暇つぶし
人生はイージーゲームだ。
「だったら難しくしてやろう」
神が指を振る刹那にボクは背を向けた。けれど逃げることなんてできない。呪文は光の粒になってボクの体を貫いた。
意識を失ったボクが目覚めたのは、すえた臭いのする排水溝の隣だ。雨の音が反響するトンネルで横たわっていたボクは顔に手を当てる。
「血だ」
どす黒く酸化した血糊が額から顎にかけてこびりついている。右目は腫れて開けられない。ナトリウムランプの黄色い瞬きがまぶたを焼いている。
人はどうして脆いのか。拳が容易くめり込む腹部や鷲掴まれて千切れる毛髪。なにより痛い。動かなくなった両足は、踏まれたときに鈍い音がした。
折れたな、とボクは知った。
人生は暇つぶしだ。
色んな道があるけれど、終わりはみんな同じ。第一法則なんて美しい枠に収められて、どんな経路を選んでも、逸脱することはできない。
だから骨格の異なる白い粉を炙ってみたり、ナトリウムランプの下でミドリ色のチケットを栽培してみたりするんだ。
ポケットから紙包みを取り出してボクは一服する。
「まじいなあ」
頭がズキズキして、効いているのか、いないのか分からない。壁にもたせかけていた肩が滑ると、したたかにこめかみを濡れた地面に打ち付けた。
目の前に現れた花は、コンクリートの隙間に器用に咲いている。ボクはそれをむしりとって投げた。萎れた花は音もなく落下した。
「どうせいつかは枯れる運命だろ。遅かれ早かれ末路は決まってる。恐れを先伸ばしにしてどうする。人間の営みなんて、直視できない死に対して誤魔化し続けるための隠れ蓑なのさ」
ボクの叫びは霧雨に融けて消えていく。
言葉だって、未来永劫残るわけない。親から子へ受け継がれても、紙や電子の海を媒体にしても、きっと消える。
だったら何がある。ボクには一体何があるというのだろう。誰も教えてくれない。誰も知ることができない。
神はソレを探せという。ボクは枷をはめられた。
そろそろ救急車を呼ぶか百当番でもしよう。幾ら街から離れていようと運賃はタダだ。慣れてしまえば何のことはない。
慣れちまったら何てことない。人生は。