第百三十四話:つきつけられた選択
第二〇小隊の帰還は大幅に遅れた。禁足地特有の複雑な地形や、結晶憑きを始めとした危険な原生生物が主な要因だが、ベルノアの気まぐれに振り回されたからという側面も大きい。それでも目標を達成した彼らは旅行気分で楽しんでいた。
そんなこんなで帰還した第二〇小隊を迎えたのはピンと張りつめた空気だった。まるで戦争の準備をするかのように兵器が運び込まれ、飲んだくれ横丁から人がいなくなり、溶鉄場が激しく火を吹いている。
イヴァンは帰るや否や団長に呼び出しを受けた。嫌な予感がみるみるうちに大きくなる。いつでも船を出せるように指示を出してから、イヴァンは数ヵ月ぶりに団長室の扉を開けた。
「まずはお疲れ様、と言っておこう。未踏の禁足地を我らが傭兵が初めて生還したのだから誇らしい。そんなお前に新しい任務だ」
「あまり嬉しくない生還祝いだな」
「仕事が大好きなお前を思ってのことだ。内心では諸手をあげて喜んでいるのだろう?」
「……とりあえず、話を聞こうか」
ラトリエ団長は指を絡めて両ひじをついた。
「戦争だ」
「ああ?」
「始まるのだよ。彼らは革命と呼んでいるが、実質的な第二次ルーロ戦争さ」
イヴァンの表情が険しくなった。第二〇小隊が不在の間に情勢が大きく変動している。それもイヴァンにとってあまり好ましくない方向に。ラトリエ団長がルーロ革命の動向を詳しく説明してくれたが、それらを語る際の嬉々とした表情が非常事態であることを物語っていた。
「――以上が今のローレンシアの現状だ。そして、我々にも支援の声がかかっている」
「前回みたいに解放戦線からか?」
「いいや、もっと上だ。商業国が我々を雇うために大金を用意した。一国と争える規模だぞ」
イヴァンの顔は険しくなるばかり。
「あんたまさか、ルーロ革命に荷担するつもりか?」
「もちろんだ。我々は客を選ばない。自由と公平、そして誠実さが売りなんだ」
「天巫女がパルグリムに渡ってみろ。アーノルフの管理下にあったからこそ、いくつかの戦争は起きつつも大戦には発展しなかった。だがパルグリムは違う。今以上の乱世になるぞ」
「稼ぎどきだな」
「ふざけるな。正気じゃないぞ。あんたも、商業国も、解放戦線も……!」
「ハッ、正気で戦争ができるかよ!」
ラトリエが腕を大きく広げた。窓の向こうで油鷲がいっせいに飛び立つ。
「人類の歴史とは争いの歴史だ。文明の発展は戦争によって生まれるのだよ。失われた文明を取り戻すには戦わなければならない。これは世のため人のための戦いなんだ」
女傑ラトリエ。彼女は乱世を求めていた。戦争がなくなれば淘汰されるのは傭兵だと知っているからだ。国を守り、戦場でしか生きられない者達に住む場所を与えるためならば、彼女は喜んで戦の狼煙をあげるだろう。
「わかってくれるよな、イヴァン?」
弱肉強食は世の摂理。
傭兵よ、強者であれ。
○
イヴァンは疲れた様子で家に帰った。ラトリエから作戦への参加を命じられたが返答は一旦保留だ。帰還早々に頭の痛い話をされても困る。今は少し休みたい気分だった。
だが、彼の願いは簡単に砕かれる。家の中に見覚えのあるローレンシア兵がいたから。
「おかえりなさい、イヴァン。あなたにお客さんよ」
「なぜお前達がいるんだ?」
ナターシャの隣に立つ二人の女性。首都潜入時に出会ったミリアムとココットである。二人は申し訳なさそうな顔をしていた。
「お兄さん、会いたかったよ~」
「お、お久しぶりです……!」
狙撃手としてナターシャの手解きを受けたココット。潜入中、ことあるごとにイヴァンへすり寄ったミリアム。なぜこの二人が、とイヴァンが眉を寄せた。
彼は居室で向かい合ってから二人の目的を尋ねた。ちなみにナターシャ達はすでに話を聞いており、ローレンシアの現状や天巫女の引き渡し要求について把握しているらしい。
「では改めて……ココットに任せるとアレなんで私から説明します。私達は独断でシザーランドに来ました。ルーロ革命の話はご存じですか?」
「さっき団長から聞いたよ」
「それでは単刀直入に申し上げますね。あなた方を雇いたいです」
ここでもやはり戦いの話。誰もが第二〇小隊を巻き込もうとする。
「戦況はそれほど悪いのか?」
「話が早いですね。殉死されたシモン軍団長の代わりに、アメリア軍団長が第一軍を率いて指揮を取っていますが、手が足りないうえに兵力で負けています。各地に配備していた軍を戻していますが、それを見越しての速攻を仕掛けられているので間に合うかは怪しいところでしょう」
「そもそもなぜノブルスは落ちた? シモンの守りはそう簡単に抜けんだろう」
「……ホルクス軍団長が裏切りました」
ホルクスの名が出た瞬間、ソロモンから殺気がもれた。ココットが戦々恐々と震える。
「……あの犬っころめ」
「事前に内通していたのでしょう。第三軍の大半が解放戦線側についた結果、戦力差がひっくり返りました。シモン軍団長は見事な粘りを見せたのですが……」
「無理だろうな。解放戦線とホルクス軍を相手にするのは流石に厳しい。アメリア軍団長もいれば結果は変わっただろうが、それだと首都がスカスカになる」
ふぅ、と大きく息を吐いた。第三軍が寝返ったとなれば、いよいよ解放戦線は無視できない戦力になる。
ミリアムの代わりに今度はココットが説明を続けた。
「か、各地に展開中の部隊を招集するまで、皆さんには首都防衛に協力してほしいのです」
「大変だな」
「大ピンチですぅ……」
なんとも気の抜ける答えだ。
「シモンが率いていた第二軍はどうなった?」
「アーノルフ閣下が臨時で指揮をとっています。第二軍はノブルス戦で多くの兵を失いましたが、裏切らなかった第三軍の兵士と合併することで第一軍と同程度の戦力になりました。それでも解放戦線に劣りますが……」
「ふむ……理解した。それにしても、よくアメリアが許したな。俺達のことは嫌っているだろうに」
「アメリア団長にも無断ですよ。だからイヴァンさんも軍団長をあまり刺激しないようにお願いしますね」
「知らん。受けるかは別として、仮に受けたとしても俺達は勝手にやる」
「ひえぇ」
イヴァンは思案する。依頼を受けるべきか否か。つい先ほど、ラトリエ団長から作戦に参加するように念をおされたばかりだというのに、もしも依頼を受ければ彼女と敵対することになる。正確には、傭兵全体と。
(数は解放戦線が有利か。商業国の支援に傭兵の救援もある)
イヴァンが悩んでいると、断られると思ったのか依頼人の二人が頭を下げた。
「どうかお願いします。天巫女様のためにご助力ください」
「お、お願いします……」
これはイヴァン一人の問題ではない。隊員の命が関わる重大な決断だ。禁足地に連れまわすのとは訳が違う。
「一度、仲間と話し合いたい」
「それでは席を外しましょうか」
「そうだな、ただ……」
仮にもローレンシア兵である二人から目を離すのは困る。まだ彼女たちを完全に信用することはできない。事前に傭兵の戦力を削ぐための罠という可能性もなくはない。
かといって誰かを監視役にすると選ばれた人は話し合いに参加できなくなる。それも嫌だ。どうしようかと悩んでいると、おもむろにミシャが提案した。
「……私が案内する」
「いいのか?」
「……私はイヴァンの判断に任せるから。第二〇小隊が残るならどんな選択でも構わない」
ミシャは一貫して隊の方針に口を挟まない。それは彼女が第二〇小隊に入隊した日からずっとそうだ。思考停止ではなく、適材適所。戦場こそが彼女の舞台。戦いしか知らない彼女は欲がないため、第二〇小隊として戦えるならば何だっていいのだ。
たとえ地獄のルーロ戦争が再現されようとも、それをイヴァンが選ぶならばついていく。傭兵を抜けるとなっても、やはりついていく。仲間のためならば本当に何だっていい。だからどうか後悔のない選択ができるように祈りながら、小さな戦士はローレンシア兵を連れて部屋を出た。




