混沌のイカレ女
部屋に近づくにつれ、轟音が更に大きくなって行く。爆発しているかのような音に、俺は度々足を止める。
「こわっ……何やってたこんな音が出るんだ?」
腰に吊るした剣をいつでも抜けるように覚悟だけは整えておき、三階へと辿り着く。三階についてまず感じたのは『臭い』の一言。腐乱臭を三倍濃縮した上で腐った牛乳を混ぜ合わせたような酷い臭がする。世界一臭い食べ物、とかあったけどあれよりも臭いんじゃないだろうか。異世界じゃなかったら死んでる。
正直な話、これより酷い臭いは過去の任務で経験したことがある。例えば酷い状態にある死体だったり、呪われている死体だったり……まぁ、とにかく死体の匂いだ。戦場というのはいつもどこかで死体の匂いがする。
「なんか大変なことになってたり、しないよな……?」
俺は音を出さないように慎重に歩き始め、剣をいつでも抜けるように柄を握る。研究所の個人研究室に来るのは初めてで、これがいつも通りなのかどうなのかいまいち理解できないのだ。ただあっちこっちで爆発に似た音が響いているところを見るに、通常通りそうなのだがなんとも言えない。
「エレアナ……エレアナ……あった、この部屋だな」
少しの間、音もなく歩いていると部屋の前に辿り着く。頑丈そうなドアは何故か凸凹で、俺は少しびびってしまい後退りした。だがここで帰るわけにはいかないと、剣から手を離しノックする。
「第十三騎士団、騎士団のアルベルトです。エレアナさん、少しお話があるのですがよろしいでしょうか!」
…………返答はなかった。しばらく扉の前で立ってみるがやはり返答はない。もう一度ノックする。今度は少し多めに。
するとドアの向こう側から爆音が数回響く。急いでドアに耳をくっつけ中の音を聞こうとするも、防音のせいもあるのか中から声らしきものは聞こえない。俺は万が一のことを考えてドアを蹴破って中に突撃した。
「エレアナさん! 大丈夫ですかッ!!」
「ヒャアアアアアアッッ!!!!」
中に入った俺が見たものは、半狂乱状態で叫びながら、俺に向かって飛び出してくる赤い髪の美少女の姿だった。見たくないものを見てしまった俺は一瞬だけ硬直し、すぐさま軽く体を逸らして横に避けようした。
だがその少女は空中で何をしたのか、空気を蹴って方向転換すると俺に向かって腕を振りかぶる。俺は避けた直後によろけるように下がっていたため、すぐさま回避行動に移れず、咄嗟に剣を抜いて構えた。
「そこどけえええええええッ!!! 《焔熱暴発》ッ!!」
少女の叫びとともに手が放たれる轟音、爆熱。閃光のように光った手から超強力な爆発が起きた。当然だが剣で防御しても防げるわけがなく、俺は剣をしっかりと握って爆発の中で下から上へと真っ直ぐととてつもない速度で振るった。俺の編み出した剣術の一つ《風切り》。由来はそのまんま、風を切り裂く剣だからこんな名前になった。
爆発はまるで切り裂かれるように俺を避けて真っ二つになる。そして爆発が消えると同時に俺はエレアナの姿を探す。
「……ポーションッ!! ポーションポーションぽおおおおおしょんッッ!!!」
エレアナは大量に積んであるガラス瓶の中に顔を突っ込んで、何かを探していた。正直もうこれ以上関わりたくなかったが、ここで帰るわけにもいかなかった。と言うか、エレアナもまたゲームとは全く違う。『錯乱』状態と言ってももう少し落ち着いていた、発狂なんてしていなかった。だが今の彼女は酷い有様だ。近寄り難いと言うか関わりたくないと言うか。残念美少女の飛び級である。
「んぅっ……! んっ、んっ……ふぅ……」
赤い液体が入った瓶を取り出したエレアナは、それ一気に飲み干す。するとさっきとは打って変わって、とても落ち着いた様子で偉そうに座って、俺の方を見た。
「あの、エレアナ、さん?」
「……あー、見苦しいとこを見せたわね」
見苦しいとかそう言う問題じゃないだろ。と言いたくなったがその言葉は飲み込んでおく。
「いや、見苦しいとかそう言うのじゃないでしょ」
ごめん、やっぱ無理。自然と口から彼女の言葉を否定する言葉が出ていた。
その言葉にエレアナは顔を真っ赤にして怒る。
「しょ、しょうがないでしょっ! 私にも色々のあるのよっ! ……で、何の用かしら?」
「ちょっと話をしにきたんですよ」
「話? ……そもそもアンタ誰?」
「聞いてなかったのか……アルベルトです。第十三騎士団騎士団長のアルベルト」
「ふーん。知らないわ」
知らないなら言わなくていいだろ。と言うか色々と失礼だなこいつ。偉そうに座ってなんか見下すような目で見て。一発ぶん殴っても許されるだろうか。だがここは我慢して平常心を保って話を続ける。
「で、さっきのはなんなんですか」
「関係ないでしょ!? と言うかその話は終わったでしょ、どう見てもっ!」
「いえ、気になるんで」
「気になるってあなたねぇ……まぁ、見られてしまったものは仕方ないわね。アレはポーション中毒よ」
「ポーション中毒って……」
ポーション中毒、いわゆる薬物乱用みたいなものだ。この世界におけるポーションと言うのは回復薬として重宝される。効果が高いと腕一本軽く再生できるものだってある。ただそれは市販のポーションが、って話だ。このポーションと言うものは個人で作ることが禁止されている。ポーションと言うのは作り方を一つミスると回復力はあっても強烈な中毒性が出てしまうのだ。それこそ、なかなかの頻度で服用しなければならないほど。
これで傷害事件を起こしてきた人を何度も取り締まっている。ポーション切れでの錯乱状態がなかなか大変で……あ、なるほど。ゲーム中での『錯乱』状態ってこれのことだったのか。まぁ、ここまで酷くなかった理由はよくわからないが、ともかく謎が解けてスッキリしたような気分だ。
でだ、本題に入りたいのだが、入ろうにも入る気になれないと言うか。
(アレは、なぁ……)
取り敢えず話を区切って、一旦帰ることにした。
「で! 何の用なのよ!」
ちょっと怒った様子で、エレアナは俺のことを見た。俺は一歩下がって扉に手をかける。
「いえ、今日は挨拶に来ただけなんで。また来まーす」
「へ? え? ちょっ、ちょっと! まっ──」
なんか止めるような声が聞こえたような気がするが、俺は何も聞かなかったことにして、その場を立ち去った。研究所を後にしている時、俺は今からのことを考えていた。後一人、シスター。彼女は一体どんな人間なのだろうか。もはや騎士団、大丈夫なのだろうか。色々と考えて、次の場所へと向かっていった。