プロローグのようなもの
経験というのは、案外忘れられないものである。
習慣、常識、偏見、成長の中で身についたものは中々離れることはない。
例え、転生したとしても。
そう俺は転生したんだ。かつて中学生の頃やっていたゲームの世界に。
と言ってもそこまでやり込んでいたわけではない。取り敢えず適当にイベントこなして、クリアまでやり通した感じだ。
ジャンルはSRPG、王道感溢れるストーリーに可愛いヒロインたち。まぁぶっちゃっけ、敵のほうが可愛いキャラ多かったが。
世界観を簡潔に言ってしまえば、ど定番ファンタジー。モンスターに剣と魔法、洋風な家にたくさんの国。外に広がるはだだっ広い平原。そして敵は魔王。
まさにって感じである。
そんな世界に俺は転生した、一般人として。どうやって死んだのか、どう言う経緯で転生したのか、覚えているものは何もない。
ただ明確に、前世の記憶がある、と言うことだけだ。俺は記憶を頼りに生きること十歳、自身の父親がそのゲームの登場人物であると理解し、俺はこのゲームのことを思い出した。
主人公は騎士となり、そして騎士団長として仲間を率いて魔王を倒す。勇者ではないが仲間と共に悪を打ち砕く、と言うストーリーであると言うことも。
漠然とした記憶ではあるものの、ゲームの知識を頼りに俺は剣を振ることを選ぶ、主人公と同じ騎士になろうとして。
で、なった。剣の技術をとにかく磨き、本を読んで剣術を習って積み重ねていった結果、俺は騎士になれた。なれたまでは良かったのだ。
だが騎士というのは国の治安を守るための警察のようなもの。ただの警察ではない、人を殺す権限与えられた警察なのだ。
そして任務本番、俺は剣が振れずにただ立ち尽くすことしかできなかった。なんせ前世は日本人、人が死ぬなんて当たり前の世界ではない。人の死を目の当たりにして、無事で入れただけよかったというものだ。
俺は考えた、どうすればいいか。どうすれば騎士としてやっていけるのか。そして生み出した、新たな剣術を。
武器を破壊し、相手を的確に気絶させる剣術を生み出したのだ。次の任務からはその剣術を使うようになった。
そこからは実践と共に技術を上げて行き、それと共に俺は騎士団の中でも名を挙げて行った。
そのうちこの世界での目標ができていった。普通に暮らして普通の家庭を築いて、普通に死にたいと。
騎士なんかやってる時点で普通とはちょっと言い難いかもしれないが、要は原作には絡みたくないということだ。
名が挙がっている程度じゃ原作に絡むこともないだろうし、前世では俺の息子は未使用のままだった。だからこその目標であった。
俺は今日も、その目標を達成すべく生きて行く。殺すことのない剣を振るいながら。
「……まずいまずいまずいッ!! なんで騎士が来やがったッ!!」
ドタドタと騒がしく、土塊で作られた地下に音が響く。足音に叫び声、それら全ては剣戟によって掻き消される。
奥に視線をやれば数十というファンタジーな武装した男たちが向かって来る様子が見える。
体つきの良い貧相な服で、剣やら槍やら斧やらと、怒りの形相で構えて走って来るのだ。
だが俺は冷静に剣を握ると、目の前から走ってくる男の武器を破壊し、後頭部に剣を叩きつけると飛んで壁を蹴り、天井に足をつくと奥に潜む集団の中心へと飛び込む。
飛び降りたその場で、握った剣とともに踏み込んで周囲の男たちを蹴散らすと、すぐさま潜り込むにして次々と武器を破壊して行く。
破壊に次いで、俺は剣で頭部の絶妙な位置に打撃を与える、気絶するように。
「く、そッ……!! なんで、『不殺の騎士』が、あァァ……」
最後に倒れた男のそんな言葉を聞き届け、血の付いていない剣をしまうと男たちを縛る。身動き取れなくなったことを確認して奥地へと進んで行く。
先へ進めば進むほど、辺りの道は整い湿って、汚くなって行く。
加えて酷い匂いに叫び声と泣き声。
そしてそれに入り混じるかのように恨み言も聞こえてきた。
「……はぁ。なんで、こんなことになってんだろ……」
猫背の姿勢でため息とともに肩を落とす俺。団長からはため息ばかりしていると運が逃げるぞと言われたが、吐きたくなっても仕方ないというものだろう。現状を見てしまえば
徹底した管理のもと統制されていたはずの騎士団の一つが裏切り。
しかもだ、奴らがしたのはまさに国家に対する反逆とも言える行為。
俺の住む国、そしてゲームの舞台でもあるモルデスト王国はその名の通り君主制の国である。
そのトップに位置する王様は、徹底した反奴隷主義。要は奴隷制度が嫌いだ、ということらしい。
ちっちゃい頃、色々あったそうだがそんなことは置いといて。 反奴隷主義であるため、モルデスト王国内で奴隷の売買、奴隷の所持を禁ずるという法律が出されている。
ただ、奴隷というのはどうしても需要があるものだ。
現代地球には機械という奴隷に代わるものがあるからいいけれども、この世界には当然機械などどいう未来技術は存在しない。
故に、奴隷には需要というものがある。古典的だが裏で悪事を働くお偉いさんなどが、色々な目的で買い求めるのだ。
そういうやつらが買うのは別にいい、バレれば処されるだけなのだから。
だが今回は根本的に話が違う。
騎士団は階級として騎士、騎士団長、騎士総長と並んでいる。そしてその騎士総長に直接命令を出すのが王様になる。王様が全責任を持っているのだ。
そして今回、その騎士団の一つが裏切り、国家反逆、奴隷売買に手を出していたのだ。
国民にバレれば王様の信用はガタ落ち間違いなし、だと思う。
だから偶然、警備周回でそんなところを見かけた俺は一人で追跡。そして今はアジトに侵入して剣を振るっている、ということなのだ。
取り敢えず滅しようとは思っているものの、後のことは考えていない。
(そう言えば仕事終わりに友達と酒を飲む約束をしていたな。さて間に合えばいいのだが……)
懐から懐中時計を取り出して今の時間を確認する。夜の八時くらい、外はいい感じに真っ暗だろう。冬だから尚更外は暗いだろう。
雪が降ってなければいいのだが……などど考えながら歩いていると、背後から聞こえた突然の物音に俺は剣の柄を握る。いつでも抜いて攻撃を繰り出せるように、足を強く踏み込む。
だがよく聞いてみれば聞こえてきた音は、泣き声のようなもの。既に結構な人数を助けたと思っていたのだが、まだ捕まった人たちがいたらしい。
俺は剣から手を離すと急いで声のした方へと向かう。するとそこには土塊に開いた横穴に、適当な鉄格子がはめられていて簡単には出られないようになっていた。
「大丈夫、ですか」
俺が駆け寄って、一番手前にいた少女へと話しかける。
その少女は驚いて「ひっ」と声を上げると後ろへ下がる。だが俺の顔を見てゆっくりと近づいてきた。
「……あ、ああ。べ、別の……き、騎士、様?」
「はい、ここにいるやつらとは別の騎士です。第二騎士団所属、アルベルトと申します。皆さんを助けに来ました」
俺は今世の名を名乗って剣を抜くと、鉄格子の扉の鍵を剣で破壊する。剣を収め扉を開き、中にいる人たちに外までの入り口を教える。
先に出て行った人たちに騎士団への報告をするよう言ったから、騎士団たちはそろそろ来ているはず。と言うことを伝えると皆、お礼を言って走り去って行った。
最後に出てきた少女を確認し、中をもう一度見渡して誰もいないことを確認してドアを閉めた。
「あの……アルベルト、様」
「ん……?」
名を呼ばれ振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。俺と同じ茶髪の少し小柄な少女が。
「ありがとう、ございました……!!」
それだけ言うと外へと向かって走り出す。俺は少し照れくさくなって頭の後ろ辺りをぽりぽりと掻いた。
何か言ってあげれればよかったなと思いつつ奥へと目を向ける、
奥にいるであろう首謀者を捕まえようと思い、歩き出した瞬間のことだった。突然背後から感じた気配に俺は剣を抜いて背後へと振り抜き、更に踏み込んでからの追撃の一撃。
一度の剣は避けられたものの、それを見越しての二度目の剣を誰かが受け止める。
そこから思いっきり踏み込んで、からの追撃。数度に渡る一瞬の追撃は全て受け止められ、俺の攻撃を受け止めた奴は大きく後ろへと飛ぶ。
瞬間的、一秒にも見たいない時間だが、俺の剣技はその一瞬に七、八回剣を打ち出せる。
と言っても騎士ならば一瞬で二、三回出せるのは当然であり、剣術を習っているやつならば対処できて当然の範囲である。
だが、今回の相手は今の一瞬で十回以上打ち出してきた。五、六回までならばこちらも受け流しながら攻撃はできるのだが、それ以降はただ身を守るだけになってしまう。
だから終わった瞬間に俺は剣を突き出したのだが、どうやらその攻撃すらもカウンターをされていたようだ。
左腕にできた切り傷を見てそこまで深くないことを確認する。多少の痛みを感じるもののもう慣れた痛みであった。
「今ので首落とす気でいたんだけど……なるほど君だったか」
「第十三騎士団長、ヘルエムさん……なに、やってるんですか」
第十三騎士団ヘルエム。原作にももちろん出てくるキャラ。だがメインストーリーに絡んでくることはなく、絡んできても主人公に軽い嫌味を言うだけだった。
それがなぜ、こうなっているのだろう。奴隷売買なんてイベント見たことがない。原作から変わったのか、俺が見ていないだけか。どちらにしろあまり深入りしたくはなかった。
だって俺、騎士団員だけが関わってると思っていただけだからさ。こうなるのは流石に予想外だった。
「誰の命令だい? ……いや、その様子だと突発的な行動だね? 私の団員が見えて……と言ったところかな?」
「そうです。ただあなたの団員だけが関わってると思った。だけど……まさか、あなたまでも」
「……世界を変えるためだ。仕方のないことなんだ」
「これが? 仕方のないこと? ……教えてください。これがどこが仕方のないことなんだ」
俺は隙のない構えを取ると、思いっきり踏み込んで飛び出した。
様々な剣術を取り入れて生み出した俺の剣術は、とにかく小手先の機動力に全振りしてある。
だから壁に飛び移り、天井に飛び、反対側の壁に飛び移って、敵へと突撃する。異世界だからこそできる芸当だと言えよう。
意味あるの? と聞かれるがこの行動で相手はどこから来るかと、混乱することになる。
上から来ればそれを防ぐために別の場所がガラ空きになる。横も同じだ。
だから俺は更に飛んで横から天井へと飛び、落ちるとともに振り下ろす。
振り下ろしは一瞬、威力は大きく床に落ちるとともに音が響く。だが剣は、見事に防がれていた。
俺は剣を回つ横に構えを取ると、飛び出して剣を振るう。
俺の剣が独自の剣術であるためにヘルエムはだんだんと苦しい顔をし始める。俺の剣術、打ち合ったこともない型にかなり苦労している様子だった。対する俺は何度も受けたことのある型。同期たちが使っている剣術とヘムエムさんは同じものを使っていた。精度に速度、その他諸々桁違いだったが、受け止めることは容易かった。
だから決着がつくのに、そう時間はかからなかった。
そこから数分後、俺はヘルエムの剣を弾き飛ばし浮いた剣を叩き壊す。そして奴の首元に剣を当てると、ヘルエムは両手を挙げ降伏の意を示した。
「……私の負けだよ。だが本当に殺さないんだね。『不殺の騎士』は」
「終わりです。これからどうなるか、予想は容易いはずです……何で、こんなことやったんですか」
「……言っただろう。仕方のないことだと、世界のためさ。今の君には到底理解できないだろうけどね」
「できませんよ。そんなこと……」
俺は剣を少し上げて頭の辺りに移動させる。そして気絶させるべく剣を振ったその瞬間、奴は言った。
「君もすぐに知ることになるさ。何もかもね」
そこから大体十分後ぐらいして、他の騎士たちが突入してきた。
俺は他の騎士に任せて休憩。後の報告によれば奥にはまだたくさん人がいたようで、しばらくの間戦闘や救助活動があったとのことだった。
最終的にな皆助かり、全員捕まったとのことだった。首謀者を除いて。
ちなみに騎士団長は監獄行き、情報を吐かせるために処刑はしないらしい。
全て終わって一安心、かと思っていた俺のところに一つの伝令が届く。
この伝令が全ての幕開けだった。騎士団長としての俺の、新たな戦いの幕開けだった。