番外編:戦いは終わらない
草木は枯れ、結晶によって荒れた大地を、数隻の機動船が群れをなすように走っている。国旗は刻まれていない。機体にはサビや油汚れが残っており、とても状態が良いとはいえないだろう。おまけに操縦が荒いせいで、結晶を乗り越えるたびに乗組員は天地がひっくり返りそうな気分を味わっていた。
「どこも同じ景色ね。ルーロ革命が終わっても世界から争いはなくならない。平和になるどころか、兵器の残骸や廃墟が増えるばかりだわ」
「おかげで俺たちが稼げるんだから、ありがたいことさ」
「……今回の相手はどこ?」
「さっき説明しただろう。まさかミシャ、話を聞いていなかったのか?」
「北のバルスタット公国よ。商業国と手を組もうとしているから先に叩きたいんだって。まあ政治はよくわからないけど、依頼されたのだから頑張りましょう」
白金の少女・ナターシャが固まった体をほぐすように立ち上がった。激しい揺れで尻が痛いのだ。ベルノアの操縦ならば揺れなんて気にならなかったが、こうして彼以外の船に乗ると、いかにベルノアの操縦が快適だったかを痛感させられる。今ごろ彼は中立国で悠々自適な研究者生活を送っているのだろうか。夢を叶えた彼を羨ましく思いながら、ナターシャが尻をさすっていると、呆れた様子のイヴァンが声をかけた。
「まだ慣れないのか。この程度の揺れは普通だ。むしろ傭兵を運ぶ船としては上出来だぞ」
「ベルノアの操縦に慣れすぎた弊害ね。はあ、復帰しないかしら。今なら彼の怒鳴り声も聞き流せそうだわ」
「無理だろうな。ようやく念願の研究者生活を送れているんだから、たとえ大金を積んだって見向きもしないだろうさ」
「……ナターシャは体の使い方が悪い。もっと重心を下げて揺れを受け流すべき」
「無茶な助言をありがとう。それができたら今ごろ昼寝でもしているわ」
不満に感じているのはナターシャだけらしく、イヴァンとミシャは平気な顔でくつろいでいる。ミシャにいたっては、コンテナをベッド代わりにして寝転びながら銃の整備をしていた。よくもまあ揺れで頭をぶつけないものだ。
ナターシャは諦めて壁にもたれかかった。次に降りたらクッションを買おうと決意しながら。
「早いものね。あれからもう三年よ」
「ようやく俺たちの生活も安定してきたな」
「うーん、そうかしら? 追手に隠れながらコソコソと逃げ回る生活を安定って呼ぶなら、こんな仕事はやめて革命軍に入ったほうがいいかもしれないわ」
「最近は追手の数も減っただろう? ベルノアが物資を横流ししてくれるおかげで生活には困らんし、天巫女がこうして依頼を持ってくるから金も足りている。悪くないと思うが」
「言っとくけど、ベルノアがやってる横流しは犯罪行為だし、天巫女様は今でも商業国に狙われているんだからね。爆弾を抱えているようなものよ」
「ハハッ、俺たちだって爆弾みたいなものじゃないか」
笑い事ではない。
ルーロ革命が終結して早三年。ナターシャたちは中立国を活動拠点にしていた。身を隠すには最適な場所だったからだ。それでも最初の頃は今よりもずっと忙しくて血生臭い生活だった。追手から天巫女をかくまいつつ、革命を掲げる彼女のために仲間を集める日々。枕を高くして眠れた夜は数えるほどしかない。
ベルノアは中立国で研究者になった。国の支援もあって充実した生活を送っているそうだ。ゆえに彼との関わりは以前よりも減ってしまったが、たまに試作という名目で最新の兵器をナターシャたちに横流ししてくれる。見つかればクビになりかねない行為だが、そういう部分も含めてベルノアらしいなとナターシャたちは笑った。
天巫女の革命軍がある程度の力を持ち始めた頃、ナターシャたちは私兵として彼女に雇われることになった。まあつまり傭兵だ。結局は傭兵なのだ。彼女たちは戦う以外の生き方を知らなかった。だから天巫女が持ってくる依頼を受けて各地の戦場に赴き、正体を隠しながら敵軍と戦った。勝てばナターシャたちは報酬が与えられるし、天巫女は先方に恩を売ることで仲間を勧誘できる。互いに利のある関係だった。
今回の任務はバルスタット公国の前線部隊を叩き、敵に致命的な損傷を与えることが目的だ。もっとも、バルスタットを叩くのはあくまでも建前であり、本当の狙いは商業国に肩入れする国をこれ以上増やしたくない、という周辺諸国への牽制である。作戦場所は市街地。住民の避難は完了しており、思う存分暴れていいらしい。
「――っと、誰か来るわ。天巫女の話はやめて」
軽口を交わしながら作戦資料を確認していると、通路の扉が乱暴に開かれた。見るからに粗暴で汚らしい格好の男たちが現れる。彼らも募集で集まった志願兵だ。この機動船には複数の部隊が同乗しており、船内ですれ違うことは珍しくない。基本的に部隊同士はあまり関わり合わないのだが、彼らの一人がナターシャたちを見た瞬間、嘲笑うように話しかけてきた。
「おいおい、いつから俺たちは旅行機に乗っていたんだ? 行き先は観光地じゃないぜお嬢ちゃんたち?」
「やめとけって。さっさといこうぜ」
「止めるなよ。お前らも隣に女子供がいるとなっちゃあ戦いに集中できないだろ?」
男が下卑た笑みを浮かべながらナターシャに近寄る。話しかける口実にしては趣味が悪い。壁にもたれかかっていたナターシャは呆れた様子で言葉を返した。
「その程度で集中が切れるなんて随分と甘いのね」
「ぁあ? なんだって?」
「出直して来なさいハゲ野郎」
「上等だガキ!」
激昂して殴りかかろうとする男。腰の愛銃を引き抜こうとするナターシャ。よもや仲間割れが始まるかと思われたが――。
「ちょーっと待ちな、戦う元気は戦場まで取っておこうぜ、な」
くたびれた男がどこからともなく現れて仲裁した。男の仲間だろう。粗暴な男はなおも掴みかかろうとしたが、流石に他の仲間たちにも止められた結果、衝突は回避された。立ち去る時、男は最後まで不愉快そうにナターシャを睨んでいた。
ちなみにイヴァンは他人事のように静観をしており、ミシャにいたっては興味すら向けていない。ナターシャは呆れた様子で仲間たちに抗議する。
「ねえ、せめて反撃の構えくらいは取ったらどうなの?」
「必要なかっただろう。無駄な消耗は避けるべきだ。食料だって限られている」
「だからってさあ……ミシャも何か言ってよ」
「……面倒事の対処は後輩の役目。がんばれ」
応援ありがと、とこぼしながら少女は再び外の景色に視線を向けた。特に面白いものは見えない。ただ暇だから眺めているだけだ。かつて故郷の鉄塔から眺めていた頃は景色一つ一つが輝いて見えたのだが、今となっては見慣れて興味もわかない。
「早く着かないかしら」
つまるところ少女は退屈していた。さらにいえば尻が痛くてイライラしていた。ちょうどいい憂さ晴らしができそうだったのに、と残念ながら寸止めを食らった。
大きな戦争が終わっても世界から争いは消えない。今日も結晶風が夜空を舞い、朽ちた人工物が灰にまみれ、そんな大地を踏みしめて、少女たちは戦場へ向かう。
◯
「くそがっ!」
勢いよく壁を蹴る音が船内に響いた。苛立たしげな様子の男。他の仲間たちは「また始まったよ」と遠巻きに眺めており、彼をなだめる様子はない。仕方なく、先ほど争いを止めた男が声をかける。
「そう怒るなよ。女の子に少しからかわれただけじゃないか」
「てめえは黙ってろ! 見たかあいつら、シザーランドの服装をしていた。つまり傭兵くずれだ! 俺の仲間は傭兵に殺されたんだよ!」
「そりゃあ俺たちだって似たような稼業なんだから敵になることもあるだろう。ほら、船内で撃ち合いなんて馬鹿なことは考えるな。到着まで大人しくしていろ」
「腰抜けが!」
なおも怒りが収まらない様子の男を尻目に、くたびれた男はため息を吐きながら座った。彼としては衝突を避けられて心底安心している。その警戒ぶりは何も知らない仲間からすれば過剰だと思えるかもしれない。だが――。
(ふん。勘弁してくれ。白金の狙撃手に赤髪の女といやアイツらしかいないだろ。敵として出会わなかっただけ幸運なのに、仲間うちで争うなんざごめんだぜ)
彼は知っていた。ルーロ戦争で、否、それ以前から様々な戦場で無類の強さを誇り、兵士たちにトラウマを植え付けた傭兵部隊の存在を。商業国からの追手を振り切り、今もなお指名手配されながら捕まっていない彼らの名を。
彼は煙草をくわえた。どうか亡霊の刃が自分たちに向けられませんように、と祈りながら。




