40ページ目、病
9歳の秋、高熱を出してしまいました。
嘔吐が止まらず、お腹の中に何かが溜まりこんでいるような異物感。
自分で回復系の魔法や状態異常解除系の魔法を試してみましたが効果もありません。カンナさんのも効きません。
体の中を何かが這いずり回っているような不快感と、全身の寒気が何週間も続きました。
お父様が大慌てで王都や他国から医者を呼んできましたが、皆腕をこまねくばかり。
私も随分と参ってしまい、ほとんどベッドの上で過ごす日々を送りました。
こちらへ来てからこの健康体は1度も風邪をひかなかったものですから、風邪がこんなに辛かったとは思いませんでした。
息も上手くできず、ひゅーひゅーという音が鳴ってしまいます。
いや、ただの風邪かは怪しいのですが……
移しちゃうと悪いからと人との面会も減らして貰っているので、なんだか気分を落ち込みます。
私が謎の高熱にうなされている間、ずっと同じ夢を見ていました。
大きな茶色い竜がこちらをじっと見つめているのです。その傍らには私と同じ容姿の少女が立っています。彼女もまた私をじっくりと観察しているようでありました。
しかし、全くの敵意もなければ何かしようという気配もありません。
ただひたすら私をじっと見つめているのです。
日に日に悶えるような気持ち悪さが強まり、それに伴い夢の中の竜と少女の目の光もしだいに強くなっている様な気がしました。
正直、気持ち悪すぎてそれどころではないのですが、お父様やカンナさん含め屋敷の皆様がいつも以上に優しくしてくれ嬉しいです。
確か、病によって得られるメリットに名前があるって知った時は驚いたなぁ、などと考えながら咳き込んでいると、カンナさんが心当たりがあるかも、と言いました。
「もしかして……いや、詳しい事はわかんないからぬか喜びさせちゃうかもだけどさ……病気じゃなくて魔力過多ってやつかもしれない」
「うぷっ……ええと、なんですか?それ」
「いや、事例が少なすぎて詳しい事はよく分からないし、たまたま昔聞いただけだから私には治せないと思うんだけど……魔力が多すぎて人の体が持たなくなって、最悪の場合……文字通りはち切れるって聞いた……いや、よく考えたら上級魔法連発しても魔力切れ起こさなかったし、魔力量は成長すると増えるから疑っておくべきだった。本当に申し訳ない」
「なんですか!?それ!めっちゃやばいやつですやん!?というか、異世界人補正の範疇かと思ってましたよ?!?」
驚きのあまり咳が込み上げた私の背を擦りながらカンナが続けます。
「うん。私はともかく、君の体は現地民だからね?それはさておきちょっと猶予がどんくらいかも分からないから、早く専門家の人呼んでこなきゃだね。ロウダさんには私の方から言っておくね」
「はい、ありがとうございます……あの、つまり風船の中の空気が多すぎるって話ですよね?常に消費し続けたり、大魔法とかぶっぱしたら何とかなりません?」
「ん……」
カンナさんは右手を顎にあて、少しの間考え込みました。
「……かもしれないね。試すだけなら無料だし、やってみるだけやってみる?一応専門家は呼んでおくべきだけどね」
「そうですね、ありがとうございます」
だいぶ希望的な観測ですが、私の体も持ちません。溺れる者は藁をも掴むといった感じで、魔力を消費しまくることにしました。
やることは簡単。
カンナさんの作った結界内に私も結界をはり、その中に去年習得できた最上位魔法を片っ端から打ち込んでいきます。あえて詠唱を省いてその代償分を魔力で埋め、消費魔力を増やします。
特に結界の方へはありったけの魔力をつぎ込んで作ったのでまず割れないでしょうと高を括っていました。
結論から言います。5発目でヒビが入り、8発目で私の結界が砕けました。
18発打った時点でカンナさんの結界にもヒビが入ったので、その日は打ち止めになりましたが体も少し楽になったようです。
気持ち悪さも多少和らぎ、吐き気もしなくなりました。布団に入って寝ようとすると、息は相変わらずひゅーひゅーという音が鳴っていましたが。
後から聞いたのですが、最上位魔法の中でも私が使った爆風の魔法は、一流の魔道士が複数人集まって使うような大魔法だったそうで、それを何発も打てるくらいって魔力がどれほど溜まってるのか底が見えず自分でも恐ろしく思いました。
こんなに消費してまだ魔力が溜まってるということで、流石にカンナさんも苦笑いでしたが、それを10発耐え抜いたカンナさんの結界って一体……?




