アップルパイと干し芋のためならば勇者になることもやぶさかではない【短編版】
何代か前の偉い人が、パイが好きだった名残りで、我が国の主食はパイである。
パイの中にひき肉や魚や野菜を入れて焼き上げたパイは毎食主食として出され、国民は毎日パイを食べている。
街には何軒もパイ屋が存在し、パイの生地シートを販売したり、持ち寄られた生のパイを大きいオープンで焼いたりする。
そんなパイの国に生まれた私、ラズリ・ザフリーは、この国の生まれだけどこの国の生まれではない。
え?何を言ってるかって?
何を隠そう、私はニホンという異世界の文明が何段階も発達している国に生まれ育った記憶があるのです!
……頭がおかしいとお思いでしょう?
ですが、本当なんです!
たしかにニホンで暮らしてたんです!
毎日日が暮れても仕事をし、コンビニでベントーとスイーツを買い、安アパートに帰ってから好きなアニメを観る毎日。
そんなある日、いきなり胸が苦しくなってぶっ倒れ、気づいた時には乳母車の中でした。
そう、異世界転生というやつです。
赤子になった私は、まずこの国の言葉を覚えました。
最初はババ、から。
次に、ごはん。お腹空いた。喉渇いた。トイレ。
これを覚えるだけでも3年を有しました。
そして、言葉の次に覚えたのが魔法です。
そう! ここは魔法の国だったのです!
私は初歩中の初歩である、火の魔法を育ての親のババ様から習いました。
火は生きていく上で一番必要な魔法だからです。
最初はマッチで付けたほどの小さかった炎も、数年すると家を丸っと燃やせるほどの大きな炎を出せるようになりました。
それもこれも、初歩の魔法を毎日朝昼晩欠かさず練習したお陰です。
そんな魔法の国に生まれてヒャッハーと喜んでいたのも今は昔。
私は絶望しておりました。
なぜならこの国には、私の大大大好物である、アップルパイが無いのです!!
加えて言うなら、アップルパイの次に大好きな干し芋も無いのです!!
……こんな絶望ありますか?
私は悔しさと悲しさで枕をビショビショに濡らしました。ええ、目という目を泣き腫らしました。
そんなこんなで、私が十五になると、国中にとある御触れが回りました。
曰く、伝説の剣を抜けた者には国王の名の下に希望の品を一品下賜する。
私はこれに賭けました。
もしかしたら、もしかしたらですが、この国には無くとも別の国にはアップルパイも干し芋もあるかもしれない。
王様なら、アップルパイや干し芋を取り寄せられるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて挑みました。
そう! 伝説の剣を抜いてみせたのです!
大の男が数人かがりでも抜けなかった剣を、私はスルリと抜いてみせました。
……なんで小娘が抜けるのかって?
ええ、ズルしたのです。
伝説の剣は石でできた台に突き刺さっていましたが、その石をちょこ〜っと魔法で溶かしました。ええ、ちょこ〜っと。
肝心な剣はそんじょそこらの魔法なんかじゃ溶けない材質で出来ていたので、バレませんでした。
そして晴れて私は国王の御前へ。
「伝説の剣を見事抜いてみせたそなたに……」
わくわく。
「この伝説の剣と、勇者の称号を与えよう!」
えっ……?
「北に棲まう魔王を見事討ち果たした暁には、そなたが欲しい物を全て与えよう!」
えっ……ちょ、待って、まさか私……
勇者になっちゃったの!?
私は慌てた。
「わ、私、アップルパイが食べたいだけなんです!
勇者なんて務まりません!」
なんだよ勇者って!? 魔王を討ち果たす?
無理だよ! 元アラサーの社蓄にはそんな重責耐えらんないです!
「あっぷるぱい? なんぞやそれは?」
「りんごという果実を使ったパイです」
「りんご……ああ! あの魔の森に生えているものか」
え……嫌な予感……。
「魔王が棲まう森に生えているという伝説の果実でパイを作りたいとは、なんとも豪胆な勇者よな。安心して魔王討伐を任せられる」
「いや、ちょっと、あの……」
「旅に必要な物資はこちらで用意する故、こたびはゆっくり城で休まれよ」
そして私は城の一室に軟禁された。
見張りも居て、外に出られない。帰れない。
シクシクと一晩泣いた明くる日。
勇者の旅に必要な物資が部屋に運ばれた。
防御に必要な装備品、野宿に必要な道具の数々に非常食……。
……ん? 非常食? まさか!?
私は慌てて非常食の袋をこじ開けた。
中にはあれほど夢に待ち侘び恋い焦がれた、干し芋が入っていたのである!
なんで!? 芋がそもそもこの国では食べないはずなのに……。
「勇者様、そちらは騎士が常備している非常食にございます。お口に合うかは分かりませんが……」
「合う合う! いっぱいください!」
こうして私は干し芋をゲットした!
やったね!
聞けば、この干し芋は騎士の中で代々受け継がれている製法で作り上げたものらしい。
そして干し芋ではなく、メルパと呼ばれる植物の根を干した物らしい。
食べてみたけれど、濃厚な甘さと独特な食感は干し芋と瓜二つだった。
さて、干し芋も手に入ったし、そろそろトンズラしよっかなぁ〜。
……なんて考えが甘かった。
勇者に憧れている剣士や、女と見ると見境がない僧侶、素手より槍の方が得意な武闘家、私が金になると付き纏う商人、いつの間にかパーティーに入ってた盗賊に引き摺られて、私は行きたくもない魔王討伐に行く羽目になったのだった。
そもそも私、勇者じゃなくて魔法使いなんですけど!?
こうなりゃヤケだ。
魔の森とやらにあるりんごをゲットして、世界一美味しいアップルパイを作ってやる!
私の旅はまだ始まったばかり……。
好きなものを詰め込んだらこうなった。
続くとしたらラブコメになります。