番外編:語り継がれる小隊
ファボック中将は通信から伝えられる情報に耳を疑った。
「西区画に進行した部隊が連絡途絶! 壊滅したと思われます!」
「敵の増援、数は不明! 止められません!」
「雇用した傭兵たちが撤退を始めました!」
「なに!? 誰が撤退を許した! すぐに呼び戻せ!」
「ですが言うことを聞きません……!」
苛立ちを隠せない様子のファボック中将。握り拳を叩きつける。彼は知らなかった。傭兵たちに今もなお語り継がれる逸話の存在を。身内だったからこそ、亡霊と敵対する愚かしさを傭兵たちは理解している。
ファボック中将にとって此度の戦いは勝って当然のものだった。むしろ敗北は許されない。自身の進退がかかっており、撤退などもってのほか。彼は部下に命じた。ただ一つ、進軍あるのみ。
「浮いた部隊を援護に回せ! ここで負ければ末代まで笑われるぞ!」
ファボック中将は焦りをごまかすように叫ぶ。だが声の震えは隠しきれず、彼の動揺は部下にも伝わった。
「私も出る。小型機動船を出せ!」
「き、危険です中将!」
「直接見なければ判断できんのだ! 急げ!」
ファボック中将は副官の静止を聞かずに飛び出した。コツコツと地面を打ち鳴らしながら館内を速足で歩き、すれ違う部下たちに目もくれず、血が上った顔で搬出デッキに向かう。そのあまりに不機嫌な様子に部下たちは声をかけられない。
やがて彼は操縦用に部下を一人つれて小型機動船に乗った。幾多の機動船が破壊され、漏れ出た油が引火し、煌々と燃える地獄の戦場へ向かった。
「これは一体……我々の船ばかりが燃えているではないか!」
ファボックは愕然とする。つい数刻前まではバルスタットの機動船が前線を押し上げていたというのに、今や勇敢なるバルスタット兵たちは炎に包まれていた。
いったい何が起きた? 何を間違えた?
援軍が遅かった、というわけではない。数だって十分に足りていたはず。なのに結果はこのざまだ。打ちひしがれるファボックの視界に、前線から離脱しようとする者の姿が映った。あれは戦闘前にシザーランドから雇った傭兵だ。
「お、おい貴様ら! こんなところで何をしている!」
「あん? ってやば、依頼主じゃん」
「さっさと前線に向かわんか! 貴様らの持ち場はここではないぞ!」
男女の傭兵。今さら二人増えたところで戦況を変えられるとは思えないが、それでも貴重な戦力なのは確かだ。こんな後方で遊ばせるわけにはいかない。だが男女の傭兵は困ったように顔を見合わせると、申し訳なさそうに両手を重ねた。
「命あっての傭兵稼業だ。悪いとは思うが、先に帰らせてもらうぜ」
「ごめんねー? やれることはやったからさあ、後は頑張って!」
「さあ行こうアンナ。俺たちの家に帰るんだ」
「いやんダンってば、気が早いわよ」
「なっ……ま、待て! 止まらんと撃つぞ!」
あまりの言い草に思わず呆気に取られたファボック。ハッと我に返って警告をするも、すでに傭兵たちは瓦礫の奥へ逃げていた。
「くそ、薄汚い傭兵どもめ。シザーランドに賠償金を請求してやる」
悪態をつきながら機動船を動かす。機体に備えられた機関銃を敵に向け、照準を合わせようと覗き込んだとき、彼は自らに向けられた狙撃銃を視界に捉えた。
◯
戦場を離脱したダンとアンナは郊外に停めていた小型機動船に乗り込んだ。
「死んだって報せは聞いていなかったけど、まさか戦場で出会うとはねえ。きっとパトソン隊長が縁を繋いでくれたのよ」
「味方なら感動の再会だったけどな。隊長も意地が悪いぜ」
「団長には報告しないよね?」
「もちろんだ。でも任務をバックれた言い訳を考えないと」
「あー、負けそうだったから、じゃ怒られるかな?」
「怒られるだけで済めばいいが……」
団長の反応を思い浮かべた二人は一緒に体を震わせた。あの女傑が簡単に許してくれるとは思えない。いっそ二人で逃避行をしたほうがマシではないか、と考えたり。
「思っていたよりも元気そうだったわね、あの子」
「まったくだ。すっかり亡霊の色に染められやがって。たまには俺たちにも会いに来いってんだ」
「まあシザーランドには入れないからねえ。連絡もできないし、仕方ないでしょう。むしろ遠巻きで顔を見れただけでもラッキーだったし、ちゃんと立ち直ったみたいでお姉さん、安心したわ」
第二〇小隊の名はシザーランドにおいて禁句だ。彼らは命令を無視して天巫女をさらった裏切り者であり、各国に指名手配された大犯罪者であるため、とばっちりを受けないように皆が口をつぐんでいる。
だが大犯罪者と呼ばれているものの、第二〇小隊がいたからこそシザーランドの治安が守られていたのも事実であり、密かに彼らを擁護する者も少なくない。それに第二〇小隊が消えてから、シザーランド国内での犯罪率は増加した。上層部は色々と言い訳を並べているが、原因は間違いなく、シザーランドを影で支える汚れ役を失ったからである。
そういった要因から第二〇小隊は逸話のような存在として語られていた。無論、ダンとアンナも擁護派だ。
「それにしてもあいつら、正体を隠す気がないだろ。あんだけ暴れているのになぜ捕まらないんだろうな」
「そりゃあダン、死人に口無しってやつよ。目撃者がいないから誰も報告をできないんだわ」
「恐ろしいねえ。元隊員の成長を喜ぶべきか、今の立場を悲しむべきか」
「私たちがどう感じたってあの子には関係ないわよ。のびのび生きているならそれで良いの。さあ行きましょう。せっかく任務を切り上げたのだからどこか寄って帰りたいわ」
「よしきた、久しぶりの再会を祝ってデートといこうか」
機動船がブウンと揺れた。駆動音が雄叫びのように鳴り、八本脚がゆっくりと大地を踏み締め、傷だらけの船体を持ち上げた。地面を蹴って走り出す。後方からはいまだ止まない銃撃音が聞こえた。




