47ページ目、別れ
家に戻るとこちらの使用人さん達が申し訳無さそうな顔をしておかえりなさいませと言ってくれます。
どうしたのかと思っていると、「夢さん」と名付けたあの白い石の竜が1枚の紙をくわえて飛んでまいりました。
夢からの使者(仮定)なので夢さんです。さん付けなのは、魔法のある世界をもってしても超常の存在のように思えるからです。
「あら?何かしら」
紙にはカンナさんの筆跡で、エリザへ、と書いてあります。
嫌な予感がしましたが、とにかく手紙を読むことにしました。
エリザへ
とりあえず試験お疲れ様。そんなに緊張しなかったんじゃないか?いや、それよりも、周りのレベルが思ったより低くて驚いたかい?
隠していたつもりだったけど、君は結構周りへの観察眼が鋭いからね。気づいていたかもしれないね。
さて、君がこれを読む頃には私はもう家に居ないだろう。挨拶もなしに消えて申し訳ないと思う。寂しくないという訳ではなくてね。
実は、私も君に後ろ髪を引かれている。
このまま君の前で別れを言おうものならもしかすると泣き出してしまうかもしれないから、こうして君のいない間に出ていくことにした。
今までありがとう。じゃあまた、手紙で返事でも書いてくれ。
カンナ
「……すみません、カンナさんはいつ頃家を出ましたか!?」
近くにいたメイドさんに声をかけます。
「へっ!?ええっと…まだ30分も経って居ないと思います。荷物をまとめるのに手間取っていたらしく……あの、止めて上げられなくてごめんなさい」
「いえ、あなたにあの人を止める義務はありませんから気にしないでください。……そうですか。思ったよりも、経っていないですね。すみません、ちょっと出かけてきます」
紙を折りたたみ、夢さんを掴み取り、そのままの足で来た道を引き返します。
後ろから「お付きの者を――」と聞こえましたが、今はカンナさんの方が重要です。
私自身、腕には自信があるのではある程度は大丈夫でしょう。
カンナさんがどう動くかは勘になりますが、冒険者ギルドが怪しいです。
下町まで降りて行き、人々の中を潜るようにして走り抜けます。冒険者ギルドが近づくと、がらの悪そうな人達が道に増えていきました。
冒険者ギルドの扉を開け、辺りを見渡します。カンナさんはいません。
子供が来たということもあり、皆の視線が私に重なります。
少し気押されましたが、空いていたカウンターまで駆け足で近寄ります。
「こんなところに子供一人で来たらあぶ…」
「すみません、カンナというBランクの冒険者さん来ませんでしたか!?」
「あ、君カンナさんと一緒にいた子じゃないですか!」
よく見ると以前カンナさんにサインを貰っていた職員さんでした。
「はい、そうです。今急いでいるのですがどうなんですか?」
「え、えぇ…確かに来て、ギルマスと何か話していましたね。つい15分ほど前に出ていかれましたよ」
「ありがとうございます」
あまりゆっくりとお礼を言えなくて申し訳ないと思いましたがやむを得ません。
すぐさまギルドを飛び出し、もうひとつのアテを当たってみます。
なんでしょう、体は鍛えられて体力もしっかりあるのですが、息切れがします。
それだけ、焦っているということでしょうか。
私は韋駄天もかくやという速度で人々の間を走り続けました。
目的の場に着く頃には、息がだいぶ上がっていました。
王都の出入口の関所です。
門番さんが3、4人立っていたので1番暇そうな人に声をかけます。
「すみません、カンナっていうBランク冒険者のキョウ人っぽい方がここを通って行きませんでしたか?」
「ん?うん。つい先程通っていったよ」
門番さんはしゃがみこんで視線を私に合わせてくれます。
関所を通るには色々と手続きが必要ですし、子供が出ようとして出られるものではありません。
間に合わなかったということに打ちひしがれていると門番さんが声をかけました。
「ええと……君がエリザちゃんかな?」
「え?えぇ…そうですけど…」
「そのカンナって人から伝言を頼まれてね」
「……まじですか」
「まじってのが何か知らないけど、とにかく伝えるね」
ここまで追いかけてきてくれてありがとう。本当に嬉しいし、私も君の立場ならそうしていたかもしれない。
でも時間は有限なので私はもう行かなくてはいけないとおもう。一分一秒が惜しいのだ。
いつかまた王都に戻ってくるかもしれないし、君にギルドの依頼をするかもしれない。だから、また会えるさ。
だいたいそのような内容であした。
この程度は私は泣きません。20近いわけですし、前にも親友と別れたのですから。
ですが声は震え、目頭が熱くなり、視界がぐにゃりと歪みます。
「あ…ありがとう…ございます」
「いいよいいよ。それよりも、大丈夫かい?親御さんは?家まで送ってあげようか?」
急に泣き出した私に門番さんが慌てます。迷惑を掛けて申し訳ない気分になりますね。
頭がぐるぐると思考を巡らし、至って冷静に状況の判断をします。
今すぐ泣くのをやめて自宅へ帰り、謝罪をするのがいいのでしょう。別に二度と会えないと言うわけでもありませんし、そんなに悲しむことでもありません。
ですが、なんでしょうか。姿形が幼くなったからと、泣いても許されると思っているんでしょうか。
自分で、泣いている自分に呆れます。
辺りの人から視線が集まります。
ああ、これだと門番さんが私に酷い事言ったように映るかもしれません。いけません。早く泣き止まなくては。
そう思っているのに嗚咽が止まりません。
「ごめん、なさい。伝えて、くれて、あり、がとうございます」
つっかえつっかえそう答え、その場を後にしました。




