46ページ目、いざ実技
例の的の前に並び、教員の話を聞きます。
的は、表面の硬度は低いものの内部は非常に丈夫という特殊な金属で作られた魔道具で、衝撃や受けた魔法の魔力濃度等を計測できる、言わば計測器in的です。
私達は、これを好きなように攻撃して良く、技術や的のダメージから点数を弾き出すそうです。
もちろん、武技での攻撃も可能との事なのですが、教員が念入りに「とても、頑丈だ」と言っているあれを壊そうものなら、自身の武器も壊れるんじゃ無いかって思いますよね。貴族ですし武器くらい変えはあるんでしょうけど、勿体なくないですかね。
いよいよ始まりました。どういう順番なのかは分かりませんが、アメリアちゃんと私は結構離れてしまい自分の番が来るまで暇です。
みんなどうせ受かると知っているからか、攻撃の手がだいぶゆるいです。中には表面を歪める程強めの魔法を使う子や、刀身の横幅を半分ほどくい込ませる子もいましたが、まぁ……少々盛り上がりに欠けますね。
先程の王子が呼ばれ、自信満々に「いきます!」と叫んでいます。
入念に詠唱し、王子から的に向かって雷が発生しました。会場が轟音と光に包まれます。
的を見ると、僅かではありますが貫通しています。
とても派手ですし威力も申し分ないですね。
自信があるわけです。
周りの子達も感嘆の声を漏らしています。得意げに手を振り返す王子の姿を見ていると、彼がライバル視している(?)アメリアちゃんの事が気になります。
アメリアちゃんって、もしかして私が知らないだけで何かしらの有名人なのでしょうか。
どうせアメリアちゃんの番か私の番まで暇なので、隣に座っていた少年に尋ねることにしました。
「あの、すみません、少し質問よろしいですか?」
「へっ?は、はい、い、いいよ!」
何故か少し緊張したように、上擦った声で返事が返ってきます。
……私の家の方が彼の家より階級が高いとかでしょうか?いや、でも、私そんなに顔バレしていないはずですし……私も有名人!?
「ありがとうございます。あの、アメリアちゃんの事知ってますか?」
「うん、ハルメア子爵のとこの人でしょ」
「はい、その子です。有名人だったりします?私、噂とかには疎くて…」
「え!知らないの?仲良さそうだったからてっきり知ってると思ってたんだけど……アメリアさんは、魔法が凄く上手くて神童だって皆から言われてるんだ」
「先程の、王子様もなかなかの使い手とお見受けしますが?」
「むぅ……確かにあの人も、僕じゃ足元にも届かないくらい凄いけど…アメリアさんはもっと凄いってお父さんが言ってた!」
「なるほど〜、それはそれは……気になりますね。ありがとうございます」
微笑みながらお礼を言うと、顔を伏せながら「うん」と返事しました。
「……ところで、もしかしてあなた、私の事知ってますよね?」
「え、あ、うん」
「申し訳ないのですが…私はあなたのこと知らないんですよ。どこかでお会いしましたか?それとも、知らないだけで私の変な噂とか流れていますか?」
しばらく間を置いてから向けられた少年の顔はほんのり赤く、居心地の悪そうな笑みを浮かべていました。
「新年の誕生パーティで、大きな木の下の机にいつもいたろ?僕がね、一方的に見てただけなんだ。君、ロードランのとこの人でしょ?」
「はい」
「でも、変に噂とかたってないはずだよ。皆が知ってるって程じゃないし。でも綺麗だなって……」
「はい?」
最後の方が口ごもっていて上手く聞き取れませんでした。
が、何となくですが……こやつ、エリザにほの字ですな?
以前の自分なら絶対にそんな事ないと思えましたが、現在私は美人さんですからね〜、悪い気はしませんね。
面白い様子が見られてニヤニヤしていると、少年が会場の中心を指さしました。
「あ、ほら、アメリアさんの番だよ」
上手いことはぐらかそうとしたのでしょうか。微笑ましいです。
アメリアちゃんは、何やら詠唱しながら指で空を切っています。
何かを描いているのでしょうか。
「ーー!解け!メルト!」
詠唱が終わると、先程指でなぞっていた空中に薄青い魔法陣が浮かび上がります。
「んー!んぐぐ!」
アメリアちゃんは顔を真っ赤にしながら魔法陣にも魔力を注ぎ込みます。
一瞬遅れて、びちゃ、という音が聞こえました。
的に視線を戻すと、上半分が完全に溶けきって辺りに散漫していました。
子供達だけでなく、審査をしている教員達からもざわめきが起こります。
どちらかと言うと、子供達より教員側からの声が大きかったくらいです。
「まさか貫くだけではなく完全にダメにしてしまうとは…」
「魔法陣と詠唱による並列魔法ですか……この歳でそれを完成するとは素晴らしい」
「聞きしに優る腕前だな」
うわ、べた褒めじゃないですか。
確かに、王子が使っていた魔法と比べると派手さは無いのですが、如何せん金属を溶かすとか効果がえげつないですね。
隣の少年なんか興奮通り越して引きつった顔してますよ。
的が壊れてしまったので、次の順番の子からは別の的になりました。
自分の番が終わったアメリアちゃんは、汗を拭いながら不敵な笑みを浮かべ、ずんずんと歩いてきます。
横にいる少年が小さく「ひっ…」と声を漏らしました。
「あの、大丈夫ですか?」
「ふん!大丈夫よ!あなたに私を越えられるかしら?」
……困った事になりましたね。アメリアちゃんの手前、彼女以上の結果を出したいですけどそれをやっちゃうと多分注目を浴びますよね。
んー、でも……見た感じ彼女の最も評価された点は技術にあるようですので、物量で押し切れば凄さが軽減されるのでは無いでしょうか。や、そもそも武技の方で破壊を試みたら良いのでは無いでしょうか。完全な魔法じゃ無いので派手さや凄さが分かりにくいですし、同じ土俵で比べられません。
それに、今まで見ていた様子だと皆詠唱しています。私だけ詠唱せずに魔法を使えば変に見えるかもしれません。
よし、大丈夫でしょう。武技でいきますか。
「さぁ?どうでしょう」
こちらもニヤリと返してやると、 アメリアちゃんは不機嫌そうに鼻を鳴らして立ち去って行きました。
しばらくしてから、少年が口を開きました。
「あの、君ってアメリアさんより魔法上手なの?」
どこか怯えるような面持ちで私の顔を覗き込んでいます。
「ん〜、そうですね。緻密さは遠く及ばないと思いますが、総合的に見たら私に分があると思います」
まぁ、魔法は使わないんですけどね。
「そうなんだ」と言った少年の目に若干の陰りが映った気がします。
ですが、ようやく順番が回ってきてしまいました。
「ルッツ・ミルドルドさん。前へ出なさい」
教員が名前を呼ぶと、少年はあたふたとしたながら走っていきました。
ルッツって名前なんですね。
正直、王子より気に入ったのでまた後で声をかけようかな、等と上から目線な思考をしている自分にふと嫌気がさしました。
さて、彼は詠唱をせず、魔法陣から魔法を出していました。
アメリアちゃんもやっていましたが、詠唱せずに使える分、術自体の難易度は低いのでしょうか?
比較的速い射速で火球が飛んでいき、的にぶつかった瞬間大きく爆発しました。
威力も射速も申し分ないのですが、上位層にはギリギリ届かないくらいでしょうか。それに、魔法陣の描く速度が遅いです。詠唱の方が早いですし、そこが少し残念ですね。
結局、魔法陣タイプの魔法を使ったのは彼とアメリアちゃんのみでした。
少年の番が終わり、次は私です。
呼ばれる前から立ち上がり、スタンバイしておきます。
「エリザ・フォン・ロードランさん。前へ」
はい、と短く返事をし的を見据えます。壊れたら嫌なので魔力で刀を作ってを使おうかと思いましたが……せっかくなのでカンナさんからもらった刀を使ってみましょうか。
刀を収納袋から取り出し、腰に下げます。
今回、標的が金属ですし分が悪そうな武技を使う人は少なかったので教員の私を見る目も少し鋭くなります。
緊張しますねぇ。あれ、切れるでしょうか。刀壊れちゃったりしませんよね?
若干の不安にかられましたが鞘に小さく「K.N.N」と書いてあるのを発見して少し緊張が解れました。
何彫ってるねん、あの人。
てか普通自分の名前彫りますかね?素材集めたり魔力を込めたりはしたのでしょうが、刀を打ったのは別の人でしょうに。
さて、改めて的に視線を戻します。
あえて武技を使わなくても切れそうですけど、念には念を入れて、刀と身体能力に強化を施します。
柄に手を置き、腰を低く落とし、意識を集中させます。
的との距離は10メートル程なので、教員の方も少し訝しんでいますが私の準備が出来たのを見て合図をしました。
「では、はじめ!」
声が通るや否や、体の重心を前に倒し、地面を蹴ります。
ぐんと的との距離が縮まり、そのまま刀を抜いて一文字に振り抜きます。
すっと刃が金属の表面に入り込み、大した抵抗もなくその体を抜けました。
的を通り抜けると左の足で地面を踏みしめ急ブレーキをかけます。
刀を鞘に納め、小さく息を吐きました。
自分でも驚いた事に切った的は未だに上と下が繋がっていました。
周りをみると教員含め皆きょとんとした顔で頭上にはてなを浮かべております。
どうしてそんな顔するのか分からず私もはてなと首を傾げていると、教員の方が声をかけてくれました。
「あの、エリザさん?はじめてください」
「え……」
気まずい数秒が流れます。状況を理解しようと頭をぐりぐりと稼働させていると或いは数分程にも感じられました。
そして、私の明瞭な頭脳がある程度悟りました。もしかして、魔法が多かった分振り抜く速度に目がついていかなかったのでは無いでしょうか。そして、未だ繋がっているのでまだ切られたと気づいていないのでは無いでしょうか。
ですが、そんな事ことあるでしょうか?仮にも王国一の学園と言われるの場所の教員ですよ?気づかないなんて事あるでしょうか。
いや、たまたま彼が反射神経が鈍いだけかもしれません。
……よく思い返せば、カンナさんがロードラン家に来た時、父との模擬戦で見せたあの一閃。
今なら見える気もしますが、当時は何が起きたか分からないほどでした。
もしかすると、今、そういう状態なのかもしれません。
「えっと、切りましたよ?」
的の上半分を人差し指でぐっと押すと、切れ目からずれ落ち、地面に倒れました。
「なっ!?」
辺りからざわめきが聞こえます。どうやら私の仮定は当たっていたようです。
本当に誰も気が付かなかったのか気になりましたが、これで入学早々なめられるなんて事は防げたでしょうかね。
教員達はしばらく困惑したように話し合っていたので「では、失礼します」と言って待機場所へ戻りました。
ルッツ君を探しましたが見当たらず、代わりにアメリアちゃんが突っかかって来ました。
先程からどうしたんでしょ、この子。
「何よあれ」
「何よって言われましても……ただ刀で切っただけですよ?アメリアさんの方が技術も才能も要りますし、素晴らしいと思いますよ」
そう言うと一瞬だけ満足そうに顔を綻ばせかけましたが、はっとしたようにすぐにいつものむすっとした顔に戻りました。
「あれが何か分かってないわけ無いでしょ?あんなのジークだったら切れるかもしれないけど…そもそも切るにしてもあんなに綺麗に切れないでしょ!」
「そうは言われましても……」
この子は私に張り合っているつもりなのでしょうが、逆に追いつかれてはこちらの立つ瀬がないじゃないですか。
先程のを見た感じでは、かなり技術はついていますし気を抜けば追いついてくる気もしますが、何とか追従させないようにしたいものです。
とはいえそれはこちらのプライドの話なので、こうして子供を見守るような目でみるとそれもまた可愛いところではあります。
ニコニコとアメリアちゃんを受け流しているとジークさんがやって来まして、会釈をしてそのままアメリアちゃんを連れてゆきました。
私も、特に話しかける相手が居ないので王都の仮住まいへ帰ります。
……よく考えたら主人を1人で帰せらせるとかカンナさん、護衛失格じゃないですか。
後で文句を言ってやりましょう。
そう考えながら道を歩きます。
日はまだ高く、春風か暖かかったのがやけに記憶に残っておりました。




