55ページ目、マイヤーさんとの模擬戦
マイヤーさんは大きく白線で大きな円を描き、この中で戦闘を行うと言いました。
大会でのルールと同じそうです。この円からはみ出たら負けなのです。
一応魔法を専攻している先生が2人、その円の大きさと同じサイズの結界を張っています。
流れ弾が観客にいかないように、です。
円の中に入ると、マイヤーさんが私に顔を近づけ、耳打ちをしました。
「すまないが今度は《本気》で行かせてもらう。君も、手加減はしなくてもいい」
すなわち、身体強化、武技を使っても良いということです。マイヤーさんは私が魔法を使えることも知っているはずですし、それも含めて、かもしれません。
いや、さすがに今は武術の授業ですし、魔法はやめておきましょうか。
「皆、私は先程剣、盾、弓、槍、斧を紹介したが、やはり盾の存在を忘れてはいけない。単に守りとしても使えるだけでなく、武技を覚えれば攻撃に転じることもできる。私の動きをよく見ていなさい。それから、エリザさんの使う武器は《刀》だ。これは異国の武器だが、斬れ味に特化した片刃の剣だと思っていてくれ。細身だが盾を持たず、しかし攻守に使える。君たちにとっては変則的な動きが多いだろう。練習用の木剣ではその特色が見られないが、それもまた、よく見て吸収してくれると嬉しい」
円の中心からマイヤーさんが声を張ると、生徒たちの視線がよりいっそう強くなって私たちに向かってきました。
両者位置について、マイヤーさんは剣を抜いて盾を構え、私は今貰った刀の形状をした木刀のようなものを腰に下げ、それに右手を添えます。
結界を張っていた先生のひとりが、鋭く声を弾きました。
「はじめ!」
初撃は私からいきます。開始前から隙を伺い、右手の剣を握っている拳に注目をしていたのです。
マイヤーさんから見て右手側から抜刀します。
自分でもかなりの速度で斬りつけたのですが、マイヤーさんは瞬時に盾に身を隠し、私を弾きました。
円の縁近くまで飛ばされ、驚きつつもマイヤーさんに視線を戻すと、仄青い光が揺らめいています。
恐らく、身体強化でしょう。
再び近接し、剣を重ねます。一回、また一回と金属音が響きますが、未だ決定的な一撃を与えられていません。
マイヤーさんが大きく斬りかかったのを後ろに飛びのき、素早く剣を振るいます。
「飛燕斬」
切っ先から半透明な弧が飛んでいきます。
これで不意をつくか注目を向けてもらって、私が本命の一撃を入れられたらと思ったのですが……マイヤーさんは冷静に盾を構え「リフレクション」と呟きました。
盾に当たった飛燕斬は反射され、そのままの勢いでこちらに向かってきます。
昔やってた格闘ゲームで同じ名前の飛び道具を反射するバリアがあったので、マイヤーさんの呟いた名前から辛うじてこのことを予測でき、ギリギリ反応が間に合いました。
再びマイヤーさんを捉え、今度は私も身体強化を施します。
身体中に魔力を巡らせ、筋肉が収縮していくのを感じます。
右脚に力を込め、ぐんと踏み込みマイヤーさんの盾をに突きをかまします。
盾に当たった木刀の先に力が集中し、マイヤーさんが体勢を崩しました。
いける。
続く二段目を入れようとし、ふと背筋に悪寒が走り、勢いを殺して木刀をマイヤーさんの剣に垂直に合わせます。
「パワースラッシュ」
マイヤーさんの木剣が赤く光り、轟音を立てて私の剣を砕きました。
その代わり私は何とかそれに巻き込まれずに飛ばされました。
冷や汗が垂れるのを感じながら、吹き飛んでいる木刀の上半分に視線を移します。
脚の強化を更に強め、素早く先回りして、残っている木刀の根元でそれを思いっきり打ち返しました。
そこから左に走り、飛燕斬を飛ばしてから大きく身をかがめてマイヤーさんの足元に切り込みます。
マイヤーさんは飛んできた木片を盾で防ぎましたが、そのせいで右側から飛んできた飛燕斬に対応できません。剣にリフレクションをかけながら横に構えましたが、相手の剣も所詮は木剣なので両断され、マイヤーさんの教官服にも切込みが入ります。
たじろいでいるマイヤーさんのスネに向かい根元だけの木刀を横に薙ぎました。
その瞬間になってようやくマイヤーさんの冷静な顔が崩れ、苦し紛れに、乱暴に右足を蹴りあげました。木刀とマイヤーさんの足がぶつかり、嫌な音と共に砂煙が巻き上がりました。
直前で私の周囲に結界を張ったので直接的なダメージはありませんでしたが、私の体は宙に浮いています。
砂煙の中のマイヤーさんを見下ろすと、左脚が円の縁に触れかけており、苦痛そうな顔をしていました。
周囲に風を巻き起こしバランスをとりながら、ゆっくりと地面に足をつけました。
場所は場外、マイヤーさんの勝ちです。まぁ、マイヤーさんの教員という立場を守れたと考えるとそれはそれで良かったと言えましょう。
若干の間を置いてマイヤーさんの声が聞こえました。
「も、申し訳ございません!お怪我はございませんか!?つい勝負に熱中していたとはいえ…!」
右足を引きづり、脇腹に手を押さえながら近づいてきます。
「いえ、大丈夫ですよ。勝負となれば恨みっこなしです。とはいえ、マイヤーさんの方が怪我が多そうですけど大丈夫ですか?」
そう言うと、マイヤーさんの顔に冷静さが戻り、そうだなと呟きました。
マイヤーさんは顔を上げ、生徒達に向き直ります。
「えー、今見てもらった模擬戦だが、どうだっただろうか。武技は私とエリザさん含め3つしか使われてない。後で問題を出すから考えていてくれ。さて、このような打ち合いが出来れば理想だが、今はまだ武技の基本からやっていこうと思う。では、一旦休憩に入る。5分後にまたここに集合してくれ」
言い終わるや否や、先程結界を張っていた先生達がマイヤーさんを保健室へ連れていきました。
アメリアちゃんからの視線を感じましたがらマイヤーさんに呼ばれたので私も保健室へ行くことになりました。




