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第十五話:太陽を背負った少女

 

 突如として乾いた銃声が廃墟に響いた。休憩中だったロダンたちは弾かれたように銃を握り、辺りを警戒しながら広場に集まった。


「総員集合! 誰が撃った!?」

「ディーバーがいません!」

「あの馬鹿……どこに行ったか知っているやつはいるか?」

「……煙草を持って東に歩いていくのを見ました」

「見たなら止めろビビアン! 阿呆が!」

「……申し訳ございません隊長。止めましたが言うことを聞きませんでした」


 ロダンは舌打ちをした。「勝手な行動は厳禁である」なんて入隊時に誰もが教わることだ。ここは演習場ではなく、自分たちは訓練兵ではない。特殊部隊として大事な任務を遂行している最中に単独で離れるなんて、ローレンシア兵としてあるまじき行動だ。無事に帰還すれば軍規違反として懲罰である。


「ディーバーを探す。いつでも撃てるように構えておけ!」


 部隊は銃声の方角へ走った。発砲するということは結晶憑きに出会ったか、未知の生物に襲われたか。もしくは、広場で見つけた足跡の正体に襲われたか。どれにしても状況は良くないだろう。

 禁足地の生態系は謎に包まれている。あえて手を出そうとする周辺諸国はおらず、莫大な犠牲に見合う価値があるかも分からないためローレンシアですら二の足を踏む。今回の任務も遺物があると知らなければ手を出さなかったはずだ。


 ロダンは防護マスク越しに結晶を見つめた。文明を衰退させた忌まわしき結晶だ。結晶化現象(エトーシス)が起こる前、世界はずっと歩きやすかった。防護マスクをせずに世界を旅することができた。今となってはおとぎ話のようなものだ。


 廃墟を駆け抜ける部隊。バタバタと乱れた足音は彼らの焦りを表していた。やがて部隊は血溜まりの井戸に到着する。


「……!!」


 ロダンたちが見つけたとき、ディーバーは廃屋の階段に倒れるようにして死んでいた。やはり、とロダンは思った。予想していた光景だ。銃声は一発しか鳴っておらず、もしもディーバーが生きていれば銃で応戦をする音が聞こえるはずだからだ。


 ディーバーは虚ろな目を見開いたまま、口をだらしなく開けて死んでいる。なぜかベルトの金具が外れており、半端な状態でズボンが脱げている。周囲に人影は見当たらない。ディーバーの額からあふれた血は井戸の近くに繋がっており、まるで真っ赤な絨毯のようだ。


「頭を一発でやられている。敵はなかなかの腕前だ」

「結晶憑きの仕業ではないですね。シザーランドの傭兵でしょうか」

「解放戦線の糞どもに襲われた可能性もある。断定はできんな」

「……」


 ビビアンが死体となった仲間の認識票を回収した。見開いたままのまぶたを閉じさせ、静かに祈りを捧げる。


「しかも装備が抜かれているな」

「敵の数も不明ですね……くそ、なんで情報が漏れているんだよ」

「帰国したら上層部に報告だ。待ち構えられていると知らずに進むとは、我々は随分と間抜けな遠足をさせられていた」

「隠密部隊なのに笑えませんね」


 傭兵でも解放戦線でもなく、実際は一人の少女による出来事なのだが彼らは知るよしもない。


 ロダンは仲間だった男の亡骸を見下ろした。最後まで問題ばかりを起こす男だった。部隊に選ばれるのだから腕は確かなのだろうが、あまりにも思慮が足りなかった。端的にいえば足手まとい。頭痛の種が消えたことに若干の解放感すらも感じられる。


(……む?)


 ロダンは違和感を感じた。死体の確認に夢中で気が付かなかったが、ディーバーの血が一際大きく飛び散っているのは井戸の周辺だ。つまり、彼は脳天を貫かれた場所は井戸の前であり、そのあとに階段まで運ばれたということになる。


 ――なぜだ?


 一度、形となった違和感はみるみると大きくなっていく。考えろ、と彼の本能が叫んでいる。思考を止めるな。流れに身を任せるな。自らの頭で考えられなくなったときに人は死ぬのだ。


(わざわざ死体を運んだ理由は何だ? 武器を奪うために運ぶ必要はない。死体を隠すにしてはお粗末だ。敵は何を考えて運んだ?)


 もしも自分が敵の立場であれば、ディーバーの仲間が銃声を聞いて駆けつけるのを警戒するだろう。当然ながら対抗策を打つはずだ。死体は運ばれていた。運ぶ必要があった。なぜここに運んだのだ?


 ロダンは何気なく上を見上げた。階段に運ぶ理由が上にあるかと思ったから。そしてまさに丁度、廃屋の二階からバケツを振りかぶる小さな人影を見つけた。


「退避……!!」


 ロダンがとっさに叫びながら後退した。離れていたシッドは反応できた。しかし、死体の介抱をするために膝をついていたビビアンが逃げ遅れてしまい、奇妙な液体を全身に被ってしまった。


「ガァァああアアッ――!!」


 直後、響きわたる言葉にならない叫び声。寡黙なビビアンは全身から黒い炭を吹き出し、その身を溶かしながら断末魔を上げる。異臭。絶叫。あまりに凄惨な死に様。人が形を残したまま溶けていく光景に二人は固まってしまった。


 ビビアンだった何かは気泡のようなものを出しながら黒い煙を放つ。その間に二階の人影は姿を隠しており、ロダンが我を取り戻したのは仲間の体が原型を留めぬほどに溶けてからだった。


「追うぞシッド! 裏口だ……!」

「了解!」


 敵はまだ近くにいるはずだ。目線(アイコンタクト)で二手に別れたロダンとシッドは、廃屋の裏口を挟み込むべく路地を回り込んだ。しかし、敵の姿はどこにもない。


「敵がいません……!」

「上だ!」


 屋根の上を飛ぶように走る小さな人影が見えた。あれがディーバーとビビアンを殺した相手だ。シッドは銃を握る手に力を込めた。絶対に逃さないという決意を胸に、彼の視界が赤く染まる。むき出しの殺意。シッドは敵影を認識するや否や走り出した。


「先走るなシッド!」

「大丈夫です! 離れすぎるような下手はしません!」

「それが冷静でないと言っているのだ!」


 激昂したシッドが敵を追う。突出し過ぎないと言いつつも彼の足はぐんぐんと速くなった。他でもないビビアンが殺されたのだ。ずっと同じ隊として戦場を走り抜けた仲間が見るも無惨な死を遂げた。冷静でいられるはずがなく、シッドの視界には敵の後ろ姿しか映らない。


 敵が地面に降り立った。これは好機だ。小柄な敵は一瞬だけ背後を振り返ったあと、近くの廃屋に逃げ込んだ。


(逃すかよ……!)


 シッドは敵を追って廃屋に入った。背後から静止を叫ぶロダンの声が聞こえたような気がしたが、一度動き始めたシッドの足は止まらない。彼の脳裏にはビビアンの叫び声が響いてたまらなかった。隊長の命令すらも聞こえなくするほど断末魔に思考を埋め尽くされていた。


 敵は廃屋の中に逃げ込んだはずだが、シッドが踏み入った時には敵の姿は見当たらない。


「くそっ、どこに――」


 ――ゴツンッ。


 重い物体が地面を転がりながらシッドの足にぶつかった。それは、ディーバーが持っていたはずの手榴弾だ。シッドが幾度となく戦場で聞いた手榴弾の転がる音がすぐ足元から聞こえた。嵌められたと気づいた時にはもう間に合わない。


 閃光。続く轟音。激しい爆発音とともに廃屋が吹き飛んだ。周囲に散乱する建材と、それらに混ざる赤黒い塊。ロダンの頬を掠めるように、見覚えのある仲間の顔が過ぎ去った。


「シッドォォオオ!!」


 ロダンの叫び声が家屋の崩れる音にかき消される。


 ○


 ここまでは順調だ。ナターシャは視界を遮るほどの煙に包まれながら、残った一人をどう殺そうか思案する。恐らく奴が隊長だ。黒水の罠も落とす寸前で気付かれ、追ってくる際も常に警戒している様子だった。奴だけ明らかに腕前が違うのだ。むしろ他の隊員を排除できただけ十分といえよう。


 ナターシャは残弾数を確認した。忘れ名荒野で補充したため十分に残っており、糞男(ディーバー)から奪った手榴弾も一発だけ残っている。手のひらに収まる重い感触が今はとても心強い。


 殺気。ナターシャは反射的に身を屈めると、先ほどまで上半身があった場所を弾丸が突き抜けた。


「貴様……傭兵か?」

「違うわ。通りすがりの民間人よ」

「民間人……? それに、その声は子供か……?」


 煙の向こうから訝しむような声が聞こえた。


「言っておくけれど、先に手を出したのはそっちだし、人の住処に土足で踏み入ってきたのもそっちだからね」

「そんなものは最早些事(さじ)だ。仲間を殺された以上、お前はここで排除する」

「野蛮ね。ローレンシアの大人は皆こうなのかしら」

「我が祖国を愚弄するか……!」


 煙を抜けて弾丸が飛ぶ。視界が悪いはずなのに、ナターシャの声だけで居場所を特定しているのだ。ナターシャは煙に乗じて廃屋から脱出した。ロダンも続けて後を追う。


「追ってこないでよ野蛮人!」

「なら逃げるな小娘! 我が隊の仇だ!!」

「逆恨みもいいところね!」


 銃で応戦するナターシャ。物陰に隠れながらピッタリと追いかけるロダン。子どもと大人。自らの尊厳を守るために殺した少女と、仲間を殺された義憤に燃える軍人。激しい銃撃戦が繰り広げられる。


「大国に歯向かう逆賊がァ!」


 ロダンが小銃を連射する。放たれた弾丸は苔むした石壁に銃痕を残しながら少女の背中に追った。ロダンが「捉えた」と思った瞬間、彼女は足元の結晶を足蹴にして宙返りをした。標的を見失った弾丸は結晶に命中し、砕けた破片が辺りに飛び散った。


 ナターシャがお返しとばかりに愛銃を発砲した。ロダンは反撃を予想して道端の看板に隠れる。一瞬しか顔を出していないはずだが見事な早業だ。正確無比な弾丸によって看板の表面が爆ぜ、砕けた木片がロダンの頬を浅く裂いた。


(何なのだ、この娘は……!)


 ロダンは驚愕した。戦場で少年兵に出会うことは珍しくない。子どもを撃ったこともある。だが、今回の相手はロダンの常識を覆した。銃の扱い方が素人のそれと違うのだ。身のこなしは目で追えないほど素早く、捉えたと思っても驚異的な勘で避けられる。否、それ以上に驚くべきは彼女から発せられる雰囲気だ。同年代の少女が発していいものではない。戦場で感じる気配とは別種の、獲物を狙う狩人のような殺気である。


 ぞわり、と背中を撫でる悪寒を感じ、ロダンは思わず飛び退いた。看板の下からくぐり抜けた跳弾が一瞬前まで彼がいた場所を襲った。ちっ、と舌打ちをするような声が聞こえる。


(何だ……!? 何と戦っている……!?)


 ロダンが撃たれた場所から予想して連射する。しかし、彼女の姿はそこにない。また別の場所から発砲、今度は上だ。いつの間に登ったのか、少女は屋根からロダンを見下ろしていた。


 太陽を背負った少女だ。

 白金の髪をたなびかせ、 殺意のこもった青い瞳が射抜くような視線を向ける。一瞬だけロダンは目を奪われた。脳が認識したかも分からないほどの一瞬だ。戦場で目にするにはあまりにも清廉とした光景だったから体が固まってしまった。しかし、彼はローレンシアの軍人である。少女が躊躇なく弾丸を放ち、ロダンは転がるようにして避けながら小銃で撃ち返した。


「貴様のような民間人がいてたまるか……! やはり傭兵(シザーランド)の犬だなァ……!?」

「違うって言ってんでしょ……!」


 逃げる少女。追う軍人。二人は結晶に覆われた塔へ走った。




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