51ページ目、ルームメイト
学園の敷地内。と言ってもだいぶ広いのでかなり歩かないと辿り着けませんが、これもまた立派な宿舎がございます。
男子寮女子寮に別れており、部屋は基本的に複数人での相部屋になります。
一応「貴族と平民を区別しない」と掲げている手前、平民の子とも相部屋になる事もあるそうです。
少々遅くなりましたが、まだ見ぬルームメイトは未だ部屋で荷物をおろしているところでしょう。何しろ、これから5年間を過ごすため、多くの荷物を持ってきているはずでしょうからね。
宿舎の2階、階段を上がって手前から4番目の部屋ですね。
廊下や階段には、先輩方や既に荷をおろした新入生達が談笑したり歩いていたりしました。
当たり前ですが、女の子ばかりです。
中学、高校では普通に男女共学でしたが私が男性であったこともあり、周囲には男子ばかりが集まっていました。
いや、集まると言うと語弊がありますね。プリントを配る時とか、暇つぶしに話しかけられたりとか、授業でグループを組まされる時とかです。
ふと、「男子グループと女子グループに分かれてやってね〜」と言って調べ学習をさせた教員を思い出します。
あぁ、なんて腹が立つのでしょう。全く配慮が足りない。
散々講習会などの集会に強制参加させ、やれLGBTがだの、やれ人権がだのと言っていたのに教育機関がそれを実践できていないとは呆れて物も……!というのは私情ですから置いておくとしましょう。
男子寮と女子寮に区別するのは、別にそういった話は関係ないのでいいのですが……。
1人で勝手に昔を思い出し、イライラとしながら廊下を進みます。
「いーち、にーぃ、さーん、よん」
ここですね。扉には「204」と書いてあります。2階の4番目だからでしょうか。
もしかすると皆出ていっているかもしれませんが、大きく息を吐いて呼吸を整えました。
できる限りゆったりと3回扉をノックし、ノブを回します。
「なんでこんな下民なんかと私が一緒の部屋なわけ?信じらんない。もし何か変な事でもされたら、学校はどう責任を取るのでしょう!」
「なにぉ…ここは身分なんて関係なくべんきょーを頑張れるようにこんなやり方になってるんでしょうが!あなたこそ、貴族だからって優遇されててさ……実は対して賢くないんじゃないの?」
「言うに事欠いて私を賢くないですって!?許せない……私を怒らせたのを後悔なさい。火の精霊よ、その力の片鱗をこの世に顕在させ…」
「おおう!?やろっての!?いいじゃん。ぬくぬくとしてたお貴族様には分からない本場の『魔法』ってのを見せてあげるわ!土よ、大地の加護を我に……」
なんか口喧嘩の末2人とも魔法を詠唱し始めました。こんな狭い部屋で攻撃的な魔法を使っては大惨事です。
てか片方聞いたことある声ですね。アメリアちゃんでしょう。
「危ないじゃないですか。やめなさい」
ドアを開くや2人に闇魔法「サイレント」を一瞬だけかけます。
込めた魔力に応じて対象をしばらく黙らせる魔法です。詠唱中でもサイレントで術を中断されれば魔法は発動しません。
状態異常付与系はある程度の魔力差が無いと必ずしも効くとは限りませんが、まぁアメリアちゃんくらいならまだ大丈夫です。
なお、無詠唱できる人には無意味です。
アメリアちゃんに対する女の子は初めて見る子ですね。茶髪でクルクルと巻いた髪がチャーミングですが、眉を釣りあげて怒っているので少し台無しです。
「…ぷはっ、ちょ、何してんのよ!良いとこだったのに…!あんた誰よ」
いや、良くないから止めたんですよ?
こいつ……襟元見たら私が貴族であるなんて一目瞭然ですし、貴族二人に喧嘩売るとか勇者ですか?
「あぁ、初めまして。私もここの部屋に振り当てられましたルームメイトですよ。エリザ・フォン・ロードランと申します。アメリアさん、そちらの方は?」
「ふん、あなたもお貴族ですか。どーせお仲間なんでしょ」
少女が不機嫌そうに口を尖らせます。
「……同じ部屋の下民よ」
「下民とはなによ!あたしにはメリッサって言うちゃんとした名前があるんだから!」
アメリアちゃんは貴族じゃない人を毛嫌いしていますし、恐らく初対面なはずです。
「なるほど。それで、メリッサさん。何があったのですか?こんな狭いところで魔法を使ってはいけません。そもそも宿舎で戦闘用の魔法を使うのは禁止されているはずですが?」
メリッサと名乗った少女が鋭い眼光をもって私を睨みつけました。なにか…この子もこの子で貴族に良くない感情を抱いてそうですね。
その目を見つめ返し、黙ったまま返事を待ちます。
「うぐ…このアメリアってやつが悪いのよ。あたしが先に来て上のベッドに荷物を置いていたのに、こいつがあたしの荷物を落として『平民は下にいることの方がお似合いよ』って言って、上のベッドを取ってっちゃったの」
涙を浮かべながら、唇を噛み締めています。
なんの事やらと思い、部屋を見渡すと両脇に2段ベッドが二つあります。2段ベッドの上の方を取り合っていただけですか……。
案外小さなことでほっとしたような、呆れたような。
「ならもうひとつの方の上のベッドにしたらダメなんですか?」
「確かにそうだけどもう1人まだ来てないから…。いや、違うの!こいつのやった事が腹立つの!」
まだ1人来ていなかったんですね。
まぁ、この状態はアメリアちゃんか悪いですね。てかそんなに上の段に行きたいんですか?危なくない?
私はアメリアちゃんの方に向き直ります。
「アメリアさんはどうしても上の段が良いのですか?」
「別に?でも下民が私と同じ段か、私より上で寝るなんて嫌でしょ?」
「……なるほど。ですが別にあなたが貴族であることは変わりないんですから、片方の2階くらい譲って差し上げては?貴族なんですから、そのくらい寛容な心をもって接するのも必要ですよ」
「で、でも」
「彼女の言ったことが事実なら、今回はアメリアさんが悪いと思いますよ。2階を譲れないなら話し合えば良いのです。荷物を落とすっていうのは、やられると嫌じゃないですか?」
「やられると嫌だけど相手は下民…」
「アメリアさん」
強い声でアメリアちゃんの声を遮ります。知らない内にアメリアちゃんが良くない方向へ進んでいました。アメリアさんのご両親のせいでしょうか?そう考えるには時期尚早ですしけどね。少しショックではありますが、まだ子供ですから、言ったらきっとわかってくれるはずです。
「下民だって貴族だって、ここでは同じく勉学に励む身なのです。いいえ、同じ人間なのです。生まれた環境が違うだけです。あなたが言っていることは、例えば火のドラゴンが水のドラゴンに対して《あいつはドラゴンじゃない》って言っているようなものです。確かに私達と平民との間に富や権力という差は存在しますが、これを傘にして威張り散らしていては心は貧しいままです。豊かだからこそ心も豊かであろうとし、貧しい者の憧れる見本のようにあろうとするべきなのだと、私は思いますよ」
言い終わって、アメリアちゃんの顔を見ると涙を滲ませていました。肩を震わせ、しゃくりあげながらも何とか押さえ込もうと震えています。
少し言い過ぎたでしょうか?
「…傲慢なこと言ってすみませんね。でも、あなたにはどうか優しくて立派で、賢い女性になって欲しいの」
そっと声をかけながら、アメリアさんの頭を撫で付けます。
赤く滑らかなその髪はあたかも絹のような触り心地で、TPOとか考えないならずっと撫でていたく感じました。
などと考えているとメリッサちゃんが調子づいたように言いました。
「あなた、なかなか分かってるじゃない。そっちのやつとどういう関係か知らないけど、言い負かしてくれてありがと」
別にそんなつもりじゃ…というか、これでは彼女の方もつけ上がりそうですね。よくありません。
「メリッサさん。あなたも口には気をつけた方が良いですよ。確かに勉学に励む身としては同じですが、やはり貴族と平民の差というのはあります。もし私やアメリアさんが親に言いつければ、退学させられるかもしれませんからね?貴族であっても立ち向かうその心意気は認めますが、最低限の礼儀を欠いてはいけません。勇敢と無作法を取り違えてはいけません。それに、アメリアちゃんは新入生首席です。貴族だから、とかではなく彼女の実力で主席を勝ち取っています。他人の評価をする時は、ちゃんとその人を見て言いましょう」
いいですね?と念を押して強く言うと、彼女も若干たじろぎながら私を睨みつけます。
なんか、説教くさい言葉を垂れて初日から嫌な雰囲気になってしまいました。
いけません。なにか流れを変えなくては。
「キツく言ってごめんなさいね。2人とも、良い子なんですからもう少しだけ考えて欲しかったの。よく話し合って互いに譲ってあげられる人になって欲しいと思ったの」
苦し紛れにそう言った瞬間、私の後ろでドアが勢いよく開かれました。
「はじめまして!私はナンナ……ってなに…あれ?エリザちゃん?」
振り向くと明るい茶髪に、すばかすが可愛らしい少女が立っています。
それは今朝ぶつかった、席次三番のナンナちゃんでした。
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