第十三話:招かれざる客
四人組の男が月明かりの森を歩いていた。黒い軍服を身にまとい、真っ赤な刺繍に星を模した印を付けている。
「隊長、ずっと歩き続けてますけど本当にこの道で合っているんですか?」
「問題ない。方位磁石は合っている」
「方位磁石って……森に入ってからグルグル回ったままですよ。本当に合っています?」
「口が過ぎるぞディーバー。隊長が問題ないって言っているんだから俺たちは従えばいい」
彼らはローレンシアの特殊部隊だ。大国の英雄・アーノルフ閣下の直属部隊であり、ローレンシア軍の中でも禁足地に立ち入ることが許される数少ない精鋭たち。今回の任務は月明かりの森の調査と、廃墟に眠る遺物の回収である。
「もしかして向こうに見える馬鹿でかい結晶を目印にしています?」
「そうだ。あれは廃墟の塔が結晶化したものだろう。調査隊から受けた報告と一致する」
ディーバーが目をこすって確かめたが、遠いうえに太陽の光が反射しているせいで直視できなかった。かろうじて結晶の中に塔らしき影が見える程度である。
「なーんにも見えねぇや」
「情けないなディーバー」
「そう言うシッドは見えたのかよ?」
「ハッ、当然だ。ローレンシアの軍人なら余裕だぜ」
ディーバーは斜め前を歩く男に疑うような視線を向けた。彼を馬鹿にしたように笑ったのはシッドという軍人だ。シッドは隊長と付き合いが長いらしく、逆に歴の浅いディーバーを下に見ていた。
「隊長の腰巾着が随分と偉そうだなぁ。軍人なら口じゃなくて手を動かせや。ビビアンを見習えっての」
「真に優秀な人間は手も口も動かすんだよ。そんなことも分からない半人前が軍人を語るな」
「さっきから馬鹿みてーに周りをキョロキョロしてるだけじゃねーか。何が真に優秀な人間だよ」
「減らず口だけは一丁前だな」
罵り合う二人の後ろを、四人目の男が付いていく。
「……」
寡黙なビビアンは半開きの眼を一瞬だけ二人に向けた後、興味を失ったように視線を外した。彼は無駄口を叩かずに淡々と任務をこなす。二人の会話に全く興味を示さない。
「声が大きいぞ。結晶憑きに見つかると厄介だ。もう少し緊張感を持て」
隊長の男が叱咤した。月明かりの森は謎が多い場所だ。古き森でありながら正確な地図が存在せず、年々広がり続けるため全体像すら掴めない。加えて、多くの結晶憑きが生息しているため、大国と名高いローレンシアも手を出せないでいた。
世には禁足地と呼ばれる、人が足を踏み入れてはいけない場所が存在する。月明かりの森もその一つ。危険度は計り知れず、調査隊は未帰還が当たり前。人の文明が崩壊したと同時に世界の常識がねじ曲がった。
四人は過剰なほどに周囲を警戒した。いつ結晶憑きと遭遇するか分からないからだ。以前にローレンシアが調査隊を出した際は、六人編成の部隊を派遣したにも関わらず、一人しか帰還しなかった。生き残った兵士は精神に異常をきたし、要領の掴めない報告をしたそうだ。
「シッド、食料は大丈夫か?」
「問題ないですよ隊長。充分なほど用意しております」
「残弾数はどうだ?」
「予定より多くの結晶憑きと遭遇したせいで消耗が激しいです。不足の事態に備えて戦闘は避けた方がいいですね」
「分かった。ビビアン、弾はお前が管理しろ。少なくなる前に言え」
「……了解しました」
「あとディーバーは……」
隊長はお調子者の顔を見た。他の三人が険しい目つきで周囲を警戒する中、彼だけは気の抜けたような顔をしている。へらへらとした態度が絶妙に苛つくのだ。隊長の言葉に反応したディーバーが顔を向けた。期待するような表情で隊長の言葉を待つ姿は、餌を待つ犬のようにも見える。緊張感のない男だ。
「……何もしなくていい。周囲を警戒しておけ」
「ええー、もうちょっと何かないんですか?」
「ない。お前はじっとしていろ」
ディーバーは面白くなさそうな顔で敬礼した。彼らは遺物の回収を目的として臨時に編成された部隊だ。しかし、ディーバーを除いた三人は以前から同じ部隊だったと聞いている。つまりディーバーだけが除け者ということになる。当然ながら本人は面白くない。
「ちっ……早く帰還して一杯やりたいぜ」
「そういうところだぞディーバー。せめて聞こえないように言え」
「あーはいはい、ご忠告ありがとうございますシッド殿。私は素敵な命令をいただけて光栄ですってな」
「お前な――」
「……敵だ。各員警戒」
言い争っていた二人だが、隊長の言葉に反応して瞬時に武器を構えた。ディーバーも態度以外は優秀な隊員だ。切り替えの早さは流石の一言に尽きる。
部隊を挟み込むように左右から二体の結晶憑きが現れた。隊長は素早く二本の指を左方の結晶憑きに向ける。「俺とビビアンが左をやるから、お前らは右だ」と言っているのだ。ハンドサインを確認した二人は右側の結晶憑きに照準を向けた。
「ァァああ嗚呼……!!」
瞬間、響き渡る化け物の叫び声。奴らは頬が裂けそうなほどに限界まで口を開き、泡立った涎を地面に飛ばし、両目を歓喜のあまりに震わせた。弾かれたように二体の結晶憑きは地面を蹴る。四本足で迫りくる姿はまさに獣だ。森の外で出会うノロマな個体とは訳が違った。
「オラァ!!」
シッドが胴体を狙って銃を放った。確実に当てて動きを止めるためだ。しかし、結晶憑きはバネのように跳ねて弾をかわした。それだけではない。二人が銃を使うと認識した結晶憑きは、木の幹を足場にして森を飛び回ったのだ。
(こいつ、学習してやがる……!)
ディーバーが瞬時に照準を合わせて発砲するも、動き回る結晶憑きには一発も当たらない。その間にも結晶憑きは猛烈な勢いで距離を詰めてくる。右へ、左へ、人間離れした速さで動き回る常識外れな化け物。いかにローレンシアの軍人といえども目で追いきれず。
「くそっ、ディーバー! 挟むぞ!」
「おう!」
不利を悟った二人は左右に散開した。片方を囮にして狙い撃つ作戦だ。結晶憑きは迷わずにシッドを狙った。まずは司令塔を潰す。良い判断である。
「うっ、うぉぉオオ……!」
シッドは結晶憑きから距離を取りながら必死に応戦した。激しい銃撃音とともに木の幹が弾け飛ぶ。しかし、縦横無尽に駆け回る化け物に弾は命中しない。シッドが弾倉を入れ替えようとした瞬間を狙って結晶憑きが飛びかかった。
「ディーバーァ……!!」
シッドが叫ぶと同時に、結晶憑きの横腹を銃弾の雨が襲った。まともに食らった結晶憑きはゴミ切れのように吹き飛んだ。硝煙を上げながら仁王立つディーバー。その顔は得意気である。
「へっ、ようやく死んだか」
「よくやった……できればもう少し早く頼むぜ」
「ぎりぎりの戦いが信頼関係を生むんだよ。全て計算通りだ」
張り倒したい気持ちを抑えながら、シッドは結晶憑きの様子を確かめた。横腹から側頭部にかけて撃ち抜かれた結晶憑きは確実に死んでいる。言動は腹が立つ男だが腕は確かだ。念のために頭部へ一発撃ち込んでから、ディーバーに合図を送った。これで二度と動き出すことはないだろう。
二人が戦闘から戻ると、隊長とビビアンが先に戦闘を終えて待っていた。隊長は座って銃の調子をチェックし、ビビアンが周囲を警戒している。
「戻りました。こちらは問題ありません」
「弾の補充は?」
「必要ありません」
「俺も大丈夫ですよ。そんなに使わなかったんで」
「……そうか、なら先へ進むぞ」
部隊は進行を再開した。彼らが結晶憑きに襲われたのはこれで何度目だろうか。塔に近付くたびに結晶憑きが増えている。恐らく錯覚ではないだろう。化け物の数も、化け物の動きも、進めば進むほど危険になる。
「割りに合わない任務だな」
隊長が愚痴をこぼした。他の隊員は苦笑いを返すのみだった。
○
場所は変わって忘れ名荒野。使われなくなって廃棄された古代兵器の残骸を漁る少女がいる。
「うーん、使えそうな弾は意外と少ないわ」
ナターシャは地面に転がった銃からマガジンを引き抜き、結晶化していないか確認した。思っていたよりも損耗が激しく、特に残骸の表面部分に残っているものはほとんどが結晶化している。生きているのは残骸の山の更に奥。眠ったままの兵器を掘り起こす作業は想像以上に大変だった。
「リンベルはこんなに大変な仕事をしていたんだ……ジャンク屋ってのは偉大ね」
肌寒い季節だというのに体が熱くなってくる。喉が渇いたナターシャは腰に下げた水筒を口につけた。疲れた時の水は生き返るほど美味い。
ナターシャは船に残した友人の顔を思い浮かべる。まず最初に浮かんだのは灰かぶりのリンベルだ。記憶の中の彼女は不安なんて一つもないように笑っている。経験して初めて分かったのだが、遺物の発掘というのは本当に体力を使う。そんな重労働をリンベルは視界の悪い夜間に活動しているのだから、彼女のタフな精神は見習うべきかもしれない。
次に思い浮かんだのは薄茶色の髪をもつ少女・アリア。彼女は臆病で不安定な性格をしているため、元気にしているか心配だ。数少ない幼馴染なのにさよならも言えないまま別れてしまった。料理の感想すら聞けておらず、彼女たちが今どんな景色を見ているのかも分からない。
最後にディエゴの顔が思い浮かんだが、ナターシャはすぐにかき消した。
「今頃どこにいるのかしら」
金融都市には既に到着しているだろう。船を落ちてから経過した日数を考えれば次の街へ向かっていてもおかしくない。次に向かうのは中立国か、それとも北の国々か。遠く離れたナターシャは思いを馳せることしかできないでいた。
国を渡る移動都市ヌークポウ。あの巨大な鉄の塊がなぜ動いているのか。目的は何なのか。どこを目指して歩き続けるのか。ナターシャは何も知らない。年長者の御風様ならば知っているかもしれないが、そもそも誰も気にしたことがない。ナターシャはどうか移動都市の行く末が曇りなき未来に繋がることを願った。
ポイポイッ、と使えぬ遺物を放り捨てながら使えそうな弾を漁る。たまに気になる兵器を見つけるときがあるが、リンベルがいなければ価値が分からない。「勿体無いなぁ」と思いながら同じように放り捨てた。
そうしているうちに空が赤く染まり始めた。日が暮れるのは早いものだ。おんぼろ船にいた頃は夜になっても寄宿舎の子供たちと遊んだのだが、今は日暮れと同時に眠る日々である。
「これぐらい集まれば十分かしら。もっと鞄をたくさん持ってきたら良かったわ」
ナターシャは集めた銃弾を確認した。収穫は悪くない。無駄遣いをしなければ当分は問題ないだろう。鞄に銃弾を詰め込むと、ナターシャは近くの戦車に鞄を放り込んだ。続けて小柄な体を丸めて彼女も滑り込むと、ランプを灯してから蓋をしめる。
こんな錆びだらけの兵器もかつては百年戦争で使われたのだ。当時は時代遅れのガラクタだと揶揄されたらしいが、文明が廃れた今はこんな戦車も最先端である。古きガラクタに久方ぶりの熱がこもった。
「覗き穴はないみたいね。結晶風が吹き込まないから安心だけど、その代わりに暗いわ」
戦車には外の様子を見るための覗き穴がついていると聞いたことがあるが、この戦車には付いていないようだ。代わりに潜望鏡式の立体レンズが備え付けられており、望遠鏡越しに日没の様子を眺めることができた。沈みゆく太陽が結晶に反射する。夜風に乗った結晶屑が粉雪のように舞い落ちた。忘れ名荒野に雪が降る。固くて解けない結晶の雪だ。
「ほとんどの人はこの景色を知らないまま死ぬんだろうな。そう思うと私って幸運なのかも……」
結晶が舞うたびに人の文明が廃れ、反対に世界の輝きが増していく。壊れた世界と人々は表現するが、きっと壊れたのは人間の方だ。人の価値観が壊れただけ。失われたのは審美眼。ミミズですらも森に順応したのだから、人はもっと柔軟になるべきだ。崩れた街並みを綺麗だねと笑える程度でなければ、この世界は生き残れない。
地平線に日が沈むまで少女は景色を眺め続けた。




