3.強制勇者の誕生
「それでお主は何を望むのだ、勇者ギルツ」
「自由だ」
顔に付いた血を腕で拭いながら淡々と答える。周りからいつでも剣で刺し殺される状態なのにまったく怯えが見られない。
「それは無理だとお主が一番にわかっていると思っていたんだがなぁ」
「なら聞くなアホ」
「いい加減に国王様への態度を改めよ! この薄汚い罪人めが!」
「はっ! その罪人が勇者様なんだ。唯一この俺だけが世界を救ってやれんだ。あんまり俺の機嫌を損ねないほうがいいんじゃねぇか? ほら、俺の機嫌次第だぞ? お前らが、この世界が助かるの」
ニヤリと笑い、ほらほらっと周囲の人を煽っている姿はとても人類の希望ではない。
「何故こんなのがっ」
「それで? 自由以外には何かないのか?」
「そうだな。なんもねぇな」
「なにも? 金や地位もか?」
「そんなもんいらねぇだろ。誰か殺せば食って生きてけるんだよ。誰か殺せば楽しめんだよ。俺は自由に他人様を殺せればそれで良いんだよ!」
狂っている。おかしい。今すぐにこいつをなんとかしろ!様々な怒号が飛び交う。
そんな怒号の中でもギルツは暇そうに、つまらない物を見る目で周囲を見続ける。囲んでる兵士達はそんなギルツに怯えて、だんだんと無意識に後ろに下がっているのだが気がついていない。
「なぁ? お前死んだぞ」
「へ?」
そんな兵士の隙をギルツが見逃すわけがなく、一人に目をつけ一気に距離を詰めそのまま鎧の隙間に剣を突き刺した。
「や、やめ、いだぁいぃぃい!」
「ククク、おら! そんな痛いか? おらおらおら」
「と、止めろ!」
すぐにギルツはまた拘束され、転がされた。ずっと笑っているが。
「国王様! こんな奴にやはり魔王を倒すなんて不可能です! むしろ野放しにしたら魔王討伐どころかさらに人殺しをするに決まっています!」
「おう、そこの奴はわかってんな。俺は勇者様なんてやる気ねぇよ! 誰が死のうが知るか。むしろ、俺と魔王とのどっちが多く人間を殺せるのか勝負してやるよ。楽しみだ!」
「仕方がない……。教皇、例のアレをこの者へ」
「わかりました」
国王が教皇へ何かを持って来させ、それをギルツの首にかけた。よく見るとそれはこの世界の神の顔を象った首飾りだった。
「あん? なんだこれ。こんなので俺が神の言うことを聞く良い子になりますってか? 笑わしてくれるな。おい」
「その首飾りの説明を今からする、そう焦るな。お主の首にかかっているのはただの首飾りではない。これからお主の仲間となる、いやお主の監視役の為の物なのだよ」
「わけがわからねぇんだよ! はっきりと言え!」
「では紹介しよう。お主の監視役だ、入って来なさい」
国王の声で扉が開きその向こうから一人の少女が歩いて来る。聖職者の服を着て、物静かな雰囲気を纏い、見た目はとても綺麗な顔をしている。見れば瞬間で教会の人間だというのがわかる。
「この女は誰だ」
「言ったであろうが、お主の監視役だ」
「初めまして。この度私は勇者様の監視役に選ばれました、リコと申します。勇者様がしっかりとこの世の中を平和にするお手伝いをいたしますのでよろしくお願いします」
「おい、じゃあ俺にちょっと近づけよ。その顔スダボロにしてやるからよ。今拘束されてそれくらいにしかできねぇのが残念だ」
「リコ、やりなさい」
「わかりました」
教皇がリコにそう言うと、リコが目をつぶって何かを念じた。すると……。
「ガァァアァア!」
突然ギルツの全身に電撃が走った。その電撃は人がギリギリ耐えられるレベルの電撃だった。
「うむ。ちゃんと正常に反応しておるな」
「はぁ、はぁ、はぁ。おい! どういうことだ!」
「我々も馬鹿ではないのでな。お主と話サッパリ勇者になる気がない、危険度のが高そうと判断した場合にはその首飾りを使用することにしたのだよ。簡単に言えばお主のコントロール装置になるの。そしてそれを扱えるのは魔王討伐への旅に同行する監視役のリコ。もしお主が魔王討伐くらいはしてやると、協力的であれば首飾りは無しでただ監視役のリコと一緒に討伐の旅だったのだがな」
残念という風に振る舞ってはいるが、明らかにこうなると思っていた顔をしている国王。その隣に居る大臣や教皇、その他のお偉いさん達も首飾りというストッパーができたことで余裕ができたようだ。
「おいおい、ふざけんなよ。これが世界を救う勇者様に対する態度かぁ?」
「お主が自分から自由を放棄したのだ。チャンスはやったのだ、哀れな奴よ」
「いいか? 覚えてろ、絶対に俺はお前も殺してやる。そうやって俺を見下げてられるのは今だけだぞ!」
「それは楽しみだの。魔王を倒し、価値が無くなったお主がまさかそのまま生きていられるなんて良い見せモノじゃ。まぁ頑張ってくれ、勇者様」
「クソが! この俺を甘く見るなよ!」
「言葉が弱く聞こえるのぉ。さてリコよ。この勇者の監視をしっかりと頼んだぞ」
「はい、国王様。これは神様からの私への試練でもあります。選ばれた私はしっかりと勇者様を正しく導かねばなりませんから。この命にかえましても成し遂げます」
「う、うむ。任せたぞ」
とうとう死刑囚だったギルツは、世界を救う勇者ギルツとなった。そして自由を奪われて監視役のリコと魔王討伐の旅へと出発することになった。