62ページ目、アメリアと夢さんのこと
普通は一戦にマシュー君くらいかかると計算しても、あと1時間以上は私達の版は回ってこないはずです。
マシュー君とヘンリー君に謝ってから、再び西棟に歩いてきました。アメリアちゃんは魔力を体全体に巡らせ、臨戦態勢で試合を眺めていました。
「どうしたんですか、そんな殺気立って」
声をかけるとアメリアちゃんがキッと振り向き、私の顔を見て表情を戻しました。
「あぁ、エリザだったのね。本番だから、今日一日中気を引き締めておこうと思ってね」
「そうですか…あんまり、気を張りすぎて倒れないでくださいね。あ、そうそう。まずは一勝おめでとう」
「ふん、大丈夫よ。不安要素なんてほとんど無いわ。このまま優勝しちゃうんだから」
「ほとんど、なんですね。でもアメリアさんならきっと大丈夫だと思いますよ。気になる生徒とかいますか?」
「そうねぇ…」
アメリアちゃんは少し考えてから、斜め後ろを振り向きました。B組の生徒達が集まっている中に、先程試合に出ていた三人もいます。
「王子サマは正直どのくらいかは知らないけれど、雷の魔法は殺傷能力が高くて、試合以前に非常に危険ね。当たりたくはないわ。それと、あのルッツだったかしら?陣魔法を面白い使い方するわね。魔法自体は下手だけど、使い方はとても上手いわ。私も真似して見ようかしら」
アメリアちゃんが素直に人を褒めるのが珍しく、ついぽかんとした顔を出してしまいました。
「なによ、その顔」
「いえ、アメリアさんも他人を評価するんですね。びっくりです」
「別に事実を言っただけよ。私を脅かす程じゃないわ」
アメリアちゃんはあくまで毅然とした様子で言い切りました。
私達がそんな会話をしていると、いつも髪の毛の中に隠していた夢さんがひょこりと顔を出し、私の頭の上に座りました。
頭の上なので何をしているのか分かりませんが、試合の観戦でもしているのでしょうか。
ペット厳禁ですし、正直得体も知ることが出来ていないのであまり人前に出ないように言いつけていたのですが……今日くらいは大丈夫でしょうか。
どうせルームメイトには少なからず姿を見られていると思いますし。
「……前から気になってたのだけど、その小さな翼の生えたトカゲ、何?そんな魔物がいるなんて聞いたこともないわ」
ほら、すぐ食いつきますよね。この質問にどう答えるべきか分からないので、あんまり夢さんを外に出したく無いんですよ。
そんな私の考えを見抜いてか、駄々をこねるように夢さんが私の頭を踏み荒らしました。
いた…くはないですがちょっと痛いかも。
右手を頭の上に上げ、夢さんを掴んで捕まえます。
「触ってみる?」
「ぇ」
アメリアちゃんがあからさまに嫌な顔をします。分かる、トカゲって気持ち悪いと思いますよね。でもほら、見てくださいよ。あんまりトカゲっぽさはなくて可愛いですよ?
手のひらを開くと、夢さんが大人しくこちらを睨みました。
そんな目でみんでくれ。先に原因を作ったのはそっちですよ。
アメリアちゃんが恐る恐る人差し指を近づけ、ちょんと先だけ触れました。それから小首を傾げ、今度は指の腹で夢さんの身体をなぞりました。
「あら?まるで宝石みたいな触り心地ね。本当に生き物?」
「んー、私にもよく分かっていないんですよね。ある朝起きたら、居た。って感じです。ですが敵意もありませんし人の言葉が分かるくらい賢いですよ」
「本当?」
「ええ、何か言ってみてください」
「それじゃあ…飛ばない程度に翼をはばたかせてみてくれるかしら?」
アメリアちゃんがそう言うと、どことなく張り切った様子で、両翼をぱたぱたと私の手のひらに打ち付けました。
「へぇ、凄いじゃない!なにこれ、あなたが動かしているとかでも無いわよね?」
「えぇ、完全に自我を持っている個体ですよ」
「へぇ……どういう原理で動いてるんだろ。気になる」
私も気になりますよ…というか、原理?生物に原理なんて言いませんよね。
興味津々に夢さんをじっくり眺めるアメリアちゃんと、恥ずかしげに顔を背ける夢さんを見ながら疑問が浮かびました。
「もしかしてアメリアさん、この子が魔道具だって分かってました?」
「あぁ、やっぱり魔道具だった?」
凄いですね。こんな一瞬で正体を見破れるなんて。恐るべし、アメリアちゃん。
どの辺に魔道具要素があったのか、私には全く分かりません。
「アメリアさん、どこを見て魔道具だと思ったのですか?」
「そうね…触った感触で、石系の魔道具によく使われる魔力を溜め込むタイプの石によく似ていたし、魔力の流れを見るに、他者の魔力で体を動かしているように見えたの。魔法陣を用いない魔道具は少ないけれど、これによく似た魔道具を持っているから、かしら」
パッと見ただけでそんな事が分かるんですか。圧巻です。
夢さんが私の腕を走り、肩に飛び乗り、再び私の頭までよじ登っていきます。
「驚きました、まさかこれ程物をよく見られるだなんて。というか、魔力の流れなんて見られるんですか?」
「……スキルよ。《鑑定》の少し勝手が違う版のようなスキルなの」
「へぇ…それでも凄いですよ、アメリアさんは」
そう言うと、アメリアちゃんは少し顔を赤らめ、ふん、と鼻を鳴らして試合の方を向きました。




