえるだろうか。否、そんなことをすればナターシャの評価が下がってしまう。ドットルを追い出した方が賢明だ。
「いきなりだが初任務の内容を伝えよう。地図を出してくれ」
中央の会議机に集まると、部下の一人が大陸地図を広げた。結晶によって刻一刻と地形が変化するため、大陸地図といっても大まかな情報しか記されていない。どこに国があったとか、どこまでが国境だとか。
「大国の花の新たな密売ルートが見つかった。大国の南部から忘れ名荒野を通り、シザーランドに通じる道だ。あくまでも情報が入っただけであり、真偽は定かでない」
パトソンの指が地図の上をなぞる。
「我々の目的は密売ルートの確認と破壊だ。シザーランド側と忘れ名荒野側の出入口へ向かい、情報の正確性を判断する。可能な限り隠密に行動するが、もしも密売者と鉢合わせになれば戦闘になるだろう。各員注意してくれ」
ドットルがおずおずと手を挙げた。
「あの……大国の花とは何ですか?」
「ローレンシア発祥の麻薬だよ。安価で粗悪だが強い中毒性と副作用があり、シザーランドでは全面的に禁止している。大国の東で採れる花を原料にしていること、そして、服用した者は体中の血管が浮き上がるという特徴があり、その血管が花の根っこに見えるから大国の花と呼ばれているのだ」
「な、なるほど……しかし、密売ルートが見つかるなんて驚きです。そのような情報は一体どこから手に入るのでしょうか?」
「傭兵は鼻がいいのさ。見習いの君たちは気にしなくていいよ」
ドットルが難しい顔で頷いた。
密輸ルートの確認と破壊。初任務にしては重いように感じられるが、傭兵見習いのナターシャに拒否権はない。むしろこの任務で大きな成果をあげれば、イヴァンたちが所属する第二〇小隊へ配属される足掛かりになる。「これはチャンスだぞ」とナターシャは奮起した。
第三三小隊はパトソン隊長を含めて男女二人ずつの四人小隊だ。そこにナターシャとドットルが入って六人。傭兵見習いが二人いることを考慮しても、戦力としては十分であろう。ドットルは軍務経験があり、ナターシャも月明かりの森で経験を積んでいる。
(密売ルートを潰す程度なら問題ないかしら……)
なんとなく不安な気分になるのは大国の名を聞いたからだろうか。ドットルもいつになく真剣な表情だ。先輩隊員たちは各々の準備に取り掛かり、パトソン隊長はのんびりと笑みを浮かべている。
「君たち傭兵見習いは我々の補佐が主だから難しく考えなくていいよ。任務は明日の早朝、夜風が止み次第始める。それまでゆっくり休んでおくように」
パトソン隊長は安心させるように柔らかい声音で言い、「ここは共用キッチンも併設されているから自由に使って良いよー」と間延びした言葉を残して去っていった。先輩隊員もそれぞれ準備があるのだろう。一人、また一人と小隊室から抜けていく。
○
先輩たちがいなくなった小隊室で、ナターシャとドットルは向かい合うようにソファーに座った。
「それで、なぜあなたと私が同じ隊なの?」
「僕の優秀さが教官にも伝わったみたいだね」
「蹴られるだけで褒められるなら、世の中みんな一等賞よ。まさか問題児と一緒だなんて……」
「えへへ、ひどいなぁ。共に酒を飲んだ仲じゃないか」
ドットルはそう言いつつも、なじられて嬉しそうな表情を浮かべている。救いようがない変態を前にしてナターシャは頭を抱えた。
「他のみんなはどうなったの?」
「無事に配属されたみたいだよ。リリィは第一九〇小隊っていう、比較的新しい小隊に仮配属されたね。イグニチャフは例の大男と同じ小隊だったかな」
「大男……あぁ、細身の男と組んでいた訓練兵ね。名前は確かウォーレンだったかしら?」
「そそ、首席の彼。ウォーレンは特に優秀だったから、イグニチャフのお守りを任されたんじゃないかなー。仮配属はあくまでも能力を見極めるものだから、敢えてイグニチャフと組ませることで連携力を試す、とかさ」
「私以外にも被害者がいた」
「僕たちを災害みたいに言わないでくれる?」
「同じようなものでしょ」
大男に哀れみを送るナターシャ。願わくばこの変態も引き受けてほしいものだ。
小隊室は自由な模様替えが許されており、小隊ごとの特色が出る。第三三小隊は比較的物が少なくてこじんまりとしているが、センスの良い調度品が並べられていた。女性隊員が二人いるからかもしれない。
「それよりも準備をしておこう。夜のシザーランドは歩きたくないからさ」
「私の場合はコレを使うから準備しなくても大丈夫だけどね」
ナターシャは長銃の銃身をトントン、と叩いた。
「訓練の時から気になっていたけど、えらく立派な狙撃銃だよね。もしかして遺物?」
「うん、多分ね。最初はただの長銃だと思っていたんだけど、どうやら銃弾じゃなくて結晶を撃ち出すみたいなの」
「結晶を撃つ?」
「そう、銃弾みたいにドガーンって」
「嘘だぁ。それなら弾はどうするのさ」
「勝手に生まれるわ」
「……嘘だぁ」
「試してみる?」
ドットルは両手を上げて首を振った。「残念ね」とナターシャは銃を下ろす。いかに変態といえども銃で撃たれるのは嫌らしい。
「そんな凄い遺物をどこで手に入れたんだい?」
「んー、内緒」
「じゃあ君はどうやってシザーランドに来たんだい? ヌークポウの巡回航路はシザーランドから遠く離れていたと思うけれど……」
「あら、そんなもの情熱があれば一飛びよ。もしくは気合いね。傭兵になりたいっていう強い気持ちがあれば、どんな障害も乗り越えられるの。傭兵に対する愛みたいなものよ」
「そいつは便利な言葉だ」
「ドットルは愛する人とかいないの?」
小太りは曖昧な表情で笑った。おや、これは地雷である。敢えて踏み込むほど興味を持っていないナターシャは追求をしなかった。他人の事情に首を突っ込むのは覚悟が必要だ。親愛のない興味は、好奇心を満たすための自己満足でしかない。
本当に優しい人間は、ここでドットルのために何か言葉を探すのだろう。もしくは、何も言わずとも彼のことを想って話してくれるまで待つかもしれない。ナターシャの沈黙はただの無関心。ナターシャは心の中で「やはり自分は冷たいな」と自嘲した。
「ナターシャは凄いねぇ。傭兵になるために遠く離れたシザーランドまで来てさ。教官から一目おかれているし、銃の扱いだって上手だ。才能がない僕とは大違いだよ」
「才能、ね」
ナターシャは常々、心の底から本気で疑問に思うことがある。どうして人は考えることを放棄するのだろうか。自分に足りないものは何かを考えて行動すれば“ある程度”にはなれる。目指す場所が頂点でなければ、才能の壁なんて些細な障害だ。
(才能と片付けられる相手の気持ちを少しでも考えたら、もう少しまともな言葉が出るでしょ)
だから考えろ。考える癖を身につけろ。思考とは天才になれなかった者に残された、泥くさい武器である。
「そいつは便利な言葉だわ」
別に小太りがどう思おうと構わないのだ。第二〇小隊に入れればそれで良い。
何になりたいか。何を、成したいか。目指す場所は。将来の姿は。これは理想と現実のすり合わせ。もしくは合理的な取捨選択。人生とは無数の可能性を切り捨てることに違いない。ナターシャは遺物の銃身を指でなぞった。たとえどれほど壁が高くても、この遺物で撃ち砕いてやろう。




